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July 11, 2016

実体理論者と習得理論者

 
 本書の前半にキャロル・ドゥエック博士という発達心理学者の知能についての説で、人々が知能をどういうものと解釈しているかが学習能力と相関しているという考えを紹介しています。
 
 その二つは、実体理論(entity theory)増大理論(incremental theory)といいます。
 
 親や教師の影響で「実体理論者」になった子どもたちは、「『自分はこれが得意だ』という言い回しをよく使い、成功や失敗の理由を、自分の中に深く根付いていて変えることのできない能力のレベルにあるとする傾向が強い」そうです。
 そういう人は、「ある特定の課題における知能や技術のレベルそのものを、進歩させることのできない固定された実体としてとらえている」そうです。
 つまり、自分の持っている能力は決まっているので変えられないと思ってしまっている状態です。
 
 増大理論者(本書は習得理論者と言い換えています)の子どもは、「頑張って取り組めば難しい課題でも克服することができる、すなわち、初心者でも一歩一歩進むことで漸次的に能力を増大させ、ついには達人になることだって可能だという感覚を持っている傾向がある」そうです。
 
 当然、実体理論者より習得理論者の方が、長い目で見たら学習の成果が良いことは想像がつきます。
 
 本書にはそれを証明する興味深い実験結果がいくつか紹介されています。
 この実験が面白いのは、正解を出すことと知能レベルには何の因果関係もないことが示されているところだ。難問を突き付けられると、実体理論者で頭脳明晰な子どものの方が、習得理論者でさほど賢くないとされている子どもよりも、はるかに脆く崩れてしまう傾向が強い。 p44
 私を含めて心理士は知能検査などで相手の能力をアセスメントしなくてはならないことが多くあります。それが必要なケースがかなりあるのは周知のとおりです。
 しかし、その結果を実体理論としてではなく、増大理論として解釈する方が大事ではないかと思われます。
 
 アドラー心理学的にはここのところを「やわらかい決定論」と呼ぶのだと思います。
 
 ではどうしたら、増大理論者、習得理論者になれるのかに興味がわきます。親や教師はどう接したらよいのか。
 実体理論者になる子どもの多くは、何かを上手にやりとげると、「よくできた」と言われ、失敗したときには「君には向いていない」と言われてきた傾向がある。たとえば少年ジョニーが数学のテストで一番をとって帰ってくると、「まあ、いい子ね!なんて頭がいいの!」と褒められる。その翌週に国語のテストで落第点をとって帰ってくると、「だめね。文章もまともに読めないの?」とか「ママも文章読解は得意じゃなかったのよ。きっと遺伝ね」などといったことを言われるわけだ。これでジョニーは、自分が数学が得意で国語が不得意だと思うようになるばかりか、成功や失敗の要因をその人物の奥深くに根付いた能力と関連づけて考えるようになる。  p45
 賞罰、褒めることの弊害ですね。
 一方で、習得理論者になる子どもの多くは、結果よりも過程を重視したフィードバックを受けてきた傾向が強い。たとえば少女ジュリーが作文でよい点を取ったとき、先生から、「ワオ、よくやったわね、ジュリー!本当に文章が上手になってきているわ!この調子で頑張るのよ!」というタイプの祝福を受ける。また、数学のテストで悪い点をとれば、先生から「次はもう少し頑張って勉強すれば、きっといい成績が取れるはずよ!質問があったら、授業の後でいつ聞きに来てもいいのよ。先生はそのためにいるんだから」と励まされる。これでジュリーは成功というものを努力と結びつけて考え、ハードワークをすれば、どんなことでも上達できると感じるようになる。それだけでなく、今の自分は学びの途上にあるのだということ、さらには、自分が成長することに先生も快く助力してくれていると感じることもできる。 p45
 何のことはない、アドラー心理学の勇気づけそのものではないですか。
 
 そしてアドラーが言ったという「誰でもなんでも成し遂げることができる」とは、幼児的な万能感ではなく、このあたりのことと考えることができますね。
 
 勇気づけと発達心理学、チェスと武術の学びの過程が結びついたところとして、うれしかったのでメモしました。
 

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