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January 15, 2017

「嫌われる勇気」感想

 ドラマ「嫌われる勇気」を録画で観ました。
 
 制作者はアドラー心理学を本当に理解しているのか、主人公はアドラー心理学を体現していないのではないか、という感想が多分多いのだろうと推察します。真面目にアドラー心理学を学んだ人ほど、きちんとアドラー心理学の考えを一つ一つ照らし合わせて批判する人が多いでしょう。
 
 そしてアドラー心理学を知らない人に、「ふうん、ああいうのがアドラーなんだ」と思われるのを心配しているかもしれませんね。
 
 まあ、わかります、このままの展開なら(その可能性もあるが)。
 
 私は香里奈さんに嫌われたくないので、先ずは期待を込めてポジティブな感想を(香里奈さん、読んでくれないかな)。
 
 対談形式とはいえ、かなりの文章量でアドラー心理学が説明されている『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)をドラマにするには、原作のままでは難しかったでしょう。ミステリー仕立てにしたのは、ミステリーなら説明セリフが自然に入れ込めるからかもしれません。
 これがホームドラマや学校ドラマなら、ウザったくて仕方がない。ドラマも小説もエピソードで感じさせるもので、説明は本来不要です。
 
 問題は香里奈さん演じる庵堂蘭子の造形です。
 
 彼女についての「ナチュラル・ボーン・アドラー」という「定義」を視聴者がまともに受け入れているところから違和感が生じているわけで、今後ここが変わるかどうかがポイントと思われます。
 
 視聴者が感情移入しやすいのは、主人公が何らかの変化、成長する姿です。未熟な姿から成長した姿へ、マイナスからプラスへ(アドラーの言葉です)、「真田丸」も「逃げ恥じ」も、古今のエンターテイメント・ストーリーの基本形はこれに尽きます。
 それがいきなり「完成形」として登場したのだから、おい、大丈夫か、という思いがわいてしまうわけです。
 
 ただ、ミステリーの場合シャーロック・ホームズ以来、最初から完成形が登場して悪を撃つ、という形も伝統的にありましたね。
 その場合、主人公の成長ではなく、何らかの「揺さぶり」があります。主人公の能力や世界観に挑戦するような難問や強大な敵の登場など。
 
 本作はどうでしょう。
「ナチュラル・ボーン・アドラー」にどんでん返しがあるか。
 
 いずれにしても、冒頭や最後のシーンで何らかの主人公の「闇」「トラウマ」が暗示されていました。トラウマ…、『嫌われる勇気』でトラウマは通常の心理学、世間の常識とは全く違う考え方が示されていました。
 
 ここを本作ではどう扱うか。
 
 初回は「謎の提示」が取りあえずされました。
 
 内容に岸見先生のチェックが入っているのか知りませんが、先ずは今後に期待します。
 
 

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