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February 18, 2017

どんなキャラならいいかな?

 ドラマ『嫌われる勇気』(フジテレビ)の庵堂蘭子は、そのぶっきらぼうなキャラで大分損をしているような気がします。
 
 今回日本アドラー心理学会が下らない抗議をしているようですが、あのキャラでなければどうだったのかという気がしています。
 
 真面目で融通が利かず、こだわりが強く、字義通りに物事をとらえ、世間一般でいう意味のスムーズな対人関係に気を遣わず、空気を読まない。
 
 もう診断がつきそうですね。
 
 ここでごまかしてもしょうがないから、彼女は自閉スペクトラム症の諸特徴を持つ人といって差し支えないでしょう。
 
 私は元々テレビドラマはあまり見ないし、作劇のことは全然知らないので、印象でしかありませんが、最近のドラマの主人公にはこのタイプの人が増えている気がするけどどうでしょうか。
 最近のそういうタイプというと『逃げ恥じ』の星野源が演じた津崎平匡さんでしょうね。
 もし庵堂蘭子みたいじゃなくて彼だったら、「かわいい!」とうるさ型のおばさんアドレリアンたちも手を緩めたかもしれません。
 
 あるいは『ガリレオ』の福山雅治が演じた湯川学博士(だっけ?)だったら、学会の全面的なバックアップがあったかも。
 
 登場人物の構成についていうと、原作の『嫌われる勇気』は終始、哲人と青年の対話でした。二者関係ですね。
 
 実は、他のアドラー心理学本も、ストーリー仕立てにしているもの、マンガになっているものはほとんどが基本は二者関係です。いろいろな壁にぶち当たって悩む主人公が、なぜかアドラー心理学にやたら詳しい人(アドラーの霊はもちろん詳しいですが、塾経営者だったり、大学教授だったり、喫茶店のマスターだったりします)から教えを授けられて成長する話になっています。もちろんほかにも登場人物がいても、あくまで主人公に課題を与えるだけの副次的な存在です。
 日本のアドラー心理学初期に出た野田先生の『トーキングセミナー』(最近再版された)も先生本人と編集者の対話型でした。理論や知識を伝えるにはやりやすい構成なんでしょう。
 
 しかし、この形式は学習漫画とか自己啓発書だと成り立ちますが、ドラマだと動きがなくなってしまい、ひどく退屈なものになるかもしれません。
 きっと文部科学省辺りから出る教材ビデオみたいに、くそおもしろくないものになってしまうでしょうね。 
 
 そこで、制作陣は、「アドラー心理学の達人」を庵堂蘭子と十文字教授に分裂させて、アドラー心理学そのものをキャラクター化させたのが庵堂蘭子、その説明役を十文字教授とし、過去に何らかの関係性があったことをにおわせる謎も与えて、青山年雄(加藤シゲアキ)との3者関係にして、物語を動かそうとしたのかもしれません。私の勝手な思い込みですが。
 
 数学の三体問題じゃないですが、3つ組の構造は物語に限らず、何事も物事が動き出す基本と聞いたことがあります。
 
 なかなか苦労や工夫の跡が見られます。

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