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March 23, 2017

木村政彦の強さの秘密

 最強にして悲劇の柔道家、木村政彦の生涯を追った『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(増田俊也、新潮社)は、素晴らしいルポルタージュとして評価は定まっていますが、ストーリーの本筋とはやや関係のないところの、私なりに興味深いところをメモします。
 
 なぜ、木村政彦は現代でも最強と言われるに至ったのか、どうやって強くなったのかということです。
 
 もちろん、健康で頑丈な体に生まれ、貧しい家庭で育ったので幼いころから肉体労働をしていたとか、「努力3倍」と自称するくらい、凄まじい稽古を積み重ねたからであることは間違いがないのですが、本書で知った木村政彦にはそれだけでない側面があります。努力家でひたすら武士道を追及する、いかにも武道家、体育会系なところばかりではないのが、彼の魅力であることがわかりました。
 
 一つは、とても愛嬌のある、というにはおとなしすぎるくらいのど派手ないたずら好き、遊び好きであったようです。著者は「悪童」と本書の中で呼んでいます。
 
 戦前、戦中の昭和の時代の男ですから、その内容は先ず「飲む」、「打つ」はないようですがそして「買う」で、その様子は破格でした。女性読者のために、ここではそのエピソードは細かく書きませんが、興味のある人は本書を開いて下さい。面白過ぎるエピソードがいくつもあります。
 
 彼と接し、行動を共にした人はたくさんいましたが、その多くが著者の取材中に彼を慕った様子を語り、彼との思い出を懐かしがり、木村はもう亡くなっていたにもかかわらず、格闘技や武道を極めた大の男たちが時に「木村さんに会いてえなあ」と、感極まって泣いたそうです。
 
 それはライバルというか終生の敵となった力動山が、弟子のジャイアント馬場やアントニオ猪木からさえも、「力道山には人間的に良いところは一つもなかった」と言われたのと対照的です。
 
 面白かったのは戦争中、24歳の青年だった木村は当然兵役に就いたのですが全然まじめな兵士でなかったことです。彼は既に柔道日本一で全国的なスーパースターだったので、当然「お国のために命を捧げます」というくらいの愛国精神を発揮した、ということは全然なかったみたいです。強くなることには執念を燃やしても、戦争は嫌いだったのかもしれません。実際、柔道家としての全盛期となるはずの貴重な20代を戦争に奪われることになってしまいましたから。
 
 木村は福岡の防空隊に配属されましたが、初年兵に鞭をふるったり理不尽な暴行を加えていた曹長に頭に来た木村は、とんでもないいたずらをしました。木村の言葉です。
 
(引用開始)
 こんなことがあった後で、また私に不寝番が回ってきた。大沢(曹長=ブログ主注)は例によって口を大きく開け、往復いびきをかいている。よし、今夜こそ復讐してやろう・・・・
 復讐と言っても寝ている相手を殴る蹴るような卑怯な真似はしない。まず下半身にかかっている毛布を静かにはぎとり、大沢の○○を露にする。その小さくしぼんだ奴を中村(仲間=ブログ主注)と交代でしごく。だんだん勃起してくる。次にはそいつを、タンポのついた木銃の先で軽くついてやる。ポーン、ポーンと、突くたびに勃起した○○がはね返ってきて、ボクシングのパンチングボールのような具合だ。なんともユーモラスでぶざまなものだ。それでも大沢はいっこうに目をさます気配もなく、こちらは十分に楽しませてもらった。  
(引用終わり)
 
 面白いなあ。
 
 著者によると、木村の戦争時代の思い出話は前後や事実関係が不明瞭で、本によって矛盾がひどいそうで、いかに彼が戦時中ちゃらんぽらんな態度だったかが推測できると言います。そして、メチャクチャ体が丈夫なはずなのに、怪しい理由で病院にかかり、入院し、結局除隊してしまいました。
 
「木村にとって戦争はどうでもいい過去なのだ」
「木村は大日本帝国に命を捧げようなどとは微塵も考えていなかったのだ」
 と著者は考察しています。
 
 木村は戦前の天覧試合での優勝など、今なら国民栄誉賞をもらえるべき立場でありながら、デンデン安倍首相、自称愛国右翼の連中なら許せない態度ということでしょうけど、これも真正武道家のあるべき姿の一つかもしれません。
 
 自分にとって大事なこと以外のくだらないことには、関心を持たない。
 
 普通の武道家なら国家や権威を信じ、その命令に従い、ガチガチの人間になるところを、何とかかいくぐって遊びまわる木村の柔軟というか、いい加減さに好感を持ちました。物事のとらえ方の柔らかさ、屈託のなさに強さの秘密があるような気がしました。
 
 ゆる体操の高岡英夫先生の理論、あるいは太極拳のような内家拳の見方からすると、認識の世界がゆるんでいれば、身体運動は身体意識を介して必ずそのゆるみを反映するはずだからです。ただの剛ではない、剛柔相済となります。
 
 しかし同時に、それが後の力道山戦でだまし討ちにされた悲劇につながったと言えます。あまりに彼は素朴だったのかもしれません。
 
 

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