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June 23, 2017

心理療法とヒーリングの共通構造

 臨床心理士などがする心理療法・カウンセリングと、巷のヒーラー、セラピストと呼ばれる人々(野の医者)の治療には何か違いがあるのでしょうか。
 
 もちろん中身やそこで使われる言葉に違いがあるのは当然です。特に臨床心理士には、「一緒にするな」と怒る人も多いかもしれません。
 
 しかし両方の世界を知る者としては、そうでもないぞ、意外に近いんじゃないか、という印象を私はずっと持っていました。特に精神分析学とユング心理学はそうです。私のやるアドラー心理学も例外ではありません。では、どんなところでしょうか。
 
 東畑開人著『野の医者は笑う』(誠信書房)に、医療人類学と著者の体を張ったフィールドワークから得た結論が参考になるので、メモします。関心のある方は本書をお読みください。
(引用開始)
 心の治療は時代の子である。現代の外科医が幕末日本で活躍するドラマがあったが、体の医学についてはそういうことが可能でも、心の治療では不可能だ。
 心の治療では時代の生んだ病に対処し、時代に合わせた癒しを提供するものなのである。その時代その時代の価値観に合わせて姿を変えていかざるを得ない。   p245
 
 ここまで再三書いてきたように、野の医者たちに会う中で私が得た結論は、心の治療には「イワシの頭も信心から」のメカニズムが根深く埋め込まれているということだ。
 つまり、ジェローム・フランクという精神科医が見抜いたように、心の治療はクライエントがいかに治療者を信頼し、希望を抱くかにかかっている。  p265
 
 信じさえすれば、皆同じように病が癒えるわけではない。治癒は一つではないのだ。心の治療は、それぞれの治癒へと病者を導くのだ。  p266
 
 治癒とはある生き方のことなのだ。心の治療は生き方を与える。そしてその生き方は一つではない。  p266
 
 精神分析なら悲しみを悲しめるようになること、ユング心理学ならその人が生きてこなかった自己を生きていくこと、人間性心理学なら本当の自分になっていくこと、認知行動療法なら非合理な信念を捨て去り生きていくこと、マインドブロックバスターならマーケティングにさとく経済的に独立して生きていくこと、X氏なら軽い躁状態になって素早く起き上がること。   p267
 
 心の治療はニュートラルではない。無色透明な健康をもたらすものではあり得ない。
 すべての心の治療が、独自の価値観をもっている。ここにあるべき生き方が含まれている。
 あるべき生き方を目指して、治療者たちは治療技法を考案する。その技法は、その治療法の独特の価値観を暗に明にクライエントに伝達する。クライエントはそれを自分なりに取り込んで、自分の新しい生き方を作り出す。ここに治癒が生まれる。  p268
 
 心の治療とは、クライエントをそれぞれの治療法の価値観へと巻き込んでいく営みである。  p268
 
(引用終わり)
 
 
 全く同意します。
 
 そして歴史的に、治療者側の価値観に最も自覚的だったのがアドラー心理学であることも記しておきたいと思います。
 

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