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October 13, 2017

カウンセリングをやめたいとき

 更新が途絶えていましたが、打撲による右手の腫れがひいてきて、ようやく両手でキーボードを打てるようになったので、再開します。
 
 最近、Twitterで、アドラー心理学を学んだらしいカウンセラーのカウンセリングを受けている人が、「つらいからカウンセラーを変えたくなった」といった旨のtweetをしたのが流れてきました。
 そのカウンセラーがどのような関わりをしたのかはわかりませんが、そういうことはあるかもしれないなあ、とは思いました。
 
 アドラー心理学を学び、実践している人が増えれば、そのカウンセリングを受ける人も増えてくるでしょうから、それに合わない人、ドロップアウトしてしまう人も増えることは十分に考えられます。
 
 それはカウンセラーが初級者だから、ということでもなく、中上級者でもあり得ることで、私も他人ごとではありません。というか、私にもあるに決まっている。「あんな変なおっさん、やだ」とか言いふらされているかもしれません。
 
 どうしてクライエントがカウンセリングをやめたくなるか、カウンセラーを変えたくなるかは、アドラー心理学的にもそれなりの考え方や対処法があります。ただ、ここではそれには触れないで、ごく素朴に、そういうドロップアウトはあるものだと、認めておきたいと思います。
 
 昔から、あるアプローチのカウンセリングを受けてやめた人の発言を直接間接に見聞きすると、いろんなパターンがあるようです。
 
 ロジャーズ系の傾聴中心だと、
「話を聞いてばかりで、何も変わらなかった」「何もアドバイスしてくれなかった」「悪化した」
 
 精神分析系だと、
「昔のことばかり聞いてきて、何も変わらなかった」「何言われているのかわからなかった」「カウンセラーが暗い」「ビョーキにされた」
 
 認知行動療法系だと、
「表面的な気がした」「ワークが難しかった」
 
 解決志向系だと、
「カウンセラーから出される質問が難しかった」「いきなり話を遮られた」
 
 そしてアドラー系なら、
「トラウマを否定された」「前向きすぎるのが合わない」「カウンセラーが専門家ぽくない、信用できない」
 
 といったところでしょうか。
 
 我々提供者側もそうならないように努力しなければいけないけれど、限界もあるでしょうね。
 
 率直に言って、ラーメン屋でイタリアンを注文されているようなところもあるわけです。
 
 結局、日本のセラピー文化がもう少し広がって、成熟してきて、我々も何を提供できるかを明示でき、人々も自分の目的に合ったものをチョイスできるようになることが望ましいと思ったりしています。
 

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