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January 13, 2018

『武術家、身・心・霊を行ず』

 武術、武道と心理学を絡ませるなら昨今はマインドフルネス瞑想ですが、これはユング派からの真逆のアプローチです。
 
 
 これは大変面白い。
 面白いけど、ある意味で臨床心理学のみならず武道系の数ある書籍の中でも「奇書」と呼ばれるかもしれません。
 
 ある古流の武術を修める極めて優秀な老武道家が極限的な修行の過程で、驚くべき神秘体験を重ねていく、その記録を著者が託され、報告したのが本書です。
 
 ただの気の感覚とか、マインドフルネスな気づきなんてものではない。憑依、念写、ポルターガイスト、幽霊などが例え話ではなく、本当の体験として堂々と次から次へと出てきてます。
 
 極めつきは、その武道家の修する流派の江戸時代の先達(流祖)の霊がなんと稽古仲間に憑依して、直接に失われた武術の奥義を伝授したというのです。夢の中に登場して極意を授かった、なんて話はよく聞きますが、これはすごい。いや、そんなこと、あり得るのか。
 
 これは普通の心理学者なら絶対に触れないか、言わない領域です。そこをさすが、ユング派の老松先生は老武道家の報告に戸惑いながらも、その人の「心的現実」に入り込んで丹念に追いかけ、ユング心理学的な解釈を試みていきます。その内容もユング心理学の勉強になって面白い。
 
 一言で言ってしまうと、武術を通しての「個性化」の過程ということになるのですが、本書の魅力はそこからもあふれ出るような老武道家の存在感、圧倒的な神秘のエネルギーにあります。
 
 著者の老松先生とは、2010年の東北大学であった心理臨床学会の自主シンポジウム「武術と心理臨床」で、ご一緒させていただきました。私はシンポジストで、先生は指定討論者でしたかね。その頃先生は杖道をされていたように覚えています。
 
 その時以来お会いしていませんが、今度その機会があったら、絶対本書の話をうかがいたいです。
 
 武術・武道家兼心理屋さんは、絶対に読むといいです。立場によっていろいろな思いや解釈がわくでしょうけど、それも思考の訓練になるかもしれません。
 
 私は、心理臨床家としてではなく、武道修行者、神秘主義者として素のままに、解釈よりも体験世界に共感しました。きっとこういうことはあるのだろう、と。日頃、なまくら稽古しかしてないから、こんな体験は絶対ないでしょうけどね。
 

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