精神テクノロジーと臨床心理学
人類の心、精神、意識を操作する技術(精神テクノロジー)の歴史は古く、古今東西無数の方法が開発されてきたと思います。多くがシャーマニズムや宗教の中で洗練され、伝承されてきました。時には武術や医術の中にも流れていたものもあったでしょう。
それらが近現代の合理主義的精神、科学的態度でスクリーニングされ、あるものは否定され、リフォームされ、時に復活したものが心理学、とりわけ臨床心理学を構成しているように見えます。
よく言われることですが、キリスト教の告解はカウンセリングにつながるでしょうし、ソクラテスの問答から始まる思考や判断を大切にする西洋哲学的伝統は、アドラー心理学や認知療法などがその系譜に連なると言えるかもしれません。
日本人が好きなユングは、中世ヨーロッパの錬金術やグノーシス主義の影響を強く受けているのはよく知られています。と思ったら河合隼雄先生に影響を受けた日本のユング好きのほとんどの臨床心理士やカウンセラーはろくに知らないようですが。大体みんな、宗教やオカルティズム、神秘主義を知らなすぎるんだな。
また、最近のマインドフルネス瞑想は仏教に直結しているのは言うまでもありません。
それらの中で、最も古い歴史があり、世界中に存在していたのがシャーマニズムです。いわば人がトランスに入る、人をトランスに入れる技術だと思います。
それを現代で細々と引き継いでいるのが催眠だと思います。ただ、元々あった部族的な、民族宗教的な趣とは全く違った形になっているのはもちろんです。霊や神が下りてきて、託宣を述べるわけではありません。ただ、神の代わりに無意識が、本人の意識から遠いところからメッセージを伝えるというようなことはしているので、構造は似ています。
ごく大雑把に言うと、瞑想という気づきと目覚めの道、催眠トランスという意識変容の道、この2つが精神テクノロジーの王道であるといえるでしょう。
ただ密教のようにそれらが交錯、混じり合っているものもあり、マインドフルネス瞑想と催眠も重なるところがあると研究者は言っているので、まるで対立、矛盾するというものではありません。
臨床心理の世界では、コミュニケーションと行動の科学の有効性が高まり、催眠なんかなくても心の治療ができるという説が優勢でした。そうなれば、エビデンスもあいまいで、そもそも実態のわからない催眠なんて誰も相手にしません。
公認心理師の現任者講習会のテキストにはユングのユの字も出てこないし、精神分析もほんのさわり程度です。力動系心理療法と共に、消え去る運命に催眠はあるかのようです。
でも、果たしてそうなのか、と最近の私は思っています。全然根拠はないですが。
ただ、ここ10年の各分野での古武術などの身体知への注目、近年のアドラー心理学の流行、そして関係ないかもしれないけど去年のトランプ大統領当選など、それらが世間で騒ぎ出す大分前から目をつけていたんだぜ、と独特の嗅覚があると自負する私の中に、なんか催眠は響くものがあるんだな。
だから残りの臨床家人生で、アドラー心理学と共に催眠に取り組んでみようと思う今日この頃なのです。
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