« 『現代催眠原論』 | Main | 『ひきこもりでいいみたい』 »

December 23, 2018

フロイトと催眠

 高石昇・大谷彰著『現代催眠原論』(金剛出版)には、かのフロイトがいかに催眠が「下手」だったかが暴露されてます(知っている人は知っているけど)。

(引用開始)

 …フロイトの催眠は患者のニーズを無視した、粗雑で柔軟さにかける、荒っぽいアプローチであったという。

  フロイトにとって催眠とは患者を駆り立て、強制することによって自分が患者から得たいと思った情報を引き出す策でしかなかった。催眠という極めて力動的な現象や、催眠関係から生まれるさまざまな反応を度外視した、融通性に欠ける、実にぞんざいな使い方であった。(Klein[大谷(訳)]1958 ,p63[強調原文])

 催眠誘導に関するフロイトの理解はまったく歪んだもので[…]「私は患者の面前に指を立てて「眠れ!」と大声で怒鳴った。すると患者は驚きと困惑の表情をみせて椅子に沈み込んだ」。まさかと思うかもしれないが、覚醒に至ってはさらに劣悪であった。「さあ今はもうこれで十分だ!」と叫ぶのが彼のやり方であった。(Rosenfeld [大谷(訳)] 2008,p.62[強調原文]

 こうした記述から、フロイトの技術は荒々しいもので、このため効果が思うように上がらず、その結果彼が催眠に見切りをつけた理由が十分納得できるであろう。 p43‐44

(引用終わり)

 これではとても催眠はかからなかったでしょうね。僭越ながら、私より下手だと思います(笑)。 

 そしてフロイトは、「俺には催眠は無理だ」とあきらめて独自の道を進み、精神分析学を創始したわけです。

 ここで大事なのは、フロイトは、催眠を極めてその限界を悟って、精神分析学を創ったわけではけしてないということです。それこそアドラー的にいうと、催眠ができない劣等感の補償として、天才的な思考力と文筆力で精神分析学を創った、と考えることができます。

 それ自体は素晴らしいことで、さすがフロイト、ということですが、やはりそこには限界があったかもしれません。

 数学が苦手な人が高等数学を語る、野球の素人がイチローの能力の秘密を語る、武道の初心者が奥義を語る、極端にいうとそれに近いところが必ずあったはずです。天才フロイトにしても、人の心や行動について、わかっていないところ、見えていないところが多々あったでしょう。

 現に行動主義者からの執拗な批判は今に至るまで止まないし、アドラーもユングも、フロイトの後継者たちも、「それはないんじゃないの」「それは言い過ぎじゃないの」「これ言わなきゃダメでしょう」と、次々と反論や修正をしてきたわけです。

 その結果、精神分析学はホーナイなどの「ネオ・フロイディアンはネオ・アドレリアンだ」とエレンベルガーに言われ、コフートの自己心理学も和田秀樹先生から「アドラーそっくり」と言われる程、アドラー心理学に近づいてしまいました。

 でもそれを、日本の精神分析学の人は絶対に言いません。言えないというか、まあ、指摘されると嫌な気持ちになるんでしょう。だから私も普段人前では、悪いから言いませんけどね。

 その点においても、今後の心理臨床界は、催眠に改めて注目するといいかもしれません。

|

« 『現代催眠原論』 | Main | 『ひきこもりでいいみたい』 »

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/81571/67511210

Listed below are links to weblogs that reference フロイトと催眠:

« 『現代催眠原論』 | Main | 『ひきこもりでいいみたい』 »