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May 19, 2019

論理と勇気

 内田樹先生がブログで、文科省の「論理国語」という新しい科目を批判して、とても重要な考えを説明しています。

 論理的であることは、その先の飛躍、跳躍を果たすためであり、そのためには「勇気」が必要である。教育の目的は、子どもに「勇気」を育てることである、という主張です。

論理は跳躍する

 まったくその通りで、強く同意します。

 論理を突き詰めて開ける世界とは、単純な因果律に従うことではなく、飛躍、跳躍をすることです。そこでは失敗するリスクを引き受ける必要、すなわち勇気があります。

 アドラー心理学的教育論とばっちり符合します。

 ただ、あえて言わせてもらえば、内田先生、「勇気」を言いながら、ここでもフロイトを例にとりだし、「勇気の心理学」アドラーへの言及は全くありません。別にフロイトだっていいけれど、まったく知らないというのはどうなんだろうという気がしてなりませんね。あるいは知っていてもフロイトの威光に逆らえないのでしょうか、あるいは、どっかのアドレリアンと何かあったのか。仲良しの名越康文先生はれっきとしたアドラー派出身ですけど、彼との対談本でさえフロイトしか持ち出さなかったですからね。

 リベラル派知識人はいまだにフロイトが好きであり、それが限界という気がいつもしています。

 跳躍したのは別に「死の本能」のフロイトだけでなく、「共同体感覚」のアドラーや、影響力という点では「条件反応」のパブロフやスキナーの方が絶大です。知識人には精神分析学が高尚で、アドラーや行動科学のような実際的な心理学が嫌いなのかもしれません。

 思わず、内田先生をdisってしまいましたが、主張は素晴らしいのでご一読ください。

(引用始め)

論理的にものを考えるというのは「ある理念がどんな結論をみちびきだすか」については、それがたとえ良識や生活実感と乖離するものであっても、最後まで追い続けて、「この前提からはこう結論せざるを得ない」という命題に身体を張ることです。
 ですから、意外に思われるかも知れませんけれど、人間が論理的に思考するために必要なのは実は「勇気」なのです
 学校教育で子どもたちの論理性を鍛えるということをもし本当にしたいなら「論理は跳躍する」ということを教えるべきだと思います。僕たちが「知性」と呼んでいるのは、知識とか情報とか技能とかいう定量的なものじゃない。むしろ、疾走感とかグルーヴ感とか跳躍力とか、そういう力動的なものなんです。
 子どもたちが中等教育で学ぶべきことは、極論すれば、たった一つでいいと思うんです。それは「人間が知性的であるということはすごく楽しい」ということです。知性的であるということは「飛ぶ」ことなんですから。子どもたちだって、ほんとうは大好きなはずなんです。
 
 今回の「論理国語」がくだらない教科であるのは、そこで知的な高揚や疾走感を味わうことがまったく求められていないことです。そして、何より子どもたちに「勇気を持て」という論理的に思考するために最も大切なメッセージを伝える気がないことです。
 そもそも過去四半世紀の間に文科省が掲げた教育政策の文言の中に「勇気」という言葉があったでしょうか。僕は読んだ記憶がない。おそらく文科省で出世するためには「勇気」を持つことが無用だからでしょう。
 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みですから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。だから、教育の中でも、子どもたちに「恐怖心を植え付ける」ことにはたいへん熱心であるけれど、「勇気を持たせること」にはまったく関心がない。それは彼ら自身の実体験がそう思わせているのです。「怯える人間が成功する」というのは彼ら自身の偽らざる実感なんだと思います。だから、彼らはたぶん善意なんです。善意から子どもたちに「怯えなさい」と教えている。「怯えていると『いいこと』があるよ。私にはあった」と思っているから。
 でも、知性の発達にとっては、恐怖心を持つことよりも勇気を持つことの方が圧倒的に重要です。
「勇気」というのは、知性と無縁だと思う人がいるかも知れませんけれど、それは違います。スティーヴ・ジョブスはスタンフォード大学の卒業式で、とても感動的なスピーチをしました。いまでもYoutubeで見ることができますから、ぜひご覧になってください。その中でジョブスはこう言っています。
The most important is the courage to follow your heart and intuition, because they somehow know what you truly want to become. 「最も重要なのはあなたの心と直感に従う勇気を持つことである。なぜなら、あなたの心と直感はなぜかあなたがほんとうに何になりたいのかを知っているからである。」
 ほんとうに大切なのは「心と直感」ではないんです。「心と直感に従う勇気」なんです。なぜなら、ほとんどの人は自分の心と直感が「この方向に進め」と示唆しても、恐怖心で立ち止まってしまうからです。それを乗り越えるためには「勇気」が要る。
 論理的に思考するとは、論理が要求する驚嘆すべき結論に向けて怯えずに跳躍することです
「論理が要求する結論」のことを英語ではcorollaryと言います。日本語ではこれを一語で表す対応語がありません。僕はこの語を日本の思想家では丸山眞男の使用例しか読んだ記憶がありません。でも、これはとても重要な言葉だと思います。それがどれほど良識を逆撫でするものであっても、周囲の人の眉をひそめさせるものであっても、「これはコロラリーである」と言い切る勇気を持つこと、それが論理的に思考するということの本質だと僕は思います。

(引用終わり)

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