<発達ー環境>調整障害スペクトラム
先週10月25日(金)に甲府で行われた、いじめ研究で著名な内藤朝雄先生(明治大学准教授)の講演会に行きました。
私の前職場の山梨県立北病院が主催した「子どもの心に関する講演会」です。
内藤先生には、ご著書『いじめの構造』には随分刺激されて、ずっと前にここでも紹介させていただいたことがありました。
だから実物に会えると、とても楽しみにしていました。
いじめの研究を通して、一般的な視点からするとラディカルな批判を今の教育体制に向けている先生なので、前半にはそういうお話も聞けて良かったのですが、後半の発達障害を巡る現在の日本の状況の分析がさらに興味深かったです。
発達障害の過剰診断が問題になる現在、本来なら先生のような考えだと「反精神医学」的な主張になりやすいと先生もおっしゃっていましたが、意外にも先生は現行の発達障害を巡る精神医学を擁護する立場でした。
それは「発達障害のレッテルが虐待保護につながっている」からです。
発達障害の概念は、レッテル貼りの問題はありながらもそれ以上に、その人を守る機能を果たしているし、日本の児童精神科医のリーダーたちはそのように人々を啓蒙し、一定の成果を上げてきたといいます。私も同感です。
「児童青年精神医学のリーダーたちは、習俗の残酷が歴史的にしみつけられた「障害者」という古い革袋に、学校の中の中間集団全体主義習俗から一人ひとりの尊厳と多様性を守る手立てという、新しい酒を注ぎこんだのだ」(当日資料)
ただ、リーダーたちの志とは裏腹に、やはり弊害も少なくなかったといえます。単純なレッテル貼り、発達障害か正常かという二者択一、発達障害なら特別支援教育、正常なら学校のルールに従え、といった単純な二分法や、新たな差別が生じました。
今起こっているのは、発達障害を個人を守り解放しようという「望ましいストーリー」と、それを単純化の方法として発達障害者を差別や管理の対象とする「別のストーリー」との間の綱引きであると、言います。
そこで、内藤先生は、発達障害概念をさらに進めて環境と個体との相互作用という観点を強調することを提案しました。
それは<発達ー環境>調整障害スペクトラム、です。
障害は個人の中にあるのではなく、かといって社会環境からのみ作られるというわけでもなく、両者の相互作用の調整の不調、失敗として捉えようという発想です。これはこれまで交わされてきた発達障害の議論の中で、児童精神医学サイドにも反発達障害論サイドにも偏ることのない、バランスの取れた見方といえます。
アドラー心理学的にも、対人関係論(社会統合論 social embeddedness)、全体論などと整合できる考えだ思います。
素晴らしい。これからも先生の研究や発言に注目していきたいと思います。
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