義輝の最期、卜伝の再来
昨日20日の大河「麒麟がくる」の冒頭は、将軍・足利義輝の最期でした。
伝えられるところでは、塚原卜伝の弟子である義輝は剣豪として知られ、敵が襲撃したときに愛刀を何振りも抱えて出てきて、地面にそれらを突き刺し、刃こぼれするとそれを次々に抜いて戦ったとか。最後は畳を盾にした敵たちに囲まれ、押し込まれて、槍をブスブスと突き刺されて絶命したといいます。
本当かどうかわかりませんし、史学的には明らかでないらしいですが、義輝らしい最期として物語化されてきました。
私は子どもの頃、白土三平の『忍者武芸帳』でそれを知ったな。
ただ私の記憶では、大河ドラマや時代劇では、この「永禄の変」を取り上げたことがほとんどなかったように思います。大体いつもこの辺りは信長目線で、「旧体制・足利」が滅んでいくという感じで、あっさりしたものでした。
その分、今回はどんな風に描かれるのか興味津々でした。
ご覧になった方はわかると思いますが、義輝は刀を地面に刺すことはなく、刀だったり、敵から奪ったのか薙刀だったり、次々と武器を変えて戦い、最後は畳ではなく、障子で挟まれて、というシーンでした。
斬り合いの生々しさはなく、どこか遠くから夢を見ているようなシーンでした。
武術家的には、もっと卜伝直伝、鹿島神道流の太刀筋を見たかったですけど、今回は意欲はあっても将軍としての実権の伴わない義輝の哀しさを表現しようとしたようでした。
演出家も、このシーンは相当迷ったそうです。
「麒麟がくる」義輝の最期、「畳に刀説」を採用しなかったワケ 演出家が明かす
史実ではないかもしれないけれど、お約束のシーンはみんな期待しますからね。川中島の信玄・謙信の一騎打ちとか、本能寺の変の信長が炎の中で「人生50年~」と舞うとか。そこはあまり無視してほしくないけど、あまり型通りなのもつまらない。製作者は迷うところでしょう。
まあ、今回は最後に義輝の剣豪ぶりが垣間見られて、なおかつ、儚げでよかったのではないでしょうか。
ついでに義輝の師・塚原卜伝で検索したら、9年前にNHKでドラマ化していたのですね。
知らなかった。しかも卜伝を演じたのは、堺雅人さん!
麒麟の15分後の「半沢直樹」ではないですか。
すると、剣道で鍛えたらしい半沢のあの胆力は、実は卜伝だったからということか。
どうりで、将軍の師匠じゃ、政治家にも負けないわけだ。
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