September 04, 2018

2018アドラー心理学自主シンポジウム

 8月31日(金)午前10時、日本心理臨床学会の2日目、神戸国際会議場402教室で、 「臨床アドラー心理学のすすめ~心理臨床実践で活かしていくために~」と題された自主シンポジウムを行いました。

 公認心理師試験の1週間前というバッドタイミングで、いつもは何千人もの参加者でごった返している学会はかなり少ない印象でした。だからアドラー心理学なんてどマイナーなものにどれだけの人が来るのか多少は心配でした。でも来なければ来ないで、言いたいこと言い散らかして立ち去ろうという気持ちでしたね。

 果たして朝一番の時間帯にもかかわらず、ざっと数えたところ、40人もの人が会場に入ってくれたみたいです。今までやった中でも多い方だと思います。

 その様子は八巻先生の日記にも出ていますが、内容を少し報告します。

 まず鈴木義也先生(東洋学園大学教授)が先陣を切って、 「アドラー心理学を使う勇気」を話してくれました。そう、臨床心理士など心理職は、これだけアドラー心理学がブームになっても、なかなか手を出そうとしてくれません。そんな「アドラーへの抵抗」状況をユーモラスに語りながら、「アドラーへの期待」「アドラーでよかった」ことを話してくれました。

 得体のしれないものへの警戒感(?)をもって会場に来た人には、良いほぐしになったことでしょう。

 続いては私の番、 「心理臨床と課題の分離」というテーマで、最近のアドラー心理学といえば出てくる「課題の分離」について焦点を当てました。実際、日常実践でも臨床でも、最も使うのはこれだと思うので、臨床技法としての課題の分離を提案しました。質疑応答でもここは質問しやすかったようで、フロアからよく出ていましたね。私も手ごたえを感じました。

 何となく本の中でしか知られていない「課題の分離」をさらに技法として明確に、使いやすく提示できるようにしたいと、心に決めました。

 次は八巻秀先生(駒澤大学教授、やまき心理臨床オフィス)が、お得意の対話主義、オープンダイアローグとアドラー心理学を絡めて、最先端の臨床思想を解き明かしてくれました。心と言葉に対するフロイトとアドラーの違い、オープンダイアローグとアドラー心理学の深いレベルでの共通点など、いつも大変勉強になります。

 最後は、コミュニティ心理学の大家、箕口雅博先生(立教大学名誉教授、IP心理教育研究所)による指定討論、コメント。「アドラーは世界で最初のコミュティ・サイコロジストである」ことを主張され、コミュニティ心理学とアドラー心理学を対比させ、 「アドレリアン・コミュニティ・アプローチ・モデル」という新しい発想を紹介してくれました。

 3年ぶりの本学会での自主シンポジウムでしたが、とても充実感があり、終了後、これからもこういう活動を続けることの意義をみんなで確認し合いました。次回以降は、私たち以外のアドレリアン臨床心理士・公認心理師の方たちにもご登場を願うことになるかもしれません。

 

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August 28, 2018

アドラー心理学シンポジウムやります

 橋口さんもアップしくれていましたが、今週末の第37回日本心理臨床学会大会でアドラー心理学の自主シンポジウムをします。

 昨年出した『臨床アドラー心理学のすすめ』(遠見書房)の出版記念ということで、執筆者全員、対談で登場していただいた箕口雅博先生も指定討論者として登場です。

 場所は神戸、公認心理師試験の一週間前というタイミングで、どれだけの参加者があるのかわかりませんが、日本一でかい学会であるし、そこそこ来るでしょう。ただマイナーなアドラー心理学ですから我々の集客はどうでしょうかね。

 ご参加の方、よろしかったらどうぞ。

 あらかじめ書籍コーナーで本を買ってくれたら、全員のサインをもらえるかもよ。

「臨床アドラー心理学のすすめ」
  -心理臨床実践で活かしていくために-

八巻秀(駒澤大学・やまき心理臨床オフィス): 企画者、司会者、話題提供者

鈴木義也(東洋学園大学): 企画者、話題提供者

深沢孝之(心理臨床オフィス・ルーエ): 企画者、話題提供者

箕口雅博(立教大学・IP心理教育研究所): 指定討論者

8月31日午前10時 402教室

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August 19, 2018

『イラスト版子どものアドラー心理学』

 学校は早いところだともうすぐ二学期になりますね。スクールカウンセリングも始まります。

 子どもとのカウンセリングで、アドラー心理学を使いたいときに使える副読本が出ました。

 岩井俊憲監修、菊池典子・池田彰子著『イラスト版子どものアドラー心理学 勇気と自信ががつく45のスキル』(合同出版)

 アドラー心理学の考え方を、イラストとワークで理解できるように工夫されています。見たところ、勇気づけのセミナーELMをもとにつくってあるようです。目的論とか認知論などの諸理論が子ども向けに説明されていますが、けっこう網羅されていて本格的です。

 全部で45のスキルとあるので、現場では必要なところを使えばよいでしょう。レベル的には思春期、中学生くらいの子ども向きですかね。

 本書は先日、著者の一人である菊池さんにある飲み会でお会いした時に贈呈を受けました。菊池さん、そして池田さん、岩井先生ありがとうございます。使わせていただきます。

 本書を見て、一般向けのアドラー心理学のワークブックは岩井先生が既に出していますが、よりカウンセリングやセラピー向けのワークブックがあってもいいと思いました。アドラー心理学を勉強するためというだけでなく、解決志向ブリーフセラピーや認知行動療法、精神医学を統合させたようなものが浮かんできます。誰か志のある方いませんかね。

 

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June 10, 2018

『「気になる子」のいるクラスがまとまる方法』

 前記事は精神医学からみた不登校対策の本でしたが、これはアドラー心理学からのアプローチです。

 アドレリアン教師にはおなじみ、あの赤坂真二先生の『「気になる子」のいるクラスがまとまる方法!』(学陽書房)です。

 本書には不登校も発達障害にも特に言及していませんが、対象にしているのは明らかにその可能性やリスクのある子どもたちです。

  赤坂先生も、そういう子どもに対しても対応可能な方法を示していることを、「専門的見地から見てもそう的外れなことは言っていない」とそれとなく言っています。本当にその通りの内容になっています。

 実は本書はアドラー心理学にも表立って言及していませんが、内容はまさにそのものです。

 本書では、“気になる子”が「発達障がい」であろうとなかろうと、学級におけるひとりの「居づらさを感じがている」子どもと捉えます。“気になる子”の問題を「障がい」で見るのではなく、「居づらさ」から見ます。学級担任が、彼らを含めて学級をまとめていくにはどうしていったらよいのかを示していきたいと思います。 p16

 と述べている通り、問題や症状を「個」の問題として「個別支援」の対象とするだけではなく、学級の力を育てることで、その気になる子どもの問題を解消することができるはずです。それができたら素晴らしいと思う。

 “気になる子”の「気になる行動」にともなう問題の多くは、行動そのものにあるのではなく、周囲の子どもとの人間関係にあるのではないでしょうか。彼らの「気になる行動」によって、周囲の子どもたちと人間関係上のトラブルを生じ、それが「居づらさ」や「困り感」になっているのではないでしょうか。“気になる子”の問題をすべて「個の問題」に帰するのではなく、もっと周囲との関係性から見ていいのではないでしょうか。個別支援で解決の糸口が見えないならば、もっと積極的に学級の子どもたちの力を活用したらどうでしょうか。多くの“気になる子”の問題の解決は、実は、学級の人間関係づくりにあるのです。 p3

 これは「一人の心を大事にする」とうたいがちな臨床心理士やスクールカウンセラーが陥りがちな盲点を見事に指摘していると思います。

 私たちカウンセラーは、勝手な解釈と先生たちにできないことを求めるようなコンサルテーションをしていないか自問してみる必要があるかもしれません。

 個か集団かではなく、個も集団もバランスよく大事にするにはどうすればいいか、教師だけでなくカウンセラーにとっても示唆に満ちた、わかりやすく、実践的な本です。

 さすがです。

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June 03, 2018

ハロルド・モサック博士ご逝去

 北米アドラー心理学会からメールが来ました。

 アドラー心理学界の重鎮、ハロルド・モサック博士(Dr. Harold Mosak)が亡くなったそうです。96歳とのことです。

 1952年に、ルドルフ・ドライカースとバーナード・シャルマンと共にシカゴにアドラー心理学研究所(現在アドラー・ユニバーシティー)を設立し、たくさんのアドレリアンを育てました。

 本ブログでもご著書を紹介させていただいたことがあります。

「現代に生きるアドラー心理学」

 私が昨年、一昨年と渡米したときは既に学会にはお出でになれず、お会いすることはかなわなかったですが、「アドラーおたく」として何冊もの本、何本もの論文を拝読し、僭越ながら同じ臨床心理学畑のアドレリアンとして、ライフスタイル・アセスメントの仕方で大きな影響を受けたと思います。

 メールによると、モサック博士はアメリカとイリノイ州の最も初期の心理学者のライセンスを取得した一人で、ライセンス・ナンバーは37だったそうです。アメリカ心理学会(APA)の終生会員でフェローでもありました。

 まさにレジェンド。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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May 18, 2018

アドレリアンがうつにならないために

 前記事「アドレリアンはうつになるか」で、アドラー仲間のぐうたら三昧こと橋口さんが自身のブログでコメントをしてくれました。
 
 
 そう、うつとうつ病は一応分けておく必要がありますね。
 
 その上で、その人のライフスタイルがうつ病を必要としているのなら、論理的にアドラー上級者とはいえないでしょう。厳しいところですが、アドラー心理学が「日常生活での実践」をうるさいくらい求めるのだから仕方ないです。
 
 自分がうつ病になった時のことを考えると、あまり偉そうなことは言えないですけど、世間から私は心理臨床界の代表的なアドレリアンと「誤解」される可能性があるので、後ろ指指されないように、せいぜい養生したいと思います。
 
 それにしても、うつにならないための因子は実は、共同体感覚とか勇気とか、ストレスマネジメントとかではなく、「人を呪わば穴二つ」とか「口は禍の元」、「因果応報」なんかを心に留めて生活することではないかと思う今日この頃なのだ。

 なんでそう思ったかは言わないけど。

 
 ここは私も思い当たるところが多々あるので、気をつけないと。
 
 

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May 15, 2018

アドレリアンはうつになるか

 最近ふと考えることです。
 
 アドラー心理学の達人、「正しいアドレリアン」がいたとしたら、その人はすなわち、「共同体感覚が高い」はずで、「共同体感覚は精神的健康のバロメーター」なので、それならその人ははうつ病にならないか、なりにくいということになります。
 
 アドラー心理学はライフタスクからの逃げとして症状をとらえるので、その達人はアドレリアンにもかかわらず問題から逃げていることになります。つまり実践できていない人になってしまう。
 
 さて、どうなんでしょう。
 
 アドラー心理学を正しく実践している「達人」が精神的に不健康(例えばうつ病)になったとしたら、どのような状態や条件がある場合といえるのでしょうか。
 
 いや、うつ病になっていはいけないというわけではないのですよ。
 私だっていつそうなるかわからないし。
 
 また、元々うつ病やメンタルに問題を抱えていた人が、アドラー心理学を知り、実践して回復したり、再発したり、そしてよくなったり、というのはいいのです。よく聞きますし、わかりやすいストーリーですから。
 ただ、あるレベル以上になったら、それはちょっとまずいでしょう、と言われてしまうのは仕方ないでしょう。
 
 これは禁断の問いですかね。
 
「いや、レベルの高いアドレリアンだって『不完全』なのだからうつ病にだってなる!」と主張することはできるでしょうけど、ちょっとこれは逃げている気がする。
 
 それとも双極性障害のように身体的器質の要因が強く、ライフスタイルとは関連が薄いとでもいうのでしょうか。
 
「アドラーやる人は軽そう状態になっている」と評した人がいましたが、ここはアドラー心理学と精神病理、心理臨床を考える上で、さまざまな問いが立てられそうな気がします。
 
 今度機会があれば、研修会なんかで仲間とディスカッションしてみようかな。

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May 09, 2018

「こんなアドレリアンがいてもいいのでは」

「こんなアドレリアンがいてもいいのでは」
 昨日入浴中に、ふとこんな言葉を思い出しました。
 
 確か、90年代半ば過ぎ、日本アドラー心理学会の第2代会長の後藤先生の言葉でした。初代会長の野田先生の後任に就いた後の、学会誌での巻頭言だったと思います。
 
 私は別に「いい言い方だな」と思ったのですが、その後主に西方から猛烈な会長バッシングが起こり、そのまま日本のアドラー心理学の黒歴史、分裂騒動になだれ込んでいったのでした。その後遺症は今も続いています。
 
「こんなアドラー心理学はダメだ!」
「偽アドラーだ!」
 という考え方が、あたかも正しいアドラー心理学であるかのような主張がまかり通ったのでした。
 
 当時、彼らの言い分もわからないではなかったけど、私は冷めた目で見ていましたが、そうではない人も多かったですね。
 
 現在、日本のアドラー心理学シーンにはいろいろな「役者」がいます。そのような「熱心」で「熱い」方たちとは違って自分の役割は、「こんなアドレリアン」であることを堂々と主張すること、増やしていくこと、特に心理臨床分野、カウンセリングの世界で貫くことかもしれないと思っています。
 
 アドラー心理学は一応「心理学」を名乗っているし、特に臨床など対人援助が核にあるのは間違いないので、私や私の仲間の動きは派手さはないけれど急所を突いており、対人援助や教育の世界にボディーブローのように効いてくることをイメージしているのです。太極拳の「発勁」ですね。なんのことかわかんないだろうけど。
 
「どんなアドレリアンもいてもいいのだよ」
というメッセージを送りたいですね。

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April 21, 2018

メタファーの使い方を学ぶ

 4月18日(水)、前記事の通り山梨に講師先生方をご案内した翌日、ヒューマン・ギルドにて「アドラー心理学と治療的メタファー」というワークショップがありました。
 
 先週末の早期回想はアーサー・クラーク先生が特にご専門で、メタファーはマリーナ・ブルヴシュタイン先生の方が得意らしく、多くの時間をマリーナ先生がしゃべっていました。でも、クラーク先生がクライエント役のロールプレイもあり、二人の掛け合いも面白かったです。
 
 セラピーにおいて、クライエントの悩みや訴えを物体か何かに例えて、メタファーとして扱う方法を1日かけて行いましたが、あっという間に時間が経ってしまいました。
 方法や考え方は、ナラティブ・セラピーの外在化や、エリクソン催眠の間接技法に通じるところがあると思えましたが、マリーナ先生はより自然な会話の中でそれを進行させている様子が大変勉強になりました。
 
 マリーナ先生からはポストモダンという言葉がふと出たり、言語学も学んでいたようでもあり、対話による相互作用をとても重視しているようでした。現代のアドラー心理学の最前線にいる様子が伝わってきました。
 
 セラピーの会話はメタファーに満ちているので、是非使ってみたいと思います。
 
 ワークショップの様子は岩井先生のブログで写真入りで報告されています。
 
 最後にフロアからの、そのようにできるためのトレーニングについて質問があり、マリーナ先生は、
 
・人生を楽しむこと
・グループやスーパービジョンで学ぶこと
・クライエントを好きになること
 
 などと答えていたのが印象的でした。
 
 今日から福岡でもお二人のワークショップがありますが、私の主な仕事はここまで。
 
 近年にない大変充実した一週間になりました。

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April 19, 2018

ツアーガイドを務める

 前記事の早期回想WSの翌々日、マリーナ先生とクラーク先生はそれぞれのパートナーともに山梨に遊びに来ました。
 
 正午前に、私とアドラー仲間のSさんがJR大月駅でお出迎え、そのままワンボックスカーに皆さんを乗せて、富士山麓に行きました。
 足の長いクラーク先生は窮屈そうで、ちょっと申し訳なかったです。
 
 まず、山中湖近くの忍野村にある地元の人たちがよく行く美味しい店、レストランイネヤ(外国人向けのガイド本にはあまり載っていないだろうから)にお連れして、ステーキ丼や鳥の照り焼き丼を楽しみました。
 店が混んでいて慣れない畳の座敷に座っていただきましたが、それも楽しんでくれ、壁に何げなく張ってあるメニューやポスターも、アメリカ人には物珍しいのでしょう、写真を撮っていました。
 和洋折衷の庶民の定食料理も、「It is good!」と喜んでいただけました。
 
 その後に北口本宮富士浅間神社を参拝。
 小雨の中、大木に囲まれた境内は、神秘的な雰囲気を醸し出していました。特にクラーク先生の奥様は、こういう文化に関心があるらしく、とても喜んでくれていました。
 
 本殿の前でクラーク先生と。
 
Photo_2
 
 その後、山梨県立富士山世界遺産センターを見学しました。英語の説明も充実しており、この地域を知っていただくにはよい場所です。
 
 しかし、この日最大の目的であった富士山は、なんと雲に隠れて全く見えなかったです。
 頭とかお尻とか出せばいいのに、ほんとに全然見えなかったのです。
 写真を撮ろうにも、富士山の方向は真っ白。
 
 富士の地元に生まれて、この時ほど富士山を恨んだことはなかったですよ。
 ほんと、残念。
 
 仕方なく、皆さんには心の目で見ていただきました。
 
 上記のセンターの売店に美しい富士山の写真集があったので、せめても、とお土産に差し上げました。通訳で帯同してくれた仲間のアイデアでしたが、グッドフォローでした。
 
 通訳係がいるとはいえ、メニューの説明やらなにやら、行く先々で英語でを使わなければならないので、私のブロークンイングリッシュが炸裂しまくりましたが、先生方の共同体感覚で、「私の目で見て、私の耳で聞いて」私の心を察してくださって、なんとかコミュニケーションをとることができました(と思っているのは自分だけかもしれないが)。
 
 私も3日間聞いているので、クラーク先生の口調にも慣れ、マリーナ先生のロシア訛りの英語も大分聞き取れるようにはなっていました。こっちも必死に聞き取ろうとしているからね。
 
 私としては、以前にブリーフサイコセラピー学会誌に掲載された自分の早期回想を使った事例の論文をお渡しできたのが、特にうれしかったです。英語のサマリーがあるので、こういう時は説明しやすくていいですね。お二人には大変喜んでいただき、そしたらなんと、先生方からサインを求められました。アメリカ人にサインをしたのは初めて。英語でなんて書いていいかわからないし、汚い字になってしまったし、ちょっと恥ずかしかった。あのサインでよかったのだろうか。
 
 とにかく半日弱の短い旅でしたが、とても楽しく、印象深い時間でした。
 
 帰ったらどっと疲れた。

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