November 01, 2019

『学校コンサルテーションのすすめ方』

 アドラー心理学の名著の待望の翻訳です。今年5月に出ました。

『学校コンサルテーションのすすめ方 アドラー心理学にもとづく子ども・親・教職員のための支援』(ドン・ディンクマイヤー・ジュニア、ジョン・カールソン、レベッカ・E・ミシェル著、浅井健史・箕口雅博約、遠見書房)

 1973年に初版が出て、改訂を重ねて最新版は2016年に出版、本書はその全訳です。

 序文は現実療法のウィリアム・グラッサーが書いていますね。

 主にスクールカウンセラーや学校で相談活動をする人向きではありますが、コンサルテーションの要諦が丁寧に、広範囲にわたって解かれています。アドラー心理学のエッセンスが詰まっているので、アドラー心理学を学んだ人はもちろん、まだ学んでいないスクールカウンセラー、臨床家にも大変参考になると思います。

 実は私、この原著を3年前にここで紹介したことがありました。

『Consultation』

 そこでも私は、「どこかで翻訳して出してくれないかなあ」とぼやいていますが、遂にとても読みやすい翻訳で現れたことに大変喜んでいます。アドラー心理学が心理臨床、とりわけコンサルテーションにとても有用であることが世間の公認心理師、臨床心理士などの援助専門職の人たちに伝わればいいと思います。

 本書の他にも、優れたアドラー臨床本は何冊もあるので、是非出版社の皆さん、ご検討ください。及ばずながらご紹介、ご協力させていただきますよ。

 そして本書の翻訳者、浅井健史先生と箕口雅博先生は実は私たちと共に、日本個人心理学会を立ち上げた仲間でもあります。

 本書の刊行を記念して、という意味合いも込めて両先生を講師になっていただいて研修会を実施します。すでに多数のお申し込みをいただいています。

 アドラー心理学にもとづくコンサルテーションの理論と実践

 研修会は11月9日(土)、もうすぐです。

 是非、ご参加ください。

 

|

October 07, 2019

『二月の男』

 前記事でご案内した演武会に昨日行ってきました。

 台湾の老師や日本の本部の指導員たちの八卦掌や形意拳の数多くの型、太極拳を見て、改めてうちの流派は中国文化の粋であり、深い伝統に裏打ちされていることを実感しました。みなさん、素晴らしい動きでした。

 他の武術・武道団体から、うちは保守的で閉鎖的と見られることが多いみたいですが、そうなるのも無理ないかもしれません。それだけ中身が豊富で濃いので、「時代に合わせて」なんて、容易に変えるわけにはいかないのだろうと思いました。保存し、伝えること、それはそれで大変大切なことなのだろう、継承者である老師たちの苦労は大変なものだろうと思いました。

 さて、武術にも深い意味で関連のある催眠について、私は週末に集中的に学ぶ機会を得ています。来週にその報告したいと思いますが、催眠といえばミルトン・エリクソン、彼の実際の事例を詳細に記録したのが、

 ミルトン・H・エリクソン、アーネスト・ローレンス・ロッシ著、横井勝美訳『ミルトン・エリクソンの二月の男 彼女は、なぜ水を怖がるようになったのか』(金剛出版)

 エリクソンが最も働き盛りの1945年の頃の事例の記録を、晩年の1979年にエリクソンと弟子たちが振り返るという面白い構成になっています。「江夏の24球」みたいな感じですね。

「二月の男」とは、クライエントである19歳の女性が、自らのトラウマ体験に直面するためにトランスに入った時に登場するエリクソンの「名前」です。深いトランス状態に入ったクライアントの心の中に、エリクソンではなく、「私は二月の男ですよ」(その場面が2月だったから)と称して登場するのです。

 そんなことできるんだあ、と驚きです。

 一読して、エリクソニアンでも専門の催眠療法家でもない私には正直、わかりにくいところもありましたが、実際の会話の様子がたくさん出ているので、一人ロールプレイみたいに朗読して、その場の感じや催眠の語り方を感じ取ろうと努めました。

 本書でエリクソンは、クライアントを全体として見ることを言っていたり、クライアントが困難を克服するために盛んに勇気づけていたり、「エリクソンってアドラーっぽいな」と以前から感じていたことを再確認しました。その方法として、意識的なコントロールが弱まる催眠を利用しているところが、エリクソン独自のところなのでしょう。

 臨床がうまくなりたい人は、読んでみて損はないと思います。

 

 

|

September 25, 2019

『身体はトラウマを記録する』

 トラウマケアの世界的権威の本、各方面で絶賛されているベッセル・ヴァン・デア・コーク著『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』(紀伊国屋書店)は、いわゆるトラウマの諸症状とその悪影響、脳科学的知見、そして効果的なセラピーの方針と方法まで網羅されています。分厚いですが、カウンセラーは是非読んでみるといいと思います。

 その中で私が注目したのは、トラウマケアに通常の心理療法や環境療法だけでなく、身体にアプローチすることを強調していることです。

 深刻なトラウマ治療のために著者は、マインドフルネス瞑想はもちろん、ヨガや気功、太極拳、日本の武道や護身術などもどんどん取り入れています。演劇もあります。

 私が以前から感じていた、「太極拳や気功はトラウマの治療に良いんじゃね?」という思いを見事に裏打ちしてくれていて、うれしかったですね。これまでは、権威もなく研究者でもない私が言い始めれば、「また深沢が変なことをやっている」と指弾されかねませんでしたが、これからは堂々と論陣を張れますね。

 というか、私がやらなくても、真似っこ好きな日本の学者や臨床家は、これからは本書で紹介している新旧の身体的アプローチどんどん取り入れていくことでしょう。それでエビデンスらしきものがたまってくれば、余計に田舎セラピストの私も使いやすいので、それはそれでありがたいです。

 関連個所を引用、メモします。みんな、気功や太極拳をやろうぜ。

(貼り付け始め)

 私たちはまた、呼吸法(プラーナヤーマ)や詠唱(チャント)から、気功のような鍛錬法や武道、ドラム演奏や合唱、ダンスまで、西洋医学の外で長年行われてきた、他の古い、日薬理学的な取り組みの価値も、受け容れやすくなった。これらの取り組みはみな、人と人の間のリズムや、内臓感覚の自覚、声や表情による意思疎通に依存している。それらは、人が闘争/逃走状態をを脱し、危険の近くを立て直し、人間関係を管理する能力を増進するのを助ける。  p143-144

 これまで多くの患者が、合唱や合気道、タンゴのダンス、キックボクシングにどれだけ助けられたかを語ってくれた。  p350

ヨーガグループの参加者は、PTSDにおける覚醒の問題が有意に改善され、自分の体との関係が劇的によくなった(「今は自分の体をいたわっている」「自分の体が必要としているものに耳を傾けている」)  p445

 ヨーガを20週間実習すると、基本的な自己システムである島と内側前頭前皮質の活動が増すことを、初めて示す結果が出た。  p452

 通常、人は前頭前皮質の実行能力のおかげで、何が起こっているかを観察し、ある行動をとれば何が起こるかを予想し、意識的な選択ができる。思考や感情や情動を冷静かつ客観的に観察し(この能力のことを、私は本書を通じて「マインドフルネス」と呼ぶ)、それからじっくり反応できれば、実行脳は、情動脳にあらかじめプログラムされていて行動様式を固定する自動的な反応を、抑制したり、まとめたり、調節したりすることが可能になる。 p105

マインドフルネスを実践すると、交感神経系が落ち着くので、闘争/逃走反応を起こしにくくなる。  p341

 マインドフルネスを練習すると、脳の煙探知機である扁桃体の活性化が抑えられ、トリガーになりそうなものに対して反応しにくくなりさえすることが立証された。  p348

(貼り付け終わり)

 

 

 

|

September 09, 2019

『古の武術に学ぶ無意識のちから』

 武術研究家で著名な甲野善紀氏と、幸福学の研究者の前野隆司氏との対談本です。

『古の武術に学ぶ無意識のちから』(ワニ・プラス)

 この7月末に出たばかりです。

 徹底的なアナログの甲野氏と、実証主義で科学者魂を持つ前野氏との対話で、かみ合わないと思いきや、けっこう面白くてひきこまれました。それは知識人との対話に慣れている甲野氏の語りが哲学的な趣を持ち、前野氏も普通の心理学のパラダイムから飛び出そうという志向が強い方だからのようでした。関心が重なるのでしょう。

 そもそも甲野氏は、強くなりたいから武術を志したのではなく、「人にとって自由とは何か、運命とは何か」という解きようもない問いを人生の課題にして、それを解く手掛かりに武術を選んだので、こういう深い対談にはとても向いています。

 お二人とも楽しそうに語らっている様子がうかがえます。

 内容ですが、フローとかヒモトレとか、AIとか新宗教とか、出てくる話題は多彩で飽きることはありません。

 キーワードの無意識も本書に出てくるのは、精神分析学的な無意識でもなく、ユング的な無意識に近いですが厳密には違う気もします。あえて言えば、ポランニーの暗黙知とかミルトン・エリクソンの無意識観に近いものが感じられます。本書にもエリクソンの逸話が一つ出てきます。

 無意識の叡智を信じるという態度とそこから生まれる技術です。単にそれを信じるというだけでは足りません。武術ですから、できてなんぼの世界です。

「表の自分」と「そうではない自分」を操ることで全力で打ちかかてくる木刀をなんなく躱せるようになると、甲野氏は言います。最近会得した意識操作法だそうです。どういうことなんでしょうか。普通の型稽古の中にはそういう技もありますが、ガチで振ってくる刀をさばくのは容易ではありません。

 70歳を超えても高度な術理を求めて、体現してしまう甲野氏は凄いですね。ある人から聞いたことがありますが、甲野氏の良いところはそういう高度な技の体現だけではなく、稽古中に自分ができない、技が利かない場面になっても、素直に「利かないね」と認めて、威張らず、間違いから謙虚に学ぼうとする姿勢だといいます。

 とかく、武道家や格闘家は劣等感の裏返し、アドラー的には優越コンプレックスで、誤りを認めず威張る人が多いですからね。

 年をとっても若々しいお二人から、我々「後輩」も刺激を受けるでしょう。

 

 

|

September 03, 2019

『マンガでわかる家族療法』

 私は家族療法家というほどではありませんが、元々児童相談所出身ということもあって、家族面接は数限りなくこなしてきました。いろんな子どもや家族にお会いしてきました。

 ただ、家族療法の専門的なトレーニングは受けたことはなく、1日の研修会に数回出た程度で、あとは数をこなして何となく会得というか、乗り切ってきた感じです。

 ただ、アドラー心理学には家族療法と通じるものがあるし、家族療法の思想的元祖であるグレゴリー・ベイトソンを発想の根源にしているので、何となく家族療法っぽい臨床になっている(している)と思っています。

 さらにもう10年以上、地元で児相の仲間と「山梨家族療法研究会」という勉強会を立ち上げ、今でも月1回のペースで続けています。

 その中で家族療法の達人として名高い東豊先生の著書は、よく参考にさせていただきました。学術書というより、エッセイのような親しみやすいスタイルがとてもわかりやすかったです。ただ、先生のやっていることがわかりやすいということはなく、実際どんな感じなのだろうと思うことしばしばでした。よく「あれは、天才・東先生だからできたことだ」なんて言う人もいます。

 そんな疑問に応えてくれるのが、

 東豊著『マンガでわかる家族療法 親子のカウンセリング編』(日本評論社)

 なにせ、マンガですからね、主人公のおじさんセラピスト(ルックスは先生とは大分違いますが)の振る舞いや発言は、きっと東先生のものなのだろうという感じです。

 不登校、夜尿、性的非行など、やっかいな問題を一見型破りな家族面接を通して家族が変わり、本人が変わっていく、そんなプロセスを眺めることができます。

 これまで、マンガでフロイトやユング、アドラーなどの人生や心理学を解説したものはあっても、セラピー自体をマンガにしたものはなかったように思います。

 本書は臨床家の間で好評なようで、既に続編も出ています。

 セラピーがうまくなりたい人、取り分け子どもや家族を支援する人は是非楽しみながら、勉強してください。

 

 

 

 

|

August 19, 2019

『春宵十話』

 岡潔著『春宵十話』(角川ソフィア文庫)

 数学者・岡潔の評判は方々で聞くことがあったので、代表的なエッセイを読んでみました。評判通りでした。天才の直観と経験に基づいたエッセイだと思うのですが、非常に重要なことを述べているように思いました。一見奇をてらったような言葉も、当たり前に感じられるのは普遍性に到達した言葉だからでしょうか。

 有名な「数学は情緒である」というフレーズは、初めて聞いた時は、面白いなと感じながらも、数学は論理だけだと思っていた文系人間にはなかなかわかり難い感じもしました。本書で、岡先生独自の非常に深い教育論であることがわかりました。こんな理解で数学をやれたらよかったです。

 印象的なところはたくさんあるのですが、後学のためにメモします。

 人の中心は情緒である。…(中略)…数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。  p3

 頭で学問をするものだという一般の観念に対して、私は本当は情緒が中心になっているといいたい。  p13

 本当は情緒の中心が実在し、それが身体全体の中心になっているのではないか。その場所はこめかみの奥の方で、大脳皮質から離れた頭のまん中にある。ここからなら両方の神経系統(自律神経の交感、副交感神経のこと=ブログ主注)が支配できると考えられる。情緒の中心だけでなく、人そのものの中心がまさしくここにあるといってよいだろう。  p13

 面白い視点ですね。こめかみの奥の中心って、松果体でしょうか。岡先生の数学をやっている最中の身体感覚なのかもしれません。神秘主義者やオカルティストはよく松果体を直感や霊感の座ということがありますが、関連があるように感じてしまいます。

 さきに副交感神経についてふれたが、この神経の活動しているのは、遊びに没頭するとか、何かに熱中しているときである。やらせるのではなく、自分で熱中するということが大切なことなので、これは学校で機縁は作れても、それ以上のことは学校にはできない。  p15

 文化の型を西洋流と東洋流の二つに分ければ、西洋のはおもにインスピレーションを中心にしている。たとえば、新約聖書がインスピレーションを主にしていることは芥川龍之介の「西方の人」を見ればよくわかる。これに対して、東洋は情操が主になっている。孔子の「友蟻遠方より来る、また楽しからずや」などその典型的なものだし、仏教も主体は情操だと思う。  p36

 仏教では視覚、聴覚の中枢を五つ考えて、五識としています。これをまとめるのが第六識で、第六識をあらしめているものが第七識となっていますが、これが情緒の中心と言えます。つまり情緒の中心が第六識以下の感覚をあらしめているのに違いないと思えるのです。  p86

 本当の数学は黒板に書かれた文字を普通の目玉で見てやるのではなく、自分の心の中にあるものを心の目で見てやるのである。これを君子の数学という。  p119

 数学教育の目的は決して計算にあるのではない。かたく閉じた心の窓を力強く押し開いて清涼の気がよく入るようにするのにあるのだ。  p120

 

 

|

August 15, 2019

『はじめてまなぶ行動療法』

 SNS等で心理専門家、学生の間で評判の高い本です。行動療法の基礎から最先端の動向まで学べます。

 三田村仰著『はじめてまなぶ行動療法』(金剛出版)

 一読して、私も改めて行動療法の世界を整理できた感じです。公認心理師試験の受験生にも役立ちそうです。

 本書によると、行動療法には大きく二つの流れがあるといいます。「要素実在主義」と「文脈主義」です。前者はイギリス発祥でアイゼンクやウォルピの系統、不安症が主なターゲットで、認知行動療法やマインドフルネス瞑想はこの流れの中にあるといいます。

 後者はアメリカ発祥で、スキナーの徹底的行動主義の発展形といえ、障害者の療育から始まり、現在幅広く応用されるようになってきており、最近は弁証法的行動療法(DBT)やアクセプタンス・アンド・コミットメント・セラピー(ACT)などが最新のアプローチです。

 初心者向きとありますが、原理的なところをきちんと押さえているので、心理療法全般を思想的基盤から考えたい人にも役立つ内容でしょう。

 アドラー心理学からすると、この二つの中では「文脈主義」が近いところにあるように思われます。価値とか文化的要因も加味して、コミュニケーションの全体を重視するからです。アドラー心理学は深層心理学というより「文脈心理学」といった方が正確であるとは、海外の文献でも昔から言われていたので、言葉からしても、内容的にも近いのは間違いありません。

 実際、何年か前の日本心理学会でアドラー心理学シンポジウムがあったとき、シンポジストの一人としてお話しさせていただきましたが、アドラー心理学は「ACTに似ている」と感想を持った方がいたようです。

 科学的であれ、価値中立的であれ、という態度が絶対的だったイメージの行動科学、行動療法が価値を重視するようになったのは時代の流れを感じます。昔だって実際はそれは建前で、現場のセラピストが価値中立的なはずはないのですが、今や堂々と価値を語れるようになったということなのでしょう。

 今私が大学生だったら、アドラーを知らなければ、これを学んだかもしれません。科学的であることにそんなに魅力を感じなかったので、その時は。行動療法家への道は考えませんでした。

 「第三世代の行動療法」ともいわれるこの流れの特徴は、以下の通りだそうです。

(1)文脈と機能を重視すること、(2)症状の治療を超えてクライエントの人として生きる機能を高めること、(3)理論や技法をセラピスト側にも向けること、(4)これまでの行動療法や認知行動療法に延長に位置づけられること、(5)人間の抱える大きなテーマ(例:価値、自己)も積極的に扱う  p25

 (4)以外は、まったくアドラー心理学と一緒です。私から見れば文脈主義的行動療法は、当人たちが言うほどまったく新しいアプローチではなく、昔からアドラー心理学が射程に入れていたところで、他の心理療法学派が入れていなかったことに、行動療法側がようやく目を向けるようになってきたということです。心理療法史の中でいえば、これが正しい理解だと思います。しかし、行動療法の強みである、実証性を引っ提げてきたというところが素晴らしいといえます。

 そして文脈主義の一つである「機能分析心理療法(FAP)」は、なんと勇気と愛についても言及しているそうです。

「勇気とは、その瞬間に起こっていることの意味について誠実に表現することである。そして愛とは、オープンかつ共感的で、理解を持って承認し、相手の表現を気遣う反応のことである。 p224」

 なかなか面白い表現です。こういう用語や定義を比較して研究するのもいいかもしれませんね。

 他にも、「ぼくたちは人生の方向性を自分で選べる! p270」なんて、アドラー心理学の「主体論」の主張そのままです。環境主義の行動療法はどこへ行ったのだろう。

「実証的アドラー心理学」を作るとしたら、この方向だろうと思いました。

 技法の解説も懇切丁寧で、臨床がうまくなりたい人は、是非参照してください。 

 

 

|

July 29, 2019

本当はちょっとアダルトな古事記

『古事記』は日本最古の書物として知られていますが、教科書や右寄りの人たちには絶対取り上げられない楽しいお話がいくつもあります。

 能楽師で、ロルフィングというボディーワークの専門家でもある安田登さんが、インターネットラジオで『古事記」の大変面白い解説をしています。安田さんは、先日NHKEテレ「100分de名著」にも出演、『平家物語』を語っていましたね。これもよかったです。

 野の古典01 古事記01

 私も以前初めて『古事記』を読んだ時に、「なんだこれは?」と驚いた話です。

 ある神様がある女性を見初めてお近づきになりたいと思い、その女性が厠(トイレ)でしゃがんでウンチをしているときに、神様は赤い矢に変身して、厠の下に流れて行き(当時の厠は小川の上にあったみたいです)、なんと下からその女性のあそこをツンツンしちゃうという、とっても心温まるお話です。

 いやあ、古代日本人の大らかさが、いいですね。

 しかし、神道に造詣の深そうな新海誠監督も、さすがにこのシーンはアニメ化はできないでしょう。

 女性の立場での現代訳、関西弁訳の2つのナレーションも楽しい。番組に出ている女性たちにも大受けでした。

 是非、お楽しみください。

|

July 16, 2019

『武田三代』

 大河ドラマ「真田丸」で時代考証を担当した平山優先生の『武田三代』(サンニチ印刷)は、武田信虎・信玄・勝頼の軌跡を、豊富な写真とビジュアル資料でまとめた、戦国武田氏の格好の入門書です。

 特に、信玄や勝頼に比べてこれまであまり描かれることのなかった(ドラマでは、もっぱら悪役でしたね)信虎の事績を詳しく載せているのはすばらしいところです。

 私もとても勉強になりました。

 今年は甲府ができてちょうど500年、甲府市はいろいろなお祭りや企画を催していますが、実は甲府を作ったのは武田信虎なのです。それまで武田氏の本拠はその隣の石和近くにありましたが、それを信虎が永正16年(1519年)、甲府市北部の相川扇状地、現在の武田神社に館を移し、家臣たちもその周辺に住まわせたのが始まりです。

 このように創始者と年代がはっきりしている都市の例は、全国でも大変少ないそうです。しかも家臣の武家たちを本領から切り離して城下に住まわせるのは、豊臣や徳川の時代には当たり前ですが、大変先駆的だったそうです。

「いくつかの制約はあるものの、豊臣政権の政策を遥かに先取りする画期的な性格を持っていたといえよう。信虎の先進性は際立っていると思われる。 p21」と平山先生は述べています。

 甲府を作ったり、分裂していた甲斐の国を統一したり、やはり信虎も大変優秀な人だったのでしょう。息子・信玄の飛躍は、信虎なしにはなし得なかったのは明らかです。

 そういうわけで、最近は信虎の再評価がされるようになってきました。

 いつか大河で改めて、武田三代のドラマがあるといいですね。

 本書はさらに武田氏関連の場所を網羅した大きな地図が付録でついています。これを見るのもとても楽しい。これを頼りに、中部、東海、上州をドライブしようかと思いました。

 歴女、歴男は是非。

 

|

June 19, 2019

『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う』

 最近、古神道やシャーマニズムに関心があり、それに最も近い心理現象は催眠トランスであることは間違いないので、積極的に学ぼうとしています。

 日本の催眠臨床の第一人者の松木繁先生(前鹿児島大学教授)の『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う 催眠とイメージの心理臨床』(遠見書房)は、「効果的なコミュニケーションとしての催眠」という視点と、ご自身の豊富な臨床体験から催眠を論じた本です。

 催眠は「かける/かけられる」という一方的な関係性ではなく、共同作業であり、協力関係であるというのが著者の主張です。そしてクライエントとセラピストは、主観的には催眠状態を共有している状態」になります。セラピーはそこから続いていきますが、それは「クライエントーセラピスト間の相互作用による一つの創造的仕事としての面接」を行っていることになります。その結果、ミルトン・エリクソンのいう「無意識の力」、「人の奥深くにある知恵を持った自己」が活性化し、自己治癒力を高めることができる(p28)のです。

 催眠状態だからこそ、全ての心理療法に必須の「守られた空間」が作りやすく、そして、クライエントの主体的な活動性が自己効力感を高め、変化の可能性を開けると筆者は説きます。

 私もたまに催眠をしますが、なんかわかる気がします。普通の言語的セラピーにはない面白さがありますね。

 本書で語られていることは、一般の人たち、催眠を知らないセラピスト、カウンセラーの催眠のイメージとはだいぶ違うかもしれません。

 セラピストにとって本書は初級編というより中級編という感じですが、催眠に関心のある方は是非本書に当たったり、著者から学んでみるといいと思います。

 

 

|

より以前の記事一覧