August 08, 2020

『よくわかるコミュニケーション学』

 この前期、非常勤を始めた大学で担当した授業の一つは「コミュニケーション基礎」という授業でした。

 対人援助におけるコミュニケーションのあり方を、新一年生に伝えるという趣旨の授業だったのですが、全学部共通科目ということで、100人近くの受講者がいました。ふたを開けてビックリ。「昨年度は30人ぐらいでしたよ」と言われてたので、「聞いてないよう」と思わず独り言ちました。

 当然私が身につけてきた臨床心理学の理論、技法を伝えるつもりで、アドラー心理学始め、認知行動療法、システムズアプローチ、解決志向アプローチを順繰りにお話ししました。もちろん、オンラインで。

 ただ、初っ端に話をしたのは臨床心理学そのものではなく、そもそもコミュニケーションとは何か、という問いでした。しかしいきなりベイトソンのコミュニケーション論というのも難解すぎますので、社会学や人類学などを含めた広い視点から話をしたいと思いました。

 そこで必須の教科書は使わず、参考書として学生に紹介したのは、対人援助、臨床心理学の本ではなく、

 板場良久・池田理知子編著『よくわかるコミュニケーション学』(ミネルヴァ書房)

 でした。

 本書では、「コミュニケーションの学は、コミュニケーションの技術にあらず」といった立場で、様々な研究者が「やさしく」さまざまなコミュニケーションについて論じているのですが、やさしいかどうかは、それ以前の読者の問題意識や知識の蓄積によるかもしれません。

 どちらかというと「より良いコミュケーション」を啓蒙しがちな臨床心理学的コミュニケーション論にはアンチの立場で、ポストモダン的な批評精神や社会学的な問題意識の濃い本だと思います。

 メディアによる「ことばの支配」、国家と家族、家族内コミュニケーションの語られ方(理想の家族からの脱却をうたっています)、ジェンダー、セクシュアリティー、文化と権力、教育における「身体」の支配、リベラリズム、コミュニタリアニズム、多文化主義などなど、多様な問題を扱っています。

 私にはとても刺激的で、ずいぶん気づかされました。良書だと思います。

 また、こういう議論についてこれるだけの人材が、アドラー心理学や臨床心理学界隈にももっと増えてほしいと思いました。今のところ、信田さよ子先生が目立っているぐらいじゃないかな。

 でも、例えば、勇気づけとは何か、共同体感覚とは何か、心の治療とは何かなど、本質的なことを考えるときには避けては通れないところだと思います。

 

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July 21, 2020

『みんなのシステム論』

 アドラー心理学とも相性が良い、とても近い発想に立っている心理療法に家族療法があります。システムズアプローチともいいます。

 でもアドラー心理学を学ぶ人だけでなく、普通の傾聴中心のロジャーズ的なカウンセリングをやっている人、専門家でも精神分析学的心理療法の志向の強い人は、システムズアプローチが苦手みたいです。

 基盤となっているのがベイトソンの認識論とか、サイバネティクスとか情報理論とか、難しそうでとっつきにくさがあるからかもしれません。

 物の見方も独特だし、一対一の個別面接が好きな人は、親子や家族、カップルなどの複数人との面接は苦手な人が多いからかもしれません。

 家族療法が登場してもう半世紀は経っているのに、まだ十分に日本の臨床現場に普及しているとは言えないかもしれません。

 しかし、家族とのカウンセリング、複数の人と面接する機会のある人には絶対に知ってほしいアプローチです。

 そんなシステムズアプローチの基礎から応用まで、わかりやすく説いているのが、

 赤津玲子・田中究・木場律志編『みんなのシステム論』(日本評論社)

 私も所属している日本ブリーフサイコセラピー学会で活躍している先生方による本で、「こういう感じの実践をされているんだ」「こんなふうにやっていけばいいんだ」と確認することができて、個人的にはとても良かったです。

 前半はシステム論の解説、システムという視点で患者・クライアント・問題・症状を見るとはどういうことかを解説しています。

 リフレイミングとか、元々はシステムズアプローチから出たワードも解説されています。

 後半はさまざまな臨床現場からの報告、摂食障害、スクールカウンセリング、訪問看護、緩和ケア、養護施設、少年院など、心理職だけでなく多くの対人援助に携わる人たちがシステムズアプローチを実践している様子がわかります。とても応用範囲がひろいです。

 私は最近、非常勤講師をしている大学で、システムズアプローチの講義をしたのですが、その時に参考書として学生たちに本書を紹介しました。

 カウンセリングの腕を挙げたい人は、是非学んでください。

 

 

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July 05, 2020

『不登校に向き合うアドラー心理学』電子書籍化!

 幸い好評いただいている拙編著『不登校に向き合うアドラー心理学』(アルテ)がこの度、電子書籍化しました。

 少しお安く買えますよ。

 新型コロナウイルスによる休校があり、学校が再開して1か月余り、子どもたちも先生方も大分疲れてきた人が増えてきたとよく聞きます。

 これまでのような不登校だけでなく、新しい問題も生じているかもしれません。

 学校とどう付き合うか、改めて考える材料にしていただけると幸いです。

 よろしくお願いします。

 

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June 30, 2020

古神道は密教

 前記事の続きですが、私自身かつては神道に全く興味はありませんでした。

 普通に初詣や旅先で神社にお参りするくらいで、何かを真剣に考えたことはありませんでしたね。「女の子にもてますように」なんてレベルのお祈りしかしてませんでした。普通の人はそうなんじゃないかな。

 そのような、私たちが普段接しているのは「神社神道」というそうです。これもいろいろな問題があるみたいです。

 私は、特に障害者や社会的弱者の支援に携わっていると自然にリベラルな考え方になじんでくるので、神道というと戦前までの天皇を現人神に奉った国家神道のイメージが強すぎて、街宣車の右翼も連想したりして、敬して遠ざける存在でした。

 むしろ仏教の方が高尚というか、哲学的なものに関心があると好ましく見えました。実際仏教を背景にした知識人、思想家はいるけど、神道ベースの思想家って見たことがないですね。

『古神道と古流武術』の著者たちによると、神道にもいろいろあって、一般には明治以降の国家神道の前に存在した諸々の流れを古神道と一応分類されるようです。

 そして、古神道は仏教でいう密教に相当する存在とのことです。

 本書の著者(対談相手)の一人、大宮司朗氏によると、

 古神道という概念は、太古日本の霊的な時代から現代まで、非常に秘教的、密儀的な、不可思議な古伝の行法、神道法術を伝承してきた、いわば古伝の伝承というところに眼目がおかれるわけです。ですから、一般の神社神道を表神道とすれば、裏神道と称してもよろしいかもしれません。

 これはちょうど仏教でいえば一般的な顕教に対する密教とでもいえる存在であり、密教神道、秘密神道と称してもよいかもしれません。 p15

 おもしろいですね。

 私たちが普段の生活で接する神道の他に、なかなか知られてこなかった神道の流れがあって、どうも現代においても様々な影響を社会に対して静かに与えているようなのです。

 

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June 26, 2020

『古神道と古流武術』

 久々の武術ネタですが、極めてマニアックかつ本質的な関心が最近の私にはあります。

 日本本来の思想とは何か、ということです。

 空海や禅などの仏教という意見もありそうですが、日本の仏教はインドで生まれた時の元の姿を保っていないことはよく言われており、極めて日本的な消化吸収をされた独自のものといってよいでしょう。

 平安時代に最澄によって説かれて、その後の日本の仏教の基調となった「神仏習合」とは、まさに仏教が日本化したことの象徴であり、もっというと、仏教が神道化したことを示しているといえるでしょう。

 それが日本社会全体に浸透し、今でも日本武道・武術の道場にはよく神社や神様の名前の掛け軸がかかっています。

 多くの武道家が、神仏習合の修行体系である修験道にかかわってきました。

 特に合気道の開祖、植芝盛平は古事記の研究などをしたディープな神道家であり、世界に何百万といる合気道愛好者は神道の行法の一部を楽しんでいることになります。

 そしてパワースポット巡りにいそしむ若い子たちは、まるで巫女であるかのように無意識のうちに神社やその土地に潜む神々に触れて願いをかなえようとしています。

 さらに安倍首相やその背後の勢力に、明治以降の国家神道を信奉する勢力や団体が動いていることは実際にあるようです。それがあれだけ「悪さ」や「無能」ぶりを示しても、なかなか倒れないことに資していると私は見ています。

 また、日本に一神教のキリスト教が結局大勢を占めることができなかったのも、神道の多神教的世界観や先祖崇拝を日本人が手放さなかったから、という考えを聞いたこともあります。

 実は日本人は右も左もノンポリも、神道的なものが大好きなのです。

 では、その神道とは何か。

 これがすごく難しい問いだということは、調べてみて良くわかりました。

 そこで多少馴染みのある武術の世界から、神道を調べてみようとググって手にしたのが、

 大宮司朗・平上信行著『対談 古神道と古流武術』(八幡書店)

 1996年に出た本ですが、私好みのマニアックさでなかなか面白い。

 斯界ではよく知られた神道家と武術家の対談で、文献的にも深く研究されたお二人で、かつ実践家でもあるので思い切った論説や視点があり、とても興味深かったです。

 次回に少し紹介します。

 

 

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June 04, 2020

『不登校に向き合うアドラー心理学』在庫切れか

 前回重版をご案内した『不登校に向き合うアドラー心理学』(アルテ)ですが、Amazonでもう在庫が切れたのか、割高の中古本しかありません。まさか爆発的に売れるような本でもないから、数冊しか入れていなかったのでしょうか。

 こら、Amazon、甘く見とんのか、もっと入れんかい。

 ほしい方は、最寄りの書店などで注文していただきたいと思います。

 ところで、この本のタイトル「不登校に向き合う~」は、実は共著者の一人の佐藤丈先生の発案だったのですが、今思うとアドラーらしいな、と感じます。

 ロジャーズなどをベースにした、よくあるカウンセリング理論に拠った本だと「不登校に寄り添う」というやさしい感じのタイトルや副題、キーワードが使われるかもしれません。

 応用行動分析学や認知行動療法だと、「不登校を直す」というニュアンスが出てくるでしょう。実際本ブログでも、そういった本を何冊も紹介したことがあります。

 寄り添うのも直すのもいいけれど、そもそもこの問題にどのような考え、姿勢で臨むのか、まさにライフタスクとしての不登校というとらえ方が可能であることを本書は示唆していると思います。

 新型コロナで長期の休校を経た今、改めて学校の在り方、学校に通うことが問われています。その点でも本書は時宜にかなっているといえるかもしれません。

 不登校支援に関係する方、是非参考にしてください。

 

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June 01, 2020

『不登校に向き合うアドラー心理学』重版出来!

 先月にも同じアナウンスをしたのですが、緊急事態宣言にともなって出版業界、印刷所や取次がストップしてしまったためか、ようやくAmazonや書店に出るようになりました。

 深沢孝之編著『不登校に向き合うアドラー心理学』(アルテ)

 これまでAmazonでは在庫切れ、マーケットプレイスで1万円を超えた時もありました。やっと普通に買えます。お待たせしました。

 おりしも休校が明け、何とか始まった学校生活に、不登校の子どもたちはどのような反応をするのでしょうか。

 本書はコロナ前の昨年末に出たものですが、今でも十分に通じる内容だと思います。

 アドラー心理学らしい支援の様子をうかがうことができますよ。

 

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May 24, 2020

『アドラーに救われた女性たち』

 日本のアドラー心理学の歴史と共に生きてきた大先輩・鶴田恵美子先生が、ついに本を著しました。

 つるたえみこ著『アドラーに救われた女性たち 親子関係・夫婦関係に悩むあなたへ』(みらいパブリッシング)

 先生から献本いただきました。ありがとうございます。

 本書はタイトル通り長年、女性、家庭支援に精力を注いできた鶴田先生が、その温かい人柄と柔らかい感性を活かして、ご自身の人生を振り返り、アドラー心理学との出会いから発展まで、そして実際の現場での援助のポイントを、わかりやすく綴られたものです。

 実は私は、鶴田先生が創設された日本支援助言士協会の顧問と講師を務めさせていただいており、本書の執筆や出版も企画段階から耳にしていたので、当然応援していました。ついに実現してよかったです。

 個人的に興味深かったのは、戦後・沖縄の粗っぽいというか複雑な社会の状況と、その中でたくましく生きる若き(すみません m(__)m)先生の生き様。まさにアドラー心理学の早期回想みたいなもので、ライフスタイルがうかがえて楽しかったです。

 家族支援の本質が学べます。

 是非、お読みください。

 

 

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May 19, 2020

『みんなの当事者研究』

 ステイホームで時間があるので、積読状態だった本を引っ張り出して読んでいます。

 熊谷晋一郎編『みんなの当事者研究 臨床心理学増刊第9号』(金剛出版)

 2017年に出た、当事者研究に携わる人たちの対談、報告集ですがとても面白いです。

 アドラー心理学の観点からも首肯できる発言や、思わずコメントしたい内容がたくさんあります。

 もちろん彼ら論者、実践家たちはアドラー心理学について全く知らないので、それについて何の言及もないのですが、そこかしこに共通性がうかがえます。

 特に、「中動態」で知られる思想家の国分功一郎氏と東大の当事者兼研究者の熊谷晋一郎氏の対談には、「意志と選択」「原因探しの問題」「仲間」など、アドラー心理学の「主体論」や「共同体感覚」に近いワードが続々と出てきます。

 目を引いたのは、あの「浦河べてるの家」を起ち上げたことで知られる、向谷地生良氏の「当事者研究とソーシャルワーク」という論考。氏は、ベてるの家の実践の意義をどのように説明するかを探求しているうちに、ゴールドシュタインという人の「認知ヒューマニスティックアプローチ」にその解を見出したそうです。

 その認知ヒューマニスティックアプローチは、「自己、システム、人間関係などに関して、人がどのように思考し、意味づけ、認知しているかの深い認識こそが、実践に対して信頼しうる理論的基盤を提供する」という考え方であり、クライエントとワーカーとの「対話」を重視するそうです。

 そこでは、認知ヒューマニスティックアプローチの説明が表になって表されているのですが、どこかで散々聞いた話ばかりです。

 さもありなん。向谷地氏によると、ゴールドシュタインはこの認知ヒューマニスティックアプローチをまとめ上げるにおいて、「ベック(Beck A)が提唱する認知療法や認知/実存的な立場をとるフランクル(Frankl V)の研究を参考にしていた」そうで、二人ともアドラー心理学に直接間接に強い影響を受けていた人たちです。アドラーの子孫みたいな人たちです。

 ここでも、アドラー心理学の普遍性が確認できたような内容でした。

 そう思うのは私だけかもしれないけど。

 

 

 

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May 16, 2020

ステイホームで集中稽古

 前回、コロナによる自粛強制下における武道・武術団体の苦境について述べましたが、学習者個人にとっては必ずしもこの事態は悪いものではないかもしれません。生活や経済的な問題を除けば。

 ステイホームしていれば、一人稽古をする時間が山ほどあるからです。

 都会の人は部屋が狭かったり、音を出せないアパートなどに住んでいると難しいかもしれませんが、私のような田舎で、室内のスペースもある程度あったり、家の外が何の密もない環境ではけっこう練習できます。そういう人は、意外に多いと思います。ただ下手に「外でやってます」と言えないだけで(言うと非難されかねない)。

 山ごもりならぬ家籠りで、普段できないことができているかもしれません。

武道やっててよかったな」とこの時期に思うのは、何の道具も器具も要らないこと。せいぜい剣と棒っきれぐらい。身一つできること。それでいて効率よく全身を使った運動になることです。太極拳が改めてよくできていることを実感しています。

 そもそも本格的な伝統武術は基本殺人技なので、人に見せることはなく家の中でひっそりと伝授されていたところもあるので、元々ステイホーム向きなのです。

 私からの提案は稽古の中に、普段の生活の中ではなかなか意識できない体の細かい部分を意識化して、動きの精度を高める稽古をすることです。

 例えば股関節などどうでしょう。

 高岡英夫先生の『キレッキレ股関節でパフォーマンスは上がる!』(カンゼン)のワークで股関節を意識しながら、体を動かすと深いところが感じ取れるようになれて、実に快適ですよ。

 お勧めです。

(私も老眼になってきたので、フォントを大きくしました。読みやすくなりましたかね)

 

 

 

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