May 02, 2021

『ポリヴェーガル理論』

 私は、自粛なんて意味ない派なんで、どんどん外出すればいいと思っていますが、研修の資料作りや執筆が立て込んで、連休中は缶詰め状態になりそうです。本当は東京の道場に行きたかった。

 連休中の読書で、心理屋さんや武術家さんなど心身のことに詳しくなければならない人のために紹介するのが、

 ステファン・W・ポージェス著、花丘ちぐさ訳『ポリヴェーガル理論 心身に変革をおこす「安全」と「絆」』(春秋社)

 自律神経の理論として注目されているポリヴェーガル理論は、ご存知の方も多いと思います。

 これまで、生物に危機が迫った時やストレスに直面した時の自律神経の働きを「戦うか逃げるか」反応と呼んでいました。猛獣に襲われた時、草食動物は瞬間的に心身の態勢を変化させ、まさに脱兎のごとく逃げだします。追い詰められれば、戦って窮地を脱しようとします。これらは生物として適応的な反応で、人にも備わっています。

 ただ人間社会は持続的なストレス社会なので、ずっと「闘争/逃走反応」が継続し、心身が損なわれてしまうという困った事態があります。

 この反応に加えて近年、もう一つの反応があることがわかってきました。

 「不動、シャットダウン、解離」反応です。「擬死」とか「死んだふり」というやつで、ネズミが猫につかまって固まっている状態がそれだそうです。

 人にとってはひどい虐待や暴力を受けている時、深刻な事故の時などに起こり得ます。後になってその時のことを覚えていない、といった報告がよくあります。私もそういうケースによく出会ってきました。

 本書はとても専門的ですが、そのメカニズムが対談形式で解説されていてそれほど難しくないです。

「安全を求めることこそが、私たちが成功裏に人生を生きていくための土台である。 p7」というのが本書の基本的主張。

  安全であると感じられること、安全な対人関係を絆として持つことの重要性を学びました。

 ポリヴェーガル理論は、共同体感覚や全体論の生理学的基盤になる理論と思います。

 

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April 22, 2021

『戦国の忍び』

 忍者とは何者か、実際どのようなことをしていた人たちだったのか、歴史学的に資料からきちんと研究した、貴重で面白い本です。

 平山優著『戦国の忍び』(角川新書)

 著者は武田氏、真田史研究の第1人者で大河「真田丸」の時代考証を担当した先生、山梨在住でなんと高校の先生でもあります。斯界では著名な方ですね。

 本書では、武田、上杉、織田、徳川、伊達、北条など戦国大名たちが雇っていた忍びの実態が古文書の引用と現代語訳で説明されていて、忍びの「労働条件」や「働き方」がうかがえて、すごく面白い。

 ただ、資料的にきちんと裏付けながら進むので、忍びの技を学ぶとか、ドラマチックな物語を期待してはいけません。

 忍びをやっていたのはどういう人たちだったかというと、有名な伊賀、甲賀といった元侍身分だけでなく、多くがアウトロー出身でした。当時は「悪党」と呼ばれる人たちだったそうです。飢饉や災害で食い詰めた庶民や身を持ち崩した侍、罪人で罪一等を減じられる代わりに忍び働きを命じられた人たちなど、その出自は多様でした。

 彼らは、諜報、索敵、待ち伏せ、暗殺、略奪、放火などの任務を務めていました。常に命がけで、侵入先で敵の忍びや兵士に見つかれば即戦闘になるので、損耗率、死亡率は高かったようです。戦国の戦というと日中行われた、大規模で華々しい戦いばかりが話に出ますが、実際の戦は忍びがいなければ成り立たなかったのでした。そのため、各大名は大量の忍びを抱えなくてはならなかったようです。

 一つの戦や城攻めに、100人単位、あるいは千人ほどの忍びが動員されたこともあったそうです。

 小田原合戦を前に関東管領・上杉憲正が「忍びはいくらでも必要だ」と話した文書もあるそうで、「彼らが常に補充を必要とされる存在、すなわち損耗率が高い人々だったことを窺がわせる」ということです。

 それでも正式に侍になれたり、土地がもらえるわけではなく、その時だけのお給金がもらえる「非正規雇用」でした。 

 戦国にハローワークがあれば、「忍び募集(随時)、給与:契約金・支度金の一時支給、ボーナスあり(敵地での略奪)、勤務時間24時間、期間:敵城の落城まで」といった求人が常にあったということになるでしょうね。

「戦場では頼りになる存在だが、素行不良で、その任務も決して洗練されているとはいえぬものとして、武士からは、蔑視の対象ともされていた。」というから、一生懸命やっても評価されにくい、かなりブラックな仕事でした。

 とても勉強になりました。

 一度、このようなリアルな忍びをテーマにした時代劇を見てみたいとも思いました。

 まさに現代のわれわれ、非正規労働者の共感を呼ぶことでしょう。

 

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March 21, 2021

『自閉症革命』

 これは自閉症についての理解とアプローチを大きく変える可能性を持った本です。

 マーサ・ハーバート、カレン・ワイントロープ著、白木孝二監訳『自閉症革命 「信じることを見る」から「見たことを信じるへ」』(星和書店)

 従来自閉症は、脳の障害であり治らないもの、とされてきました。実際ほとんどの自閉症の方は、その特徴を生涯持ち続けているように思われます。そもそも療育や行動療法などで多少行動が改善されるかもしれないけれど、治るとか治らないとか考えること自体が、非科学的で非専門的というのが主流です。

 本書はそれに異を唱えます。「自閉症が回復した、良くなった」という本人や周囲の人たちの証言と専門的見地から、良くなる可能性はあると主張します。

 自閉症は単なる脳の問題でも遺伝子の問題でもない、体全体を巻き込んだ問題であるということが根本の発想です。「実際には、脳を含めた、分子から細胞、臓器から代謝、、免疫から消化システムまでの、体全体の問題」であるといいます。

 Whole-body strategy(全-身体的アプローチ)を提唱しており、私はとても刺激を受けました。何か、希望を感じましたね。

 具体的には食べ物がメインで、栄養とか有害物質、運動、ストレスを調整していくことで、自閉症特有の敏感さや脆弱性が変化していくことを狙っているようです。

 本書を読んで私は、アドラー心理学の「全体論」が、まさにこの考え方にフィットすると思いました。アドラー心理学的発達障害へのアプローチは、本書を手掛かりにするとよいと思います。

 監訳者の白木先生はブリーセラピー界で著名な方で、何度もお話しさせていただいています。山梨に講師としてお呼びしたこともあります。

 ですから私は先生を信用しており、自閉症にも先端的な実践を積まれている先生は、常識にとらわれない本書の価値を見抜かれたのだと思います。

 発達障害関係者は、是非手に取ると良いと思います。

 

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March 15, 2021

Society 5.0 を進めるコロナ

 新型コロナウィルスの感染拡大と政府、社会の対応にある目的があるかも、というとすぐに「陰謀論」とレッテル貼りが行われ住みにくくなった今日この頃、別に政府は自分たちがやりたいことを隠しているわけではありません。

 マスコミや評論家たちの中では、新型コロナによって変わる社会、アフターコロナの世界が議論されていますが、別にこれは降ってわいた話ではなく前々から政府、国際社会がやりたいことが顕在化したに過ぎないようです。

 藤森かよこ『馬鹿ブス貧乏な私たちを待つろくでもない未来を迎え撃つために書いたので読んでください』(㏍ベストセラーズ)で、私も気づかされて整理されたのですが、Society 5.0 という明確なイメージを持って国は動いています。

 Society 5.0 とは内閣府が提唱する近未来の日本が目指すべき社会で、Society 1.0 が狩猟採集社会、Society 2.0 が農耕社会、Society 3.0 が工業社会、Society 4.0 が情報社会で今私たちがいる世界です。Society 5.0 はサイバー空間とフィジカル空間が融合した社会、なんだそうです。

 IoT ですべての人と物がつながり、AIにより必要な情報が瞬時に得られ、ロボットや自動走行車で高齢化や労働者不足などを解消する、イノベーションと希望に満ちた社会なんだそうです。

 例えば、皮下に埋め込んだマイクロチップにより、血圧や身体の状態が測定され、AIドクターが診断するようになるだろうと著者は想像します。

 決してこれは陰謀論ではなく、白昼堂々と世界中の偉い人たち(世界経済フォーラムなど)が未来の社会のあるべき姿として主張していることです。

 これは私たち一般ピープルにとって素晴らしいことなのかというと、どうなのか。著者は、ロシアや中国みたいな監視管理社会が強化されるだろうと予想しています。

 日本においては、2016年に政府がSociety 5.0 を日本の進むべき方向と決め、「ムーンショット計画」や「スーパーシティ構想」が打ち上げられ、「国家戦略特区」が提案され、2019年12月に学校教育のオンライン化を進める「GIGAスクール構想」が打ち上げられた。そして2020年1月末からの新型コロナの噂と感染拡大の報道。

 確かにタイミングが良い。

 著者は、

「遅々として進まない社会のオンライン化促進の必要もあって、コロナ危機が捏造されたとまでは言わないが、コロナ危機が起きた時期のタイミングの良さは偶然ではない気がする」と述べています。そして、

「政府は、日本をどんな社会にするかというヴィジョンや国策を隠していない。ちゃんと公にしている。私たち国民がぼんやりしていて知らないだけだ」と言っています。

 新型コロナの正体が何であれ、国や世界の支配層はこれを利用して望む未来を作り出そうとしているようです。

 

 

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March 03, 2021

『馬鹿ブス貧乏な私たちを待つろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください』

 すごいタイトルだ。

 藤森かよこ著『馬鹿ブス貧乏な私たちを待っているろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください』(kkベストセラーズ)

 書店やAmazonのエッセイ部門でけっこう売れているらしいです。

 馬鹿ブス貧乏な私たちに限らず、今を生きるすべての人が楽しめて学べる本だと思います。

 特に「新型コロナに毒された今の社会って何なんだ!」とイラついている人にはピッタリです。

 著者はアメリカの国民的作家であり思想家のアイン・ランド研究の第一人者とのことですが、なるほど確かにユーモアの中に気合の入った根性を感じます。

 これから自殺者も増える。失業者はもっと増える。労働者はほとんどみな非正規雇用の派遣になる。「終身雇用制度」というのは、歴史の一時期の慣習でしかない。そういう時代の変化、産業構造の変化がいっぱい起きるのが近未来だ。

 どうか、この大変化の時代を生き抜いてください。その闘争の中にこそ、あなたの人生の尊厳がある。自分を「無用者階級」にしないための、あなたなりの逃走を粘り強く続けるのならば、あなたは無用者階級ではない。  (帯より)

 章立てを書いておきます。気になったら読んでみてください。

第1章 コロナ危機があらわした日本の家族の問題

第2章 コロナをめぐる権力者共同謀議論を漁る

第3章 アフターコロナは監視社会になるらしい

第4章 剰余価値も生み出せない生産性のない労働者だった自分に気づく

第5章 高等教育のオンライン化は教育格差解消に貢献できる

第6章 官公庁のサイトには公開されているけれど国民の多くが知らない国策

第7章 コロナ危機は「第4次産業革命」実現のための布石

第8章 世界支配層御調達機関と御用学者が奇妙に道徳的になっている

第9章 アフターコロナの雇用収縮は女性にとってこそ大問題

第10章 不穏な盛夏にアフターコロナ対策本出版ラッシュ

第11章 近未来は最悪を予想しておくぐらいが丁度よい

第12章 消える仕事ではなく「今ない仕事」を考える

第13章 デジタル化の必要性を真に日本人が認識していないのが問題だ

第14章 コロナ危機のために女性の自殺者が増えている!

第15章 無用者階級になってたまるか!

 

 

 

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February 25, 2021

『高岡式 超最強の疲労回復法』

 コロナ疲れ、コロナうつなど、新型コロナそのものはあんまり怖くないけど、それによる「新型ストレス」で社会も人もやられちゃっている現在、ムカつくことはたくさんあるけど、まずはセルフケアが大事です。

 不安をあおるマスコミや感染症学者や政府に殺されないためにも。

 心理学的にはリラクゼーション、生理学的には自律神経の調整に関することがポイントになると思いますが、私はそのための治療技法(自律訓練法とか筋弛緩法とか)はおとなし過ぎるというか、取りあえずの治療法としてはいいけど、物足りなさを感じていました。

 これで達人になることはできない。

 リラクゼーションを究極まで進めていこうと言う高岡英夫先生のアプローチが、私は大好きです。

 高岡英夫著『高岡式 超最強の疲労回復法~運動科学の第1人者が実践・提唱する真の回復とは』(株式会社カイゼン)を参考に、脱力の極意を学びましょう。

 本書の発想のユニークなところは、疲労とは疲れ具合がマイナスからゼロになれば終わり、というものではないというところ。

 普通の人や何らかのセラピーにかかわる人は、「疲労がなくなればいい、それが正常」と思うことが多いでしょう。

 しかしそれではより良い心身の状態、本当に快適で元気な状態になること、その結果である高いパフォーマンスをすることはできないと、高岡先生はいいます。

 疲労度がゼロから先、私たちがより良い状態になるための無意識的、潜在的な疲労をとらえ、解消することでさらに良い状態に達することができると、本書では主張します。

 私たちには、気づいていない疲労が心身の奥深くに存在しているのです。

 これを「プラスの疲労度」と本書では呼んでいます。

 そして、本書では疲労と心身の関係から具体的な方法や呼吸法まで、詳しく解説されています。

 方法は当然高岡先生が開発したゆる体操に依拠しています。ゆる体操はシンプルですから独習できないことはないと思いますが、数回はゆる体操の教室などで実際に教わって経験するとイメージしやすく、実践しやすくなるでしょう。

 ご希望があれば、私は自分がやっている心理臨床オフィス・ルーエでお伝えしています。

 資格は準指導員ですが、ゆる体操歴20年近くになります。

 すごく気持ちよくなれますよ。

 

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February 12, 2021

『諏訪大社と武田信玄』

 最近なぜか諏訪大社に興味を持ち、いろいろ調べています。ここでもその感想を書きました。

『諏訪の神』

 戦国呪詛合戦

 武光誠著『戦国武将の謎に迫る! 諏訪大社と武田信玄』(青春出版社)は、神話・古代から現代までの諏訪大社の歴史を描いたものです。

『古事記』では、諏訪大社に祀られている建御名方神(タケミナカタノカミ)はなぜか貶められていますが、やはり大和朝廷の神道(我々が親しんでいる天照大御神を頂点とする神道)の流れとは違うことが本書でも確認できます。

 著者によれば、諏訪地方の指導者は、「縄文人の系譜をひく農耕民の首長(守矢家の祖先)」というかなり古く長い歴史の上に、3~4世紀の「出雲系の信仰を持つ首長」、7世紀後半の「大和朝廷の文化を持つ馬を用いた首長(諏訪家の祖先)」という経過があるのではないかということです。

 諏訪大社の神道は、少なくとも3層構造になっていると考えられます。

 加えて、諏訪には奈良時代以前は仏教はほとんど入ってこず、神仏習合も鎌倉時代初めまでなかったそうです。

 その結果タイムカプセルみたいに、古代の神道が色濃く残っていることになりました。

 私としては、本書によって奈良、平安、鎌倉と続く諏訪の歴史を初めて知ることができて勉強になりました。

 そのように良い本なのですが、問題も感じました。

 タイトルにある武田信玄に関する記述が少なく、4分の1もないのです。

 その前後の武田家の歴史も書いてますが、看板に偽りあり、という感じです。

 別に『諏訪大社の歴史』で十分な内容なのですが、多分、出版社の販売戦略のために武田信玄をくっつけたのでは、とも思いました。

 おまけに著者(明治学院大学教授)は信長びいきなのか、専門が古代史らしいので知らないのか、織田軍が武田勝頼を滅ぼすときに諏訪大社を焼き討ちしたことは書いてありません。

「織田政権は、諏訪大社を軽く扱った」「民衆の反感を買った」とあるだけです。

 諏訪大社の歴史で、焼き討ちに遭ったのは大変な出来事のはずです。

 比叡山延暦寺の焼き討ちを「信長は比叡山延暦寺を軽く扱った」、東大寺の焼き討ちを「松永久秀は東大寺を軽く扱った」と記述したら大変不正確に思えます。

 実際、本能寺の変での信長の横死を神長官守矢信実は、「諏訪大明神の神罰」と断じたくらいだから(平山優『武田家滅亡』)、かなり恨まれたのでしょう。ここはもう少し当時の信仰者の心情も入れてほしかったですね。

 ともあれ、諏訪大社の歴史を学ぶにはとても良い本と思います。

 

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January 26, 2021

戦国呪詛合戦

 前回の『諏訪の神』に触発されて諏訪大社の話の続きになります。佳境を迎えた大河「麒麟がくる」に乗っかってもいます。

 今回同ドラマは、三方ヶ原の戦いも長篠の戦も「ナレ戦」というかセリフですっ飛ばしたので、その裏ストーリーになりますね。

 戦国武将が敵を倒すために神社仏閣に祈祷をしたことはよく知られています。当時は誰でもやっていたことです。

 神仏のご加護を得ると言えばきれいな言い方だけど、気に食わない奴を呪い殺そうとしていたと言えるわけです。

 織田信長も例外ではなく、天正10年(1582年)、武田勝頼をついに攻め滅ぼすときにも盛大に「呪詛」をかけています。

 平山優著『武田氏滅亡』(角川選書)によると、信長は正親町天皇や誠仁親王の協力も得て、奈良興福寺、石清水八幡宮、吉田神社、三千院、青蓮院、本願寺、そして伊勢神宮に先勝祈願の祈祷をさせています。

 まさに当時の宗教界・スピ勢力のオールスターです。

 これに対して、勝頼側の祈祷は同書には記されていませんが、当然諏訪大社をはじめとする甲信の武田領の寺社が行ったでしょう。

 何より諏訪大社は、勝頼を守るために必死の祈祷をしたかもしれません。

 なぜなら勝頼は、信玄の4男でありながら、諏訪家の血を継ぐ者でもあり、父の死で武田家を継ぐまでは「諏訪四郎勝頼」と名乗っていたからです。

 つまり勝頼は武田家の重臣であったと共に、諏訪大社の神主というか「大祝(おおほうり)」であったからです。当然祭祀などについても詳しかったかもしれません。

 まさに西の神々と東の神の対決ですが、しかしこの呪詛合戦はいかにも多勢に無勢な感じもします。

 しかも、ちょうどこの時、浅間山が大噴火を起こしたのでした。

 これは多大なショックを人々に与えたみたいです。

「浅間山噴火について、正親町天皇の祈祷により、信長に敵対する勝頼を守護する神々がすべて払われてしまった結果であり、この噴火は一天一円(世の中)が信長に従うようになる現象だと『多聞院日記』が記したのには、こうした背景があった。 p732」

 という記録があり、まさに信長側の呪詛が「効いた」結果とみんな思ったことでしょう。

 これを持って心理的には勝負がついたといえるかもしれません。武田側の人心も離れてしまったようです。

「朝敵」とされ、神仏にも見放されたイメージがついてしまった勝頼は、進退窮まります。

 この後信濃、甲斐に織田・徳川・北条が侵攻し勝頼は自害、武田家は滅びますが、上諏訪に到着した織田軍は方々に火を放ち、諏訪大社を焼き討ちして壮麗な伽藍は灰燼に帰してしまいました。勝頼が天正6年から7年にかけて、精魂を込めて造営したものだったそうです。

 ああ、もったいない。

 ところが、3月11日に勝頼が自害したわずか3か月弱の6月2日、本能寺の変で信長があっけなく討たれてしまいました。

 これを知って、諏訪大社関係者は大いに喜んだことでしょう。

「後に、神長官守矢信実は、本能寺の変で織田信長が横死したことについて、諏訪大明神の神罰であると断じている。 p641」

 そう思ったのも当然でしょうね。

 結局ほとんど同時期に二人は相次いで殺されたわけで、このサイキックな戦い、呪詛のかけ合いは引き分け、両者痛み分けに(というより両者痛い結果に)なったといってよいでしょう。

  

 

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January 22, 2021

『諏訪の神』

 全国にあまたある神社の中で諏訪大社は、とても特異な位置にあるようです。巨大な丸太を坂から落とす「御柱祭」がその代表的なイメージですが、その他にも奇妙なというか、よくわからない謎がいくつもあります。

 どうもそれは、現在諏訪大社に祀られている建御名方神(タケミナカタノカミ)だけではなく、それ以前にこの地方にはミシャグジ神という確実に縄文につながる古い神々への信仰があり、極めて長い歴史が重層的に諏訪の神道を作り上げたからのようです。

 戸矢学著『諏訪の神 封印された縄文の血祭り』(河出書房新社)は、神道関連で何冊も出している著者による諏訪の神道の謎解き本で、とても面白かったです。

 例えば著者によれば、諏訪の神はどうやら天津神系(天孫族、皇室に連なる流れ)、国津神系(出雲系、それ以前の土着の流れ)でもない異端の神ではないかということが指摘されています。

 建御名方神は『古事記』には確かに登場しますが、日本の正史である『日本書紀』や出雲自らが選録した『出雲国風土記』には全く登場しないからです。

 そして『古事記』に出てくる建御名方神の話は、いかにも不自然です。

 歴史上、諏訪大社、そこに祀られる建御名方神は戦の神、軍神、武神として崇められてきました。坂上田村麻呂、源頼朝、武田信玄、徳川家康というまさに錚々たる面々、彼ら自身が戦神みたいな武士たちが篤く敬ってきたそうです。

 それほどならば、その建御名方神はさぞかし強かっただろうというと、神話上は何とも情けない負けっぷりなのです。

『古事記』に詳しい人はご存知だと思いますが、こんなお話しです。

 天照大御神が葦原の中つ国を「ちょうだい」とリクエストした「国譲り」の時、大国主命は息子の二人に「どうする?」と聞いたら一人は「しょうがないね」と受け入れたものの、建御名方神は「許さん!ありえへん!」と大反対、しかし強引に迫ってくる天照大御神が派遣した建御雷神(タケミカヅチノカミ)と勝負したら、軽々と吹っ飛ばされてしまいました。
 フルボッコされて恐れおののいた建御名方神は信濃の国の諏訪(州羽海:すわのうみ)まで逃げて、「参った、参った、殺さないでくれ、私はもうこの地を出ることはない、葦原の中つ国は天照大御神に献上する」と命乞いをして、国譲りはなったのです。

 建御名方神、全然強くない。メチャクチャ弱いじゃん。

 なんでこれで諏訪大社は軍神と呼ばれるのか、実はこれは長年の私の疑問でもありました。

 諏訪大社は隣県にあるので何度も参拝していますが、『古事記』の諏訪の由来は、「なんかやな話だな」とずっと思っていました。

 武運長久、勝利を祈っても聞いてくれるのかしら、なんて考えちゃいそうです。

 著者の読みは、これほど諏訪(建御名方神)を貶めるには何か目的があるはず、つまり、こんなに情けない建御名方神は『古事記』にしか出てこないのだから、『古事記』のその話は後から創作されて取ってつけたものではないか、ということです。

 なるほど。

 ではどんな目的でしょうか。

 当時、諏訪を中心に信越辺りを支配していた強大な勢力でモリヤ氏というのがいたらしい。当時のことだからモリヤ氏は祭祀王でもあるので、諏訪は宗教的な一大中心地でもありました。諏訪大社の近くには守屋山があり、本来は諏訪大社のご神体だったようです。

 大和朝廷はモリヤ氏が強大なので武力征服をせず、懐柔して諏訪の地の安泰を保証し、代わりにそこから出るなと誓約させた。古事記のストーリーはその「封印」をアピールするためだったのではないか、ということです。

『古事記』が一般の目に触れるようになったのは江戸時代以降で、それ以前はそんなひどいストーリーは誰も知らないわけで、人々には古代から続く諏訪の神の強さだけが伝えられていて、無意識的に諏訪大社と言えば軍神として認識されていたのかもしれません。

 一方の建御名方神をやっつけた建御雷神は鹿島神宮に祀られているのは周知のとおりですが、建御雷神は当時政権を掌握していた藤原氏が氏神として祀っていたそうです。だから藤原不比等の意向がそこには働いたのかもしれないと著者は推理しています。

 藤原氏に忖度したなんて、大いにあり得ます。

 興味深いですね。

 我らが日本国のスタートになる有名な出雲の国譲りに、諏訪の服属ストーリーも忍び込ませたということでしょうか。

 諏訪の神の正体をもっと探りたい人は、本書で「妄想」を膨らませるのもいいと思います。

 古代史の楽しみ方ですね。 

 

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January 17, 2021

仏教の未来

 仏教が好きな人はいまだに多いと思いますが、余程熱心な人でなければ教義を丸ごと信じている人は少ないんじゃないかと思います。

 西方浄土が本当にあるとか、何とか観音とか菩薩が存在するとか、〇〇を唱えれば救われると信じている人は少なくとも私の身近にはいないようです。因果応報といった社会道徳的な考え方や、座禅をして心が鎮まるみたいな心の持ち方みたいなところを仏教の教えととらえているのではないでしょうか。

 葬式仏教と揶揄される日本の仏教界も、「これではいかん」といろいろな試みがなされているようで、時折仏教者からの発信を耳にします。

『集中講義 大乗仏教』(NHKブックス)の著者・佐々木閑先生は最終章「大乗仏教はどこへ向かうのか」で、その辺を考察しています。

講師 これからの時代は、科学的に証明できるか否かがすべての物事の判断基準となるため、仏教はおそらくこの先、どんどん変容を迫られることになるでしょう。それで、どんな方向に向かうかと言えば、科学とうまく擦り合わせできないことを「心の問題」に置き換えて解釈するようになっていくはずです。それは仏教にかぎったことでなく、キリスト教やイスラーム教も同じです。そしてやがては、世界の宗教は「こころ教」とでも呼ぶべきものに一元化されていくと私は考えています。  

青年 「こころ教」とは、具体的にどんな教えを説いたものなのですか?

講師 科学と擦り合わせできない教義を掲げても誰も信じないので、絶対神の存在や、輪廻、業、浄土といった神秘的な概念は次第に薄まっていき、最終的には「今をどう生きるか」を示す単純なものになっていくと思われます。  p189

 確かに最近のリーダー的な、あるいは若手の仏教者や宗教者の発言は、ほとんどカウンセラーや心理学者と変わらないですね。ただそこに、歴史や伝統の重みというか権威性がまとわれているという感じです。受ける側は、大学の研究室で言われるのと、お寺で言われるのとどちらが好きかという違いだけのような気がします。

 ただ、そこには難しさもあって、

「こころ教」のキーワードは「心」と「命」、動詞でいうと「生きる」です。最近の仏教宗派が掲げるキャッチフレーズをみると、「生かされている私の命」「命が心を生きている」といった意味不明で、しかし口当たりのよい言葉ばかりです。・・・(略)・・・なんとなくよいことを言っているように聞こえるので、すっと心に入ってくるのです。しかし、すべての人の心に軽く入っていく教えとういのは、じつは何も言っていないのと同じです。その宗派の教義と関係のないありきたりの標語だからみんなが受け入れるのであって、受け入れたところで、一時の気休めになるだけで何の役にも立たない。それが「こころ教」の本質です。  p189-190

 と手厳しいことも言っています。

 なかなか難しいところですね。

 つまり仏教単独の、あるいは各宗派の教えの救済力がなくなってきたということです。一般の人々みんなもそれを承知して、仏教と付き合っているのが現在でしょう。

 そしていずれは、「こころ教主義者」と一部の「宗教原理主義者」の二極分化が起こるだろうとおっしゃっています。

 私も妥当な推測だと思います。

 あと、意外と葬式仏教の部分は形や様式、コストを変えても生き残っていくと思います。やはり人は死は免れないもので、その処理(遺体の扱いとかいわゆるグリーフケアとか)は大変です。そこに仏教者や宗教者のかかわりは求められるでしょう。

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