July 16, 2019

『武田三代』

 大河ドラマ「真田丸」で時代考証を担当した平山優先生の『武田三代』(サンニチ印刷)は、武田信虎・信玄・勝頼の軌跡を、豊富な写真とビジュアル資料でまとめた、戦国武田氏の格好の入門書です。

 特に、信玄や勝頼に比べてこれまであまり描かれることのなかった(ドラマでは、もっぱら悪役でしたね)信虎の事績を詳しく載せているのはすばらしいところです。

 私もとても勉強になりました。

 今年は甲府ができてちょうど500年、甲府市はいろいろなお祭りや企画を催していますが、実は甲府を作ったのは武田信虎なのです。それまで武田氏の本拠はその隣の石和近くにありましたが、それを信虎が永正16年(1519年)、甲府市北部の相川扇状地、現在の武田神社に館を移し、家臣たちもその周辺に住まわせたのが始まりです。

 このように創始者と年代がはっきりしている都市の例は、全国でも大変少ないそうです。しかも家臣の武家たちを本領から切り離して城下に住まわせるのは、豊臣や徳川の時代には当たり前ですが、大変先駆的だったそうです。

「いくつかの制約はあるものの、豊臣政権の政策を遥かに先取りする画期的な性格を持っていたといえよう。信虎の先進性は際立っていると思われる。 p21」と平山先生は述べています。

 甲府を作ったり、分裂していた甲斐の国を統一したり、やはり信虎も大変優秀な人だったのでしょう。息子・信玄の飛躍は、信虎なしにはなし得なかったのは明らかです。

 そういうわけで、最近は信虎の再評価がされるようになってきました。

 いつか大河で改めて、武田三代のドラマがあるといいですね。

 本書はさらに武田氏関連の場所を網羅した大きな地図が付録でついています。これを見るのもとても楽しい。これを頼りに、中部、東海、上州をドライブしようかと思いました。

 歴女、歴男は是非。

 

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June 19, 2019

『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う』

 最近、古神道やシャーマニズムに関心があり、それに最も近い心理現象は催眠トランスであることは間違いないので、積極的に学ぼうとしています。

 日本の催眠臨床の第一人者の松木繁先生(前鹿児島大学教授)の『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う 催眠とイメージの心理臨床』(遠見書房)は、「効果的なコミュニケーションとしての催眠」という視点と、ご自身の豊富な臨床体験から催眠を論じた本です。

 催眠は「かける/かけられる」という一方的な関係性ではなく、共同作業であり、協力関係であるというのが著者の主張です。そしてクライエントとセラピストは、主観的には催眠状態を共有している状態」になります。セラピーはそこから続いていきますが、それは「クライエントーセラピスト間の相互作用による一つの創造的仕事としての面接」を行っていることになります。その結果、ミルトン・エリクソンのいう「無意識の力」、「人の奥深くにある知恵を持った自己」が活性化し、自己治癒力を高めることができる(p28)のです。

 催眠状態だからこそ、全ての心理療法に必須の「守られた空間」が作りやすく、そして、クライエントの主体的な活動性が自己効力感を高め、変化の可能性を開けると筆者は説きます。

 私もたまに催眠をしますが、なんかわかる気がします。普通の言語的セラピーにはない面白さがありますね。

 本書で語られていることは、一般の人たち、催眠を知らないセラピスト、カウンセラーの催眠のイメージとはだいぶ違うかもしれません。

 セラピストにとって本書は初級編というより中級編という感じですが、催眠に関心のある方は是非本書に当たったり、著者から学んでみるといいと思います。

 

 

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May 14, 2019

『アドラー流 リーダーの伝え方』

 最近、『労基旬報』という労務管理系の実務者向けの新聞に、リーダーシップの原稿を書いています。私は自分ではリーダータイプではなく、参謀タイプ思っていますが、子どものころから意外にリーダー的役割をさせられたり、務めることがありました。学級長から始まって生徒会、サークルの幹事長などなど。第1子の長男であるからか、自然とそういう役回りをしているのかもしれません。アドラー心理学の家族布置そのままですね。

 ただ、リーダーについて書くとなると専門外という感は否めず、やはりアドラー心理学を頼みます。そこで今年のはじめに岩井俊憲先生が出した本を参考にします。

『アドラー流 リーダーの伝え方 「勇気づけ」でやる気を引き出す!』(秀和システム)です。

 岩井先生らしいやさしさで、噛んで含めるように、組織の中でリーダーはどのように考えてふるまえばよいか、部下への接し方、勇気づけ方がとてもわかりやすく説かれています。リーダーシップについて、岩井先生はこれまでも何度も著してきていますが、私は今まで読んできた中で一番スッと胸に入った読後感でした。

 字も適度に大きく読みやすく、ちょうど老眼になるリーダー世代にはやさしいですね。編集の妙も感じます。

 組織がハイパフォーマンスを出すためには「生産性」と「人間性」が車の両輪のように働かなければならないと、本書では説かれています。新自由主義は生産性ばかりが強調され、結果、その生産性も落ちることとなりました。人間性の部分は、アドラー心理学などの実績のある心理学的アプローチが基盤になると思います。

 最近、何かのリーダーになられた方には、本書が参考になりますよ。

 

 

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April 28, 2019

『身体は「わたし」を映す間鏡である』

 最近私は、身体技法研究家の甲野陽紀さんの講座に出ています。毎月山梨の某所で行われているものに参加させていただいているのですが、毎回驚きの連続でとても楽しい体験をさせていただいています。

 注意の向け方、内言(心の中でつぶやく言葉)で動きの質や安定性がてきめんに変わるワークの数々はとても面白く、人の身体と意識の深遠な関係に気づかせてくれます。

 例えば、普通身体を安定させるといえば、足の裏に注意を向けたり、へそ下の下丹田を意識したりと、割と中心となるところを定めたり、軸や正中線などの言葉が飛び交いがちでした。これまでの身体技法のワークはそういったものを強調したものが多かったと思います。

 ところが甲野さんのワークは、身体の末端に注意を向けたり、同じ注意を向けるでも言葉の使い方(「見る」と「目線を向ける」の違いとか)でより良い動きができることを実感させてくれます。これはとても画期的な内容だと思いました。

 さすがお父様が有名な武術研究家・甲野善紀さんなだけに、陽紀さんは類まれな身体への感性を持っている方であります。

 お陰様で、私でも太極拳や推手(中国武術の組み手)の時に、自身では非常に良い安定感と強さを体感したり、相手にも感じさせたりできるようになりました。もちろん、まだまだですけど。

 甲野さんのワークは、単に武術やスポーツに使うだけでなく、日常生活で使えるものばかりなので、一般の方にこそ学んでもらいたいです。

 実際、私はスクールカウンセラーとして勤務先の中学校でメンタルヘルスの授業を依頼されたとき、緊張したときに心身を安定させるための技法として、甲野さんに教わったあるワークを教えました。あることをすると、瞬時に身体が安定することを体験できるので生徒さんたちも驚き、大変盛り上がりました。中には「神だ!」とふざけて叫ぶ子どももいましたね。普通スクールカウンセラーなどがする授業では、認知行動療法に基づいたストレスマネジメントの座学と、せいぜい簡単な呼吸法かマインドフルネス瞑想を紹介することが多いと思いますが、これは再現性が高く、ほんとにお勧めです。

 いつか日本心理臨床学会とか、最近作った日本個人心理学会でも紹介したいと思います。

 その甲野さんが最近出した本が、甲野陽紀著『身体は「わたし」を映す間鏡である』(和器出版)

 甲野さんの多彩なワークの片鱗が感じられる良書です。

 次回もまた、少し紹介します。

 

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April 19, 2019

『子どものための精神医学』

 各方面から絶賛されています。子どもの発達支援に携わる人には必須でしょう。

 滝川一廣『子どものための精神医学』(医学書院)

 精神医学は、大人の精神病を基に発展してきたので、子どもの問題については、発達障害とかある問題に特化したものはあっても、全体を網羅した良書はなかなかありませんでした。

 本書は医学関係者以外の支援者や教師、保護者向けということなので、噛んで含めるように丁寧に説明されていて素晴らしい内容です。公認心理師などの心理カウンセラー、福祉などの支援者にこそ読んでもらいたいと思いました。

 本書は発達障害や虐待、PTSD、不登校、緘黙、など子どもの心理的支援者が遭遇する問題のほとんどが網羅されています。本書を通読すれば一通りのことはわかります。一人の臨床家、研究者がよくここまで書けたと思います。著者の臨床能力は半端ないのでしょう。

 特に認識の発達(知的発達)を縦軸に、関係の発達(人間関係の形成や共感性など)を横軸に、子どもの発達を整理した図と論説は大変参考になりました。私も発達心理学系の講演や研修をする時に、早速使わせていただいています。

 ただ、科学的精神医学とフロイト、ピアジェをベースにしているので、親子のアタッチメントを強調していても、きょうだい関係には言及していないところなどはアドラー心理学としてはもの足りなさを感じますが、共同体感覚的なものの重要さは理解されているので、アドレリアン諸氏にも大いに参考にしてもらいたいです。

 厚いですけど、一家、一職場に一冊です。

 

 

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April 09, 2019

神道とは何か

 数回前に紹介した『神道入門』(新谷尚紀著、ちくま新書)からメモします。

 神道という言葉から、たくさんのことが連想されます。一般には、神社、初詣、七五三といった私たちの生活に身近な宗教的な習俗というところが多いかもしれませんが、最近はそれに加えてパワースポットというイメージもあるかもしれません。いまやパワースポット巡りはけっこう大きな観光産業となっているかもしれませんね。

 あるいは、戦前の国家神道的なもの、右翼の街宣車や安倍政権を支える日本会議の面々(右派知識人など)を連想する人もいるかもしれません。

 私のように武道をかじっている者は、道場の奥にある神棚や掛け軸(鹿島神宮など)が思い出されたりします。合気道の開祖、植芝盛平が古事記や言霊を研究していたり、今でもディープな合気道修行者は、神道が源流の修験道に取り組んだりします。日本武道と神道は切っても切れない関係があります。

 一応、現代の神道は宗教の一つというくくりになっています。事実、全国の神社を統括する神社本庁は宗教法人であり、実際ほとんどの人は神道は宗教と思っているでしょう。

 しかし、一般的な宗教と神道はかなり異なっています。

「一般的に宗教 religion とは、教祖・教義・教団という三つの主な構成要素をそなえた一定の信仰集団の思念と行動の体系であるという風に理解されている。 p201」

 キリスト教も仏教もこの定義を満たしています。ところが神道はどこまでいってもあいまいです。キリストもブッダも実在したようだけど、天照大御神は不明(というか神話の登場人物)、経典もない、教義もあいまいです。厳密な意味で神道は宗教と言いにくいところがあります。著者は、

「もしどうしても宗教 religion という概念にこだわりを感じてしまうような場合には、信心深い人とか信仰に篤い人というような意味で、信仰 blief といっておけばよいであろう。 p202」

 と言っています。確かに神社で熱心に祈願している人(最近は若い女性がかなり多いですね)を見ると、その祈りの内容はたとえ恋愛とか縁結びであっても、信仰深いものを感じます。そもそも、一杯神様がいて人々はそれらを拝んでいるので、宗教でないというのも変でしょう。

 本書は古代から現代までの神道の歴史を一気に俯瞰して見られるようにしてくれています。

 著者は、

「神道とは形式である、容器である、たとえていえば、電車である、バスである、という結論である。神道とは、その本質は、素材 material にではなく、形式 forme にある、とういことである。神道は形式であり、時代の変化の中にさまざまな素材を、その中に含めてきている。電車やバスだから、そのときどきに、時代ごとに、さまざまな乗客が乗ってきているのであり・・・ p10」

「神道は、流動的な歴史を持って伝えられてきているものなのであり、その実態はいわば動画であり、それを静止画としてある時期をもって、真の「神道」とはこれだ、というふうに、固定化させて考えるのは、大きなまちがいのもとなのである。 p65」

 と述べています。神道は実態ではなく、流動的なプロセスであり、日本人の心や文化を形成する極めて大きな器であるようです。

 

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March 29, 2019

『神道入門』

 最近の私の関心の一つは、アドラー心理学でいうと、スピリチュアル・タスクです。

 人類の文明、文化には不可欠のものであり、人間の普遍的な欲求や傾向性でもあるスピリチュアリティをどうとらえるか、アドラー心理学の観点から考えることを自分に課そうとしています。

 臨床心理学とスピリチュアリティというと、普通はユング心理学が浮かびますが、最近は認知行動療法系も抜け目ないというか、マインドフルネス瞑想を通して意識にアプローチしたり、ACTだったか、価値や生きる意味を問うみたいなことを堂々と言うようになってきています。

 特に日本人にとってのスピリチュアリティを考えるとき、まず出てくるのは仏教です。仏教の精緻な理論や修行法は、古代から現代まで膨大な数の人々を魅了し、その才能が注ぎ込まれてきました。時の政治権力も常に仏教を庇護し、育ててきました。

 アドラー心理学の指導者級の人たちも、先ずは仏教を基に自らのスピリチュアリティへの取り組み、思索を表明してきたと思います。

 しかし、仏教そのものは外来の思想であることも間違いありません。しかも日本の仏教は元々の仏教とは変質していて、それ以前、おそらく縄文時代から人々の心の底に流れて続けてきた「日本思想」とでもいえる何かわけのわからないものと融合して独自の展開をしてきたことは周知のとおりです。

 そのわけのわからないものが、「神道」です。

 私はここに焦点を当ててみたい。しかし、学術的に宗教学を修めたわけではないので、素人研究の域を出ないのですが、アドラー心理学が日本に土着化していく中で、神道や神道的なものを理解しないのは極めて不十分だと思います。

 そこでとっかかりに

 新谷尚紀『神道入門ー民族伝承学から日本文化を読む』(ちくま新書)

 を読んでみました。わかっているようでわかっていない神道のアウトラインをつかむにはとても良いと思いました。

 日本書紀の神道から古代神道、中世、近世、そして明治以降の国家神道まで、民俗学と文献学の視点から展望できます。

 また、現在日本の神社を統括している神社本庁は実は戦後設立された一宗教団体にすぎず、私は、名称からあたかも公的機関であるかのような素朴な誤解をしていたことを知りました。

 これから本書からも、興味深いところをメモしていきたいと思います。

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February 25, 2019

『インテグラルシンキング』

 一昔前、トランスパーソナル心理学の論客として名をはせたケン・ウィルバーは、単に悟りを目指す個人の意識に留まらず、世界を真に統合的に見る視点を提供しようと思索し、現在それはインテグラル理論として発表されています。

 鈴木規夫著『インテグラルシンキング 統合的思考のためのフレームワーク』(コスモス・ライブラリー)は、それを丁寧に紹介した本です。

 著者の鈴木規夫さんは、昨年の日本トランスパーソナル学会で私と仲間が発表したときに座長を務めてくださりました。日本の斯界では代表的な先生です。なかなか謎の多いケン・ウィルバーの数少ない日本人の友人でもあります。昨年の発表の後、鈴木さんとお話しさせていただく時間があり、ウィルバーの近況や人物像などについて、大変興味深いお話をうかがうことができました。

 私は本書を学会の書籍コーナーで買い、早速鈴木さんにサインをいただきました。サインとともに書いてくださった言葉は、
「深沢さんへ
   あれもこれも」。
 まさに何ものも否定することなく、正当に位置づけて、使えるものは使い切ろうという統合的態度とお見受けしました。

 本書の原点は、アドラー心理学でいう「認知論」です。人は見たいものを見る、見たくないものを見ない、それらで自分の世界を構築する、単純で普遍的な真実ですが、私たちは自分の視点からの世界を正しいと思い込んで、他を否定してしまいがちです。

 結局のところ、「知る」という行為は、その人独自の「レンズ」を通して世界をとらえるということです。ひとつひとつのレンズは、その持ち主の感性にもとづいています。また、ひとつひとつのレンズは、その持ち主が生きている時代や社会の文化的・文明的な条件の影響の下に形成されています。世界のどこにも「これこそがいっさいの偏見を排して世界を完全にありのままにとらえている」といえるようなレンズはないのです。 p9

 まさに「認知論」ですね。

 ではどうしたら私たちは、統合的に思考することができるのか。そのための枠組みを提示しているのがインテグラル理論です。

 それは、「世界の四領域」という視点で示されています。

 四領域とは、「個の内面」「個の外面」「集団の内面」「集団の外面」です。

「私たちが経験することになる、ありとあらゆる状況や課題には、これら四つの領域が内包されている」といいます。

 本当にそうかな?と思うかもしれませんが、本書を読み進めていくと確かに世界の見方はこの四つに集約されそうなのです。ただ、私たちは自分の好みの世界観を採用しているため、他の世界観に明るくないのです。

 この枠組みに立つと、心理学者やサイコセラピスト、取り分け精神分析家やユング派は「個の内面」に住み、行動主義者は「個の外面」にいて、システムズ・アプローチやエコロジストなどは「集団の外面」、宗教団体や日本社会そのものは「集団の内面」を重視していることがわかってきます。

 読み応えがありますが、世界を俯瞰する視点を持ちたいときは、是非本書を熟読してください。

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February 18, 2019

『武田氏滅亡』

 武田信玄の後継者・勝頼はどのような人物だったのか、武田氏はどうして滅びたのか。これまで名門・武田氏が勝頼の代で滅びたことから、小説やドラマで暗愚の武将と描かれがちだったのですが、近年勝頼の再評価が進んでいます。

 同時代の文書を元に詳細に勝頼の生涯を辿っていく、平山優著『武田氏滅亡』(角川選書)を、時間をかけて少しずつ読み進めて、ようやく終わりました。751ページという大著で、それ自体「自立」することができるほどの厚さであり、私は仕事や心理学系の読書の合間に読んでいたので、読破するのになんと1年もかかりました。

 その分、速読ならぬ「味読」というか、じっくりと、まるで勝頼と同時代を生きているかのような気分になりました。本を閉じた時は静かな感動に襲われました。小説でも物語でもなく、歴史研究書なのに。

 信玄の四男・勝頼は心ならずも、と言っていいと思うけど、信州の伊奈の高遠城主だったのが、信玄の後を継ぐことになってからは、まさに家を保ち、盛り立てるための奮闘の人生でした。

 一般に勝頼は、長篠の戦で織田・徳川連合軍に大敗して一気に滅びたかのようなイメージですが、実際は長篠以後7年間持ちこたえ、むしろ「武田信玄時代より広大な領国を誇るに至った。とりわけ北条氏は、勝頼による北条包囲網に苦しみ、関東の領国を侵食され、悲鳴を上げていた。 p748」のです。北条は、北関東から攻める勝頼や真田昌幸らの活躍で、押しつぶされる危機にありました。

 家康も勝頼に撃破されかねない状況に置かれたこともあり(大雨で富士川が増水して武田軍が渡れず、家康は逃げきれた)、やはり信玄の子だけあって、かなりの戦上手であったことは間違いがないでしょう。

 それが最後は、まるでオセロでバタバタと白黒がひっくり返るかのように、一気に滅亡に追い込まれてしまいました。本書によれば、信長も北条氏政もまさかあんなにあっさりと武田氏が崩れていくとは予想していなかったみたいです。当の勝頼もそうだったでしょう。

 勝頼が譜代家臣たちの裏切りに遭い、織田軍に天目山に追い詰められ自害した天正10年(1582年)冬、信州・甲斐の冬は大変厳しく、「織田軍は信州の豪雪と寒気による氷結に苦しみ、さらに兵粮の欠乏も加わって困難な状況にあったらしく、陣中から脱走するものが後を絶たなかった。 p699」、「この年の甲信は厳冬で寒気が厳しく、積雪も甚だしかったといい、信忠(信長の嫡男で武田討伐軍の総大将だった=ブログ主注)の中間(ちゅうげん)が28人も凍死するほどであった。 p699」というから、一見織田軍の圧勝のようなイメージですが、実態はひどいものだったようです。今でもこちらの冬は県外の人は(北海道の人でさえも)、つらいと言うからね。侍に仕える中間や足軽は、ほとんど野宿みたいなものだっただろうから、堪らなかったでしょう。

 だから、最後まで勝頼には勝機はあったといえます。ナポレオンやヒトラーを撃退したロシアのごとく、長期戦に持ち込めたら歴史は変わったかもしれません。 

 昨年、著者の平山氏は、勝頼を取り上げたNHKBSの歴史番組に出た時、「勝頼はつくづく運のない人だったとしか言いようがない」と総括していました。私もそう思わざるを得ません。本当にかわいそうな人だと思いました。

 本書には戦国武将や同時代の人たちの手紙や文書のやり取りが事細かく紹介されているのですが、それらを著者の解説付きで読むと、勝頼だけでなく、信長も家康も、北条も上杉もみんな、先が見えない中で必死に生きる道を模索していたことがうかがえます。一歩間違えば、誰もが滅びる可能性がありました。

 実際勝頼の死後、わずか3か月弱で信長と信忠は本能寺の変で殺されます。まさに一寸先は闇。勝頼さん、あともう少し頑張れたら…。

 本書で歴史のダイナミズムと繊細さを感じ取ることができました。

 また、私が甲州人だから感じるのかもしれないけれど、本書は学術書でありながら、苦しみの多かった勝頼の鎮魂の書でもあると感じました。

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February 09, 2019

ブッシュ家のネットワーク

 再び『ジェノグラム』(金剛出版)に戻ります。

 前々記事で、フロイトとその一族の極めてユニークな特徴を引きましたが(巨人たちの家族布置)、同書にはケネディ家やブッシュ家という、世界に知られた政治家を輩出した支配層の一族の家系図も紹介され、家族心理学的視点から解説されています。

 家族は単に経済関係や愛情関係だけではなく、スピリチュアリティ―や宗教・友愛組織の影響も極めて大きいことが例示されています。

 その一例が、秘密結社です。

「秘密結社」というと日本ではトンデモやオカルト視されたり、陰謀論というレッテルで嘲笑されかねないイメージがありますが、同書にはしっかりとその重要性が明記されています。家族研究の金字塔のような同書にこれがあるのは、とても重要なことだと思います。

 本書には、アメリカ初代大統領、ワシントンがフリーメーソンに入っていたことも記していますが、すごいのはブッシュ家。大統領になったあのジョージ・ブッシュから5代くらいの詳細な家系図が出ているところです。

 それを見ると、ブッシュ一族はほとんどもれなく、イエール大学に入り、中にはそこのスカル・アンド・ボーンズという秘密結社に入っていたことが一目瞭然です。数えてみると、イエール大学卒は35人、内6人がスカル・アンド・ボーンズに入っていたことがわかっています。そしてジョージ・ブッシュは大統領になると、11人のスカル・アンド・ボーンズ出身者を政府の役職に起用していました。

(引用開始)

 2004年の大統領選挙の結果の候補者がどちらも、宗教的な基盤を持つエリートの秘密結社のメンバーであったことは間違いなく重要である。この組織はイエール大学のスカル・アンド・ボーンズ結社と呼ばれ、メンバーは死ぬまで互いの友愛的(そして宗教的つながりの)秘密を守ることを誓っていた。ジョージ・ケリーはこの組織の設立者の一人の血筋である。そしてジョージ・ブッシュはイエール大学に少なくとも12人通った家族の一人で、その多くがこの秘密結社に所属していた。そこには彼の父親の世代の4人の男性が含まれていた。そして、一人娘の夫も、父方祖父、曾曾祖父、そして二人の娘のうち一人も所属していた。いくつもの世代で、ブッシュ家の近しい友人はスカル・アンド・ボーンズのメンバーであった。そして、その多くが政治や経済、産業、国家情報(CIA)の輪で関わりを持っていた。

・・・(中略)・・・

 こうした家族の臨床的アセスメントは、この秘密結社のメンバーのつながりによる影響力や特権について理解しなければ不可能であろう。  p42

(引用終わり)

 秘密結社や宗教を通じて、支配層は支配層でお互いの結束を高め、力を維持し続けてきたことがうかがえます。これは日本でもそうでしょう。

 ジェノグラムという視点から安倍晋三の一族や、麻生太郎の一族を分析するのも面白いかもしれませんね。

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