November 16, 2009

用意不用力

「太極拳に学ぶ身体操作の知恵」には、太極拳のコツ、極意が10個解説されています。どれも太極拳学習者には大切なものですが、その中でも最も太極拳や形意拳、八卦掌などの柔派拳法の本質を言い表しているのは、

 用意不用力(よういふようりき)かもしれません。

 第6訣は「用意不用力」。文字通り「意を用いて力を用いず」という意味です。
 特に型の演武ではこの訣語を守ることが大切です。これを守れば守るほどよい演武となる。しかし、まったく力を用いないということではない。からだを動かす以上、そこには力が必要です。
 例えば、前蹴りの場合を考えてみましょう。片足で立ち、ゆっくりと前方に足を上げていく。これがなかなか難しい。
 足は一つの重量物です。足の先端まで意念(=意識やイメージ、私注)を通し、その重量物をゆっくり持ち上げる。力は当然入っているのです。
 しかし最小限の力を使うのであり、力んではならない。そのためには、からだの柔らかさが必要です。p114

 太極拳は筋肉をやたらに固くしたり、力ませて突きを出すことを固く戒めることが、他の拳法との大きな違いです。
 全身の力を抜ききり、極限的なリラックス状態を得ることこそが「最強への道」と考えます。

 そこで大切なのは、高岡英夫氏の言う通り「ゆるむとたるむは違う」ということです。
 単にたるんでだらだらするのではなく、力を抜いてゆるみきった果てに体からわき出てくる「別の質の力(勁と呼ばれる力)」を生み出そうとします。

 そのためにこそ、太極拳特有のあの超スローモーションがあるのです。

 蹴り足の慢練(緩慢練習)、つまり足をゆっくり持ち上げるトレーニングには重量挙げトレーニングと共通の要素があるのです。この意味で「力を用いずして力を養っている」ということができるでしょう。p115

「力を用いずに力を養う」には、ゆっくりと意識を込めて動くことが肝要です。つまり「意」を用いる。「意のあるところに気はゆく」ともいいます。
 臨床心理学の世界で最近ちょっとしたブームの臨床動作法でも同じことを言いますね。「動きには意図が先行する」と。こっちの方がずっと早いけど。

 太極拳に限らず、良い動きをしたいなら、「力を用いず、意を用いる」は極意の言葉となるでしょう。

 ずっと以前この言葉について本ブログで書いた記事も参考までにご覧下さい。

http://taichi-psycho.cocolog-nifty.com/adler/2006/12/post_18f4.html

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November 11, 2009

「太極拳に学ぶ身体操作の知恵」

 スポーツや武道の世界では、身体をうまく使うためのコツやヒントを伝えるための言葉があります。
 簡単なところでは「肩の力を抜け」という誰もが言うことから、「体の左側に壁をイメージする」「軸を意識する」というその専門種目に特有のものもありますし、「腰をぎゅっと入れろ」「きた球をパッと打て」といった感覚重視、擬態語満載の長島語みたいなフレーズもあります。

 太極拳は中国でできたものですから、当然そういうコツを漢字で表します。

 それは多くの場合、漢字の国らしい4文字熟語で含蓄のある内容になっています。

「太極拳に学ぶ身体操作の知恵」は、その太極拳を初めとする中国の伝統武術が人類に残したといっていい言葉をわかりやすく解説した本です。

 著者の笠尾楊柳氏は太極拳・中国武術界の人なら知らなければもぐりといってもよいくらいの有名人。
 元々早稲田大学の空手部主将だったりと空手出身の方ですが、日本の太極拳黎明期、楊名時老師や私の学ぶ王樹金老師の太極拳・形意拳・八卦掌を学び、その奥深さに魅せられ、その後中国武術の歴史研究に足を踏み入れて、興味深い著作を出し続けた市井の研究者です。

 だから私からすれば、広い意味で兄弟子筋になるのでしょうか。

「虚霊頂勁(きょれいちょうけい)」「含胸抜背(がんきょうばっぱい)」「用意不用力(よいふようりき)」なんて太極拳を知らない人には何のことかわからないでしょうけど、太極拳学習者は絶対に知らなければならない、守らなければならないポイントなんです。

 でも、本当は身体を動かす人(ということはほとんど人類の全員)が、より良く、効率的に動くためにもとても役に立つ知恵でもあります。

 太極拳は今や世界中に何百万だか何千万だかわからないけど、膨大な数の愛好者がいます。その魅力の元は、今から約百年前の清朝末期の動乱の中国において、およそ今の形に生まれました。
 それはまさに、世界の武術・運動史の中でも頂点を極めた武術家たちが多数現れた時代だったと思います。
 それが今の太極拳・気功法ブーム、カンフー映画の源流になります。

 その太極拳の知恵を本書ではわかりやすく、面白いエピソード満載で解説されています。

 そのいくつかを紹介いたしましょう。

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September 07, 2009

免疫力をつけるには・2

 免疫力をつけるにはどうすればいいか。
 前記「秘伝」誌の「腸能力を磨け!」には、そのキーになるのは細胞内のミトコンドリアで、その機能を上げることが最重要と説いていています。
 そのためには「栄養素と酸素」を考えなければならず、栄養素には食事が、酸素には呼吸が当然関連します。
 本誌では、先ず「口呼吸」の弊害が指摘されています。
 つまり口から息を出し入れする呼吸は身体にとってとても問題らしいのです。

 免疫学者、西原克成氏はその理由を詳しく説明してくれています。一部を引きます。

 口は本来食べ物を体内に取り入れるための入り口で、鼻のように空気を取り込むのに適した構造にはなっていません。鼻から吸入された空気は、繊毛(鼻毛)と粘膜の作用で雑菌やホコリ、ゴミなどが除去され、副鼻腔で冷えた外気が温められてから気管に取り入れられますが、口にはこうした天然のフィルターがないからです。

 口呼吸では乾いた冷えた外気が直接喉に当たり、ウィルスも易々入ってしまいます。
 この結果、「体の組織・器官の細胞が黴菌に汚染され、ミトコンドリアの働きも低下します」

 口呼吸が問題であるなら、当然口からハッハッと息をする「スポーツは体にとても悪い」というのが著者や西原氏の主張です。とても興味深いですね。
 西原氏は、

「マラソンや水泳、サッカーなど全身を酷使させる運動を想起して下さい。こうした運動は大量の酸素が必要になるため、鼻呼吸だけでは対応できず口呼吸が習慣化してしまいます。こんな口呼吸病をうながす行為を幼い頃から奨励しているのが、いまの学校体育です。中高年世代にメタボ対策などといってジョギングなどをすすめることもあるようですが、私からすれば自殺行為というほかありません。生きるということは「息る」ということです。呼吸の重要性について考えていないスポーツは、健康づくりとは何の関係もないものなのです」

 と辛辣なことをいっています。
 そして著者の長沼敬憲氏は、

 もし運動を取り入れるなら、口呼吸ではなく、鼻呼吸を主体とした太極拳のような伝統武術、ゆったりペースのストレッチなどが適していることになる。西原氏もこうした理論に基づき、独自の横隔膜呼吸法をすすめている。

 と、太極拳などの武術の優秀性を評価してくれています。

 やはりそうだったんですね。

 ちなみに本誌で写真入りで紹介されている横隔膜呼吸法という体操を見ると、普段私たちが稽古の前にしている準備体操(抜筋骨と呼んでいます)とほとんど同じか似ている動きばかりです。

 やっぱり免疫力を上げるには、武術や気功がいいですねえ。

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September 02, 2009

免疫力をつけるには

 衆議院選挙の結果については、もう自明なのでここで繰り返しませんが先ずはよかったですね。

 民主党、がんばって下さい。
 できれば、小泉・竹中が犯した国家的犯罪を白日の下に曝してほしい。
 そして障害者自立支援法などの悪法を改正してほしいと願っています。

 ところで、最近の問題は新型インフルエンザですが、マスクや消毒液の買い占めなど一部ではヒステリーの様相を呈してきています。
 しかし、ワクチンやタミフルがほしいと騒ぐよりも(ほんとに意味があるのか疑問だし)、インフルエンザに負けない、あるいは罹っても大丈夫なくらいに自分自身の体を強くすることが最重要のはずです。
 亡くなる方に子どもや病気の方が多いのも、体を「強く」することが大切なのを示しているかもしれません。

 では、どのようにしたらよいのか。

 発売中の武術専門誌・月刊「秘伝 2009年9月号」(BABジャパン)に連載中の「腸能力を磨け!」に重要なヒントがあります(同誌には他に内田樹さんとヨガ行者との興味深い対談記事もあり、要注目です)。

 免疫というと生物学で習った白血球を中心とした抗原抗体反応のことだとイメージしますが、同記事によると最近注目されているのは、個々の細胞に備わった「自然免疫」の働きだといいます。
 それはミトコンドリアを中心に細胞ひとつひとつが強くなることを意味するそうです。

 同記事を書いたフリーライターの長沼敬憲氏は、免疫学の大家、西原克成氏を取材します。西原氏は、ミトコンドリア内部で働き、エネルギーを作り出すTCA回路(これも高校の生物でやったな)を生命の渦と呼びます。

 著者が取材した西原医師は、次のように言います。

 ミトコンドリアの内部で働くTCA回路は、たえず渦のように回転しながらエネルギーを生み出しています。このエネルギーの渦が止まった時、私たちの生命活動も停止します。つまり、ミトコンドリアの活動こそが私たちの生命そのものであるといえるのです。エネルギーの渦は、生命の渦であることがわかるでしょう。

 このミトコンドリアが元気であれば、生命の渦が高速回転し、私たちは文字通りエネルギッシュに活動することができます。それが「免疫力が高い」ということです。ウイルスや細菌などの病原体が細胞内に侵入してきても、当然、それをはねのけることができます。

 従来の抗原抗体反応に基づくワクチン作りでは、人間の免疫力を高めることはできない。生命力はどんどん弱くなるばかりです。

 私に言わせれば、そうした免疫論など、「大人のお伽噺」にすぎないものです。そうではなく、これまでお話した細胞内の生命力、すなわち私が細胞内呼吸と呼ぶミトコンドリアのエネルギー産生能力こそが免疫力であるということをしっかり認識してください。ミトコンドリアを基準とすることで、生命力を高める秘訣も見えてくるはずです。(西原氏)

 面白いですね。
 では、どうすれば細胞の免疫力を高めることができるのでしょうか。
 その秘訣は次回に。

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August 24, 2009

統合失調症の背景

 先週半ばから末にかけては、日本ブリーフサイコセラピー学会に参加していて、ほとんどパソコンに触らないでいたので更新ができませんでした。

 さて、続きです。
 統合失調症についても、アドラー心理学の理論は特に内容の変更は必要なく、基本的にそのまま当てはめて考えることができるとしています。
 シャルマンの「精神分裂症者への接近」(1968)の冒頭には、

 この本で主張したいことは、分裂症者は生まれつきのものではなくて、つくられるものであるということである。精神分裂症は子どもの頃にはぐくまれ、心理社会的psychosocial環境によって促進されるが、分裂症者側の自己訓練self-trainingなくしては起こり得ない。
・・・・(中略)・・・・
 そうした人たちの研究(それまで多かった親子関係や家族関係のような外側の原因論的な研究のこと=引用者注)では、そのような幼児期の諸問題に対する幼児の側の主体的な対応の仕方について、ほとんど焦点が当てられていない。この時期の幼児についてのいろいろな研究は、行動や性格傾向の記述に終わり、幼児が自分自身をどうみているのかとか、幼児の世界といった背景はみていない。

 と述べています。
 つくられるとか自己訓練といっても、病気の全てがその人の責任で起こるといっているわけではありません(究極的にはその人が「責任」を持って受け入れなければならないと考えているとは思います)。

 病気になりやすい身体的資質や問題のある環境の他に、自分自身で作り上げた「主観的な価値体系」personal values、確信convictionsという、その人なりの体験の意味づけ方が、発症や病気の展開のあり方に決定的な影響を与える、むしろ主役であるとシャルマンは考えています。

 脳科学が発達した今では確かに統合失調症の脳内の原因がいくらかわかってきて、薬も進歩したので、一般には脳だけの病気と思う人もいるかもしれませんが、アドラー心理学のような全体論的立場では脳のあり方も含めて、その脳内の「異常状態」(覚や妄想など)に対する捉え方、見方が大きいのだと考えます。

 昨今の心理臨床の言い方では、認知ということになります。

 最近の精神医療では、ストレス脆弱性モデルに基づいた認知行動療法を統合失調症の患者さんに行うことが効果的とされていて、私も仕事でやっていますが、まさにアドラー心理学の見方はその先駆といっても良いと思います。 

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August 17, 2009

「精神分裂病者への接近」

「精神分裂病者への接近」B・H・シャルマン著,岩崎学術出版

 精神分裂症schizophreniaは、今は統合失調症と名を改められていますが、本書は原書が1968年、この訳書が1978年に出ていますので、その改名がされるはるか前なので、病名が古いのですね。
 だからその辺はご容赦を。

 ISBNもなく、もう古書といえる本をなぜ今回紹介するのかというと、日本語で読めるアドラー心理学に基づいた統合失調症について書かれた数少ない、ほとんど唯一の書だからです。

 本書には統合失調症の内面と対人関係の有様が実にわかりやすく描かれており、さらに個人精神療法での対応のコツ、治療技法もふんだんに説明されています。

 アドラー心理学は子育てとか教育とか、いわゆる「病気でない」人を対象にする「健康人むけの心理学」と思われることが多いようですが、しかしアドラー自身も精神科医でしたし、著者のシャルマンも相当に力量のある精神科医であったことがアドレリアンの中では知られています。
 アドラー心理学を使いこなして精神医療を行うことは十分に可能だったのです。

 私は現在児童相談所から精神病院に勤めが変わって、これまでの子どもから、たくさんの大人の統合失調症の患者さんと付き合う生活になり、若き日に読んだ本書を今、改めて読み返してこの病気について勉強することにしました。
 そして、発見と確認を繰り返しています。

 これから自身のためにも本書から内容を引用、メモしていきたいと思っています。

 それにしても、本書は「精神分析双書」のシリーズの一環として、出されたもので、他にはウィニコットやカーンバーグなど名だたる精神分析家が出ています。
 面白いのは精神分析を専門にされていたと思われる訳者たちが、本書の内容のあちこちにつまづき、戸惑っている様子が読みとれ、「そんなはずはない。精神分析ではここはこういうべきだ」みたいな納得いかないといった反応を、訳注やあとがきなどで縷々述べているところです。

 気づかぬうちにマギャクの精神分析学とアドラー心理学がぶつかっていて、苦笑いというか、アドラー心理学が日本に紹介される前の時代であり、仕方がなかったのでしょう。

 認知行動療法やナラティブ・セラピーのような、ほとんどアドラー心理学と相似形のアプローチが台頭している現在、温故知新じゃないけど、アドラー・マニアとしてはこれから本書も折に触れ、取り上げていきます。

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August 04, 2009

テレビに出られなくなったきっかけ

「売国者たちの末路」には小泉・竹中路線の罪深さと郵政改革の本当の姿、今後の経済について本当に重要な情報に満ちているのですが、ここでは、そんな本筋とは別の面白いエピソードを引きます。

 副島隆彦氏は今は絶対にテレビに出してもらえない評論家なのですが、以前はたまに出ていた時があったらしいです。
 しかし、小泉政権が発足した頃を境に完全に干されてしまった。
 そのきっかけのテレビ出演の様子が生々しい。

 小泉純一郎が自民党総裁になる直前の2001年4月14日、日本テレビ・読売系列の「ウェークアップ!」という番組に副島氏が出演しました。
 一緒にその場にいたのは、自民党総裁選の候補者、橋本龍太郎、麻生太郎、小泉純一郎、亀井静香のオールスター。

副島「このとき、私が麻生さんに『日本は毎年、国債で30兆円分をアメリカに差し出すという密約があるのですか』と聞いた。すると横から橋本さんが急に怒りだして、『お前みたいな若い評論家が何を言うのか』という顔をしながら『私は米国債を売りたいと言った男だよ』と言ったのです。司会をやっていた桂文珍が大慌てで、手で×印を組んでディレクターに合図して、カメラをよそに回されました。私に反論させなかった。この後私はテレビから干されるのですが(笑)。

 あのとき橋本さんが立候補したのは、みんなに相当嫌がられた感じがありましたね。国民からは『またあんなのが出てきた』と。しかし私と橋本さんはこのとき2人だけで気持ちが通じ合いました。橋本さんは『俺は愛国者だ。アメリカに抵抗している』と言いたかったのです。

 これは非常に重要は発言でした。属国の指導者が『米国債を売りたい』というのは、アメリカにとって逆鱗に触れる言葉です。一番大切なのは国民のお金の問題ですからね。

 国家の秘密を臆せず暴く副島隆彦とそれに応える橋本龍太郎、「やばい!」と慌てる桂文珍という取り合わせが妙に面白い。

 あれ以降日本はまだ自由さがあった言論が封殺され、それは隠蔽され、お笑いや出来レースのような政治報道番組ばかりになってしまった感があります。

 もうちょっとましになってほしい。
 でないと地デジを買う気はなくなるな。

 

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August 02, 2009

植草はガリレオだ!

 植草一秀氏は、小泉・竹中路線に容赦ない批判を浴びせてきた人ですが、それゆえに「敵」からかなり憎まれていたみたいです。当時の氏を巡る状況に関する面白いエピソードがあります。

「売国者たちの末路」から

植草「小泉政権は不必要な不況促進政策を発動して日本の国民を苦しめ、逆に外資系ファンドにはおいしい思いをさせました。小泉・竹中路線は外国勢力と手を携えたものだと思われます。私はこのことに対しても容赦ない非難を浴びせていましたから、とても目障りな存在だったと思います。

 私は自分の事件のあと、知人にこんな話を聞かされました。その知人は外資系の会社を日本で立ち上げて、日本で不良資産の買い取りと資金回収をやっている人です。いわゆる外資一族とツーカーの関係にあるのですが、彼によると外資系ファンドの人々の集まりがあったとき、私のことが話題になった。そしてそこにいた人々が口々に言ったそうです。
植草はガリレオだ。ガリレオは火あぶりにしろ!』」

 興味深いのは、ガリレオは「真実」を言ったからこそ教会から弾圧されたのであり、外資系ファンドの面々も、植草氏の発言は「真実」だと思っていたことがうかがえることです。

 それにしても本書を読んで驚かされるのは、植草氏の胆力。ただの日和見学者が多い中で、どんなに卑劣な目に遭ってもけして動じず誠実に言論を貫く様には、端倪すべかざるものがあります。

 真の武士道を身につけた最上級の人物であると思います。

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July 28, 2009

植草事件の背景

「売国者たちの末路」には、植草一秀氏がなぜ痴漢事件にはめられたといえるのか、副島隆彦氏の分析が前書きに端的に記されています。

 それは、植草氏が経済政策についてあまりにも優秀であったためです。

 植草氏は日本国で「郵政民営化」という名の、日本国民の資産の強奪(アメリカに貢いだ)を行った者たちの所業を、最も正確に緻密に分析し指摘してきた一流の経済学者である。そのために植草一秀は、竹中平蔵を守り護衛する、アメリカで訓練された公務員忍者部隊に狙われ、残酷なスキャンダル攻撃で痛めつけられた。例の痴漢冤罪の謀略である。
    (中略)
 当時(2004年4月)から植草事件の勃発の経緯を遠くから凝視していた私にはわかっていたことがある。それはあの当時、金融担当大臣になったばかりの竹中平蔵を、自民党の最高実力者7人が力を合わせて引きずり降ろそうとした。そしてその後任(後釜)に植草氏を、日本国民の総意をもって、折り紙つきの有資格者として金融担当大臣に任命しようとしたのである。その時の自民党の最高実力者とは、青木幹雄、亀井静香、野中広務らであった。

 ところがこのときの日本側の策は、アメリカに見抜かれて一挙に潰された。上記の実力政治家たちは自分の生き残り(政治生命)のために尻尾を巻いた。このあと、ひとり植草氏だけが戦場に取り残され、宿敵・竹中平蔵を防衛する特殊部隊(special forces スペシャル・フォーシーシーズ)に狙われて、業火に焼かれ生身を削がれるような謀略攻撃をかけらた。しかも2回も。私は植草氏への2回目の痴漢冤罪謀略の「被害者」は婦人警官だと今も信じている。彼らは己の罪の深さを知るべきだ。

 あの時期、人事を巡って日米、小泉側、反対勢力と熾烈な戦いがあったのですね。

 副島氏は、「植草氏ほど真剣に国民のことを思い、金融・経済政策の立て直しで政策立案能力を備える人はない」と植草氏を国政に復帰させるべきだと主張しています。
 それが実現すると本当にいいなと思います。

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July 26, 2009

「売国者たちの末路」

 世間は政治の夏、いよいよ天下分け目の決戦という雰囲気ですね。

 一応、自民逆風ということになっていますが、小泉内閣以来謀略とマスコミによる洗脳に長けた連中がどんな手を使ってくるかわかりません。

 前回の郵政総選挙では、知能の低い「B層」として広告代理店にターゲットにされ、ものの見事に小泉純一郎に騙された人々もさすがに今は自らの生活境遇の「痛み」に耐えかね、眼が覚めたかもしれませんが、いつまでそれが維持できるか。

 今もフジテレビの26時間バカ騒ぎ番組やってるし。

 私は別に自民党が好きでも嫌いでもなく、あのギラギラしたおじさんたちの派閥抗争や権力争いを見るのは楽しみでさえありましたが、小泉内閣以降は完全に見放しました。

 物事には良い面と悪い面があり、自分は悪い面を良い面に変えるのが仕事柄うまいつもりですが、彼らがやってきたことだけは良いところを見つけることができない。「超難事例」です。

 それは、小泉・竹中路線というやつが、多くの識者や有力なブロガー・ネット情報がいうとおり、それまでの自民党政権のようなアメリカに対する二枚舌ではなく、徹頭徹尾売国、国民生活破壊の姿勢を貫いていたからでしょう。

 そんなとき、これからの日本、政治行動を考えるとき、この本は外せません。

「売国者たちの末路」植草一秀、副島隆彦著,祥伝社

 小泉・竹中への強力な論敵として立ちはだかろうとしていたところを、誰もが感じる痴漢えん罪事件で社会的に抹殺されかかった植草一秀氏と副島氏がタッグを組みました。
 これ以上強力なタッグはないかもしれない。

 地獄へひた走る世界経済の予測はもちろん二人のお手のものですが、読み応えがあるのは、「国策捜査」という言葉で改めて我々に気づかされた「国家の暴力」の有り様。小泉・竹中時代、彼らとその周辺・背後の不気味な動きの様子が、「ここまでひどいものだったのか」と驚きながら知ることができます。

 本書は既にベストセラーとなっているようですが、本書が出た途端、謀ったように植草氏に最高裁が上告棄却、有罪を出し、この最も大事な時期に収監され、言論を封じられようとしています。

 しかも書店によっては、本当かどうかわからないけど、何らかの圧力があったのか、売れているにもかかわらず、店頭に置いていないところもあるといいます。

 こんなおもしろい本はないのに。

 そこで、私が感じ入ったところを紹介してみたいと思います。

 書店になければ、ここで買ってね。

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