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これいいよ!

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April 02, 2024

『プラグマティック精神療法のすすめ』

 精神科医、作家として著名な和田秀樹先生は、私も以前から著書を拝読したり、YouTubeチャンネルを拝見してきました。

 元々精神分析学を専門にされていたのに他の分析家と違うのは、全く違うオリエンテーションの学派からも積極的に学んで評価していることを公言することです。

 今時精神分析家でもさまざまなアプローチを学ぶ時代ですが、「これはいい!」とはっきり言う人はこの業界では珍しい。

 それは、より患者に役に立つために、臨床の腕を上げるために、というプラグマティックな姿勢を和田先生が持ち続けたためだと思います。

 アメリカに留学中は臨床催眠やブリーフセラピーも学んだみたいだし、特に日本発の森田療法がお気に入りで積極的に取り入れているようです。

 そして和田先生は、臨床家としてのアドラー、アプローチとしてのアドラー心理学をとても高く評価しています。

『プラグマティック精神療法のすすめ 患者にとっていい精神科医とは』(金剛出版)は、和田先生の自己啓発的な他著とは違って、臨床家としてのこれまでを振り返ったものです。

 本書の第8章に「プラグマティック精神療法の元祖 アルフレッド・アドラー」という章があります。

 アドラーについて和田先生はこう述べています。

 アドラー学派の特異性というのは、アドラーの名前を忘れられても劣等コンプレックスの概念はいまだに通用するように、概念の普遍性にあると言えるのだろう。

 もう一つは精神分析学のように内部で分派していくのではなく、個人心理学の枠外に大きな影響を与え、多くの新しい学派を生み出していったことだ。

 アドラーの影響を受けたとされる心理学者には、人間性心理学のアブラハム・マズロー、カウンセリングの父カール・ロジャーズ、交流分析の祖エリック・バーン、そして自己啓発の父デール・カーネギー、そして前述のアーロン・ベック(認知療法の創始者:ブログ主注)がいる。

 自らの名前より、そこから派生する学派によってその理論が広まっているという数奇な運命をたどるのだ。  p133-134

 とても正直な和田先生は、多作だし、歯に衣着せぬ政治的発言もあり批判的な人はいるかもしれませんが、私はとても信頼できる人だと思います。

March 09, 2024

文春砲でコロナワクチン後遺症曝露!

『文藝春秋 2014年4月号』で、なんとコロナワクチンの薬害が取り上げられました。

 遂に、ようやく、という感じです。

「お前ら文春だって、ワクチンを推奨していただろう。今さら遅いんだよ」と逆に怒りも湧きますが、まあ改心したのなら許そう(まだわからんが)。

 記事には、「コロナワクチン後遺症の真実」というタイトルで、福島雅典京都大学名誉教授による、極めて科学的な考察による激烈なる告発が載っています。

 さあ、ワクチンを推奨した利権にまみれた役人や学者、マスコミ、「コロナ怖い、世間が怖い」と黙り込んでいた臆病な知識人たち(特にリベラル派)はどうする?

 反論してみろ。

 マスコミは芸能人のスキャンダルの時にさんざんやってきたみたいに、「文春砲だ!」と騒ぐか?

 まあ、きっと徹底的に無視を貫こうとするだろうね。

 しかし、真実はじわじわと、そしてある時一気に暴かれていくもの。

 私たち、一般ピープルは、何が本物で何が偽物か、見極める目を持つよう努めよう。

 じっと奴らを観察しよう。

 面白くなってきた。

 

February 10, 2024

源氏物語にはまる

 ずっと『源氏物語』が嫌いでした。

 大体、身分が高くてイケメンで、狙った女を次々とものにしていく光源氏は、なんてうらやましい、いや、なんてとんでもない悪い奴だ、としか思えず、これまでの人生で遠ざけてきました。

 一応文学少年だったので、高校の時、清少納言の『枕草子』は読んだし、『伊勢物語』や『今昔物語』、ちょっと下って『平家物語』だって多少は読んだけど、『源氏物語』だけはどうしても読む気になれませんでした。

 それがご想像の通り、大河「光る君へ」に触発されて、吉高由里子ファンでもあるので、「じゃあ、この機会にちょっとは触れてみるか」と読み始めたら、これが面白いのなんの。

 平安世界にどんどん引き込まれ、「こういうことか。さすが、世界最高峰の文学作品といわれるわけだ」と納得した次第です。

 光源氏も女好きではあるけれど、ただ単に軽薄な男ではなく、自らの行為の罪の意識に悩んだり、それでも女たちに惹かれざるを得ない業があり、女たちも立場の違いによってそれぞれの苦悩や歓びがあり、さらに私の好きな権力闘争も描かれています。

 いやあ、食わず嫌いだったなあ。

 といっても原文を読む力はないので現代語訳ですが、今読んでいるのは田辺聖子訳『源氏物語』

 与謝野晶子から始まり数多くの作家が訳していますが、田辺聖子を選んだのは特に理由はなく、上巻が Kindle unlimited で0円だったからです。

 つまり、電子書籍で読んでいます。老眼にはやさしいので。

 田辺訳はとても読みやすくて、バランスがいいような気がします。

 これからは、いろいろな人の訳を比較する楽しみも出てきそうです。

 しかし、3月の研修講師や学会発表で読まなければならない資料がたくさんあるのに、気がつけば源氏物語の世界に逃避してしまっている自分がいます。

 やばい、やばい。

January 18, 2024

マスクの着け過ぎもいけない

 前回、藤田絋一郎著『手を洗いすぎてはいけない』という本を紹介して、手を洗って消毒し続けるとかえって体に良くないことをお伝えしましたが、感染対策でマスクを着けることも本当に意味があるのでしょうか。

 マスクなんて、N95みたいな特別なものでなければ、ただの生活雑貨でしかないのに、私たち日本人はマスクが感染対策になると信じ込んでいるようです。

 実際は、ほとんどの国民がマスクを常時着け続け、おまけにワクチンまでも打っていたのに、世界最高の感染者数を叩き出したのだから意味がないのは明らかのはず。

 こういうのをフェティシズムというのか、宗教学的には物神信仰というものなのでしょう。

 日本人は、マスクにも神が宿ると思っているのかもしれません。

 前出の『手を洗いすぎてはいけない』にも、「マスクは風邪予防に効果がない!」と言っている箇所があります。

 新型コロナは風邪だから、マスクも効果はないことになります。

 むしろ「みんなと同じ」という体裁と安心感を得るために、ほとんどの人がマスクをしている、と藤田先生は指摘しています。

 その通りですね。

 これは最近の調査でも、多くの人が感染対策というより、人目が気になるから着けているという人が最も多いという結果が出ていたので、相変わらずということでしょう。

 まあ、マスクに効果があるとしたら、「みんなと同じという安心感」と「ウイルスを防げているはず」という信仰による心の安寧、プラセボ効果によるのでしょう。

 それで多少免疫力が上がるかなあ、上がらないかなあ。

 マスクの効用と限界については、X(元Twitter)で、マスク業界にいると思わるMr.NowWovenという方のポストがとても勉強になります。

 さすが、業界の人だけあって、とても詳細にマスクはウイルスの空気感染に無力なことを詳しく説明してくれています。

 最近はこの人のポストに「コミュニティーノート」がつくようになって、余計に信頼性が上がりました(笑)。

 今はテレビが報道しないことを言うこと、Xのポストにコミュニティーノートがつくこと、YouTubeで削除されることで、その情報の信頼性が増すという時代になっているんですよ。

January 13, 2024

『手を洗いすぎてはいけない』

 コロナ禍で私たち日本人が強いられ、強く身につけたのが手洗いの習慣。

 どこに行ってもアルコールの手指消毒が置いてあり、今でもスーパーやレストランなどに入店するときに手をシュッシュとする人はよく見かけます。

 ご本人はきれいになったつもりでいるけれど、本当はどうでしょうか。

 実は、免疫や衛生に詳しい人ほど、過度な手洗いを勧めてはいません。手洗い自体はいいのですけど、過剰な手洗いは本末転倒になることを警告しています。

 皮膚にある常在菌がアルコールで死滅し、油脂が水で流されてしまうからです。

 皮膚は免疫の第1関門、そこでウイルスや細菌を防げれば、体内の免疫の負担はだいぶ減るはずです。

 手洗いによって、ウイルスとの戦いの最前線が崩壊してしまえば、こちらは不利になるのが必定。

 その辺をわかりやすく解説してくれるのが、藤田紘一郎著『手を洗いすぎてはいけない』(光文社新書)です。

 藤田先生は以前から私もファンの感染免疫学者で、先年お亡くなりなりました。本書はコロナ前の2017年に出た本ですが、コロナ禍の日本人の狂騒ぶりを早くも警告したかのようです。

 本書の中身の一部を抜粋します。

 人間の皮膚には表皮ブドウ球菌や黄色ブドウ球菌をはじめとする約十種類以上の「皮膚常在菌」と呼ばれる無数の細菌がいます。これらが私たちの皮膚を守ってくれているのです。

 皮膚常在菌は、皮膚から出る脂肪を餌にして脂肪酸の皮脂膜を作り出します。この皮脂膜は弱酸性で、病原体のほとんどは酸性の場所では生きていけないそうです。つまり皮膚常在菌は病原体から体を守るバリアの役割を果たしているのです。弱酸性のバリアとして感染症から身を守る第一の砦となっているのです。

 それを水で執拗に洗い流し、アルコールで殺菌してしまえばどうなるでしょうか。

 昔ながらの固形石鹸で手を洗った場合でも、9割の皮膚常在菌はなくなってしまうそうです。しかし、10%でも残っていれば、再びそれは増殖して12時間後には元の状態に戻れるとのことです。

 1日1回入浴するくらいなら、皮膚常在菌は十分復活するそうです。

 しかし今の薬用石鹸やボディソープならもっと殺菌効果が高いはずですし、それを何時間おきに、時には何分かおきに使っていたら皮膚常在菌が戻る余裕はなくなってしまいます。

 皮膚常在菌のバリアを失うと、皮膚は中性になるので、病原体にとても弱い状態になります。病原体は手指から口へと体内に入り、感染します。あとは体内の免疫機構に働いてもらうことになります。まず皮膚の段階で、病原体を殺すことができれば、体内の免疫機構の負担は減るでしょう。

 つまり、手を洗いすぎることで、私たちは免疫力が低下するのです。

 これを藤田先生は、「洗いすぎると人の皮膚はどんどん『キタナイ』状態になり、病原性の弱い菌やウイルスに感染しまうほど、ヤワな体になっていくのです」と言っています。

 これはキレイ好きで感染を恐れる人にとっては、「洗えば洗うほど汚くなる」ということで衝撃的ですね。

 何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 では、どの程度の手洗いならよいのでしょうか。藤田先生は言います。

「両手を軽くこすりながら、流水で10秒間流す」

 これだけです。

 簡単ですね。

 もう、高田純次的に、テキトー主義でいきましょう。

December 03, 2023

『強迫症を克服する』

 コロナ禍とコロナ後の私の現場で気づいたのは、強迫性障害、強迫症状を持つ人の相談が増えたことです。

 不登校が中心のスクールカウンセラーでも、その相談が目立っています。

 原因は明らか。

 コロナ禍では、「いつでもどこでも消毒せよ」というアルコール消毒の強制が日本中、至る所で行われました。

 そのため、元々手洗いとかの強迫症状がある人は悪化し、その傾向が多少でもあった人は症状が顕在化したということは、確かにありました。

 その結果、かえって手ががさがさになったり、爪が変色した人を見てきました。

「罹ってはいけない、きれいにしなくてはいけない」という思いに駆られて手を洗ったり消毒し過ぎて、本来身体を守ってくれていた常在菌が落ちて、かえって免疫力が下がった人たちもいたことでしょう。

 私が会った強迫症状を持つ中学生も、早速インフルエンザに罹って学校を休んでいました。

 同時期に会っていた私は何ともなかったけど。

 きっとコロナワクチンと消毒のダブルパンチで、日本人の免疫力は大分下がっていて、それでこの秋の異様に早いインフルエンザの流行になったのではないかと私は思っています。

 そんな強迫症状に悩む人と家族、臨床家向けのやさしい本を最近読み、とてもよかったので紹介します。

 矢野宏之『強迫症を克服する 当事者と家族のための認知行動療法』(金剛出版)

 いわゆる曝露反応妨害法の解説なのですが、「いやなことを無理矢理させられる」というイメージがつきもののこの技法についての誤解を解こうというものです。

 前述のとおり、私もそういうクライエントさんが増えたので、改めて曝露反応妨害法を学ぼうとしたときに出会いました。「こんな風に説明すればよいのか」と、とても参考になりました。

 クライエントさんにもお勧めしたいです。

November 24, 2023

ホワイト革命をニーチェ的に生き抜けるか

『ニーチェのふんどし』で著者の藤森かよこ氏が、ホワイト革命についてまとめているところをメモします。

「弱者救済」「ユートピア構築」を目指す近代思想の究極の姿、なれの果てがホワイト革命だとしたら、臨床家の私は一応それに賛同しないわけにはいかない。

 確かに正しい思想であり、理念には共感できる。

 ただ、弱者を「そのままでいい」「あなたは正しい」と肯定するだけでなく(それは出発点に過ぎない)、ニーチェのいう「強者」、いわゆる「超人」へ私と共に進んでほしい、その援助をしたいという思いがあります。

 超人とは、スーパーマンとか超能力者とか新人類いう意味ではなく、独立自存した人、「価値観乱立の世の中で、自分が生きることを自分なりの意味を探し求め続ける人間」を指します。

 著者の超人の表現です。

超人であろうとすること、そう意志して生きることそのものが、動物ではない人間である。 常に古い自分、 矮小な自分、安逸に自足する自分を超えようと志向しなければならない。だから、人間 は、橋だし、一本 のロープなのだ。

 アドラー心理学的には劣等感の補償や優越性追求、目的論の在り方と関係するところでしょう。

 その辺りが、普通の心優しくリベラルな心理臨床家と私との違いであると、本書を読んで思いました。

 私はどうしてもホワイトだらけの社会は不快に感じるので、ホワイト革命に従うことはニーチェのいう「畜群」「末人」になることに思えて仕方がありません。

岡田斗司夫が予測した来るべきホワイト社会は、近代まではヨーロッパ 世界に、近代以後は全世界に広がった道徳的目標「弱者救済」 と、政治的目標「弱者も生きて行けるユートピア構築」 を、ほんとうに実現させるべく人々が動く社会だ。なんとなれば、史上初めてと言っていいほど、社会的不公正を憎み、正義を愛する、繊細で優しい善意の良い人々の数が増えるからだ。環境問題や人権問題にも意識的で、持続可能な世界の構築に協力する人々が増えるからだ。それは、今までの歴史の成果であり、メディアや教育機関 がそのように教えてきたことの成果だ。p158

 ところが人々が他者や社会にホワイトさを求め続けた結果、ポリコレ・ヒステリーのネット炎上やキャンセルカルチャー、SDGs、外見至上主義に行きついてしまった。

 そんなもので世の中がよくなると考えている彼らは思想的に浅いので、支配者がばらまくホワイトっぽい餌に簡単に騙されてしまう。

 コロナ対策に従順な人々は、まさにニーチェのいう末人といえるでしょう。

 もしかしたら、国連のSDGsや世界経済フォーラムのグレートリセット、脱炭素社会の構築なんてそうかもしれません。文系の著者は、自分は理系のセンスがないからわからないけれど、これらの環境問題や社会変革運動は、「全体主義であることは確実だと思う」と言っています。

 そうでしょうね。

 

November 19, 2023

ホワイト革命の衝撃

 藤森かよこ著『ニーチェのふんどし いい子ぶりっこの超偽善社会に備える』(秀和システム)で知ったのですが、2年近く前にアニメ、オタク文化評論家の岡田斗司夫氏がとても面白い概念を提案していました。

 ホワイト革命です。

 日本の上から下まで、今、あらゆる領域で席巻している思想です。

 岡田斗司夫氏は昨年、自身のYouTubeチャンネルで、「ホワイト革命」とこの時代の流れを名づけて一部で大きな話題となりました。

 コロナ戦争とホワイト革命 岡田斗司夫ゼミ

 私も見たらとても面白かった。

 ここでいうホワイトとは白人のホワイトではなく、「「ホワイト企業」のホワイトが示すように、 倫理性が高いとか、公平であるとか、人権意識が高いとか、搾取的ではないとか、社会的責任を果たしている」という意味です。

 一種の大衆による思想運動といえますが、岡田氏は、一見誰も反論できない考えを押し付けて、人々の思考や行動を縛りあげようとする態度が社会に広がっていることを指摘しているのでしょう。。

 誰かがこの思想運動のリーダーということはなく、暗黙のホワイト革命の理念の下、誰もがお互いに縛り合い、攻撃し合い、身を守り合っています。

 その運動はマスメディアとネット双方が増幅装置になって、大衆を燃え上がらせています。

 以下、岡田氏の発言を同書より引用します。

「ここずっと、人々は見た目を非常に気にするようになっている。外見を清潔に美しくする ことが、何よりも重要になってきている。女性のみならず、男性も脱毛し、歯列矯正も一般的になり、美容整形手術に抵抗がなくなり、おしゃれに余念がなくなっている。

外見ではなく中身が大事という、かつての正論が通用しなくなっている。

この現象は単なる外見至上主義( lookism)ではない。見た目が綺麗 であることは 精神の綺麗さの表れであり、生き方が綺麗であることの表れであるという思想が生まれつつある。

最近の漫才芸人たちは非常に見た目が綺麗になっている。と同時にネタも綺麗になっている、かつてのように、ハゲ とかデブとかの外見イジリ 減った。「下ネタ」 も忌み嫌われるようになった。性差別ネタや貧困や学歴差別ネタもダメ。動物虐待系もダメ。悪口陰口風刺批判ネタもダメ。

芸能人だからという理由で、不倫とか女遊びにギャンブルに暴力団との交際が大目に見られることはない。妻帯者の芸人が公共のビルの多目的トイレで妻以外の女性と性交 したら芸能界に復帰できない(妻が相手でも問題だが)。

Twitterで罵詈雑言的なつぶやきをする人は、さっさとミュートされている。政治家を名指しで口汚く攻撃する投稿は、かつては面白がられたが、どんどん読まれなくなっている。悪口や批判や辛辣さに対して若い世代の耐性が低くなっている。」

 まさにその通りで、コロナウイルスへの過剰な不安に基づく消毒やマスク着用の徹底はその表れといえるでしょう。

 私たちは、身も心もきれいでいないと生きることが許されない社会に入ろうとしています。

「清濁併せ呑む」なんて言葉はあり得ません。

「清く正しく美しく」なければいけません。

 こんな社会、私のような旧世代は窮屈に感じますが、これが居心地がいいと感じる人はホワイト革命の「革命戦士」といえそうです。

 岡田氏は割とホワイト革命を好意的に見ているようで、我々を暮らしやすくしてくれる効果も指摘しています。

 ただ、藤森氏も「超偽善社会」というように、これはただの偽善です。自分さえよければいい、自分の命だけが大事だ、自分の価値観に合わないものは消去してもかまわない、というエゴイズムの思想だからです。

 人間の多様な側面を見ようとしない柔軟性のない精神であり、ホワイトでないものは徹底的に排除しようとする非寛容で攻撃的な態度でもあります。

 現代の「心の病」は、この延長にあるに違いありません。

 私はこのホワイト革命に簡単に同調しない「反革命・反動分子」になりたい。

 その方が免疫力、レジリエンス力は強くなるでしょう。

 

 

November 16, 2023

『ニーチェのふんどし』

「なんだこりゃ」と思うようなタイトルが秀逸。

「人のふんどしで相撲を取る」という言葉がありますが、ニーチェのふんどし(はしてなかっただろうけど)で相撲を取ろうという本です。

 藤森かよこ『ニーチェのふんどし いい子ぶりっこの超偽善社会に備える』(秀和システム)

 相撲の相手は、この日本社会。

 今社会は、とにもかくにも消毒、感染対策、清潔、平等、倫理、ポリコレ、多様性、環境などだれもが反論できないことを全面的に押し出して、無理やりにでも浸透させ、逆らう者は炎上させ、社会的に抹殺することに血道をあげています。

 確かに人類の理想には間違いない。これらを目指すリベラルの流れが、全世界を覆っています。

 しかし、何かがおかしい、こんなことをして大丈夫なのか、おかしくないか。

 そんな疑問も浮かびます。

 そんな時代への対抗思想として、ニーチェ大先生にお伺いを立てようというわけです。

 実際に起きていることは、誰もが反論できないことを主張して実は権力を得ることや金儲けの手段でしかないということがありそうです。SDGsなんてそんな香りがします。

 つまり偽善に過ぎないかもしれません。

 こんな時代は、偽善は偽善と言い立てることも必要と思います。

 ニーチェはアドラーも影響を受けた哲人、アドラー心理学は平等性の重視など確かにリベラルなところもあり、それ故に今注目されている面もあるかもしれません。

 ただ、アドラーが「人生のウソ」と呼び、アドラー心理学には偽善を暴き立てるところもあると私は思っています。けっこう過激なところもあるのです。

 語り口がアドレリアンは優しいから、あまり気づかれないけど。

 アドレリアンでなくても、対人援助職や心理学者はリベラル系の人が多いと思うけれど、「正しさ」にあまり熱くならないで、この狂った時代を少し斜に構えて見る視点も欲しいところです。

 次回、本書の中に面白いキーワードがあったので、引用します。 

 

September 24, 2023

『イライラに困っている子どものためのアンガーマネジメントスタートブック』

 たまには仕事関連の記事を。

 スクールカウンセラーや開業カウンセラーをやっていると、子どもの感情のコントロールが話題に出ることが大変多くあります。

 特に怒りですね。

 怒りっぽくて、教室で暴れたり跳びだしたりした子どもを巡って、教師や保護者が疲弊することはとてもよくあります。

 その子本人と他の子どもたちとの関係も悪化してしまいます。

 佐藤恵子著『イライラに困っている子どものためのアンガーマネジメントスタートブック 教師・SCが活用する「怒り」のコントロール術』(遠見書房)は、以前から利用させていただき、大変役に立っています。

 付属のワークシートをダウンロードして、面接で使っています。

 怒りにはさまざまな意味や目的があるでしょうけど、まずは子どもの話を聞きながら、それを視覚化して、一緒に見て考えるツールがあるととても便利です。

 他にも本書には具体的なスキルがいくつも載っているので、子どもや保護者に提案するときの参考になります。

 著者は認知行動療法やアンガーマネジメントを専門にしているスクールカウンセラーのようで、現場の状況もよくわかっているので、すっきりした論理で説明されていて説得力があります。

 子どもの臨床をするカウンセラーや教師は是非使ってみてください。

より以前の記事一覧