January 16, 2018

霊性修行としての武術

 
 武術・武道の目的には健康や養生、護身、心の鍛錬などいろいろな表現がありますが、著者は本書に登場する武術家のたぐいまれな体験を通して、現代の武術・武道に欠けているのは「霊性」への着目であると主張したいようです。
 武術・武道は明治維新後の近代化、第二次世界大戦の敗戦とGHQの占領によってそれが、徹底的に失われてしまいました。
 
 身体の稽古や心の稽古は、武術を志す者なら誰もが多かれ少なかれ実践している。ところが、もう一つ、霊性の稽古となるとどうだろうか。かつての武術家にとって、霊的な修練、霊性の修業は、おそらく当然のことだった。それは、身体や心の稽古を積むことと同様に、武術と呼ばれるものの不可欠の一部を成していた。ところが、時代を下ると、合理主義の隆盛もあって、武術における霊的な側面はわすれられていくことになる。
 この傾向は近代武道にあっては甚だしい。・・・・  p4
 
 武術はそもそも神霊や異界の存在を前提としていたのだ。となれば、そのような文化的文脈のなかで師範の経験を眺めてみてはじめて得らえる知恵があるかもしれないではないか。 p23
 
 霊媒を介した神霊や異界との関わり。そして、それに伴って経験される複雑な感情。私たちはそうしたあれこれにけして無縁ではない。何十年か前まではまことにありふれた事象だったのだし、それ以前に気が遠くなるほど長い伝統もあったのだ。私たちにはもともと、そのように経験したり感じたり理解したりする傾向が内在しているにちがいないのである。
 何が非科学的といって、この事実を無視することほど非科学的なことはない。少なくとも心的な現実としては、神霊や異界は厳然として存在していた。いや、今でも存在している。私たちは神霊や異界に畏れと期待を抱くではないか。素直に注意を向けてみれば蠢いているのがわかる。私たちの感覚や気持ちのなかにあるものを、あたかも存在していないかのように無視してはならない。未知なるXの存在を否定しない態度こそ、真の科学的態度だろう。 p24
 大変重要な指摘だと思います。
 
 ここでさらに考えるべきは、霊性とは何か、ということですが、著者はユング心理学の「個性化」という概念を軸にしていきます。全体性への回復、という意味ですが、心の奥底にある「集合的無意識」「類心領域」からの働き、あるいはそこへのアプローチが重要になるようです。
 
 深層心理学の真骨頂です。
 
 ただ、私としては、下へ下へ深堀りしていくようなアプローチだけでいいのか、長年疑問を感じていたところでもあります。そうしたい気持ちはわかるけど、果たして「深層」が「霊性」に至る道かというと難しいかもしれないという思いがあります。
 
 トランスパーソナル心理学のケン・ウィルバーが昔、「カテゴリー・エラー」と呼んだ、深層心理と霊的なものを混同しているとユング心理学に対して批判したことを思い出します。私は、その批判はけっこう妥当だと考えてきました。
 
 身体と深層心理と自我(心理)と霊性の関係は、マインドフルネス瞑想が流行った後、ユング心理学以外でも臨床心理学のトピックになるといいと思います。私もいつか、アイデアを出せるようになりたいです。
 
 

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January 13, 2018

『武術家、身・心・霊を行ず』

 武術、武道と心理学を絡ませるなら昨今はマインドフルネス瞑想ですが、これはユング派からの真逆のアプローチです。
 
 
 これは大変面白い。
 面白いけど、ある意味で臨床心理学のみならず武道系の数ある書籍の中でも「奇書」と呼ばれるかもしれません。
 
 ある古流の武術を修める極めて優秀な老武道家が極限的な修行の過程で、驚くべき神秘体験を重ねていく、その記録を著者が託され、報告したのが本書です。
 
 ただの気の感覚とか、マインドフルネスな気づきなんてものではない。憑依、念写、ポルターガイスト、幽霊などが例え話ではなく、本当の体験として堂々と次から次へと出てきてます。
 
 極めつきは、その武道家の修する流派の江戸時代の先達(流祖)の霊がなんと稽古仲間に憑依して、直接に失われた武術の奥義を伝授したというのです。夢の中に登場して極意を授かった、なんて話はよく聞きますが、これはすごい。いや、そんなこと、あり得るのか。
 
 これは普通の心理学者なら絶対に触れないか、言わない領域です。そこをさすが、ユング派の老松先生は老武道家の報告に戸惑いながらも、その人の「心的現実」に入り込んで丹念に追いかけ、ユング心理学的な解釈を試みていきます。その内容もユング心理学の勉強になって面白い。
 
 一言で言ってしまうと、武術を通しての「個性化」の過程ということになるのですが、本書の魅力はそこからもあふれ出るような老武道家の存在感、圧倒的な神秘のエネルギーにあります。
 
 著者の老松先生とは、2010年の東北大学であった心理臨床学会の自主シンポジウム「武術と心理臨床」で、ご一緒させていただきました。私はシンポジストで、先生は指定討論者でしたかね。その頃先生は杖道をされていたように覚えています。
 
 その時以来お会いしていませんが、今度その機会があったら、絶対本書の話をうかがいたいです。
 
 武術・武道家兼心理屋さんは、絶対に読むといいです。立場によっていろいろな思いや解釈がわくでしょうけど、それも思考の訓練になるかもしれません。
 
 私は、心理臨床家としてではなく、武道修行者、神秘主義者として素のままに、解釈よりも体験世界に共感しました。きっとこういうことはあるのだろう、と。日頃、なまくら稽古しかしてないから、こんな体験は絶対ないでしょうけどね。
 

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December 24, 2017

『看護師のためのアドラー心理学』

 ここ数年、アドラー心理学の入門書はたくさん出てきたので、これからは応用、実践、各論の段階になるでしょう。
 
 私がこれまで関わらせていただいたのはみんなそのような問題意識から作ったものでした。特に心理臨床分野でやってきました。最近の『思春期・青年期支援のためのアドラー心理学入門』(アルテ)もまさにそうです。
 
 アドラー仲間が、この秋に医療職、看護師向けの本を出しました。
 
 
 著者の長谷さんは、この10月21日にヒューマン・ギルドでやったシンポジウム「アドラー心理学の過去・現在・未来」にご参加くださり、直接ご著書をいただきました。長谷さん、ありがとうございます。
 今日の時点で、Amazonの「基礎看護学」の分野で「ベストセラー1位」になっていますね。すばらしい。
 
 看護師さんが職場の仲間、上司、患者さんと関わる時の悩みに応えながら、実践的な発想、対処法を教えてくれています。勇気づけプログラム「ELM」の資料を改変して載せているところが多く、これからアドラー心理学を学ぶ人には良い予習になるでしょう。
 
 長谷さんは既に講師として活発に活動しており、私と違って明るく、華のある方のようにお見受けしました。これからアドラー心理学のよい語り部、伝承者として活躍してくれる人材の登場です。
 
 

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December 18, 2017

『家族の教科書』

 アドラー仲間の熊野英一さん(株式会社子育て支援)が今年10月に出した『アドラー子育て・親育て 家族の教科書 子どもの人格は、家族が作る』(アルテ)は、アドラー心理学の子育て本としては本格性と伝わりやすさを両立させた、とても良い本です。
 
 熊野さんがアドラー心理学の基礎理論、考え方を、幸福研究などの現代心理学の知見と重ねながら説くところは、すごくうまく整理されていて、スッキリと頭に入ってきます。「アドラー心理学なんて宗教みたい」と思っていた人には、良いのではないでしょうか。
 
 加えて、私も何人か存じ上げている12人の熊野さんのお仲間が、自らの子育て体験をコラムとして執筆しています。具体的なエピソードが章を追うごとに重ねられていき、説得力が増していくつくりになっています。
 
 理論とナラティブのバランスがいいです。
 
 いろいろな方にお勧めできますね。
 

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December 15, 2017

スパイはアルコール依存症になる

 12月14日(木)はアイメッセ山梨という大きな施設で、山教組事務職員部研修会にて講師をしました。学校の事務職員の組合の部会で、170人もの参加者が集まってくれました。
「職場に活かすメンタルヘルス入門」というテーマで2時間半、ストレスマネジメント、産業メンタルヘルス、そしてアドラー心理学の勇気づけの話をしました。
 
 とても盛り上がって、楽しく進めることができました。学校関係者はノリがよくていいですね。
 
 さて、話は全く変わって、世界政治の裏側をとことん語り合った『世界政治 裏側の真実 インテリジェンスとコンスピラシー』(日本文芸社)が大変面白かったので紹介します。
 
 副島隆彦氏と佐藤優氏という天才的な知性をお持ちの二人が、お互いを認め合いながら激突するという内容です。
 
 トランプ登場の意義、プーチンと習近平が仕切る世界の流れ、北朝鮮騒動のこれから、安部政権の薄汚い裏側など興味は尽きない内容です。
 
 その中で臨床家的に興味を引かれたところをメモします。
 
 インテリジェンス、スパイの世界では、最近は積極防諜(ポジティブ・カウンター・インテリジェンス)といって、わざと偽の目標や情報を与えて、本来の目標を守るというやり方が主流なようです。
 
 そのような複雑な騙し合いが日常にあるインテリジェンス・オフィサー、要するにスパイたちは誰が敵で誰が味方か全然わからなくなるそうで、その中でどのような心理状態になるのかを佐藤氏が明かしています。そうだろうな、と思いました。でもカウンセリングに行くわけにはいかないし。来られても困りますが。秘密を明かされては、こっちも殺されかねいしね。
 
(引用開始)
 
副島 そんなことをしていると、組織は疑心暗鬼になって、ものすごく凍りつくでしょう。
 
佐藤 ものすごく凍りつきます。だから、よくできるインテリジェンス・オフィサーや警察の幹部は酒で紛らわします。それでアルコール依存症になっていく。とにかく強い酒を飲むようになるから、アルコール依存症のリスクが出てくるのです。
 
副島 もう、誰がスパイか、敵かわからないのでしょう。誰が裏切るか、わからない。
 
佐藤 敵と味方がわからなくなります。
 
副島 プーチンのさらに裏側と奥のほうというのは、誰にも解けないですよね。
 
佐藤 そうです。裏の奥に行かないといけない。裏の裏は表ですから、裏の裏をさぐっていると「何だ、表の情報じゃないか」という感じなってしまいます。
 
副島 裏と表がひっくり返るんですね。メビウスの輪になるわけだ。・・・(中略)・・・
 
佐藤 モスクワにいたときに「もしいまこいつが、俺を裏切ったら俺は殺されるかな」というようなことを毎日、考えたわけです。だから本当に面倒くさい。インテリジェンスの仕事というのは、そういう業務ですから。やはり、神経がささくれだってくる。私みたいに気の弱い人間にはできません(笑)
 
副島 そこを佐藤さんは大変な努力と強靭な精神(信仰心)で生き延びたのですね。やはりそこで落ちていく人たちがいるわけでしょう。
 
佐藤 落ちていく人間たちもいます。また、私みたいに政治事件に巻き込まれると、「こんなに国のために尽くしたのに」と本当に内側から、価値観が崩れて、ボロボロになってしまう。それで裁判が終わって、2、3年で、エネルギーを使い果たして死んでしまう。そのときに怖いのはやはりアルコールです。だいたいアルコールに溺れてボロボロになっていく。
 
副島 それを救うのは何なのでしょうか。
 
佐藤 私の場合、それはたまたま人間関係のめぐり合わせがよかったからです。やはり、そのときに、自分を救ってくれるのは、神様ではなくて、友だちなのです。いい友だちが何人いるか。それだけなのですよ。・・・(中略)・・・だから、自分がどんなにきつい状況になっても、支援があるかどうか。助けてくれる友だちがいるか、いないか。あるいは少なくとも裏切らなかった友だちがいたか、いないか。そういう友だちが1人もいないと、やはり持たない。・・・(中略)・・・
 
副島 当事者でない外側の目といいますか。組織に絡まっていない第三者の冷静な目というのが、いつもないといけないのですね。暴力団の世界と一緒ですね。暴力団の玄人さんからすると、友だちは素人さんが一番いいわけですよ。  p155-159
 
(引用終わり)
 
 この後で佐藤氏は、インテリジェンス・オフィサーは激しいストレスがかかるので、適性がないと自殺を図る人も少なくないことも実例を挙げて明かしています。超ブラックで怖い世界だ。
 
 それにしても、このようなストレスから回復するには、アドラー心理学でいう「交友のタスク」がキーとなるというのは興味深いですね。他者信頼感が心の健康にいかに重要か、ということの傍証でしょう。
 
 
 

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December 09, 2017

細かい動き

 忙しくしていたら更新が滞っていました。
 
 12月6日は一日に二つの研修をこなしました。
 
 午前中に山梨県南部の富士川町で、峡南保健所管内保健師定例研究会において、「認知行動療法入門」という研修を担当。これは2回目の研修で、前回認知行動療法の理論を中心に話したので、今回は行動記録法や行動活性化法、リラクセーション法を話しました。
 保健師さんたちが日々の仕事やストレス・マネジメントで使えるものをお伝えしました。
 
 その午後は私にとって古巣である甲府の中央児童相談所に行き、「養育里親更新研修」で里親さんたちに「子どもの発達と心理・行動の理解」をテーマに話をしました。4時間近くいただいていたので、愛着理論から発達障害、そしてアドラー心理学の目的論に沿った行動の理解の仕方について話しました。
 
 難しい子どもたちを親に代って養育する里親さんたちには、アドラー心理学は是非知ってほしいと思って、毎年話をさせていただいています。
 
 さて、太極拳と老子の関連を説明した『老子と太極拳』(清水豊、ビイング・ネット・プレス)から、メモしておきたいところを引用します。
 太極拳がなぜあんなにゆっくり動くのかのよい説明がありました。
 
(引用開始)
 
 むやみに速く動いたのでは、細かに心身の動くシステムを作ることはできない。細かに心身が働かなければ「静」を得ることもできない。
 太極拳のようなゆっくりとした動きであれば、細かに心身のシステムを作りやすい。つまり「静」を感得しやすいのである。たとえば、ひとつの動きをひとつの円で行ったならば、その動きはおおまかであり見えやすい。しかし、多くな細かな円を少しずつ動かして、それらを途切れることなくつないでひとつの動きを作ったならば、その個々の動きは見えにくくなる。これが太極拳の「静」である。
 こうして動きを細かく分けることで、多彩な変化が可能になる。太極拳の「静」とは、多彩な変化をして、変化の少ない強い力を制するためのものなのである。  p99
 
(引用終わり)
 
 多彩な変化とは、外見的には見えないくらいの小さな変化でもあります。それが絶妙に作用することで、はた目にはマジックとかやらせとしか見えないような不思議な技が可能になるのです。
 

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November 30, 2017

新刊紹介

 この度上梓させていただいた『思春期・青年期支援のためのアドラー心理学入門』(アルテ)は私を含め8人のアドレリアン・カウンセラーが分担執筆をしています。
 
 八巻秀先生の総論を皮切りに、中学校と高校のスクールカウンセラー、大学や専門学校の教員、精神科クリニックの心理士、民間相談機関のカウンセラー(これは私)が分担執筆をしています。
 
 皆さん、当然ライフスタイルも違うし、切り口も文体もだいぶ違うので、専門書の割にはバラエティーのある内容になっています。ただ、アドラー心理学という軸、共同体感覚という共通項をみんなもっているので、不思議と統一感もあります。
 
 この青年期というテーマによるアドラー心理学本は、『嫌われる勇気』が確かにそうでしたが、大変面白くても現実の話ではありませんでした。あの本の哲人とまではいきませんが、どのように若い人たちにアドラー心理学を学んだ人が接し、実践しようとしているのかがうかがわれる貴重な報告になっていると思います。
 
 学会誌のような狭い世界ではなく、広く一般の人、アドラー心理学を学んだ人以外の人たちが読んでいただけるのがいいと思います。
 
 是非、参考にしてください。
 
 

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November 27, 2017

『思春期・青年期支援のためのアドラー心理学入門』登場!

 Amazonで書影がなかなか出ないのでずっと待っていましたが、我慢できないので発表しちゃいます。
(今は出ています)
 
 新刊です。
 
 
 今回も私がプロデューサー役、編者となって、仲間のアドレリアン臨床家、カウンセラーさんに声をかけて作り上げました。
 
 2年前、 『スクールカウンセリングのためのアドラー心理学入門』(アルテ)を出しましたが、その続編的な位置づけで、今回は青年期の心理的支援をテーマにしています。
 アドラー心理学は若者とどうかかわり、支援するか、中学から高校、大学、専門学校、精神科、民間相談機関とそれぞれの現場から報告しています。
 
 これまでのアドラー本にない企画だと思います。
 
 私が関わった本の中では、 『アドラー臨床心理学入門』(アルテ)『臨床アドラー心理学のすすめ』(遠見書房)が基本テキスト、『スクールカウンセリング~』と『思春期・青年期~』がその実践報告、応用例の呈示ということになります。
 
 中身については次回、お伝えしましょう。
 
 とてもバラエティに富み、充実した内容です。
 
 よろしくお願いします。
 

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November 23, 2017

攻防を資とする

 清水豊著『老子と太極拳』(ビイングネット・プレス)からしばらく、時々、メモします。
 
 来年以降、いよいよ武術や気と心理臨床、アドラー心理学を絡めたものを書いてみようという気になってきたから、資料集めを始めようと思います。ブログは私にとって、クラウドの公開メモみたいなものです。
 
 老子には「一」の思想があるといいます。
 
(引用開始)
 使えないような人や物であっても、おおいなる道の悟りを体得した人であれば、棄てて顧みないということはない、というのである。これは、あらゆるものが、全体を構成するたいせつな一部であるとする老子の「一」の思想を如実に示すものにほかならない。
 
 どのような部分でも、それを欠いては、全体である「一」が完成されないのである。老子は言う。使えないと思われるものでも、「資」となり得るのであると。「資」とは、いうなれば資材のことであり、そのままでは使えないが、手を加えれば、十分に有効なものとなる、ということである。
 
 この「一」の考え方こそが、太極拳のベースなのである。あらゆるものが、調和の中にある。それは、すべてのものが、連関性をもって存しているからである。こうした「一」なる感覚のことを、太極拳では「太和の気」という。・・・(中略)・・・
 
 武術も同様で、闘争のための技術を身につけるような「武術」は、この宇宙の中にあって存すべきではないのである。しかし、本来あるべきではない「攻防」も、我々の世界には確実にある。しかし、これは老子の教えるところによれば、「攻防」も「資」ということになるのである。一部の宗教のように「攻防」を、ただ否定しても意味がない。大切なことは、現実にある「攻防」を「資」として、本来の道である「調和」をいかに学ぶかにあるのである。
 
 太極拳にあっては、「攻防」を通して、その中にある「調和」を見いだそうとするわけである。この発見が、太和の気の発現となるのである。  p101
(引用終わり)
 
「一」の思想はアドラー心理学の「全体論」に、「資」の発想は「大切なのは持っているものをどう使うか」という考えに通じますね。
 
 太極拳は基本的に戦闘術に過ぎないのですが、どうしてそれがマインドフルネスとか「悟り」の道につながるかというと、老子の思想をバックボーンにしたからこそということができます。
 
 
 

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November 15, 2017

『老子と太極拳』

 太極拳は老子や荘子の老荘思想、道教と深いかかわりがあることは、太極拳を多少なりとも学ぶ人なら知っていることでしょう。
 
 ではその中身は、というと相手が中国古典であることもあって、なかなか詳しく学ぶ機会はありません。いざ挑戦しても中国語も漢文はもちろんわかりませんし、現代訳もわかりやすいわけではないので、歯が立たないことが多いでしょう。研究者も普通武術の専門家ではありませんから、武術のような身体文化から老子を見るという発想はありません。
 
 また、『よくわかる老子入門』『ビジネスに役立つ老子』みたいな一般向きの、どちらかというと自己啓発的な本を見ても、実際に太極拳や武術とどう絡むのかわかるものではありません。あくまでも雰囲気を味わうにとどまります。
 
 私も『老子』は持っていますが、昔ざっと読んだだけに過ぎず、とても消化できていません。
 
 つまり、老子の思想と太極拳を高度に学んだ人による解説が必要なわけです。
 
 清水豊著『老子と太極拳』(ビイング・ネット・プレス)は、まさに太極拳などの伝統武術(日本の合気道なども含む)と老子の両方の思想を味わうにはうってつけです。
 
 著者は10代より楊家太極拳、合気道、新陰流などを修め、國學院大學大学院や国立台湾師範大学などで神道や中国思想の研究を行ってきた人です。
 『老子』に記されていることは、まさに太極拳の考え方そのものである。…(略)…
 
 目先の闘争ではなく、おおいなる道(タオ)との合一を視野に入れた武術のことを、とくに「道芸」ということがある。太極拳や八卦拳、形意拳それに合気道も、みな「道芸」に属するものなのである。そうであるから、どれも、『老子』の内容と共通性を有するわけである。いうならば『老子』は、道芸の奥義書といってもよいのである。  p4
 
 
 含蓄のある文章で、太極拳がいかに老子の思想を具現化し、身体化したものかが非常によくわかりました。太極拳の先人たちは、ただの雰囲気で老子を取り入れているわけではないのです。
 私にはとても勉強になりました。
 
 本書を読むと、きっと太極拳や武術の理解が深くなり、日頃の稽古が一層愉しくなるでしょう。
 
 ここでも時折、大事と思ったところは引用、メモさせていただこうと思います。
 

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