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これいいよ!

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December 24, 2025

『臨床心理学 開業論』

 現在、心理カウンセリング業界では、開業がブームなのだそうです。

 地方にいると気がつかなかったけれど、そういわれればこの山梨でもいくつかのカウンセリング・オフィスがここ数年でオープンしているようです。

 私はその前の時期、2012年に開業して今年で13年経ちました。

 いろいろあったけれど経営危機はなく、といってメチャクチャ儲かるわけでもなく、スクールカウンセラーなど外部の仕事を兼ねながら何とか生活できている感じです。

 生活は大変だけれど、開業してよかったと感じています。

 何より、自由の感じがよい。これは何物にも代えがたい。

 しかし、私より下の世代、若い人たちはさらに高邁な理想を持ち、積極的に社会課題に取り組みながら、心理開業ビジネスを開拓しているようです。その辺の事情が、『臨床心理学 第25巻第5号 開業論-初めての組織運営・援助実践ガイド』(金剛出版)でうかがうことができました。

 心理の開業の草分け、信田さよ子先生による「開業のすすめー自治と連帯の経営実務論」から始まり、医療との関係性の持ち方、マーケットの開拓、オフィスを選ぶこと、行政との連携、経営実務、トラウマケアやマイノリティーの権利擁護などの社会課題の解決手段としての開業など、話題は多岐に渡ります。

 なにより個々の執筆者の開業に至るプロセスや苦労が、私なりに共感できて、今後の活動の参考になりそうです。

 これからカウンセラーとして開業したい人には、目を通しておくべきではないでしょうか。

 ただ、私も本誌で取り上げられているテーマのすべてに大なり小なり関わっているといえますが、そんなに徹底しているわけでも、特に優れた実績があるわけでもなく、いつもテキトーな感じです。

 志も高いのか低いのかよくわからない。

 もし私に執筆依頼が来たら、彼らのような第一線の研究者や実践者と違った感じで、「ホンネの開業論」といったタイトルで、半ば不真面目と受け取られそうな感じで、いかに開業が楽しいか、言いたいことを書き散らす内容になるだろうな、と空想いたしました

December 07, 2025

『アドラー臨床心理学入門』新装版登場!

 日本人による初めての、そしていまだに数少ない臨床的なアドラー心理学の本が、装いも新たに、再登場しました。

 鈴木義也・八巻秀・深沢孝之『アドラー臨床心理学入門』(アルテ)

 初版は2015年に出て好評のうちに売り切れ、絶版となっていました。

 電子書籍なら買えますが、やはり紙の本がないと寂しいです。

 ということで、今回改めて新装版として出版していただきました。

 初版が出て10年、この間日本個人心理学会が設立されたり、日本アドラー心理学会との合同学術集会が開かれたりと、アドラー心理学界隈は地道ながらも発展をしてきました。

 一方で本書の共著者の八巻秀先生の急逝など、悲しいこともありました。

 しかし、本書はこれからも残り続けます。

 アドラー心理学を学ぶ臨床家、支援者の基本図書になる本と自負していますので、是非お求めください。

 

November 29, 2025

『心理臨床と政治』

 信田さよ子・東畑開人編『心理臨床と政治』(こころの科学、日本評論社)を読了。

 カウンセリング、心理療法は本質的に政治的行為であることは昔から言われていたことでした。

 古くはR・D・レインらの反精神医学、70年代日本の臨床心理学界を二分した論争と分裂、最近の社会構成主義とそれを源流としたナラティブセラピーは、心の治療についての政治性に敏感な人たちの運動でした。

 しかし、時代の流れはエビデンスというスローガンのもと、「科学性」が最重要視されてきました。

 しかし、私たちは本当に科学的になれるのだろうか。

 本書の編者、執筆者たちも現在の臨床心理学やカウンセリングの流れに違和感を持っている方たちだと思います。

 何より信田さよ子先生は、親子や家族の権力関係に一際敏感で数多くの著書をものにしてきたし、虐待やDV、犯罪被害者や加害者の支援の先駆者です。

 最近売れっ子の東畑開人先生も、臨床心理学と社会の関係をわかりやすく発信しています。 

 本書で取り扱っているトピックは、臨床心理学の歴史と戦後政治、DV加害者臨床、母娘問題、学派、国家資格、精神分析とフェミニズム、アディクションなど多岐に渡ります。

 どれも最近臨床的関心を集めているもので、それらを一覧するには良い本だと思います。

 ただ一つ大きなものが欠けています。 

 コロナ対策とコロナワクチンです。

 近年これほど大きく政治に関わり、我々やクライエントの心身の健康と臨床スタイルに深刻な影響を与えたものはありません。

 それにも関わらず、一言も触れられていない。

 触れる勇気がないのか、そもそもそういう視点を持ち得なかったのか、それともそれこそ権力側に忖度したのか。

 この点において、本書は「画竜点晴を欠く」と私からは言わざるを得ません。

 日本を代表する臨床家や臨床心理学者が集まっているのだから、次の機会には是非、取り上げていただきたいです。

November 11, 2025

なぜ保守はワクチンを忌避したか

 前記事でリベラルがなぜ、コロナワクチンを安易に受け入れたか、その内在的論理を『ワクチンの境界』を引用して紹介しました。

 一方で欧米でも日本でも、コロナワクチンに疑問を呈し、義務化に反対の意思を示したのはどちらかというと保守的な思想を持つ人たちでした。

 リベラル系ではほとんど思い浮かばない。

 その中で、古武術研究家の甲野善紀さんはリベラル的知識人と多く対談して本を出しているし、保守的な武術・武道界ではリベラルな方だけれど、やはり武術をしているだけあって身体的な直観が優れているのでしょう、Xで(Twitter時代から)コロナ対策とワクチンに猛然と反対をしていました。

 そのくらいかな。

『ワクチンの境界』によると、保守思想の特徴は「過去からの伝統を重視する立場」「人間社会にいにしえから伝わる道徳的伝統を堅持することにある」といわれます。

 ただ保守はひたすら伝統を守ることだけに終始するのではなく、必要があれば修正する、という立場でもあり、変化を漸進的に進めることを求めます。

 急進的、抜本的な変化を求めるリベラルとはそこが違います。

 これを感染症対策の問題に置き換えると、感染症対策はワクチンも含めて、伝統の枠組みに入りません。しかも今回のワクチンは、従来の方法で製造されたワクチンではなく、人類へ本格的に接種する初めての遺伝子ワクチンですから、保守が慎重になるのは当然です。‥‥保守がワクチンの義務化に反対するのは、それがまだ人間の伝統になっていないからです。  p148

 最近、私自身がなぜ、コロナワクチンに直観的に反対の立場を取れたかを考えるのですが、別に私が特段優秀な知能を持っていたわけではないのは明らかです。

 いや、多少は並みの人より優秀だと思わないことはないけれど、それも文系科目に限ってのことで、私より知能の高い人は無数にいます。

 ワクチンに対する道が分かれたのは、私がアドラー心理学的なリベラル思想を理想に持ちながらも、実践的には伝統思想、保守思想に親しんでいたことと、武術や心身の修行経験で身体的な感覚を磨いてきたことにあったからと思います。

 性格的には(アドラー心理学的にはライフスタイル)、反権威主義的で、文化の境界領域、外れ値を好むところも大きかったでしょう。

 同書では、リベラルと保守は対立する思想ではなく、「二つがセットになって初めて、人間社会がうまく動くようになる人間の知恵」と、民主主義社会を発展させるための車の両輪のようなものであると説かれています。

 私も賛成です。

 リベラル思想の中に、コロナワクチンに反対の思考を持ちうる可能性があるのか、最近の保守勢力の躍進、リベラル勢力の退潮というトレンドの中で、そこがリベラルが生き残るカギのような気がします。

November 02, 2025

リベラルとワクチン全体主義

 私は元々はリベラル的な考え方をしていたし、今でもそうだと思います。

 大体心理臨床とか、アドラー心理学もそうだけれど、弱者や少数派の支援とか、平等で対等な人間関係を目指すという姿勢は、この縦社会、競争社会においてはリベラル的な立場にならざるをえません。

 しかし、それも程度の問題ではあります。

 コロナ禍やアメリカのバイデン政権下で起きたことを見れば、過激なリベラル的な運動がいかに危険かに気づかされます。

 また私は、縦社会の伝統的な武道界に身を置いていたり、古神道のような日本思想にも関心を持って修行したりしていたせいか、リベラル的な運動に関わっている人たちには、なんか優等生的で、ヒステリックで、狭心で鼻につく感じはありました。

 だから、真面目なリベラルではありません。

 國部克彦『ワクチンの境界』(アメージング出版)の「第5章 独裁化するリベラル」に、その辺の理由が分かる説明がありましたのでメモします。

 リベラルは17世紀から18世紀にかけてのヨーロッパで、国王から市民が権利を獲得していく過程で生まれた政治思想です。

 その最も重要な特徴は、「自分たちを抑圧しているものからの自由、すなわち『解放』」です。

 最初は国王の権力からの解放、やがて自由を脅かす海外勢力や巨大化した勢力から自由を守るために、リベラルは活動してきました。やがてその対象は、少数民族や被差別階級、性的マイノリティー、環境問題に広がってきました。

 それなら、なぜリベラル政権や知識人たちは、一見人の自由を抑えるようなコロナワクチン義務化を強力に推し進めたのでしょうか。

「リベラルが言う自由は、自分たちを苦しめているものからの解放であって、解放の方が自由より優先されるから」です。

 リベラルにとって国王や宗教、伝統、性別などは自由を抑圧するものです。「多様性(ダイバーシティ)」がリベラルにとって、最も重要な価値観となります。

 しかし、リベラルが考える自由とは、何でも個人の自由にしていいという放任ではありません。・・・リベラルは人間が本能のままに行動することを自由とは考えません。それは本能に支配された不自由な世界です。だから、本能に支配されないように、理性に基づく秩序だった社会を目指すのです。リベラルは、自由という状態を保証するために、社会的な規律を求めます。  p142

 リベラルは多様性を求めますが、それは認められた範囲での多様性」です。同性婚は認めても、一夫多妻制は絶対に認めず、同性婚同士の複数婚も認めません。

 そしてリベラルは「平等」も求めます。国王も権力者もいない世界、宗教もない、いかなる差別もない世界がリベラルの理想で、特定の人間が強権を発動して統治することができない社会を求めます。

 確かにそれは一見理想の社会に思えます。

 ジョン・レノンの「イマジン」みたいな世界ですね。

 しかし、そんな社会はどうやって維持すればいいのでしょうか。

「社会の構成員がルールを守ること」です。法律だけでなく、明示的、暗黙的な社会規範も強力でなければなりません。

 そこに新型コロナウイルスのような未知のウイルスが入ってきたらどうなるでしょうか。この未知のウイルスに対して人々が自由に行動すれば、社会的規範が乱れて、感染症が蔓延し、自由が制限されると考えられます。したがって、リベラルの思考では、ウイルスを撲滅して自由な社会を一日も早く実現するために、一時的に自由の制限が強化されても仕方がないと考えます。

 ワクチンに対しても同じことで、打ちたい人だけ打って、打ちたくない人が打たなければ感染は収まらないので、打たない人のせいで事態が収拾できないと考えます。社会規範を守らない個人によって、規律を守る人々の自由が制限されることはリベラルが最も嫌うことですので、必然的に未接種者は容認できないという思考になってしまうのです。   p144-145

 日本でも、共産党や立憲民主党のようなリベラル政党や、内田樹氏はじめリベラル的知識人がコロナワクチンに何の違和感も反対意見も言わず、ただ安部憎しトランプ憎しに終始して、あまつさえ自分からワクチンを打った醜態を見ていると、彼らはリベラルの基本的思考パターンをそのままなぞっていたことがわかります。

 私はコロナ禍とコロナワクチンで、リベラルの限界を学ぶことができました。

 

 

October 11, 2025

『ワクチンの境界』

 前記事でお知らせしたように10月5日、日本心理臨床学会での自主シンポジウム「新型コロナワクチン被害をめぐって-社会に見えにくい隠蔽された被害への心理支援と課題」は無事実施できました。

 一週間後の10月19日には、日本個人心理学会第6回大会でさらにコロナワクチンについて語ります。挑発的なプレゼンになるかもしれません。

  日本アドラー心理学会・日本個人心理学会合同学術集会

 一般にコロナ禍やコロナワクチンの問題を語る時に、ワクチンのメカニズムや被害者数、多彩な後遺症、死亡事例について言及することが多いと思います。

 これは基礎的な議論としてとても大事なことですが、そもそもワクチンをどのような思想の下に理解するか、という議論もとても大切です。

 生命を守るとはどういうことか、病とどう付き合うべきかという生命思想の問題、ワクチンを巡る権力とはどういうものかという政治思想の問題、自由を守るために独裁や全体主義にどのように対峙するかという自由と人権の問題などが実はあるのです。

 これはなかなか厄介な問題群です。

 國部克彦『ワクチンの境界 権力と倫理の力学』(アメージング出版)は大変刺激的で面白い本でした。

 ハンナ・アーレントやミッシェル・フーコー、オルテガなどを参照しながら、コロナ禍にいかに全体主義的思考が蔓延し、それに抗する心を私たちが失いかけたのか、丁寧に説かれています。

 特に面白いのは「第5章 独裁化するリベラル」で、これまでリベラルとは、人権や平和を守るとか、多様性が大事とか、マイノリティやLGBTのような少数者を守るとか、なかなか「良いこと」を主張する人たちだと思われてきました。

 しかしコロナ禍で露呈したのは、いかにリベラルを標榜する人たちが狭量で暴力的で抑圧的かということでした。

 アメリカにおいて感染対策に積極的でワクチンの接種義務化を推し進めようとしたのは、保守的な共和党のトランプ大統領(第1期)ではなく、リベラルの民主党のバイデン政権でした。

 カナダのトルドー首相、フランスのマクロン大統領もリベラルで、強硬に感染対策を推し進め、国民から大反発を買っていました。

 一見自由を大切にするようで、自分たちの基準に合わない自由は絶対に認めないリベラルの思想とは何なのか、本書によって私は頭が整理されました。

 次回以降に要約してみたいと思います(時間があれば…最近多忙過ぎて)。

July 01, 2025

『太極拳講義』

 太極拳に関する本は数多くありますが、自分が所属する流派、団体の太極拳でないとほとんど役に立たないものです。

 一般の方は知らないでしょうが、太極拳にはたくさんの流派、団体、組織があり、それに応じて型がたくさんあるからです。

 他の団体の太極拳の分解写真を見てもほとんど参考になりません。

 武術マニアの中には、各流派の違いを見て研究したり、楽しむ人もいますがまあ少数でしょう。

 しかし、太極拳の本質的なところは、基本的には流派を問わず共通するところがあります。

 沈剛監訳・著『太極拳講義』(文学通信)はその要望に応えてくれる本だと思います。

 著者は、呉式太極拳の伝承者で中国から日本に移住した方です。日本語も堪能です。

 呉式太極拳はいわゆる伝統武術の名門のひとつで、名人、達人を輩出した流れとして斯界では知られています。

 私は20年ほど前か、沈先生が来県した時に知人に紹介されてお会いしたことがありますが、とても穏やかで謙虚、でも推手の達人で、「いかにも太極拳家らしいな」と感じました。

 本書はその呉式太極拳で伝えられている内容を紹介しているのですが、個々の技ではなく太極拳の発想法や哲学の根源的なところ、そして太極拳の歴史を詳しく説いているので、他の太極拳修行者にも大いに参考になります。

 沈先生は、「そもそも「太極」とはなんでしょうか。気を動かすのが太極です。正しい練習を続けていれば、いずれ気を動かすことが出来るようになります」と言います。まさに伝統武術家の物言いです。

 これを受け入れて日々修練するるのが、太極拳修行者です。

 武術を現代的に解釈するのもよいけれど、伝統を伝統のままに伝えることはそれ以上に大切です。

 現代的な知の枠組みでは、とらえきれない宝物がまだ眠っているかもしれない、いや眠っているからです。

June 15, 2025

『世界を変えたウイルス 5年目の真実』

 この秋に二つの心理学系の学会で、新型コロナウイルスワクチンの健康被害と心理的問題について発表する予定でいます。

 そのための準備でいろいろな文献を当たっています。

 その中で内容の網羅性とわかりやすさが高く、多くの方にお勧めしたいのが、

『Renaissance ルネサンスvol.19 世界を変えたウイルス 5年目の真実』(ダイレクト出版)

 コロナワクチンの初期から問題を指摘し、警鐘を鳴らしてきた学者やジャーナリストらが集結して、2024年末の時点での状況を総括した本です。執筆しているのは、鳥集徹氏(医療ジャーナリスト)や井上正康氏(大阪市立大学名誉教授)、小島勢二氏(名古屋大学名誉教授)、掛谷英紀氏(筑波大学准教授)、新田剛氏(東京大学准教授)、長尾和宏氏(医師)、森田洋之氏(医師、医療経済ジャーナリスト)、鵜川和久氏(被害者支援団体代表者)など

 彼らはパンデミック中からワクチンの問題を世に訴えていたので、本当に科学的精神と勇気に満ちていた人たちだと思います。

 先頃トランプ政権が暴いて認めたように、新型コロナウイルスは人工であること、コロナワクチン接種後に超過死亡が急増したこと、コロナワクチン被害者の実態、にもかかわらず政府とマスコミの執拗な情報統制とそれに乗っかる「専門家」たち(私から見ればただの御用学者、エセ科学者たち)、そして接種者は「解毒」をどうしたらよいか、そういったことを各執筆者が説明しています。

 最近になってワクチンの問題に気づいた人は、ここから入ればよいでしょう。

 私も改めて知識の整理になり、今後講演会や研修会でワクチンの害を話す時に紹介できる一冊になりました。




 

June 08, 2025

オカルトと心理学

 前記事で、『世界を牛耳る洗脳機関 タヴィストック研究所』(経営科学出版)を紹介し、心理学に関心がある人なら面白いだろうと激推ししました。

 世界の支配層が、心理学をどのように使って大衆操作をしていたかをうかがい知ることができるからです。

 ただ、本書は読みやすいかというとそうでもないところが多々あります。

 翻訳の文章に問題はあまりないと思います。

 ただ、「真っ当な」心理学関係者なら、よくわからない名前や承服しがたいジャンルの説明が心理学と並置されて数多く出てくるからです。

 オカルティズム、神秘主義といわれる20世紀初頭にヨーロッパを中心に現れた思想運動の面々です。

 それが20世紀後半には、ニューエイジなどと呼ばれたカウンター・カルチャーの流れになりました。

 今の日本のスピリチュアル・ブームのルーツの一つともなっています。ほとんどのスピ系の人はあまり自覚はないかもしれませんが。

 ここは私はとても「強い分野」なので、無理なく読めるのですが、おそらく「良い子の」心理学者や臨床家は眉をひそめ、「我が高邁なる科学的な心理学とそんな非科学的なゴミと一緒にするな!」と怒るかもしれません。

 本書にはアレスター・クロウリーやブラバツキー夫人などの名が登場します。クロウリーは黒魔術師、ブラバツキー夫人は神智学を起こしたことで知られ、二人とも20世紀初頭から現代に続くスピリチュアリズムに多大な影響を与えたオカルティストです。

 実はタヴィストック研究所の研究者たちは、伝統的なオカルトの技術が人間の意識変容の技術として「使える」と認識していたようです。

 ただそれは、悟りとか「光」を得るためではなく、洗脳や尋問の技術としてです。

「心理学および超心理学はいかに諜報機関の役に立ちうるか?戦後アメリカ政府はこの点に関して並々ならぬ関心を示した。この関心を研究する者は、タヴィストック研究所の持つ宗教および神秘主義的次元を避けて通ることができない」p76

「この研究の中心には、古代の神秘的な教義と体系、いまではすたれた科学的手法がある。なぜなら、それらは一般社会、とくに個人が、自分たちの理解を超える力に操作されてきたメカニズムを明らかにするからだ」p83

 オカルティズムも神秘思想もある意味、長い時代を経て練り上げられた経験科学といえます。

 支配層は一般大衆や普通の科学者には、そういったものは非科学的で眉唾としてバカにするように仕向けながら、自分たちはそのエッセンスを我が物にしようとしていたのかもしれません。

 このような邪悪な欲望が最終的にうまくいくとは思えませんが、いや、思いたくないですね。

 でも実際はどうだったのでしょうか。

 

 

June 01, 2025

『世界を牛耳る洗脳機関 タヴィストック研究所』

 心理学が誕生して100年以上経ちますが、人間社会に貢献したところは大きいと思います。

 人間理解において科学的方法を確立し、多くの知見を出してきました。

 心を病んだり、人間関係に悩む人にはそれなりの処方箋を出してきました。

 しかし薬になるものは毒にもなります。

 社会、取り分け支配層が心理学を悪用して人々を支配、操縦しようとするのは当然のことだと思います。

 ただ、その実態はなかなかつかみ難いものです。

 その中で、心理学的大衆操作や洗脳を専門研究する機関があることは、ある種の人たちには知られていました。

 私もその名前だけは聞いていました。

 タヴィストック研究所と呼ばれます。

 イギリスに1920年代にできた機関です。その実態について暴露した本が先頃出版されました。

 ダニエル・エスチューリン著、河添恵子訳『世界を牛耳る洗脳機関 タヴィストック研究所』(経営科学出版)

 タヴィストック研究所は、集団洗脳と社会工学研究の中心である。第二次世界大戦中にウェリントンハウスで緊急始動したこの研究所は、やがて地球という惑星全体の運命を形作りその過程で現代社会のパラダイムを変える最先端の組織へと成長した。

 超優秀な心理学者や精神分析医、社会学者のみならず、考古学者たちなど、あらゆる分野の専門家が所属していたそうです。

 本書はタヴィストック研究所を中心に様々な政府機関が心理学や諸学問を活用して、大衆操作をしているところを描いています。

 翻訳物のルポルタージュにありがちな多少の読みにくさはありますが、心理学を学ぶ者、研究する者、実践する者にとっては強烈に面白く、本書の内容に反対する人であっても知っておくべき本でしょう。

 本書に出てくる大衆洗脳に協力した、あるいは影響を与えた心理学者や著名人の名を見ると、教科書の索引に出てくるような人たちばかりで驚きます。

 クルト・レヴィン(社会心理学)、B・F・スキナー(行動分析学)、ジグムント・フロイト(精神分析学の創始者)、カール・ユング(もちろんユング心理学)、ブルーノ・ベッテルハイム(有名な精神医学者)、グレゴリー・ベイトソン(システム理論、ダブルバインド理論の提唱者)、マーガレット・ミード(ベイトソンの元奥さん、人類学者)、エーリッヒ・フロム(新フロイト派)、オルダス・ハクスレー(作家)、R・D・レイン(反精神医学)、ノーム・チョムスキー(言語学)、ノーバート・ウィーナー(情報理論)…

 恐れ多くも20世紀の綺羅星の如くの‐「知の巨人」ばかりです。

 もちろん、彼らがどの程度タヴィストック研究所に関与していたかは本書の内容からはわかりません。直接的ではなく、多くは関係者や彼らに学んだ人たちだったろうと思います。

 ただ、フロイトの甥のエドワード・バーネイズという人は世論操作テクニックの創始者のひとりと本書に書かれています。

 実際には、20世紀の中心的心理学である行動科学者と精神分析学者は少なからず入っていただろうと、私は思います。

 アインシュタインやオッペンハイマーのような物理学の最高頭脳が集まって原爆を作ったロス・アラモス研究所のように、欧米の研究者にとって軍や諜報機関に協力することは当然のことかもしれません。

 それを後になって取ってつけたように、後悔や苦悩といった物語に仕立てて映画やドラマにするのでしょう。

 本書では幸いなことにアドラー心理学関係者の名前は見当たりません。まあ取るに足らない少数派だからね。

 

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