October 22, 2018

祓いと鎮魂

 では白川神道(白川伯王家)は、何を具体的にしているのか。なぜ、トランスパーソナル心理学と関わるのか。公になっているところで、簡単に説明します。

 神道ですから、核になっているのは「お祓い」「鎮魂」です。

 でもその中身は、一般の人のイメージとはだいぶ違うでしょう(私もそうでした)。

「祓いとは、4つの祓い言葉(三種祓、身禊祓、大祓、一二三祝詞)を奏上し、「空」の意識を作ることを目指している(仏教の悟りの境地と同様と思われる)

祓いによって、あらゆる罪穢れをを祓うことによって、意識が変容し、平安清明な心の状態を体感する。そして、過去も未来も内包した「中今(なかいま)」に意識を置けるようになり、中今から言霊を発動する」(当日資料)

 つまりお祓いは、神社で神主さんにやってもらうものではなく(別にそれでもいいですけど)、自らが意識の修行のために行うものなのです。自ら祓い詞と祝詞を唱え、自分と向き合う作業です。

 だから私も、長い祓い詞を覚えました。朝、仕事の前に、ある作法と共に唱えています。ちょっと変わった光景かな。まさか自分が、祝詞を唱えられるようになるとは思わなかった。

 そして、鎮魂は神道における重要な瞑想法です。

 鎮魂とは、一般的に死者の霊を慰める(レクイエム)ことを指すが、同時に生者の魂を鎮めることも含めている。

 鎮魂を行うことで、様々な感情や観念に囚われ分離してしまった魂(五魂)を統合し、神を迎える器・社(やしろ)をつくることを目指す。(当日資料)

 方法や細かいところは省略しますが、端的にいうとまさにマインドフルネス瞑想です。しかも仏教の瞑想とも共通点が多くありながらも、やはり和というか日本的というか、独特の味わいがあります。

 私自身、これまでいろいろなタイプの瞑想や意識変容法を体験しましたが、このお祓い、鎮魂をやると、速やかに意識がスッキリして、まさに平安清明な感覚になれるのです。「これはいいな」と実感したので、七沢研究所の人たちと研究や検討を重ね、世間に紹介するべく、今回の発表に至ったわけです。ここなら、瞑想好き、修行好き、スピリチュアリティに造詣の深い人、しかも学術的な理解のできる人が多いはずだからです。

 会長には諸富祥彦先生(明治大学教授)がいらっしゃるし。今回もめちゃくちゃ面白いプレゼンをしてました。

 私たちの発表の後には、占星術とユング心理学で著名な鏡リュウジ先生が登壇していました。ユングがいかに占星術に傾倒していたかを説明していて、とても興味深かったです。

 しかも私たちの発表の座長には、ケン・ウィルバーのインテグラル理論の紹介者・鈴木規夫先生が務めてくれました。私は若い頃ウィルバーのファンだったので、お会いできて大変うれしかったです。

 鈴木先生からは大変鋭く、しかし好意的なコメントをいただきました。

 私の知る限り、トランスパーソナル心理学のバックボーンはユング心理学とウィルバーの理論が中心で、実践的には各種サイコセラピーと仏教系の瞑想のハイブリッドだったように思います。

 そこへ足元の日本独自の瞑想と意識開発法を紹介したのは、新味があり、意義があったかもしれません。発表終了後、何人もの方が挨拶と名刺交換に来てくれました。

 これからも折に触れ、いろいろなところで紹介していきたいと思っています。

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October 19, 2018

神道の深い流れ

 では、私たちは日本トランスパーソナル学会で何を発表したのか、その概要をお伝えします。

 一言でいうと「古神道」と呼ばれるジャンルです。神道にも流派、系譜というものがあるのです。それは現在の神社本庁が管轄していて、私たちが普段目にする神社とはやや異なり、現政権を裏で支えている、ある政治集団の国家神道的なものとも明確に違います。

 もっと日本の歴史の奥深くに根差したものです。そのエッセンスの部分はおそらく縄文にまでさかのぼり、民衆の信仰形態に影響を与えながらも、宮中でひっそりと伝えられてきた神道の系譜です。

 私もその存在を知り、学ぶまで、全く知らなかったので大変驚きました。

 白川伯王家、いわゆる白川神道(伯家神道)です。

 歴史的には平安時代、第65代花山天皇により、宮中祭祀を司る神祇官の長として任命されたのが、白川伯王家だったそうです。
「宮中内侍所、皇霊殿の奉仕、天子摂関等に御拝を伝授。全国の神社の統括」をしていたそうです。

 江戸時代には少しずつ宮中から外部にその内容が伝えられるようになり、あの国学者の平田篤胤が「学頭」を務めていたこともあったそうです。だから僭越ながら、平田篤胤は私の師匠筋(?)に当たることになりますね。

 それが幕末から明治の動乱期には、孝明天皇の命により、当時の白川伯王家の学頭・高濱清七郎が宮中を後にして京を脱出するというドラマがあったそうです。

 しかし明治5年に新政府は、神祇制度を廃止してしまい、宮内庁、神社庁を設置したので、白川神道は宮中に戻ることなく、細々と民間で伝承されることになりました。

 そして現在その命脈は、なぜか京都でも東京でもなく、山梨は甲府に残りました。甲府在住の七沢賢治先生が、明治時代からそっと伝えられてきた流れを継承していたからです。

 そのような歴史をまず、お話しました(発表者は私ではなく、渡邊氏)。会場は40人近くが集まり、みんな初めて聞く話に身を乗り出すかのように、大変熱心に聞いてくれました。

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June 23, 2018

手当ての極意

 長谷澄夫『なぜ母親は、子どもにとって最高の治療家になれるのか?』(和器出版)により、著者が「和整体」と名付けるセルフケアの考え方をメモします。

 ちなみに著者が治療家の世界に入ったきっかけは、19歳の時の空手の稽古での大けがだったそうです。

 本書でいう健康になるポイントは、

 一つ目は、不調をいち早く察知する力。

 二つ目は、不調から回復する力。

 三つ目は、不調をつくらない、再発しない力。

 正常に働いてほしい機能というのは、この3つです。

 身体が発しているサインに敏感になる、ここが始まりです。  p59

 身体が敏感になるためには、「骨格が正常であることと、内臓が正しい位置にあって正しく機能していること」が重要とのことです。

 そして、セルフケアの基本は、「手当て」を文字通りに実践することです。痛みを感じる部位に手を当てて、深呼吸をすることです。とてもシンプルで、タイトルにある通り、お母さんの「痛いの痛いの飛んでけー」が理想です。

 母親というのは、子どもにとっては、最高の医者であり、治療家です。 p68

 恐るべきは母のエネルギーです。

 昔から〈手当て〉とよくいいます。文字通り、手を当てることです。どこか痛いところがあれば、無意識に痛みのあるところに手を当てます。あれは、人間の悪いところを治そうという本能からくるものです。・・・・セルフケアの〈手当て〉も、母親が我が子に対する〈手当て〉と同じです。  p73

 実際の具体的な技法や内臓の反射点という手当てのポイントは、本書にイラスト入りでわかりやすく出ています。

 心理臨床分野では、愛着障害の治療や臨床動作法などに通じるところがありそうに思いました。

 私が関係者から聞いた話では、著者の真骨頂は身体のレベルだけではなく、気や霊の次元にも及ぶそうですが、本書は一般の人たちへの整体的セルフケアの入門書としてとても優れていると思います。

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June 21, 2018

『なぜ母親は子どもにとって最高の治療家になれるのか?』

 臨床心理学を生業にしていると当然カウンセリングや医療、福祉畑の人の知り合いが増えます。

 一方、太極拳や気功法も長くやっていると、東洋医学とかの代替医療のいわゆる治療家や関係者につながりやすくなり、たくさんの情報が集まってきます。
 私の生徒さんにも腱引き療法や整体をやっている治療家さんがいます。その人から「すごい人がいる!」と聞いていた治療家さんの本が出ていました。

 奇しくも懇意にさせていただいている七沢研究所のところからの出版ということで、手に取ってみました。

 長谷澄夫『なぜ母親は、子どもにとって最高の治療家になれるのか?』(和器出版)

 著者はその世界で有名らしく、治療家の先生みたいな人らしいです。「先生の先生」といわれたアドラー心理学のドライカーズみたいです。

 中身を見たら現代の科学的にもすごく全うなところを踏まえながらも、さすがそこを超えていく、または違う世界からの治療観や方法にも触れられていて、すごくおもしろかったです。こういうのが次の時代の標準になっていくといいと思いました。

 中身は次回少し触れます。

 

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June 18, 2018

大谷選手と肩甲骨

 メジャーリーグでも大活躍の兆しを見せた大谷翔平選手が、残念なことに故障者リスト入りしてしまいました。

「ベースボールチャンネル」というサイトで、高岡英夫先生が大変興味深い分析をした記事が出ているのでリンクします。

 運動科学から見た、打者・大谷翔平のパフォーマンスの高さと故障の原因

 運動科学研究の第一人者であり、5月7日に『肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!』を上梓した高岡英夫氏は、今回の大谷選手の右肘の故障の主たる原因を「MLBでも類を見ないほどの柔らかさを誇っていた肩甲骨の可動性が5月中旬を過ぎるあたりから急激に低下してきたこと」と分析する。
 
 さらに高岡氏は「大谷選手のように肩甲骨を肋骨の上で大きく滑らかに動かすことができると、そのぶん肩関節と肘関節の負担は大きく減り、一方肩甲骨が腰の安定+キレを呼ぶので下半身のパワーが増し、上半身はただそのパワーに乗っていけばよいという関係になるので、二重の理由で肩関節と肘関節へのストレスが無くなる」と言い、「開幕から1カ月半、4月から5月半ばまでの肩甲骨の柔らかさと腰の安定+キレがキープできていれば、ピッチング、バッティングそれ自体で肘関節を故障することは決してなかった」と言い切る。
 
 そして「身体の硬縮を緩解し疲労を積極的に解消するための専門的な体操法・マッサージ・休養法・栄養管理法などを上手に導入することで、肩甲骨周囲を中心とした全身の筋肉群の疲労による硬縮を恒常的に取り去り、2度と再び右肘を故障することがない体制をつくることが必要不可欠」と語る。
 
 その高岡氏に大谷選手がMLB1年目の開幕スタートからなぜあれほどの素晴らしいパフォーマンスを発揮できているのか、運動科学を駆使した“大谷選手のパフォーマンス”の解析をしてもらった。

 詳細は物理的に詳しい説明がされている記事をお読みいただきたいですが、肩甲骨が肋骨からはがれていると思えるほどゆるんでいる状態が、高いパフォーマンスには必須ということです。 

 この状態を高岡先生は「立甲」と呼んでいます。

 武道をやっている人なら肩甲骨の重要性を自覚している人が多いと思いますが、実は太極拳や形意拳などの中国武術では、肩甲骨や肩関節のゆるみをかなり重要視しています。日々、厳しく、熱心に稽古するところです。「含胸抜背」という秘訣が関係するところでしょう。

 日本の武道では、合気をかけるときなどに重要になってくると思われます。

 ところが普通の人は、高岡先生が言っていることが理解できる人がどれくらいいるでしょうか。
「肩甲骨が立つって、どういうこっちゃ?」という感じかもしれません。

 ほとんどの人は、肩甲骨と肋骨が一体となって、癒着したような状態になっていて、下手をすると肩甲骨自体を意識できていない人もいると思います。うつ病とか精神疾患を持っているクライエントさんは、特にガチガチの状態ですね。

 ここをゆる体操などでゆるませてあげると、皆さんとても気持ち良くなってくれます。

 私もゆる体操や気功法などの肩甲骨をゆるませるワークをすると、とても気分が爽快になります。

 肩こり知らずになれますよ。

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April 27, 2018

『食に添う 人に添う』

 非社会的な私にしては珍しく、消費者運動家の本です。
 
 
 著者の青木さんは、特に食、体に害がなく、本当によい食べ物を人々に提供することに人生をささげた人です。本書はその自伝になります。
 
「食といのちを守る会」の代表をされているそうです。
 
 本書に推薦文を寄せた七沢研究所の七沢賢治先生からいただいたので、読んでみたのです。普段ジャンクフードも好きで、あまり食に頓着しない私ですが、本書を読んで食と生命のつながりを大切にしなくてはならないことを教えられました。
 
 しかし別に何の食べ物が毒だとかを並べて立てて、いたずらに不安をあおっているわけではありません。
 
 青木さんが虚弱の息子さんに美味しくて体に良い牛乳を飲ませてあげたい一心で始めた、北海道の牛乳を共同購入により東京に持ってこさせようという小さな消費者運動が、どのような苦難を経て進んでいったか、広まったかを振り返っているだけです。
 その中で、青木さんがどのように悩んで、困難を突破したか、どのような素晴らしい出会いがあったかがつづられているのですが、「現代の菩薩のような」と評されているらしい青木さんの素直で屈託のない性格が伝わってきて、すごく好感が持てて、おもしろかったです。
 
 こういう人たちの運動なら、信用が置けると思いました。
 
 もちろん食に関する有益な情報もあり、私は牛乳業界の構造的問題を初めて知りましたし、黒酢や蕎麦、タラコ、ニンニクなど、食に関して関心の高い人は是非、手に取ってほしいと思いました。
 
 そして、青木さんは、よいものを食べて、ひたすら人々のために生きていたためか、自然とヒーリング的な能力が高まったらしく、彼女にさすってもらうとなぜか心身がよくなると評判が高まってしまいました。
 
 そして当のご本人も最初は半信半疑だったけど、実際に彼女がさすると驚くべき効果があると口伝えに広まり、いつしか彼女に癒してもらいたくてたくさんの人々、著名人が訪れるようになりました。すべて無料でやってあげてたそうです。なんとその中には、黒澤明監督やノーベル賞受賞者の小柴昌俊さんなど、何人も学者さんまで出てくるから驚きです。
 
 こんな人がこの世にいるとは。
 
 共同体感覚と勇気の塊のような青木さん、実は甲府のご出身です。本書の前半には戦中、戦後の甲府の生活の様子が描かれいて、それも興味深かったです。
 
 それにしても山梨からは個性的な人材が出るなあ、と改めて思いましたね。
 
  
 

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April 01, 2018

意識と動き

 先日某所で、古武術研究家・甲野善紀さんの息子さん、陽紀さんの講座に参加しました。
 
 お父さんが「自分より才能がある」と言うくらいで、確かに直観と論理がうまく組み合わされたとても面白い時間でした。
 
 陽紀さんのガイドでワークが進み、身体のどこに意識を置くかで、動きの質が全く変わってくる、そんな体験をしました。参加者もみんな驚き、笑顔になっていましたね。
 
 内容は詳しくは書けませんが、今回は膝や肘への注意の向け方でした。陽紀さんは武術家ではないので武術そのままではなく、ある意味で抽象化された内容ですが、具体的でもあり、日々の生活や稽古で使えるものでした。
 
 うまく消化して、アドラー心理学の「全体論」の講義の中で伝えられたら面白いと思いました。
 
 ところで、甲野さんみたいに、体のちょっとした使い方のコツを教えることが仕事になる、というのが今の時代です。
 
 昔は体を動かすのが当たり前で、武術にしろ、農業にしろ、各分野で体の効果的な体の使い方を伝承してきたと思うのですが、今はそれがほとんど途絶えてしまったのでしょう。
 
 甲野さんの仕事や、私らのカウンセリングや心理臨床も昔はなくてもよかったけど、今は必要とする人たちがいるらしい、とういことです。
 ただ、単に昔のほうが優れていたというわけでもなく、各武術のエッセンスを取り出したアプローチは甲野さん親子のほかにもいくつも出ているし、幸せになるための心理学的知見もアドラー心理学以降、より明確に洗練されてきているのは確かです。
 
 

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February 20, 2018

メダルの陰にゆる体操と古武術か

 平昌オリンピックでの日本勢の活躍は素晴らしいですが、ちょっと小耳にはさんだ情報を。
 
 あの羽生結弦君が、ゆる体操の「ゆるゆる棒」を使っていたのが、「めざましテレビ」で映っていたそうです。知人のゆる体操の指導者が教えてくれました。
 
 ゆるゆる棒とは、二本の棒を十字にかませて、その上に両足を乗っけてゆる体操をすることで、全身のゆるみを促進し、センター(正中線)を形成させるものです。私も1セット持っています。全身の脱力と身体の中心部分の適度な緊張感を同時に作ることができる体感があるので、けっこう重宝しています。
 といっても最近、やっていなかったので、羽生君を見習ってゆるゆる棒トレーニングを復活させたいと思いました。
 
 確かに羽生君の演技中のゆるみっぷりは半端ないものね。
 
 羽生君がゆる体操を習ったかわかりませんが、何かやそれ的なものをやりこんでいたのかもしれません。
 
 そしてスピードスケート金メダリストの小平奈緒さんは、なんと古武術を学んでいるそうです。これはニュースになりました。
 ゆる体操も武術由来だし、武術をやっている者としてやはり、うれしいですね。
 
(転載貼り付け)
 平昌五輪スピードスケート女子1000メートルで銀メダルに輝いた小平奈緒。強さのベースには、古武術がある。びわこ成蹊スポーツ大の高橋佳三教授(43)が約10年にわたって教える。「小平奈緒という選手を形づくるピースとして役に立てたとしたらうれしい」と活躍を見守る。
 小平は氷に乗る前、歯が1本しかないげたを履き、スケートを滑るように尻を落とす姿勢を保つ。体の感覚を確かめるため、古武術にヒントを得て取り入れた独自の調整法だ。
 古武術は明治維新前の日本の武術の総称で、高橋教授はスポーツへの応用を研究している。小平との出会いは2007年。筑波大大学院の先輩で小平を指導する結城匡啓コーチに頼まれ、信州大氷上競技部で講習したことがきっかけだった。その後は数年に一度、古武術に基づく体の感覚を伝えている。一本歯のげたもその一つ。「げたの上でも地面と同じ感覚で立つ感覚を紹介した」
 昨年6月には、肘と尻を意識しながら一定の姿勢を維持するポーズを教えた。厳しい負荷がかかるが、小平は男子よりも軽々とこなした。オランダ留学中も古武術の講習のネット動画を見ていたという。
 あるとき、「相手がいても、いなくても一緒」という中国武術の言葉を紹介した。500メートルで5位だったソチ五輪を「メダルがちらついた」と振り返っていたことを知り、「相手やゴール、タイムを目標にすると、その目標の手前で止まってしまう」と伝えた。
 小平は14日の1000メートルで銀メダルを獲得した後、「しっかりと諦めずに、ゴールラインの先まで、実力を出し切れたかなと思う」と語った。その言葉を聞いた高橋教授は「伝えたことが彼女の言葉として出たのを聞くと役に立てたと思う。500メートルも力を出し切れば、結果はついてくる」と期待する。

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January 16, 2018

霊性修行としての武術

 
 武術・武道の目的には健康や養生、護身、心の鍛錬などいろいろな表現がありますが、著者は本書に登場する武術家のたぐいまれな体験を通して、現代の武術・武道に欠けているのは「霊性」への着目であると主張したいようです。
 武術・武道は明治維新後の近代化、第二次世界大戦の敗戦とGHQの占領によってそれが、徹底的に失われてしまいました。
 
 身体の稽古や心の稽古は、武術を志す者なら誰もが多かれ少なかれ実践している。ところが、もう一つ、霊性の稽古となるとどうだろうか。かつての武術家にとって、霊的な修練、霊性の修業は、おそらく当然のことだった。それは、身体や心の稽古を積むことと同様に、武術と呼ばれるものの不可欠の一部を成していた。ところが、時代を下ると、合理主義の隆盛もあって、武術における霊的な側面はわすれられていくことになる。
 この傾向は近代武道にあっては甚だしい。・・・・  p4
 
 武術はそもそも神霊や異界の存在を前提としていたのだ。となれば、そのような文化的文脈のなかで師範の経験を眺めてみてはじめて得らえる知恵があるかもしれないではないか。 p23
 
 霊媒を介した神霊や異界との関わり。そして、それに伴って経験される複雑な感情。私たちはそうしたあれこれにけして無縁ではない。何十年か前まではまことにありふれた事象だったのだし、それ以前に気が遠くなるほど長い伝統もあったのだ。私たちにはもともと、そのように経験したり感じたり理解したりする傾向が内在しているにちがいないのである。
 何が非科学的といって、この事実を無視することほど非科学的なことはない。少なくとも心的な現実としては、神霊や異界は厳然として存在していた。いや、今でも存在している。私たちは神霊や異界に畏れと期待を抱くではないか。素直に注意を向けてみれば蠢いているのがわかる。私たちの感覚や気持ちのなかにあるものを、あたかも存在していないかのように無視してはならない。未知なるXの存在を否定しない態度こそ、真の科学的態度だろう。 p24
 大変重要な指摘だと思います。
 
 ここでさらに考えるべきは、霊性とは何か、ということですが、著者はユング心理学の「個性化」という概念を軸にしていきます。全体性への回復、という意味ですが、心の奥底にある「集合的無意識」「類心領域」からの働き、あるいはそこへのアプローチが重要になるようです。
 
 深層心理学の真骨頂です。
 
 ただ、私としては、下へ下へ深堀りしていくようなアプローチだけでいいのか、長年疑問を感じていたところでもあります。そうしたい気持ちはわかるけど、果たして「深層」が「霊性」に至る道かというと難しいかもしれないという思いがあります。
 
 トランスパーソナル心理学のケン・ウィルバーが昔、「カテゴリー・エラー」と呼んだ、深層心理と霊的なものを混同しているとユング心理学に対して批判したことを思い出します。私は、その批判はけっこう妥当だと考えてきました。
 
 身体と深層心理と自我(心理)と霊性の関係は、マインドフルネス瞑想が流行った後、ユング心理学以外でも臨床心理学のトピックになるといいと思います。私もいつか、アイデアを出せるようになりたいです。
 
 

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January 13, 2018

『武術家、身・心・霊を行ず』

 武術、武道と心理学を絡ませるなら昨今はマインドフルネス瞑想ですが、これはユング派からの真逆のアプローチです。
 
 
 これは大変面白い。
 面白いけど、ある意味で臨床心理学のみならず武道系の数ある書籍の中でも「奇書」と呼ばれるかもしれません。
 
 ある古流の武術を修める極めて優秀な老武道家が極限的な修行の過程で、驚くべき神秘体験を重ねていく、その記録を著者が託され、報告したのが本書です。
 
 ただの気の感覚とか、マインドフルネスな気づきなんてものではない。憑依、念写、ポルターガイスト、幽霊などが例え話ではなく、本当の体験として堂々と次から次へと出てきてます。
 
 極めつきは、その武道家の修する流派の江戸時代の先達(流祖)の霊がなんと稽古仲間に憑依して、直接に失われた武術の奥義を伝授したというのです。夢の中に登場して極意を授かった、なんて話はよく聞きますが、これはすごい。いや、そんなこと、あり得るのか。
 
 これは普通の心理学者なら絶対に触れないか、言わない領域です。そこをさすが、ユング派の老松先生は老武道家の報告に戸惑いながらも、その人の「心的現実」に入り込んで丹念に追いかけ、ユング心理学的な解釈を試みていきます。その内容もユング心理学の勉強になって面白い。
 
 一言で言ってしまうと、武術を通しての「個性化」の過程ということになるのですが、本書の魅力はそこからもあふれ出るような老武道家の存在感、圧倒的な神秘のエネルギーにあります。
 
 著者の老松先生とは、2010年の東北大学であった心理臨床学会の自主シンポジウム「武術と心理臨床」で、ご一緒させていただきました。私はシンポジストで、先生は指定討論者でしたかね。その頃先生は杖道をされていたように覚えています。
 
 その時以来お会いしていませんが、今度その機会があったら、絶対本書の話をうかがいたいです。
 
 武術・武道家兼心理屋さんは、絶対に読むといいです。立場によっていろいろな思いや解釈がわくでしょうけど、それも思考の訓練になるかもしれません。
 
 私は、心理臨床家としてではなく、武道修行者、神秘主義者として素のままに、解釈よりも体験世界に共感しました。きっとこういうことはあるのだろう、と。日頃、なまくら稽古しかしてないから、こんな体験は絶対ないでしょうけどね。
 

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