April 19, 2017

映画『スノーデン』を観た

 一部で話題となりながらもメジャーな映画館で上映させてもらえない『スノーデン』を観てきました。笛吹市のテアトル石和という小さな映画館です。
 
 オリバー・ストーン監督作品、『ブラトーン』や『JFK』で知られる社会派名監督ですが、本作はハリウッドの映画会社みんなに出資を断られた苦労作のようです。それだけやばさがハンパないはずと期待して行きましたが、十分に応えてくれるものでした。
 アメリカが極秘に構築した個人情報収取プログラムはテロリストだけでなく、民間企業や個人におよび、日本を含む同盟国まで対象になっていた驚愕の事実。
 この恐ろしい現実に危機感を募らせたスノーデンは、自由な世界を願い、たったひとりで国家権力に立ち向う決意を固めていく。
 また、長年にわたってスノーデンのパートナーとして寄り添うリンゼイ・ミルズとのきずなも描かれ、観る者の胸を締めつける。  (パンフレットより)
 スノーデンの人生を克明に追いながら、CIAやNSAの内部の様子が、おそらく丁寧な考証の下に再現されているのでしょう、すごくリアリティーがあって興味深かったです。スノーデンは2009年ごろ横田基地にもいたのですね。富士山に登る予定の前日、恋人と喧嘩して行けなくなった、なんてエピソードもあります。
 
 既に報道されているように、アメリカはテロリストだけでなく自国民の個人情報も無断で収集し、世界中に監視網を作っていて、さらに驚くべきは、日本ではもし日本が同盟国でなくなったときに作動させる「スリーパー・プログラム」が仕掛けられていて、通信網やダム、交通機関をダウンさせることができるとスノーデンが暴露していることです。「裏切るなよ」と脅迫されているようなものです。何が日米同盟は対等なパートナーだ、という感じです。
 
 オリバー・ストーン監督も日本について聞かれて、「僕は、彼が語ったことはすべて事実だと考えている」「僕は日本にはまだ主権がないのだという印象を持っている」とまで言っています。多分本当でしょう。
 
 こういうことは当然トップリーダーたちは知っていて、小沢一郎や鳩山由紀夫は何とかその軛を脱しようとしてつぶされ、安倍首相は尻尾を振っているのでしょう
 
 ただ、オリバー・ストーン監督にしてもスノーデンにしても、上から抑えつけられればすぐに従順になってしまう日本人と違って、必ず気骨のある人が現れるところが、アメリカにまだ残っている良さかもしれません。
 その点で、二人やスノーデンを支えたジャーナリストたちは、国家に逆らってもより広い共同体のために動いたということで、共同体感覚と勇気のある人たちだと言っていいでしょう。
 
 とにかく、権力側は監視しようと思えば、誰に対しても、何にでもできるということがわかりました。私もされているかも。
 なんて気にしすぎるとパラノイアックな妄想になりそうですが、いつでも監視され得ることは現代人の社会常識として知っておきましょう。
 
 対策として、権力に目をつけられないような悪いことをしない、という優等生みたいなのはダメです。
 我々はどうせ、なんか偽善的な面、都合の悪いこと、恥ずかしいものは持っているものです。だからなんかバレても気にしない。
 
 大体政府や権力者の悪口が言えないなんて、メンタルヘルスの専門家としてはよろしくないと言いたい。
 その点、オリバー・ストーン監督の姿勢がリスク・コントロールとしていいですね(笑)。
(引用開始)
――これまでの社会的問題を扱う作風もあり、さらに今回のような作品を作ったことで、監督自身が監視対象になっていることを意識したことはないか。

僕はこれまでドラッグや女や酒、やれることは何でもやってきた(笑)。ただし、それを隠してこなかった。だから偽善はないし、監視する側が暴こうと思うのは偽善であったり隠していることだから、その点では僕は安心だ(笑)。まあ、監視されてはいると思うが。

(引用終了)

 山梨の上映は明日(20日)までですよ。

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April 09, 2017

信玄公祭りを見てきた

 4月8日(土)は、春の山梨最大のイベント、「信玄公祭り」が甲府の中心部でありました。
 
 ギネスに載るほどの大規模な武者行列で有名で、毎年武田信玄は有名俳優が務めてきました(これまで渡哲也さんや宇津井健さん、藤岡弘さん、北村一輝さん、沢村一樹さんなどなど錚々たる面々、去年は陣内孝則さんでした)。
 
 私も若い頃公務員時代に「徴兵」されて、本陣隊に配属、信玄公役は辰巳拓郎さんでした。鎧兜を着て、御屋形様・辰巳さんの後をついて行進したことがあります。いい思い出です。
 今年は何と信玄公役に山梨県大月市出身の三遊亭小遊三さん、山本勘助役に林家三平さん、特別ゲストに林家木久扇さんという笑点の面々という変わり種キャストでした。
 
 それでは、と私のオフィスからは会場まで近いので、見に行ってきました。
 
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 甲府駅前にたくさんのお馬さんが集合。小淵沢などの乗馬クラブの人たち、お馬さんたちのようです。たくさんの蹄の音を聞くとなんかワクワクしてきます。
 
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 乗馬スタッフにはけっこう女子がいて、かっこよく乗りこなしていていいですね。このお馬さんたちは、これから武田24将らの大将が乗ることになります。
 そして「甲州軍団出陣」です。
 
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真田信繫(幸村)の祖父、真田幸隆隊です。
 
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 こんな感じで、各隊の行列が延々と続きます。
 
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 設定は、上杉謙信が川中島へ侵攻してきたという知らせを受けての出陣ということですが、なぜか信玄公の母・大井夫人隊、正室・三条夫人隊、側室・湖衣姫隊というのもあって、家族旅行みたいですね(笑)。女性中心の隊で華やかです。
 
 行列に参加するには一般公募もあって、全国の歴女、歴男が申込みに殺到するそうです。外国人留学生の隊もあって、まさに外人部隊。みんなとても楽しんでいる雰囲気でした。
 
 是非、皆様もお誘いあわせの上、ご参加ください。
 
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 本陣の側に行ってみたら林家木久扇さんがいました。「特別ゲスト」って何だろう、落ち武者とか死体でもやったらおもしろいな、と思ってたら、なんと信玄公の影武者でした。
 
 女子アナが、「さあ、信玄公の影武者、林家木久扇さんの登場です!」と高らかにアナウンス、影武者の意味ないじゃん。
 
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 そしたら「上杉の間者」が信玄公の本陣を急襲、チャンバラも演じられました。本格的な殺陣で、プロの方たちみたいです。
 結局、「なんだ影武者か」とバレて敵は逃げていきました。
 
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 影武者の後は、山本勘助の林家三平さんが本陣に入りました。みんなボケずにマジでやってました。
 
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 後半になってついに信玄・三遊亭小遊三さんが登場。各隊の出陣を見送ります。
 
 何万人なのか、たくさんの人が見に来ていました。軍団出陣のほかに、甲府市内のあちこちでイベントをやっています。甲府駅北口には特設舞台があって芸人が漫才をやっていたり、甲府城などでは露店もたくさん出ています。
 
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 武田菱をあしらったランボルギーニが何台もありました。展示されているみたいです。
 
 何もかもが武田信玄絡み、山梨の春はこれで盛り上がります。
 

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April 04, 2017

100分de名著『人生論ノート』

 昨日(3日)からNHKEテレの『100分で名著』で、三木清の『人生論ノート』が始まりました。
 
 三木清は戦前、戦中の哲学者ですね。当時から戦後の若者に大きな影響を与えたとか。
 
 解説するのは岸見一郎先生、昨年のアドラーの『人生の意味の心理学』に続いての再登板です。岸見先生の思想のバックボーンにはアドラーだけではなく、三木清がいるんですね。
 
 私も高校時代、同書を読んだことはありました。2回ほど繰り返して読んだ記憶があるので、難しいけどなんか面白いと感じたのかもしれませんが、内容は全く覚えていません。岸見先生みたいに、深い影響を受けたということはないです。多分受験対策も兼ねて手を出してみたんでしょう。
 
 この差なんだなあ、と思ってしまいます(笑)。
 
 今月は、岸見先生の三木清を味わいたいと思います。
 
 実家の本棚にはまだこの本があるはずなので、読み直してみようかな。
 

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March 21, 2017

アドラーネット山梨と朝カルでお話し

 先週末、17日(金)は山梨のアドラー仲間でやっている、アドラーネット山梨で私が話をしました。話題提供者は大体いつも持ち回りでやるのですけど、今回はご要望があって、マインドフルネス瞑想についてでした。
 
 今、アドラー心理学以外にメンタルヘルス分野で話題の中心はマインドフルネス瞑想、本ブログでも度々言及してますし、アドラー心理学関係者、武道関係者にも最近取り組んでいる人が増えています。
 
 瞑想をわかりやすく技法化、大衆化しており、確かに意外に取り組みやすいし、仏教のベースがある(と一応なっている)日本人には向いているのかもしれません。この勢いは当分続きそうです。
 
 私の知っている範囲で、マインドフルネス瞑想とその背景のアメリカにおける仏教文化の受け入れ過程と具体的なやり方について話して実習しました。
 
 最近認知行動療法が急に瞑想を取り入れたかのような印象を普通の人は持つと思いますが、70年代から連綿と続く東洋思想のアメリカ流入の歴史とこれは不可分なはずです。
 最初はヒッピーなどによるカウンターカルチャーから人間性心理学を中心としたヒューマン・ポテンシャル運動で瞑想がワークに取り入れられ、やがてカリフォルニアを中心としたニューエイジやニューサイエンスと呼ばれる知的潮流になり、トランスパーソナル心理学の勃興がありました。そして瞑想がアメリカ社会で大衆化される中で、より地に足をつけた研究者たちが、瞑想の効果に気づいて臨床技法になっていったのだと思います。
 アドラー心理学的にいうとマインドフルネス瞑想は、絶えず私たちの心の中で働いている優越性追求や劣等感にまつわるあれこれの思い(マインドワンダリング)に対して、よい中和剤になると思います。自己概念というか、目標を目指してあくせくしている自分をメタレベルで見通したり、劣等感にとらわれないマインドを育てるにはよいかもしれません。
 
 3月18日(土)は神奈川県藤沢まで出張って、朝日カルチャーセンター湘南教室で、「アドラー心理学入門」をやりました。2時間という短時間でしたが、多くの受講者が『嫌われる勇気』を読んでいたので理解が早く、簡単なワークをやりながら和気あいあいと進めることができました。
 
 この続きは6月に予定されています。
 朝日カルチャーセンター、通称朝カルは、実にいろいろな講座があって案内を見るのも楽しいです。私の地域にあったら、是非受講してみたいものがいくつもあります。その中にアドラー心理学が入るようになって、本当にうれしいですね。
 

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March 18, 2017

ドラマ『嫌われる勇気』終了

 ドラマ『嫌われる勇気』が終わりました。日本アドラー心理学会の抗議でネガティブな意味でも話題をまきましたが、内容的には悪くなかったと今でも思っています。ネタバレになるので書きませんが、最後にいい感じにまとまったのではないでしょうか。真犯人もビックリでした。
 
 終わりの方で同僚刑事も言っていましたが、ああいうツンデレ女子がたまに見せる笑顔はなかなかいいものですな(完全オヤジモード)。
 
 同学会が中止要請までしたにもかかわらず、最後まで放映されてよかったです。フジテレビは正しい判断をしました。
 
 視聴率的には苦心したとされていますが、昨今のドラマ全般の低調傾向の中で、内容的にも難しいテーマだし、確かに庵堂蘭子の性格はかわいくないので、それほど高くなることはないだろう、と予想はできました。あんなものでしょう。
 
 私的には、これまで再三、本ブログで擁護してきて言うのもナンですが、当初それほど熱心な視聴者ではありませんでした。「ブームに乗ってよくやるよ」と思ったのが正直なところでしたね。多分、多くのアドレリアン、アドラー心理学ファンもそうだったのではないでしょうか。
 
 ところが突っ込みどころがありながらも意外に面白いので、楽しんで観るようになりました。そしたら日本アドラー心理学会の抗議がマスコミに出てビックリ。
「人が楽しんでいるんだから邪魔すんじゃねえよ」とムカついたと同時に、「これは放っておくといかんぞ」と気づいて、もっときちんと考えて発信しなければと思い直しました。
 
 いかんぞ、というのは、先ず報道記事を読んで、日本アドラー心理学会の抗議内容は私とは正反対の意見で、私から見るとアドラー心理学的にも間違っている可能性が高いこと、同学会があたかも日本のアドラー心理学シーンの代表で、引っ張ってきたような間違った印象を人々に与えてしまうことでした。
 私が書いてきたことは同学会員には不愉快でしょうけど、またそこにも良い先生がいることは知っているけど、アドラー心理学的解釈として間違っていること、事実として違うところは指摘する必要を感じたわけです。
 
 庵堂蘭子張りに、「その抗議、明確に否定します」
 と人々に伝えようと思いました。
 
 それでさらに真剣に観るようになって、これほどドラマに向き合ったのは、『真田丸』ぐらいでしたね(笑)。
 
 
 いっぱい書きましたね。
「正しいアドラー心理学」を発信しなくては、という私なりの共同体感覚の発露でした。少なくとも「視聴者共同体」には貢献できたのではないかな。
 
「アドラーの思想とかけ離れている!」と騒いだ人たちより、深くて良い解釈ができたのではないかと思います。やっぱりドラマは真剣に観て、かつ楽しまなきゃね。
 
 庵堂蘭子の造形について、発達障害特性があるのでは、と書いたことがありましたが、(どんなキャラがいいかな)、前回のドラマで、庵堂蘭子自身が「私は子ども頃からなぜか人とうまくやれなかった」などと話していたので、もちろん診断名は言わないものの、そのような視点で作ったキャラであることが推測されました。つまり、そのような人物がアドラー心理学に救われた、ということが暗示されていたわけです。
 だから「協力の姿勢が見られない」「共同体感覚に欠けている」なんて単純に言わない方がいいってことです。
 
 まったく、読みが浅いんだから。
 
 そんなことを書いていたら、ひょんなことからマスコミ2社から取材の申し込みがあり、1社は実現しました。出してみるものですね。
 
 
 取材を受けるにあたって、初めて日本アドラー心理学会の抗議文を読みましたが、こんな内容では私のブログ記事の方がよっぽど正しい、まともだと思いました。
 たかがテレビドラマだから見解の違いは別にかまわない。しかし、今回は抗議という政治的行動に出ているので、改めてこのままではいけないと思って話をさせていただきました。
 
 この影響や反響はどうだったのかはよくわかりませんが、twitterの『嫌われる勇気』クラスタの人たちには話題になったみたいで、熱心な視聴者らしき人が何度もリツイートしてくれたようです。
 
 ヒューマンギルドの岩井先生もニューズレターで「大変説得力がある。是非お読みください」と勧めてくれていました。ありがたいことです。多くの会員の人たちも読んでくれたことでしょう。
 
 実は上記ブログ記事のほとんどは、アップする度に番組HPのメッセージコーナーから、メールと共に送っていました。香里奈さんはじめ、制作陣を勇気づけるためです。「アドラー心理学的にもいろいろな考え方があるのだよ。(抗議は)気にしなくていいよ」ということを伝えたかったのです。
 
 その効果は定かではありませんが、制作陣が少しでも励まされ、番組継続に役立ったのなら幸いです。
 
 とにかく、私にとっては、アドラー心理学を思い切って好きなように論じることができて(なんといっても架空の話ですから)、なおかつドラマの進行と共に社会活動までしてしまったという面白い体験でした。その意味では、日本アドラー心理学会に感謝しなきゃね。
 そして、同学会員に限らず、私の記事で考え直してくれる人、違った視点を持ってくれる人が増えてくれたら幸いです。
 
 難しいテーマに挑戦して、なんとかドラマを創り上げた制作陣、役者さんたち、アドバイザーの岸見一郎先生と古賀健史さんには賛辞を贈りたいと思います。
 
 ありがとうございました。
 お疲れ様でした。
 
 

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March 16, 2017

ゲートキーパー養成講座

 3月8、15日と2回、山梨県笛吹市役所で行われた「ゲートキーパー養成講座」で講師をしました。
 
 ゲートキーパーとは専門職というより一般の人で、自殺のリスクのありそうな人に声掛けしたり、自殺の相談を打ち明けられた時に適切に対応できるような人です。自殺予防対策の一環として、最近各自治体で開いているようです。
 
 今回は笛吹市役所の職員、約50人が参加してくれました。職種は行政から土木、福祉など様々でした。
 
 内容はできるだけわかりやすくなるように努めましたが、最近の自殺研究の成果と認知行動モデルによるメンタルヘルスの説明、対応法として、もちろん傾聴と、これは私独自の部分かもしれませんが、アドラー心理学の勇気づけを入れました。
 
 こういう研修は、先ず第一に傾聴の重要性がうたわれて、それはその通りですが、ではその後どうコミュニケーションするかというところが意外に足りない気がしていました。
 
「安易な励ましはいけない」とテキスト等にはありますが、ではどうするか。一般の人は(専門家も)、話を聴いた後に何も話さないでいることは難しいでしょうし、助言の仕方も途方にくれるかもしれません。
 
「適切な励まし(encourage)」が必要なのです。
 
 そのような時に、アドラー心理学は励まし(勇気づけ)について本質的なところから考えていて、しかも普通の人にもわかりやすいのではないかと期待できます。
 
 幸い講義自体は好評だったようで、お役に立てればうれしいです。

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March 10, 2017

ビジネスジャーナルに掲載

 前々記事であるところからインタビューを受けたと書きましたが、それが表に出ました。
 ネットのニュースサイトである「ビジネスジャーナル」です。
 
 
「専門家」というところに、私からそれこそ「疑義」を出したいですが、実際これだけ自分のブログでアドラーを連発していて、あまつさえ本まで出しているから世間的にはやむを得ないでしょうね。
 
 まあ、アドラー心理学的に考えてもいろいろな見方があるよ、やっている人達にもいろいろいるんだよ、ということを世の中に言いたかったので、インタビューを受けました。
 
 内容的にはこれまでここで書いてきたことを、簡潔にしたものです。
 
 つまり、庵堂蘭子は、社会共同体にとってユースフル(有用)な行動と考え方を示している。つまり、共同体感覚があると推測していい、という私見です。
 
 楽しんでいただけたでしょうか。

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March 06, 2017

ナラティヴ・コロキウム参加

 なんか格闘技のイベント名みたいですが、れっきとした心理療法の集まりです。
 
 3月4~5日、駒澤大学で行われた「第5回 ナラティヴ・コロキウム-ナラティブの広がりと臨床実践」に参加しました。
 
 いわゆるナラティヴ・セラピー、社会構成主義に影響を受けた心理療法が一堂に会したようなお祭りでした。
 私は特に専門というわけではありませんが、ナラティヴ・セラピーにはずっと親近感というか親和性を感じていて、というより臨床思想的には自分は社会構成主義者といってもいいと思います。けして科学主義、客観主義、エビデンス主義ではない。
 
 アドラー心理学には多面性があり、完全にそればかりとはいえませんが、現代のアドレリアンには社会構成主義との共通性を見る人が日米共に多いようです。もちろん、基礎心理学的、科学主義的手法でアドラー心理学を研究することも大事なので、その能力のある人は是非進めてほしいと思っていますが、早期回想などその人の語りを重視するアドラー心理学は、最初からナラティヴ的です。
 
 そんなんで、ナラティヴ・アプローチは文系にもできる心理学、というとその筋の専門家に怒られるかもしれませんが、やなりナラティヴ、物語、ストーリーを第一義に取り上げるところは、私にはとっつきやすさがあります。
 
 内容は専門的になるので省きますが、いくつもワークショップや自主シンポがあって、私は「リフレクティング・スキル入門:オープンダイアローグ対話実践の基本」と「アンティシペーション・未来語りダイアローグ」というのに出ました。
 
 全体参加の特別ワークショップには目玉となる登壇者が二人いまして、一人は翻訳家で英米文学者の柴田元幸先生(東京大学)、もう一人は精神科医の斎藤環先生でした。柴田先生は作家・村上春樹との共著も出していますし、その世界では超大物。斎藤先生は言わずと知れた有名文化人です。実は私はこの人たちの生の姿を拝見するのがお目当てでした。
 
 柴田先生は別に臨床の世界の人ではありませんが、レベッカ・ブラウンという作家の翻訳者として、その作品に触発された臨床実践の報告にコメンテーターのように呼ばれたようでした。舞台に上がるなりレベッカ・ブラウンの作品の朗読をしてくれ、しばし文学的空気を楽しむことができました。病と身体、生活について淡々と描写した作品で、読んでみたくなりました。
 
 斎藤先生は精神分析学、特にラカンの解説者で知られていましたが、最近はオープンダイアローグに相当熱を入れていて、今やその先導者の一人です。
 とにかくタフで優秀な頭脳を持っている人だというのが私の印象でした。理論家であるとともに、あれだけ研究していた精神分析学も「効かない」「治療が下手」としっかり批判して、新興のオープンダイアローグを高く評価するなど、臨床でも優れているのだろうと思いましたね。
 
 オープンダイアローグが何かについてもここでは省きますが、斎藤先生に限らず、今かなりの臨床家、研究者が注目していることが実感されました。心理療法の近未来の方向性がそこにあると、多くの人に予感されているかのようです。
 
 その他にもいろいろな先生にお会いでき、お話もでき、かなり刺激になった2日間でした。

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March 02, 2017

取材を受けた

 ドラマ『嫌われる勇気』と抗議のことを続けて書いていたら、先日あるマスコミから取材依頼がありました。
 
 どうもどこからも断られてアドラー業界の末端にいる私にたどり着いたみたいで、なんか火中の栗を拾うみたいな気もしたけど、記者さんがかわいそうだから受けてあげました。なんてやさしいんだろう、俺。
 
 自分としては、日本アドラー心理学会の見解だけでなく、同じアドラー心理学をやっていても全然違う考えがあることを知っていただくよい機会と思って受けたのもあります。
 
 実際上、日本アドラー心理学会が我々を代表しているわけではないですからね。一緒にするな、と。
 
 一つの見解としては何があってもいいけど、今回は抗議文の発表と番組打ち切り要求という、集団によるパワーの行使、つまり「政治的行動」を取っているので、看過することは良くないと思ったのもあります。
 
 アドラー心理学の世界にだって、いろいろな意見、見方があることが健全であることは間違いないでしょう。
 
 記者さんも、抗議文の内容と実際のドラマが、しっくり来ていない感じで、それほどなのか疑問を感じている様子でした。
 
 採用されるかわかりませんが、どんな記事になるんでしょうね。

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March 01, 2017

共同体感覚、ありました

 先週のドラマ『嫌われる勇気』、日本アドラー心理学会の抗議の焦点となった共同体感覚がテーマでしたね。
 
 同僚たちの生命の危機に対して、必死に駆けずり回る庵堂蘭子を描いて、最後に加藤シゲアキ演じる青山刑事に「庵堂蘭子さんに共同体感覚、ありました」と言わせました。
 これが制作サイドの、「答え」でしょう。
 
 まあ、あんな感じでいいんじゃないかな。
 
 ちょっとベタというかストレートすぎて、面白みに欠けるとは思いましたが、共同体感覚をストーリー化するには、あれくらいが普通の人には最も入りやすい内容かもしれないとは思います。
 
 あれ以上だと、壮大になりすぎたり、妖しくなったりするでしょうし、それ以下というか、アドラー心理学の実践報告によくある子育てや生活のエピソードはご本人たちには意味があるでしょうけど、関係ない人には全然面白くないでしょう。
 
 まさか、真面目なアドレリアンさんたちは、そんな話を求めてないよね。
 
 私としては、抗議をするような人たちに「あんなのアドラーじゃない!」「アドラーの思想とかけ離れている!」と怒り狂わせといて、最後にチラッと共同体感覚の片りんを見せる、ぐらいの内容が良かったですけどね。
 
 普通の人は、またアドレリアン諸氏も、ドラマを見て、ただ楽しいの、つまらないの、わけわかんないの言っていていいと思うのですよ。
 ただ、厳密にアドラー心理学的観点からどうかというのなら、十分に「あり」の内容だったと思います。
 
 庵堂蘭子に共同体感覚はあるか で私が見事に(?)「学術的に」示したように、これは見る側の課題です。
 
 まさに「認知論」「目的論」で、何を観ようとするかというこちらの決断次第で、評価はガラッと変わります。
 
 私は基本好意的なので、庵堂蘭子の共同体感覚がきちんと見えている。
 そうじゃない人は、別の認知があって、例えば所詮はお金儲けだの、協力のあるべき姿はこうでなければ、みたいな世界像や理想像があって批判的に見てしまう。
 
 楽しみながら、自らのアドラー心理学的理解が点検できるという稀有な教材ですね。
 
 今度、「庵堂蘭子ごっこ」を課題の分離のワークとしてやってみようかな。アドラー心理学的には「アズ・イフ・テクニック」ってやつです。

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