November 05, 2009
11月3日の文化の日は晴れの特異日だそうですが、まさに快晴。でも東京はちょっと寒かった。私は忙しくて熱かったけど。
午前中はヒューマン・ギルドで「アドラー心理学ゼミナール」に参加。
アドラー心理学を学び実践している仲間が月代わりで講師となり、発表するというもの。今回は、山梨のアドラー仲間、佐藤丈さん(清里高根小学校教諭)による、「教育に活かすアドラー心理学」
佐藤さんは、毎月のヒューマン・ギルドに欠かさず出席され、活発な議論に参加し、私の出た教育心理学会自主シンポジウムにもわざわざ静岡まで来てくれたりと、今私の知る限り最も熱心なアドレリアンです。
そんな佐藤さんが類い希な素晴らしい実践をなさっていることは、日頃お話しさせていただく中でよくわかっていましたが、今回の講義を聴いて改めてその質の高さに感嘆しました。
授業をするってこんなに楽しいことだったんだ、クラスがつながるとはこういうことをいうのだと分かりやすい話と動画とスライドで、手に取るようにわかりました。
その様子は、岩井俊憲先生のブログで見ることができます。
教育に携わる方は、是非、アドラー心理学のクラス会議(ただの学級会ではないぞ)を学んでほしい。
午後は池袋の公会堂に飛び、私のもう一つのホームである全日本柔拳連盟の演武会、レセプションに参加。
毎年この時期に開かれる演武会ですが、今年は王樹金老師来日50周年記念ということで取り分け盛大に行われていました。
日本に誰が最初に太極拳を伝えたのか?1972年の日中国交回復後か?
いえいえ、それよりもっと前、1959年に台湾・中華民国の推薦で日本に招聘された台湾の人間国宝・王樹金老師が初来日したときだったのです。
これは明確な事実です。
つまり今年は、日本に太極拳などの本格的な中国武術が伝わって50年なのです。
それは当時けっこうなニュースになって、始まって間もないテレビにも出演したり、並みいる挑戦者をいとも簡単に弾き飛ばす王老師のけた外れの強さに、空手や柔道が中心だった日本武道界には衝撃が走ったといわれています。
演武会では、王福来老師はじめ、伝統を守る老師たちの素晴らしい動きを凝視し、頭に焼き付けようとしていました。
そのせいか、今日の自分の形意拳や太極拳の稽古では心なしか少しうまくなったような気が・・・。
そして、その演武会では、推手(太極拳の組み手)の試合があり、私の主宰する教室の生徒が3人出場、全員が一回戦突破、一人はベストエイトまで進み、まずまずの結果でした。
みんないつも熱心に稽古に来てくれた成果が出てよかったね。
というわけで、私の主活動であるアドラー心理学と中国武術の2つの大事なイベントが重なり、まさに「心と体の文化の日」となり、なかなか充実した一日を過ごさせていただきました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 23, 2009
山梨の仲間でやっているアドラー心理学の学習会が先週末にあり、いつもはカウンセリングや勇気づけなどアドラー心理学のキーワードをテーマにしているのですが、今回はちょっと趣向を変えて、宝地図(トレジャー・マップ)作りをしました。
宝地図とは、自己啓発系といっていいと思うのですが、その領域では割りと知られていて、非常に強力な目標実現、願望実現法とされています。
大きな画用紙やコルクボードなどを使って、中央に自分の写真を貼り、その周囲に自分の夢やゴール、達成したいことをイメージできる写真や図像を直感的に貼っていくものです。
ゴールの視覚化と潜在意識に植え付けるのに有効とされていますが、実は20年近く前から密かに私も個人的に愛用している技法でした。
20代半ばの若い頃でしたが、アドラー心理学と同様、これもヒューマン・ギルドで学んだのです。
実はその時は半信半疑だったのですが、その時期に願っていたことが割りと早くかなったり、実現への道が次々と見えてきて、その「威力」に驚いたことがあります。
あの時作った宝地図の内容は、ほとんどかなったと思います。例えば、当時はまだ臨床心理の仕事はしたかったけどできないでいて、自分のいる山梨県の福祉の世界では道も閉ざされていたのですが、その後(運や偶然や自分の努力が重なり)実現したり、とかですね。
やはり夢や希望は、視覚化していつも心に抱いていることが大切なのを、宝地図から学んだような気がします。
今回アドラー心理学の学習会で宝地図をやったのは、宝地図の普及に尽力している望月俊孝氏(この人も山梨出身!)の里帰りセミナーが甲府市で開かれ、アドラー仲間のアドママさんが学びに行ってくれたので、みんなで一緒に作ってみようとなったからです。
雑誌やパンフレット、カタログなどを持ち寄り、はさみでチョキチョキ切り、自分のイメージや直感に従って貼って作っていきます。
そして、出来上がりをお互いに発表し合いましたが、みなさん、家族のこと、仕事のこと、レジャーや趣味のことなど、いろいろな夢を持っているんだなあと感心しました。
みんな、かなうといいね。
私が今回何を願って作ったかは、ヒ・ミ・ツ。
いつかかなったら教えてあげます。
宝地図は一種のコラージュ療法ともいえますが、普通のコラージュは箱庭みたいに内面を自由に表現するものですが、これは自己理想や将来の自分の姿を明確化するのに役立ちます。
手間さえ惜しまなければ、アドラー心理学や解決志向アプローチのカウンセリングや臨床にも使えるものだと思います。
詳しくは望月俊孝氏の宝地図のHP「宝地図公式サイト」
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 06, 2009
先週末に、ある女性から奇妙な電話が職場にありました。
不審に思った上司が私を呼んで、その電話をかけてきた人の名を知っているかどうか聞いてきました。
「いや、知りません」
「昔、○○という勉強会で君に会ったとその方は言うんだが」
「ああ、それなら確かに10年近く前に通っていたところですね。その名前の人はいたような気もしますが、よく覚えていませんね」
そうか、と上司は怪訝そうな顔をします。「どうしたのですか?」と聞くと、
「その人は、『君が万引で捕まって逮捕されたと聞いて、是非、いい人だから懲戒免職とかにしないでほしい』と言うのだよ」
「はあ?」
もちろん、私は万引きもしていませんし、捕まっていませんし、逮捕・拘留もされていません。上司も職場も当然知っています。
「話が変なんで、うちの患者さんかと思って、名前を調べたがどうもそうではなさそうだ」
「誰でしょうね、何なんでしょうね」
私と上司は電話の意味が分からず、しばし、狐につままれた顔をしていました。
やがてある仮説が思い浮かびました。
数ヶ月前に、私と同姓同名、字もまったく同じ人がしかもなんと山梨県内で、連続窃盗犯として捕まったというニュースがあったのです。
それをテレビのローカルニュースで聞いたとき私も周囲もビックリしましたが、もしかしてそれが噂になって、その人に伝わったのかもしれません。
「深沢逮捕!」のニュースが人づてに伝わり、尾ひれがついたりして、
「あの人知ってる?捕まったんだってさ。いい人だったのにどうしたのでしょうねえ。きっとお金に困っていたのかしら。でも、辞めさせられたらかわいそうよねえ」
「いや、でもあいつじゃやりかねないよ」
とか何とか言っているうちに、私の「窮状」を察してくれた人が思いあまって職場に嘆願の電話をしたのかもしれません。
きっとそうだ、それしか考えられない。
というわけで、捕まったのは私でなく、同じ名前の別の人です。
心配してくれたのはありがたいのですが、私は無事です。
もちろん私は罪深い人間ですが、「まだ」捕まっていないので大丈夫ですよ。
安心してね。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
October 05, 2009
アドラー心理学に関する学会自主シンポのレポートについては以上ですが、今回この企画を打ったことで、思わぬ出会いがありました。
我々以外にアドラー心理学を研究している人たちがいて今回登場していたのです。
何たる偶然、いやシンクロニシティーか?
今回の心理臨床学会のポスターセッション(壁新聞のようにボードに研究結果をまとめた紙を貼って、来場者に見てもらい、ディスカッションしたり情報交換するもの)で、勇気づけについての研究を発表している方がいたのです。
浅井健史先生(立教大学)、箕口雅博先生(立教大学)のお二方。
自主シンポの会場に聞きに来てくれ、終了後に挨拶して下さいました。
何でも箕口先生はコミュニティ心理学の大家らしいですね。やはりシンポに来てくれた知人が先生の講座を受けたことがあるらしく、教えてくれました。
そんな方がアドラー心理学に興味を持っていたとは。
でも確かにアドラー心理学の視点は、明らかにコミュニティー心理学に通じるものがあります。しっかりと注目してくれていたのはさすがだと思いました。
先生たちが今回発表したのは
「「勇気づけ」が生じるプロセスの研究-生活場面における「勇気づけられた経験」の回想から」
勇気づけとは実際どのような体験のことをいうのか、どのようなコミュニケーションのことであるのか、質的研究法(ここではKJ法を使用していました)で明らかにしようとしていました。
研究の目的や意義として、いただいた資料には、
①アドラー心理学における勇気づけ概念の精緻化と実践の質的向上につながる。
②メンタルヘルス専門家が勇気づけという事象を深く理解することで、関わりのバリエーション拡大したり、有効性を高めるための基礎資料となる。
③教育・育児をはじめ、さまざまな場面におけるコミュニティ成員間の相互援助を促進したり、効果的な心理教育を行うための基礎資料となる。
とあり、その結果は「1勇気づけのもたらす関わりの態様。2勇気づけのプロセスに関するモデルの生成」にまとめられていまいた。
とても理解しやすく、これから私が勇気づけについて考えたり、説明するときに是非参考にしたいと思います。
今回の自主シンポジウムで学んだことは、やはり何か動いてみて、やってみれば、意外な広がりが生じるものだ、ということです。
細々やってきた私たち自身も勇気づけられました。
浅井、箕口両先生、ありがとうございました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 03, 2009
3人目は私の番で、「児童福祉臨床におけるアドラー心理学の活用」で、内容は前日の教育心理学会とほぼ同じでしたが、アドラー心理学の概論の部分はなくて、もっぱら子どもの臨床に技法面から語ることにしました。
アドラー自身も子どもの教育、臨床に関心が深く、その後継者たちも同様の志向性を持っている人が多かったので、アドラー心理学100年の歴史の中で、子どもや家族へのアプローチには大変洗練されたものがあります。
その一部として、ライフスタイルアセスメントや「不適切な行動の4つの目的」などを簡単に紹介させていただきました。
会場には児童相談所にお勤めの児童心理司さんもいらして、終了後関心を持ってくれて挨拶を交わすこともできました。
そして、最後に八巻秀先生(駒澤大学/やまき心理臨床オフィス)。
テーマは「臨床思想としてのアドラー心理学」
この先生も私の兼ねてから尊敬する「臨床の達人」の一人でありました。システム論、家族療法、ブリーフセラピーがご専門で、実は私が初めて催眠を学んだのは、何年も前のこの先生の講習会ででした(催眠医学心理学会にて)。だから私にとっては「催眠の師」になります。
八巻先生のことを私は長年ブリーフや催眠の大家だとばかり思っていて、とてもお近づきになれる立場ではないと感じていました。しかし、実はアドラー心理学にお若い頃から深い関心をお持ちだったことをつい昨年知ったのです。
そして今回のご登場。
まさかアドラーでご一緒するとは、人間の縁というものは、わからないものです。
始まると、先生は持ち前の熱く面白いトークが炸裂で、聴衆をぐいぐいと引きつけ、爆笑の連続、そして深く納得させてくれるお話でした。まさに前日の赤坂真二先生なみの面白さです。
先生ご自身は「アドラー派」ではないけど
「自分はアドラー心理学ストーカーです」
と笑顔で話され、大学生の頃野田俊作氏が当時紹介していたアドラー心理学に触れて衝撃を受け、ヒューマン・ギルドの基礎講座も受講されたそうです。
その後自らの臨床の道に邁進されながらも、つい何かの時には気がつくとアドラー心理学に還ってくる思いがするとおっしゃっていました。
その内容は、ここで書くのはちょっともったいない、というか、がさつな私の要約では味わいがないし、うまく伝わらない。
是非、いつか先生にはこれを種に、一文をものにして世に問うてほしい、と思いました。
ごく簡単に私の理解でいうと、我々臨床家が最も大切にすべきなのはアドラー心理学の持っている臨床思想、つまり、カウンセリングやセラピーの究極目標は「共同体感覚の育成」であり、他者への関心と貢献への決心を育てることだという考えです。
ここ数十年の心理臨床学の技法面の進歩は確かにめざましいものがある、しかるに思想面はどうだろうか、そこに疑問を持たれた先生は、今こそ「臨床思想としてのアドラー心理学の再検討が必要では?」と主張されていました。
全く同感で、百家争鳴の心理臨床の世界で、アドラー心理学が全ての臨床家に貢献できるところは、まさにそこにあると思います。
八巻先生のその具体的な活用の仕方としては、
・「目的論」の採用
・「対人関係論」の重視
・「共同体感覚の意識化」
・「アドラーならどう考える?」という問いをすること
を挙げておられ、実践されてきたそうですが、これこそ私たちが日ごろ心がけなくてはならないことばかりです。
ストーカーどころか、アドレリアンそのものです。
私もそうだけど、臨床家はいくつかの顔を持ちます。
エリクソニアンでアドレリアン、ブリーフセラピストでアドレリアン、そんな人は意外に多いかもしれません。
実際これまでにも「○○やってて、実はアドラーも好き」という人には何人かお会いしてきました。
もしかして「フロイディアンでアドラー好き」もいるかもしれない。ただ仲の悪かったご先祖同士だったので、まさか今さらアドラーを名乗るわけにもいかず(特に恩師やスーパーヴァザーとかの手前)、理論や技法面でほぼ同型のブリーフ・セラピーやナラティブ・セラピーを取り入れた人もいるかもしれません。
それでいいと思います。
とにかく、また楽しい仲間で、強力な応援団を得た思いがいたしました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 30, 2009
熱く燃えた静岡大学の後は山梨にとんぼ返りして、荷物を入れ替えて上京、翌日9月21日は東京は有楽町の東京国際フォーラムへ。
心理臨床学会の自主シンポジウムに出るためです。
日本最大の会員数を誇り、あの河合隼雄や成瀬悟策ら綺羅星のような著名臨床心理学者たちを擁し、80年代後半から臨床心理士を作り出して日本中に売り出した(ばらまいた?)巨大団体。
ある意味ここが私のホームのはずですが、なぜかいつもアウェイ感を感じる学会でありました。
だっていつも独りぼっちなんだもん。
しかし今は違います。
確かに少数なれど志を同じくする仲間がいることがわかり、寂しくなんかない!
そんな実感のできたアドラー自主シンポジウム、今年のテーマは「心理臨床に活かすアドラー心理学-アドラー自主シンポ②」
去年の筑波でのシンポでは時間と場所にも恵まれず、アドラーをやるのは初めてのこともあって参加者数には苦戦しました。なんと4人!
そのためにシンポの先生たちとは
「誰も来なかったら、丸くなって雑談でもしていようか」と軽く話していました。
私から前日の教育心理学会は大成功だったことを報告すると、
「やっぱりアドラーは教育系に強いなあ」
という感想というか嘆きも漏れてきます。
しかし、いざ時間になってくると、少しずつ人が入ってきて、始まる頃には狭い会場が満杯に近くなってしまいました。
結局20人余りが入ったと思われます。去年のことがあったので、小さめの会場を申請したのでしたが、杞憂でした。もっと広くてもよかったか!?
そして始まりました。
トップバッターは、北海道札幌からの参加、青沼眞弓先生(デイケアクリニックほっとステーション)による早期回想を使った心理療法の説明。
アドラー心理学のアセスメントにおける代表的な技法である早期回想の解釈の実際を示してくれました。
治療の期間、例えば最初と終結頃など、時をおいて再度同じ人から早期回想を取ると、その人の心理的変化に対応して回想の内容、ニュアンスががらっと変わっているのはやはりとても興味深かったです。
人間の記憶と認知の不思議に感じ入ります。
記憶、とりわけ早期回想と呼ばれる過去のエピソード記憶は、「過去の事実」ではなくて「今の解釈」の投影なのだということがわかります。
その持ち前の積極性とスライドの内容から、青沼先生は当日の打ち合わせでいきなりトップバッターに決まって、しかも「予想」と違って満員の中での発表で内心大変だったと思いますけど、お疲れさまでした。
おかげさまで良い流れが作れたと思います。
その後には、本シンポジウムの企画・司会という大役を務めて下さった鈴木義也先生(東洋学園大学)。
いつも柔らかく優しい雰囲気の先生は、実は私は、内なる志に熱いものを秘めている方のようにお見受けしておりました。何年か前のワークショップで一緒にランチをさせていただいたときに、アドラー心理学の現状と課題について話し合ったことがありました。その際、
「いつか心理臨床学会で、自主シンポをやってみよう」とおっしゃって、(その手があったか!)と驚いた私は即、協力と参加を申し出たのでした。
その鈴木先生も自らの臨床実践の報告で、「早期回想の使い心地のよさ」がテーマ。
精神科臨床の面接の中のあらゆる場面で、さりげなく早期回想をクライエントから聞き、そこから深く展開させていく手腕に唸りました。
ドロップアウトしそうなクライエントに対したときや、面接の中で行き詰まったときなどに、ちょっと軽く寄り道するかのようにこんな風に早期回想を使えるとは。
ブリーフセラピーのミラクル・クエスチョンなどが代表的だけど、それまでの面接の流れを断つような技法を使うタイミングってけっこう勘というか経験が要るような気がして、つい構えてしまう人が多いようだけど、先生はほんとうに自然な感じで使えているんだな、と感心しました。
それに比べるとまだまだ私は力業に頼るところがあるな。
鈴木先生らしい力の抜けた、程良い心地よさを思わず感じる報告でした。
具体的にどんな風にしたかは、いつかマスターしたらお伝えできるかもしれません。
しばし、お待ちあれ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 28, 2009
その内実はともかく長いことアドラー派を気取ってきた私ですが、ただ一つよくわからないこと、実感できないことがありました。
それは、クラス会議です。
アドラー心理学に基づいたクラス会議の有効性は、多くの仲間や本から知っていましたが、個人や家族のある意味チマチマしたカウンセリングばかりしてきて、よくても数人のグループを扱ったくらいしかない自分には、3,40人も子どもたちがいる学級を仕切ることがどういうことなのか、まるで想像できませんでした。
いや、私だけでなく実際多くの親御さんや学校外部の人たちは、あれだけたくさんの子どもたちを扱うことがどれだけ大変なことか想像できていないで、勝手なことばかり言っていると思います。
内田樹さんじゃないけど、「先生はえらい」のです。
そんな無知な私に強烈な一発を放ってくれたのが、今回の自主シンポ、3人目に登場の赤坂真二先生(上越教育大学)でした。
テーマは「勇気づけの学級づくり」。
元々小学校の教員だったそうですが、アドラー心理学のクラス会議に関心を持って、(会沢先生が訳された本「クラス会議で子どもが変わる」がきっかけだったらしい)独自に研究し、実践を繰り返し、大成功、新潟の崩壊学級をいくつも再生させて、アドラーのクラス会議の実践者として名を馳せたようです。
山梨のアドラー仲間の小学校教諭でやはりクラス会議を実践しているS先生から、
「あの先生はすごい、感動ものだよ」と聞いていたのでお会いできる日を心待ちにしていました。
ほんとにすごかった。
始まるなり、満員の聴衆の気持ちを引きつけ、爆笑の連続。
大体学会の参加者は、半分は好奇心だけ、いや欠点探しのような意識で来る人が多いのに、そのような人たちをを引きつける力量はすごいと思います。
こんな先生なら、子どもたちは心の底から勇気づけられるでしょう。
今の子どもたちは、「集団成立の危機」の時代にいる、と先生は言います。個別の支援の必要な子供が増加し、未熟な社会性と精神的な弱さ、自己判断が苦手、圧倒的な自信のなさ、といった特徴があり、クラスは容易に崩壊してしまう。
そんな子どもたちに、いきなりみんなで話し合い、問題解決を目指すクラス会議は無理と赤坂先生は考え、さまざまなその下ごしらえ、基礎づくりを施していきます。その過程、「会話量を増やす」「尊敬の授業」、ふわふわ言葉やチクチク言葉といった「ことばの力」の授業など、魅力的で楽しい授業風景が浮かび上がるような説明と描写でした。
私も「なるほど、共同体感覚を育てるクラス会議とはこういうものか」とそれまで曖昧だったものがくっきりとイメージされるようになりました。
私がクラス会議について無知だったのは、子ども時代にそのようなクラス会議を体験してこなかったので、想像できなかったためなのだと思い至りました。
人は体験できないものは想像しにくい、その未だ現れていないクラス共同体をこの世に現出させた赤坂先生の努力に敬服しました。
赤坂先生は年は私と同じくらいですが、おっさん化した私と違って実に若々しく、エネルギッシュです。
新しい世代のアドレリアンの誕生を眼にしました。
ブログもしていますよ。元気と勇気は誰でも出せる-shinjの日記
その後シンポジウムは栗原慎二先生(広島大学)の指定討論の下、質疑に入りました。興味深いやり取りがそこでもあったのですが、この学会シリーズの最後にでもまとめて取り上げたいと思っています。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 27, 2009
私の後に登壇したのは、原田綾子先生(Hearty Smile)による「親支援とアドラー心理学の有効性」。
私の学ぶヒューマン・ギルドでの「ご学友」でもあり、最近売り出し中の親支援リーダー、講師でもあります。
元々小学校教師だったそうで、勇気をくじかれたお母さんたちへの支援の必要性を感じて退職、アドラー心理学に基づいたペアレント・トレーニングSMILEの講座を中心に活発な活動を展開しています。
ステキなブログもしていて、今回の報告もしてくれています(私の写真もあるよ)。
しかも今回は何と8ヶ月の身重の身、
「緊張しているので2人でここに来ました。もう一人はここにいます」
と大きなお腹を指してました。
心配してたけど、よく来てくれました。
「問題行動を起こす子どもとは、勇気をくじかれた子どもであり、その背後には勇気をくじかれた親がいる」
そのことに気づいた原田先生は親支援の重要性に目覚め、仕事を辞め、「母親こそ勇気づけ!」と「母親に子どもの『よさ』を伝える」「母親の話から『目的』を探る」「母親に寄り添う=味方になる(共同体感覚)」など、アドラー心理学に基づいた、具体的で明るく、勇気づけに満ちた関わりをしていきます。
具体的なエピソードと写真を交えて話してくれ、その場のイメージがわいてきました。
私は原田先生の明るさや「花」を知っているので、余計に楽しい雰囲気が伝わってきました。
アドラー心理学の特徴として、いわゆるアカデミズムになかなか知られない代わりに、お母さんを中心にした民間の自主・自助グループや教師たちの学習会などが熱心に活動して支えてきたというユニークな歴史があります。
心理学者や臨床心理士のような専門家だけでなく、一般の人たちに大きく開かれた「知の共同体」を形成してきたことが最大の強みだと思います。
今後はそういう地道な地域の活動と、会沢先生や後に述べる心理臨床学会の諸先生方のような専門家との活動をつなげていくことが課題になると思われます。
とても意義深い発表だったと思います。
そして、最後にすごい人が登場しました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 26, 2009
9月21日午前9時30分より、静岡大学にて、教育心理学会総会2日目、待望の自主シンポジウム「アドラー心理学による子ども・家庭支援」が開かれました。
去年の心理臨床学会でやった自主シンポの流れを受けて、会沢信彦先生(文教大学)より、「今年は教育心理学会でもやろう」とご提案があり、実現となったものです。
どうせアドラー心理学なんて誰も知らないし、関心を持たないだろうからと
「目標は10人参加ね」
と会沢先生と言い合っていたのに、蓋を開けてみると、時間が迫るにつれぞろぞろと人が教室に入ってきて、どんどん席は埋まっていくではないですか。
用意していた資料はなくなりコピーに院生に行ってもらわねばならず、最終的には60人を越えたようです。
ビックリです。
一体どうしたことでしょう。
そんな戸惑いの中(?)、シンポジウムは始まりました。
まず会沢先生の趣旨説明の後、私がトップバッターでテーマは「児童福祉臨床とアドラー心理学」。
会場はおそらく初めてアドラー心理学を知る方も多いと思われたので、前半は参加者のためにアドラー心理学の概要の説明の役割を果たし、後半は長年経験した児童相談所での活用の実際を、心理診断とライフスタイル診断を絡めての報告をしました。
限られた時間の中で言いたいことはいっぱいあるので、思わずいつもながらの早口になってしまいました。
話の中でも触れましたが、アドラーは第1次世界大戦後のウィーンで、世界初の児童相談機関を立ち上げ、最盛期には30カ所にもなったといいます。
アドラーや彼の仲間が学校に出向き、子どもや親、教師にカウンセリングを行っていたのです。
ですからアドラーこそ、児童福祉臨床、教育相談の真の先駆者であったことを心理学史は明記すべきなのです(でも教科書には書いてない)。
さて、一気にしゃべりまくった私の後は・・・次回に。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 24, 2009
帰ってきました。
世間は5連休ですが、その真ん中の3日間、私は東海、東京とかけずり回っていました。
疲れた。でも充実感はいっぱいです。
9月20,21日は日本教育心理学会で静岡大学、22日は日本心理臨床学会で東京国際フォーラムにいました。
両方ともアドラー心理学に関する自主シンポジウム。
いやあ、すごかった。楽しかった。
両方とも大成功!
その詳しいレポートは次回以降にね。
初日の20日は甲府から車で静岡へ。
丘の上の静岡大学に着くなりお目当ての講演会に飛び込みました。
教育心理学の勉強ではなく、歴史のお勉強。
特別講演ということで、静岡大学教授の歴史学者小和田哲男先生による「戦国の論理と武将の心理」
NHKの歴史番組などでいつも解説役をしたり、大河ドラマの時代考証を担当している小和田先生の話が聞けるなんてめったにないチャンスとワクワクして乗り込んでいったのでした。
「力の論理だけでは勝ち抜けない戦国乱世」「ナンバー2の重要性(例:豊臣秀長、直江兼続)」「家臣のやる気を起こさせる大将の工夫」など、有名な戦国武将の話が次々と出てきて、面白い話が満載でした。
それにしても、誰もが興味を持つ戦国時代について、誠実にわかりやすく話す小和田先生の人柄はすばらしいと思いました。
さて、次回はその学会レポートをします。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 16, 2009
臨床心理士の職能団体、日本臨床心理士会はこの春に社団法人となったとかで、関係者は念願の国家資格化へ一歩前進と喜んでいるようです。
そうかもしれないけど、でも、よくわからないけどそうなのかなあ。
故・河合隼雄氏らの尽力もあって、一般の人は臨床心理士が国家資格だと思っている人も多く、昨今は臨床心理士が増え続け、職域を増やしている中で、法人化でさらにそんなイメージが強化され、既得権益が確立したともいえるわけで、巨大な民間資格団体が公的顔(公的資格という人もいますが)を持っただけに終わる可能性もあります。
いや、むしろ「偉い人」にとっては、下手に国家資格になったら「損」になってしまうかもしれない。
加えて、数年前に日本臨床心理士資格認定協会に抜擢されたのが、あのヤクザのような森喜朗元首相(結局森さんはこの問題について何か仕事をしたのか?)。
小泉内閣の時に文化庁長官になって(させられて)激務に憤死したかのようなのが河合隼雄氏で、けっこう自民党政権と臨床心理士は関係は深かったようです。
ついでに思い出した。
2年前の東京での心理臨床学会であの茂木健一郎氏が講演に来て、早速生で見れると聞きに行ったのですが、河合氏と親しかった茂木氏が、冒頭、
「河合さんは心理の国家資格を作ってやると言われて騙されたんでしょ?」
と無邪気に言って、会場の空気を一瞬凍らせたのでした。
さてさて民主党政権になって、さらに国家資格が遠のいたのでしょうか。
この問題に関する民主党の姿勢がまだよくわかりません。
厚生労働省大臣は長妻昭氏だそうで、年金だけでなく、これにも関心を寄せてくれるのか。
精神病院に勤務するようになって、ほんと、この医療の世界では心理職だけが資格のない状態というのは不健全だと実感しております。
児童相談所にいたときは別にいらなかったし、以前国家資格論議に参加したときと同じく、今でも「心の専門家」に必ずしも国の免許はいらないと思っているけど、「病院での心の治療家」だけは早く資格化してほしいと願っています。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 13, 2009
ここのところ帰りが遅くて、デイケアで日中は始終体を動かしているため、疲れ切ってほとんど更新できずにいます。
軽く日記を。
7月12日(日)、日本学校教育相談学会の山梨支部の勉強会に呼ばれて、3時間ほどお話しさせていただきました。
アドラー仲間の先生が同学会員で僕を指名してくれたんですね。
テーマは「子どものSOSにどう対応するか?」
講義は、児童虐待についての基本的なところを導入に、児相や学校、関係機関との連携のコツ、家族療法やブリーフセラピーの考え方とアドラー心理学の紹介を駆け足で行い、後半は参加者の先生から事例を出していただき、検討会をしました。
事例検討会では、児童虐待のアセスメント法で、私が好んで使うジェノグラム(家系図)とサインズ・オブ・セイフティー・アプローチによる事例の捉え方を披露しました。
学会の性質上、参加者はほとんどが教育畑、小中学校の先生やスクール・カウンセラー、スクール・ソーシャルワーカーで、臨床畑の私とは隣接領域、何かと連携し合う間柄でもあり、同じように現場で汗にまみれているので、共通理解に達しやすいと感じました。
検討したい事例をいくつも出していただいたのですが、時間が足りなくなってしまい、学校の先生たちは本当に困っていることがたくさんあることを改めて実感。
実は前月の同会の学習会には、児童虐待・トラウマ研究で日本の第一人者である西沢哲先生(山梨県立大学)をお呼びして最新の情報を学んだそうで、その後を受けての実践編みたいなことを期待されていたみたいです。
だから正直、
「あのトラウマ学の権威・西沢先生の後は厳しいな。こっちは研究者じゃないし、知識も経験も及びもつかないし・・・」
とちょっとつらい気分もあったのですが、持ち前の楽天性と、困ったら得意のアドラーでぶちかませばいいかと乗り込んでいったのでした。
ちなみに同学会山梨支部長さんは、日本の心理療法、催眠療法の草分けの一人である甲斐志朗先生(甲斐教育心理研究所)で、もう80才を越えておられると思うのですが、話を聞きに来て下さいました。
とても明るい人で、まだまだかくしゃくとされており、講義の後勇気づけについての質問もいただき、同じ地域に住んでいてもなかなかお会いする機会がなかった大先生にお目通りがかなって光栄でありました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
June 10, 2009
前出の「日米『振り込め詐欺』大恐慌」は、これからの日本と世界の流れを読むには実に興味深い本なのでお薦めなのですが、では「日本の」振り込め詐欺は実際どうなっているのでしょうか。
今日本中に振り込め詐欺が蔓延していて、被害者が続出しているといいます。
会ったことないけど、そんなにニュースでいうならいるのでしょう。
犯人もまったく捕まらないけど、きっと世界一優秀な警察は犯人の目星をつけているのでしょう。
なんて思っていたら、副島隆彦氏はそれにもノンをいいます。
振り込め詐欺と言うと、善良な高齢者を騙して、高額の金を銀行に振り込ませるという詐欺の横行のことだ。それは嘘だ。警察が勝手に作った権力詐欺だ。1年間に全国で50件もないようなチンピラたちの寸借詐欺をまるで大事件のように煽って金融統制に向かおうとする警察キャンペーン詐欺だ。一体、誰が「オレだよ、オレ。おばあちゃん。お金を振り込んでくれよ」というような幼稚な手口の「オレオレ詐欺」なんかに引っかかるというのか。日米の金融庁、財務省(官僚たち)こそは振り込め詐欺犯人だ。すべてアメリカに貢いで、日本国民の大切なお金を、振り込んでしまっているのだ。もう700兆円も振り込んでいる。アメリカ政府こそは、「ねずみ講」だ。振り込め詐欺の親玉である。こうして日本から奪い取った資金(700兆円)を、アメリカはもう1ドル(1円)も返さないだろう。
確かにほんの一部の被害を元に日本中の銀行で、急に誰もがお金を出し入れするのに極端に金額を制限されるようになったのは、おかしなことでした。
いつもは冷たい銀行や官僚がこのときばかりは、「やけに優しい」のは気持ち悪いと感じてしまいますね。
誰もおかしいと思わなかったのだろうか?
もしかしたら副島氏のいう通りかもしれない。
ただ、被害者がいないかというと、私の周囲のクライエント、患者さんたちを見ていると正直「危ないな」と思わざるを得ないところもあります。
情報の理解力、統合力のない人たちは断片的なことから、勝手に「事実だ」と思い込んで信じてしまうかもしれません。
コミュニケーションの文脈が読めない人は、電話口で言われたことを字義通り本当だと思ってしまうかもしれません。
聴覚的認知に問題のある人は、電話の声をよく吟味もせずに家族の声だと受け取ってしまうかもしれません。
どういう障害かは言いませんが、そういう人たちは、確かに被害に遭いやすいとはいえそうです。
普通の「健全な」人には信じられないほどの情報弱者というのはいるのです。
そういう人は守らなければいけませんが、別に今のやり方が効果的なわけではないでしょう。
変な「事件」ではあります。
こんな考えが本やネットの方々から出てくると、いずれチンピラか誰かが数人、適当に犯人として捕まるかもしれませんね。見物です。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
June 02, 2009
5月30,31日、ヒューマン・ギルドでの「ナラティブ・セラピー入門」に参加。
最近の心理臨床界のキーワードはエビデンス(科学的根拠)とナラティブ(物語性)、両者を知らないと時代に乗り遅れてしまう、という雰囲気があります。特に、エビデンス・ベースドはモダン科学主義なのに対して、ナラティブ・セラピーは、ポストモダン思想、とりわけ社会構成主義に基づいているだけに、私には興味がありました。
しかし、いわゆるブリーフ・セラピー、ソリューション・フォーカスト・アプローチは技法重視で学びやすいのに対して、ナラティブ・セラピーは物語とか協同性とか魅力的な概念、考え方が目立つものの、本を読んで分かった気になっても、さて、実際どうすればいいのかとイメージしにくいところがありました。
だから今回はナラティブ・セラピーを実践している方から学ぶチャンスとなりました。
講師は、生田倫子先生(慶應義塾大学)。
若手ではありますが、既に家族療法、ブリーフセラピーで数多くの論文、著書を出しており家族療法の総合サイト、家族心理COMも主宰されている心理臨床界では有名人であります。
しかも美人。
これは行かねば。
ナラティブ・セラピー、社会構成主義のあれやこれやをここで短く論じることはできませんが、本ブログでも関心を持った本などを紹介してきました。「妖怪セラピー」、冬休みの課題
ナラティブ・セラピーの成り立ち
・ナラティブ・セラピー(Narrative Therapy)の「ナラティブ」とは物語という意味。
・よって物語療法とも呼ばれる。
・家族療法を起源とし、オーストラリアのホワイトとエプストンによって提唱された。
ナラティブ・セラピーの狙い
・ナラティブ・セラピーでは、「問題」をシステムの構成員によって社会的に構成された現実、つまり「物語」であると捉える。
・それを新しく生産的な「物語」に転嫁すること、これがナラティブ・セラピーの狙いである。(当日資料)
生田先生はとても切れ者で、博学、哲学の認識論から家族療法・ナラティブ・セラピーの理論へと進み、さらに綺羅星の如く輝く家族療法家たちの歴史へと説明を組み立てていく姿は、まさに一流の研究者の風情で圧巻でした。
頭がいい人っていいな。
ベイトソンの認識論など、私が若き日にはまった思想家の話など実に面白くてもっと聞きたかった(知らない参加者にはきっと訳の分からない話だったでしょうけど)。
しかし臨床家としても一流なのは、事例や技法を紹介、実習するときの動き方でうかがえました。
特に先生が臨床現場としてきたのは養護施設や荒れた学校のスクールカウンセラーだったそうで、私のフィールドとほとんど重なるので、話が通じやすかったです。
今回技法として学んだのは、ナラティブ・セラピーの表看板、外在化。
問題をトラウマとか性格とか衝動性とか攻撃性とかといった「心の中のあるもの」として扱うのではなく、それにユニークな名前をつけ、キャラクター化して「外側にあるものとして」取り出し、それとどう付き合うかを考えてみるものです。
読んだだけではわかりにくいでしょうが、実習してみると実に簡単で効果的で面白い!
私は自分のある問題をイメージしたら、ずんぐりむっくりした大きな狸が丸くなって寝ている姿が出てきて、それに「ズンくん」と名付けて、ズンくんとどう付き合うかをカウンセラー役の方と話し合いました。
それがすごく楽しくて、良かった。
コツはつかんだから、今度やってみよう。
以前から感じていましたが、ナラティブ・セラピーはアドラー心理学の考え方とほとんどピッタリ重なるもので、両立可能なだけでなく、さらにお互いをパワーアップさせる可能性があると今回確信しました。
今後も学んでいきたいと思います。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 30, 2009
発達障害の援助で効果的なRDIの考え方で、私がなるほどな、と思ったのは、人間の知能・知性のモードは2つあるとしたことです。
スタティック・インテリジェンスとダイナミック・インテリジェンスです。
スタティック・インテリジェンスとは、固定的な知識や行動パターンの蓄積や、それらをコピーのように再現・反復する能力のことで、より具体的には、知識や概念操作、ルール、特定の課題に対する特定のスキル、マニュアル的行動などを意味します。
教科学習や知能テストのような課題には有効で、変化のない状況での問題解決には役立ちます。
ダイナミック・インテリジェンスとは、、絶えず変化する複数の情報、同時に生起する情報を処理する能力で、複雑な現実の生活や対人関係の中で問題解決し、学習するのに必要な能力のことです。
ものごとを多面的、多方向から見る能力であり、獲得したスキルや知識を実際の状況に柔軟に応用することには不可欠な力といえます。
また経験の共有や共同作業につながる能力でもあります。
どちらも人間には大切ですが、とりわけ、今の複雑・高度化した社会ではダイナミックに複雑な刺激、情報を処理することが求められているので、ダイナミック・インテリジェンスの不調、欠陥は大きなハンデとなります。
特に自閉症、アスペルガー障害の人は、このダイナミック・インテリジェンスの発達が何らかの生来的な脆弱さのために阻害され、やむを得ず、生きるための適応戦略としてスタティック・インテリジェンスの使用に頼ってしまう、偏ってしまう状態と容易に想像がつきます。
彼ら特有の極端な収集癖やこだわり、関心のあるものの名前を覚え続けたり、決まり切ったパターン的な順序や生活にこだわる、驚異的な記憶力は、その現れでしょう。
しかし、SST(社会生活技能訓練)などで、トレーニング場面でのパターン的な挨拶や断り方などやり方を覚えても、いざとなった日常生活では、全然うまく使えない、応用が利かない、つまり般化しないという話はよく聞きます。
スタティック・インテリジェンスしか使えていないからです。
スタティック・インテリジェンスをいくら伸ばしても、ダイナミック・インテリジェンスを伸ばすことはできないとRDIは考えているようです。
よく発達障害教育・臨床でいわれる「本人の得意なところ、良いところを伸ばしましょう」は、短期的な目標達成には良いけれども、本質的な解決にはなり得ないのです。
むしろ、自閉児の強さ(知識・パターン・スキルの蓄積)を強調し、それを伸ばそうとすることは、彼らの発達・能力の偏りを強化、増やしてしまうと考えられます。
難しいところですが、たくさんの発達障害児に会ってきた身にとっては、とても納得のいく話でした。
そして、アドラー心理学でいう共同体感覚は、このダイナミック・インテリジェンスの働きが関わっているのではないかと思いました。
高度な協力の姿勢、状況判断が求められるからです。
発達障害児とは、共同体感覚の発達において、ハンデを背負っている人たちといえるかもしれません。
では、ダイナミック・インテリジェンスを伸ばすにはどうしたらよいか、これがRDIの眼目ですが、私にもまだ十分に学べていません。ヒントは得ましたが、これから、さらに学びを進めていきたいと思っています。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
May 25, 2009
「早稲田古本村通信」206号というメールマガジンで、南陀楼綾繁(なんだろうあやしげ)さんという、面白いペンネームで出版・古本業界で活躍しているライターさんが、大学時代の私とのちょっとしたエピソードを書いてくれていました。
旧友で歌人の大橋弘君(歌人の友)が教えてくれて、驚いて読むと確かに私のようでした。
懐かしくて、思わず南陀楼氏に確認とご挨拶のメールをしたところ、23年ぶりの再会をネットで果たすことができました。
無類の本好きの南陀楼さんは、80年代半ば早稲田大学に入ったとき、幻想文学やオカルティズム・神秘学系統の思想にのめり込んでいたそうです。
今は評論家で活躍中の浅羽通明氏が関わっていた「早稲田大学幻想文学会」と主宰していた「乱調社」に入り、その後、さらにもっと妖しい「早稲田大学神秘学研究会」に顔を出しました。
そこで、サークルの幹部だった私に出会ったのです。
だから、雑誌『幻想文学』を発行していた幻想文学会を訪ねたのは、自然の流れだったろう。そのあとに訪ねたのが、神秘学研究会なる、さらに怪しいサークルだった。南門通りの〈プランタン〉の2階で、Fさんという先輩と待ち合わせ、説明を聞いた。シュタイナーやらカスタネダやらの名前をたっぷり吹き込まれ、オモシロそうだと思ったようだ。その数日後には、早稲田通りからちょっと入ったところの一軒家で行なわれた例会にも顔を出してい
る。たしかFさんと誰かが共同で住んでいるという家で、やっぱりいろんな名前を吹き込まれた。
Fというのが私です。
当時サークルの部室を兼ねて、私と友人で西早稲田に一軒家を借りて住んでいました。そこに夜な夜な神秘思想やSF、古神道、ニューエイジ、現代思想などに関心のある面々が集まっていたのです。
いろんな人たちがいましたよ。
当時から私は、幻想文学や魔術のような「文学系」というより専ら「身体実践系」で、瞑想やら気功やらサイコセラピーやらに関心を持っていたので、変な話を熱心に南陀楼氏に吹き込んでしまったのだろうなと、今思うと赤面であります。
でも別に、宗教の勧誘みたいではなかったと思うよ(多分)。
南陀楼さんは、現在古本市など、本好きのためのイベントの開催など興味深い活動をいろいろとしているようです。
ナンダロウアヤシゲな日々
朝8時起き。昨夜配信された「早稲田古本村通信」の連載で、大学時代に「神秘学研究会」に顔を出した話を書いたら、ご本人のFさんからメールが。23年ぶりだ。いまやっている仕事を教えてもらい、なんだか納得した。昔のことを書いていると、こういう再会もあるんだなあ。(4月24日の日記)
その後南陀楼さんとの縁は続かなかったのですが、自分と少しでも縁のあった人が自分に関することを著してくれたのを見て、突然タイムスリップしたような不思議な感覚になりました。
こういう再会もあるんですね。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 24, 2009
自閉症、発達障害への理解、支援方法は年々進歩して、特別支援教育を中心に広まっています。もう専門家では「母親の育て方が原因だ」などという人はいないだろうし、単純な受容や、好きなように子どもに遊ばせるだけのプレイセラピーでは絶対良くならないことも周知のこととなりつつあると思われます。
これからは応用行動分析学(ABA)の詳細で丁寧なアプローチを取れることが、専門の教員、カウンセラーには求められるでしょう。
逆にいえば、それを使いこなせなければ、「役立たず」と本人や家族に指弾されることになりかねません。
アメリカではABAが一大産業というと大げさかもしれませんが、他のアプローチではなく、ABAには州がお金を出すなどの権限を獲得し、大きな勢力となっていると聞きます。
しかし、そのABAにしても「自閉症を治す」ことはできない。
せいぜい「少しでも暮らしやすくする」「障害と共に生きる」「アスペルガーとして生きる」といった考え方でいかざるを得ないでしょう。
「自閉症の文化に私たちが近づく」といった言い方をした高名な先生もいました。
発達障害という特異な認知の世界に生きる人を理解するには、それも大切な姿勢でした。
しかし、RDIは違うようです。
生きにくい発達障害者が生きやすくなるのではなく、つまり「良い発達障害」をモデルにするのではなく、ごく普通の子ども、いわゆる定型発達をモデルにしているといいます。
定型発達がモデル:「どうしたら、大きな困難と試練を抱えた(自閉症の)子どもたちを(定型児と同じように)育て、発達させられるか」がメインテーマ。
障害の特性を理解し、それへの対処法や補償的援助を工夫するだけでなく、
自閉症の中核症状領域における(段階的・個別的支援による)発達のやり直しによって、定型児と同じような「情緒的、社会的、認知的な能力」、その基盤となるダイナミックな「脳の情報処理・神経ネットワークの構築」めざすこと
これはすごく大胆な発想であり、挑戦であると思います。
よくいわれる「自閉症の強さ」にアプローチすること、つまり視覚的な情報処理の強さや記憶力の良さ、知識の蓄積能力を利用しようという姿勢は、本当の意味で彼らをよくすることにはつながらない。
むしろ「弱さ」に焦点を積極的に当てるべきだ、という従来とは真逆の発想があり、それを知った私には改めて目からウロコ、でした。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
May 20, 2009
ここのところ4月以来の疲労がたまっているようで、日常生活でちょっと気力が湧かない。
でも、学びたいことがあるとどこへでも行きます。
5月17日(日)には名古屋へ。
自閉症、アスペルガー障害などの発達障害への新しいアプローチとして、一部の人の注目を集めているRDI(対人関係指導法)の概要を学びに行きました。
いち早くアメリカでRDIを学び、日本最初のRDI認定コンサルタントになった白木孝二先生のオフィスNagoya Connect & Share に行ったのです。
白木先生は先年まで児童相談所や障害児の療育センターに勤めていた方で、ブリーフ・セラピーの代表的学派、ソリューション・フォーカスト・アプローチ(SFA)を日本に紹介した一人でもあります。
RDIについては私も興味関心を抱き、杉山登志郎先生翻訳の本邦初の翻訳書や学会の短時間のワークショップ体験を本ブログでも紹介しましたが(RDI対人関係指導法、学会WS・RDIを学ぶ)、なかなか実際の姿は分かりませんでした。
それはアメリカ・ヒューストンのRDIの総本部が、かなり資格制度と著作権に厳しい姿勢をとっているのと、日本にはまだ資格保持者が3人しかいないためのようです。
しかし、学んでみると本当に良い内容ばかりで、今後是非日本に広まってほしい療育、相談援助技法だと思いました。
現在特別支援教育や発達障害援助の主流であるTEEACHや応用行動分析学にできないところを補う力があると思います。
ただ具体的内容の多くはここでは語ることはできないので、公開されていて差し障りのないと思われる範囲で、基本的なところを紹介したいと思います。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 01, 2009
本ブログでも応援している(車椅子のサッカー監督、ホントに誕生!)山梨出身で元山梨県庁職員の車椅子のサッカー監督、現在はJFLのカマタマーレ讃岐の監督をしている羽中田昌さんが、甲野善紀さんと会い、その動きを直に見て感激したようです。
甲野先生(ハーフタイム/羽中田昌)
いかりや呉服店の守さん主催の「松聲館 甲野善紀先生 古武術セミナーin香川」へ行ってきました。
たいへん興味深く、あっという間の3時間でした。
甲野先生のことは書籍やDVDでは見ていましたが、実際に目の前でさまざまな技を見せてもらうと、
驚きと共に身体活用の可能性を実感することができました。
楽しい、楽しい時間でした。
羽中田さんのブログにはツーショットの写真もあります。
自分に直接、間接に縁のあった人たちが、自分とは関係のない縁で出会っていくのを見るのも、何だか世界の狭さというか、不思議な感慨やうれしさがあります。
お二人の一層の活躍を念じずにはいられませんでした。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
April 14, 2009
4月から仕事が変わり、2週間が経ちました。
単科精神病院(精神科だけの病院)のデイケア担当という初めての仕事で、児童相談所での心理検査、カウンセリング、療育中心の生活からがらっと変わってしまいましたよ。
回復期、リハビリ期にある統合失調症の患者さん100名近くが毎日やってくる大所帯のデイケアのスタッフとして、一日ほとんど座り込むことなく動き回っています。
慣れないことばかりで、患者さんの名前を覚えるのも大変。
一日の流れとしては、
スタッフ、患者全員でやる朝のミーティングで1日の行動を確認。
その後、病院近辺を1時間ほどかけてウォーキング。
これがなかなかよくて、先週はどこへ出かけても桜が満開で素晴らしかった。
病院は甲府盆地西部の田園地帯にあり、穏やかな風景が周囲に広がり、桜の他にも桃やすももの畑があり花をつけて、飽きることがありません。
戻ってくると、デイケア・プログラム。心理教育やSSTなどが曜日によって決まってありますが、私は認知療法のグループを担当。
幻覚・妄想はどんな時に起きやすいか、どんな風に考えて対するかなどが主なテーマに
なります。
これが今の私の唯一の「心理学的なお仕事」。
プログラムに出られない人や希望がない人には、手芸、茶道、絵画、陶芸、俳句、気功法、ヨガ教室なんかもあって、思い思いに出られます。
午後はスポーツの時間。バドミントン、ソフトバレー、卓球、ソフトボールなど、患者さんの希望を募ってその日の種目を決めます。
もちろん私も参加。
午後3時に終わりのミーティングをやってデイケアは終了。
後かたづけの後休めるかと思いきや、参加者約70人分のカルテに記録を記載。これが大変。
結局1日中動き回っています。
全て終わると思わず「はあ」とため息。ほんとに疲れます。
でも児童相談所での、主に虐待ケースから来る何ともいえないストレスから解放された感じは正直あって、肉体的疲労はよく眠れば翌日回復します。
ほんとうに心やさしい統合失調症の患者さんたちと過ごす毎日は、なかなかいいものと思います。
写真は先週の散歩中に出会った桜とすもも畑です。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
April 12, 2009
前記の研修会での「実践的老荘思想の立場として」の廖赤陽氏の発言のメモを覚えに記します。
廖氏は、中国から1988年東京大学に入り文学博士を取得、アジア文化研究所などで「華人の研究」などをされただけでなく、気功法の実践・普及を行い、無為気功養生会を主宰されています。
廖氏は、「気功の経験がないと老荘は理解できない」と言い切ります。
長い間老荘思想は、研究者が字面を追って、「テキスト読解」を繰り返した歴史ばかりだけど、その「研究成果」を読んでも何が書いているのかさっぱりわからない。
気功を行い、身体で老荘思想を実感しなければならないということのようです。その例を実際の老子のテキストを気功的に解説してくれたのですが、一見難解な老子がとてもわかりやすく感じられました。
その内容を、最近「気功で読み解く老子」(春秋社)という本で著したそうなので、いつか読んでここでレビューしたいと思います。
気功・中医から見た「引きこもり」-「情志養生」と「臓腑弁証」
気功・中医学は、人間の精神・情緒を「喜・怒・憂・思・悲・恐・驚」という七種類に分けて七情と呼び、七情は五臓より化生したものと見られ、その対応関係は心(喜)・肝(怒)・脾(憂・思)・腎(恐・驚)である。このような精神と身体の相互作用は、主に五行というシステムの相生(促進)、相克(抑制)のメカニズムによって調節されている。このような視点から引きこもりのケースに即して分析することが、本報告の試みである。(当日資料)
心の問題であっても、心理過程のみを取り出すのでなく、あくまで身体の臓器との関連から見ていこうというのが中医学の視点ということです。
例えば、五行の「水木火土金」の相生の理論からすると引きこもりの状態は、水である腎の気が少なく、そのため木である肝の気が不足しイライラし、火である心の気が不足し喜びの感情が少なくなる、といったことが考えられるそうです。
この辺はいわゆる臨床心理学とは大分違いますね。
多少中医学をかじっていた私には予想通りの話だったけど。
しかし廖氏は、「ひきこもりの事態に陥ったら、相当手遅れである」と断言したことが、会場の参加者をビックリさせたようで、
「ショックだった」と質疑で述べる人も出ました。他のシンポジストも「私は気功や老荘思想には素人だから」とうまくコメントできないでいました。
それに対して廖氏は、
基本的に中医学は「未病の治療」をするもの、飲食と漢方で臓器を調整し、「念」で意識を調整し、「観」で意識のあり方を調整するものと紹介されていました。
さらに、「人は変わる」ものなので、診断は常に同じではないとのことでした。
ただ、実際に会うのが難しい引きこもりの人に、気功でアプローチするには、超能力的になるが、念による遠隔治療しかないという考えを示しました。
ここに老荘思想や気功に対して、会場の人たちの中で求めるものの違いがあるように私には思えました。
そこに多くいたと思われる精神分析学や一般のカウンセリング理論を柱にしている臨床家たちは、老荘思想による引きこもり者への「新たなナラティブの可能性」を求めていたのに対して、廖氏は実践的気功師としてあくまで心身技法の面から「どう使うか」という視点でいたように思われました。
その辺がクリアーになると、さらに実りある対談ができたかもしれないと思いました。
とにかく、東洋思想と臨床心理学を何とかして出会わそうとした、主催研究会の決断と努力にエールを送りたいと思います。
ちなみに、休み時間に私は廖氏に挨拶し、児童相談所のこと、長年形意拳などの中国武術をしていることを話したところ、
「そういう体型をしていますね。私は劈掛拳(ひかけん)を学びました」
とおっしゃっていました。
またいつか学ばせていただきたい先生だと思いました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
April 07, 2009
もう3月末の話ですが、職場に送られてきた開催案内のタイトルに惹かれて、思わず参加してみました。
「老荘思想とひきこもり」
主催は「東洋思想と心理療法」研究会、場所は駒澤大学の大学会館。
テーマもすごいが、こんな名前の研究会があったことも知らなかった。
HPもあって、役員の名前を観ると,、普通の人は知らないだろうけど、けっこう心理臨床界では有名どころが多いみたいです。精神分析学の西園昌久先生、自立訓練法を世に知らしめた佐々木雄二先生、家族療法やロールシャッハ・テストの中村伸一先生、催眠療法の森山敏文先生などなど。
直接は知らないけど、どこかで聞いたような名前ばかりです。
確かにひきこもりは世捨て人的なイメージでとらえれば、神仙思想の仙人や仙道につながるのかもしれないけど実際どんな内容なんだろう?と思いつつ、私も仙人のつくハンドルネームを持つし、気功も心理療法もやるのだから、これは行かなきゃ、といった変な使命感が湧き、参加いたしました。
この研究会はそれなりに歴史があるらしく年に1回開催し、もう11回開催のようです。
プログラムは、
教育講演 「老荘とその周辺」 吉本昭治(吉本医院)
特別講演 「中島敦の文学に見る老荘思想」 ポール・マッカーシ(駿河台大学)
シンポジウム「老荘思想とひきこもり」
演題1 「Egoなしの心理療法は可能なのか?」ジェリー・クスマノ(上智大学)
演題2 「老荘思想と心身実践」廖赤陽(武蔵野美術大学)
演題3 「心が閉じる局面と治療関係-引きこもりケースの精神療法より」近藤直司(山梨県立精神保健福祉センター)
指定討論 西園昌久(心理社会的精神医学研究所)
なかなか固そうな内容です。
ちなみにシンポジストの近藤先生は、顔なじみというより仕事仲間で、山梨県の児童相談所や子どもメンタルクリニックで一緒にケースに当たっていた関係です。
お互い「おお!」と顔を見合わせ、「どうしたんですか?」と聞いたら、ご本人は老荘思想に詳しいわけではなく、引きこもりケースを出すことを会から依頼されての登壇のようで、ケース報告自体は面白かったです。
全体の感想ですが、正直なかなか難しいなあ、老荘思想とひきこもりというテーマがうまくかみ合っていなかったという印象です。
老荘思想の研究者、文学研究者、気功師、医師がそれぞれの立場での報告はあっても、必ずしも両方に通暁しているというわけではなかったので、二つをうまくつなげられなかった、あるいは問題・課題を提示できなかったのではないかと思われました。
むしろ一線の研究者じゃなくて、市井で妖しく老荘思想的文化と心理臨床を実践している人間に勝手に語らせた方が面白かったのではないかな。
誰だそれ?
そう、私です(笑)。
いや、私以外にも何人かそういう心理士、カウンセラーはいるようなので、いつか結集するのも面白いかもね。
それでも中島敦なんて、高校の国語の教科書以来に触れたので、講義のレジメで作品を読んでみて、改めて興味深く、読んでみたいと思いました。
その中で、私が関心を持ったことを次回以降に少し述べたいと思います。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 31, 2009
月末に人事異動の辞令が下りました。
県立の精神科単科の病院に赴任せよ、との内容でした。
長年住み慣れた児童相談所を去ることになりました。
もう大分長く勤めているし、一身上の都合も絡んで今年は異動はあるかなと思っていましたが、事前の情報とは違い、そこになるとは正直、意外な決定ではありました。
思えば、いろんな職場を経験しましたが児童相談所が私の場合一番長く、通算では児童福祉司として3年、児童心理司(旧心理判定員)としては12年働いたことになります。
日本の臨床現場としては、おそらく最もハードで、最もクライエントの問題の幅が広い場所で、自分は育てられ、鍛えられたと思います。
やり残した仕事やケースはあり、クライエントの親子や仲間とお別れするのが何だか寂しい気分もあるのですが、前向きに捉えて新たな学びのステージに入りたいと思います。
今度の職場では、デイケアの心理士になります。
統合失調症の患者さんがメインですね。大人ばかりです。
だから児相とは大分、雰囲気も動きも違いそうです。うまくできるかなあ。
そこのデイケアで、私は認知療法を担当するようです。
改めて勉強しなきゃ。
児童相談所よ、ありがとう、さようなら。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
March 30, 2009
音楽はポップ、ロック、クラシックと人並みに好きといった程度ですが、20年以上別格にファンでいるのが、フリージャズの世界的トランペッター、近藤等則さん。
知っている人はいるかな。
近藤等則(こんどう としのり、1948年12月15日 - )は愛媛県今治市出身のトランペッター・音楽プロデューサーである。愛媛県立今治西高等学校、京都大学文学部英米文学科卒業。本名は俊則。
国際的に活躍する日本を代表するフリージャズトランペット奏者である。トランペットは極めて特徴的かつ激しい吹奏を行うことで知られている。 海外に渡って数々の大物・一流アーティストとセッションを重ね、新しいサウンド手法を次々と取り入れたオリジナリティ溢れる演奏は海外でも評価されている。 演奏ライブに留まらず画家とライブペインティングを行うなどプロジェクトなども精力的に進める。 洋画家の智内兄助とは中学高校の同級生であり友人。二人で絵本なども出版している。
芸名は20代後半に占い師から「名前を変えた方がいい」と言われたことによるもの。
現在東京とアムステルダムを行き来して活動している。Wikipediaより
最近はご無沙汰してたけど、大学時代から何度もライブ、コンサートに足を運びました。
近藤さんを知ったきっかけは、80年代半ばに日本にトランスパーソナル心理学を紹介していた吉福伸逸さん(私はこの方に私淑していました。参考:勝手に師事した恩師たち)と対談して意気投合していたのを知ったこと、そしてやはり好きだった中沢新一さんとも近藤さんは仲良しでよく雑誌やテレビに出ていたことでした。
しかも近藤さんは、自身の演奏を支える体力・気力を作るために新体道という武道を本格的に学んでいたことも、当時武道を始めた私の興味・共感を喚起しましたね。
以来、ずっと(お金がないから精神的)追っかけです。
その近藤等則さんが山梨の小さなライブハウスに来るというのですから、万難を排して行くのは当然!
3/28(土)大月のイタリアレストランの二階で、これも有名(らしい)な写真家・平澤寛氏とのコラボレーション・ライブ。
1時間前に会場に来て前列の席で満を持して待っていると、狭めの会場は70人ほどですぐに満員。
そして近藤等則さんが登場。
おお、こんなすぐ目の前で生で見るのは初めてじゃ。
近藤さんは、軽く会釈しておもむろにエレクトリックトランペットを吹き始めます。背景には平澤氏の作品がスライドショーとなって流れていきます。街や高速道路、山、富士山、花、空、湖などたくさんの写真が、近藤さんのサウンドと絡みます。
近藤等則のラッパの音は、聴いたことのない人にはわからないかもしれませんが、独特の金属的なストレートさと歪み、反響があって、攻撃的、破壊的な印象が強くありますが、実は、とても気持ちよい。
頭蓋の中に音刺激が直接的に届くというか、激しくマッサージされるようで、快感です。
はっきりいって、いわゆるヒーリング・ミュージックより癒される。そして「活」が入る。一層元気が高まる。
いやあ、よかったー。
かっこいい。
しかし、近藤さん、御年60歳だって。どうしてあんな強い音が出せるんだ。
「毎日還暦パーティーじゃあ」
と言っていたが、
やはり武道の鍛錬の賜物か。
まさに達人だ。
さらに演奏が終わったら、そのまま近藤さん、去らないでお客さんたちに向かって軽くおしゃべり。
「4日前にヨーロッパから帰ってきてまだ時差ボケ。いや『爺さんボケ』だな。アハハハ。惚けてくるといいぞ。惚けると本当のものが見えてくる」
「(外国を見ていると)ドルは崩壊するね。アメリカのヘゲモニー(覇権)は崩れる。評論家は今年が(経済は)底で来年から上がるなんて言っているが、それはない。日本は60年アメリカの属国だった。日本はようやく独立のチャンスが来る。ドルが崩壊すれば、地域通過の時代、円と元が結ばなければならなくなる、だが、日本の政治家に中国と対等にできる力があるかどうか」
「21世紀は、20世紀の悪いところを反省して、新しいものを作る時代。20世紀は自然を壊し、魂を壊し、テクノロジーを悪用した。21世紀は環境を甦らせ、魂を復活させ、テクノロジーを良い方向に使わないといけない」
なんて書くと実に堅い話を、独特の明るいあんちゃん風に言うのでした。
世界を飛び歩いている人が肌で感じていることなので、説得力がある。
まさにいつも私が考えていることと、ピッタリ重なることなので、またうれしかったね。
そして、ライブが終わったので、帰ろうと通路の込み具合を見ながらまだ席にいたら、なんと近藤さんがコーヒーを飲みながら目の前にやってきて、空いた席にどかっと座って休み出すではないか。
私は思わず立ち上がり、近藤さんの側に寄って、先輩の前で自己紹介する新入部員のようにカチコチになって、
「あ、あのすみません。ぼ、僕は近藤さんがIMAバンドをやってた頃からのファンです。甲府から来ました・・・(あとは自己紹介しようとしたけど支離滅裂)」
近藤さん、ニコニコと笑って、
「おお、そうか、ありがとう。お名前は?今日の感想を送ってよ」
と答えてくれました。
そして、ツーショットで写メまで。
ああ、うれしかった。
実は今度書きますが、最近大きな変化が身に起こったので、ちょっと内心ガタガタしていたのですが、昔から密かに自分を支えてくれた近藤等則さんに、ちょうど良いタイミング出会えて、気合いが入りました。
近藤等則さん、ありがとう。
近藤さんのプロジェクト、「地球を吹く-BLOW THE EARTH」で活動の様子がうかがえます。
NHKBSでのその様子。http://www.youtube.com/watch?v=z47zAdu0krQ&feature=related
| Permalink
|
| TrackBack (2)
March 22, 2009
この時期は学校は受験が終わって卒業式、あちこちで別れのドラマが展開されていると思います。
私の児童相談所の仕事もある意味、この仕事独特のシーンが展開されます。1年の仕事の総決算、今がみのりを得る時期といえます。
不登校や学校不適応のケースは、それが長引いているほど、確かに受験や進学の厳しい現実に直面させられます。
しかし、さまざまなプロセスを経てその子なりの進学先を決め、その多くが定時制や通信制だったりするけど、ついに合格したと報告が今年もいくつももらえました。ほんとにうれしいですね。
非行や校内暴力の子どもたちも、何回かの家族面接や学校とのカンファレンスを経て、この頃になるとけっこう落ち着いてきて、「もう大丈夫そうだね」とお互い納得して終わることができるようになります。
初めて会った時は、こちらを警戒して険しい目つきだったのが、見違えるような柔らかい表情になっていますね。
発達障害児の幼児さんの療育もうちはしているのですが、3歳児健診などから紹介されてきて、何年も通ってきてくれていた母子が、いよいよ来年度は小学校入学。
その多くが地域の普通学級かそこの特別支援学級に入ります。
相談当初は障害児を持って不安一杯だった親御さんも、この頃はしっかりと腹もすわり、前向きになっています。子どもたちは児相に来るのが大好きになってくれたので、少し寂しいのですが、最後の面接やグループでは元気よくお別れしました。
子どもの臨床をやっていて醍醐味は、変化に富んでいること、「難しいな」と思っていた(思わされていた)状態が意外なほど変わっていることを目の当たりにすることでしょう。子どもの「成長力」を改めて実感する時期です。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 13, 2009
西松建設事件を巡って世論とネット言論は好対照の様相です。
私は政治系ではないけど、一応ブロガーの端くれらしいので、言ってる内容からはネット左翼とか陰謀論者と呼ばれることになるのかな、自分としては右翼のような気がするけど。
陰謀は英語でconspiracyですが、副島隆彦氏は、これを「陰謀」と訳すのではなく、「共同謀議」「共謀共同正犯」とすべきだと主張されていますが、同感です。
多少でも組織や行政、政治に関わった者なら(つまり「大人」なら)、建前やきれい事引っ剥がせば世の中、良いも悪いも関係なく、共同謀議から始まるに決まっているではないか。
では今回の西松事件は誰が謀議をこらしているのか?
その1人と思われる、「政府に捜査は及ばない」と発言し問題になった漆間巌官房副長官の正体をいくつかのブログで知り、思わず戦慄。
この男はただの警察官僚ではない、諜報・謀略活動のトップなのですね。
「世に倦む日々」より
この漆間巌について、人物の詳細情報がネットに出て物議が醸されている。国民が注視する中で飄々とシラを切る不敵な面構えを見て、これは並の官僚ではないなと誰もが推測するけれど、やはり経歴が不気味であり、それを見ると、いわゆる霞ヶ関の官僚の一般的な範疇の人物ではなく、諜報と謀略の工作畑を一貫して歩いてきた恐るべき諜報官僚の実像が鮮明に浮かび上がる。亀井静香のような単なる警察官僚ではない。もっと自衛隊に近く、警察官と言うよりもグロテスクな軍務官の実体である。経歴はこうなっている。1969年警察庁に入庁、1980年在ソ連日本大使館の一等書記官、1987年防衛庁陸幕調査部調査第2課調査別室長、1989年奈良県警本部長、2001年警察庁警備局長、2004年警察庁長官。産経新聞に警察庁長官を退官した後の2007年に寄せた記事があり、これは言わば日経の「私の履歴書」の右翼方面版のような回顧録のコラムだが、そこに警察庁に入庁した漆間巌がモスクワの日本大使館に赴任した当時の経緯が書かれている。漆間巌は警察庁が初めて送り込んだソ連駐在官であり、この男は大学でロシア語を学んでいた。漆間巌が何の目的で警察庁からソ連の日本大使館に派遣されたのか、後の経歴を見るだけでそれを想像するのに難くない。
スパイだったのだ。諜報工作のためにソ連に潜入した工作員だったのだ。ここ数日の新聞報道には、漆間巌の警察官僚としての経歴が賑々しく紹介されているが、防衛庁陸幕調査部第2課に所属していた過去について触れている記事はない。昔で言えば、陸軍参謀本部謀略課である。要するに漆間巌は、(憲法9条下の戦後日本では消滅したはずの)「特務機関」の生粋のエリートであり、その組織の最高幹部に登りつめた人間だった言うことができる。
こういう人がいるんですね。
総務省や厚生労働省のキャリア官僚は見たことがあるけど、自衛隊の現場の「兵隊さん」たちにも知り合いが何人もいるけど、こういう手合いとはなかなか知り合えない。
クライエントにも稽古仲間にもならないだろうな。
まさに公儀隠密の頭領、服部半蔵か柳生但馬守といったところですね。
ハットリくんじゃないから、けして国民のために仕事をすることはないということです。誰のためかはいわずもがな。
副島隆彦の学問道場「軽い気持ちではなく重たい気持ちで書く掲示板」より
今回は、6日になって急に、漆間巌(うるまいわお)という、警察庁長官あがりで、まんまと、官房副長官になり上がっていた男が、正面に浮かび上がってきて、こいつを日本国民の前に、今日(9日)に、引き釣りだ出すことができた。黒海の参考人質問に呼びつけて、ボロボロに答弁させた。
この警察官僚のトップの男が、アメリカのCIAの指図で、あれこれ、画策して、小沢一郎の失脚を、狙って、司法を使った国家犯罪を企てたのだ。この男を、愛国派の官僚たちからの内部からの告発があって、表面に引き釣り出すことが出来て、本当に良かった。
この売国奴の顔を私たちは、しっかりと見るべきだ。 この男と、行動を共にしている、政治警察・弾圧機構・公設暴力団たちを、勢力全体として、もっともっと表面に出すべきだ。 この勢力と連携する、大新聞、テレビ局の幹部どもの動きを、コンスピラシー(共同謀議、共謀共同正犯=きょうぼうきょうどうせいはん=)として、暴きたて、証明すべきである。
今度の、小沢一郎への、突発的な卑劣な攻撃は、検察、政治警察とメディア(新聞・テレビ)までが、グルになって、一斉に、3月3日から、合図をして、行った集団犯罪である。決して自民党の政権内部からの動きではない。一種の小型クーデター(クープ、国家転覆)である。
今回の事件、どうなるかは予断を許しませんが、検察への幻想が冷め、日本の権力組織のトップのある側面が我々普通の人にも、あぶり出されて見えてきたのが、最大の収穫かもしれません。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
February 19, 2009
中川昭一財務相兼金融担当相の「もうろう会見」は何だったんでしょう。
瞑想、気功、催眠でいつも酩酊、変性意識状態の私には、「格好悪いけど、別にいいんじゃない」と大目に見てたけど、世論は一気にヒートアップしました。
どうせマスコミから強引に煽動された流れの中でひねくれ者で「陰謀論者」の私は、ニュースを聞いてとっさに
「これは盛られたな」
と直感しました。
別に根拠はないけど、かんぽの宿疑惑隠しか政府紙幣論への反撃か、反攻に出た小泉側がこれまでにもあったように、例によって「やりやがったか」と思いました。
中川氏は強面風だけど、二世議員でどこか愛嬌というか甘いところがあると感じていましたが、やはり脇が甘かった。麻布高校から東大のエリートなんですってね。
酒に溺れやすいそうですけど、何かがあるんでしょう。
父・中川一郎氏の自殺(一説には他殺)を見て、この世の裏の地獄を見知ったためでしょうか。
その弱点を突かれた。
酒好きは仕方ないけど、中川氏には護身の概念が乏しいと言わざるを得ません。
武道、特にスポーツではない(つまり正々堂々と戦う、スポーツマンシップに満ちたものではない)、ある意味反則技や姑息な技と呼吸法などの心身の鍛練法でできている古武術や我らが柔拳を学ぶのが良いと思います。
柔らかい人当たりと隙のない気配りができて、政敵からはめられる危険性は減るかもしれませんよ。
政治家、志望者は習いに来て下さい。
なんてことを感じていたら、副島隆彦氏が同様の視点から解説していました。
副島隆彦の学問道場-気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板
副島隆彦です。緊急で、現下の政治情勢への私の分析を、手短に書いて、載せてお く。
1.中川昭一(なかがわしょういち)財務・金融大臣が、やられた。彼は、14日のローマでのG7で、酒の中に
クスリを盛られたのだ。 ロバート・ゼーリック世銀総裁(デイヴィッド・ロックフェラー直系の子飼い、忠実な孫クラス、公表しているユダヤ人)との会談の席だったか、そのあとの、怪しい女記者たちとの30分の食事の時に、薬を入れられたようである。
(中略)
副島隆彦です。中川昭一は、私はすこしだけ話したことがあるが、父親(中川一郎、自殺、しかし本当は殺された)に継いで、立派な政治家だ。中曽根系の後継ホープだが、
立派な男だ。 酒を毎晩、浴びるように飲んで、失禁することも多い、と言われ続けた男だ。やっぱり、アメリカは、弱点を突いてくる。
2.麻生太郎首相たたきは、昨11月から始まった。ホテルのバーで遅くまでお酒を飲んでいる首相と叩き始めた。それから、漢字が読めない(受験勉強をしていない、学習院卒だから、弱点と言えば、そう) と嘲笑した。 それは、麻生と、中川が、昨10月13日前後から、 アメリカに、「もうこれ以上は、日本は、アメリカに金(かね)を出さない。国民の大切な資金を、出さない。米国債は買い増したくない」と、公然と、言い出したからだ。 麻生と、中川は、愛国者である。
3.世の中で、大事なことは、カネを出すか、出さないか、だ。いい人、悪い人も、正義・悪も、判定は、どうにでもなる。が、日本国民の為に、資金を奪われないように、抵抗するのが、日本にとっての正義であり、善で、あり、愛国者で、いい人だ。いい指導者だ。アメリカの手先ではないということだ。
4.アメリカは、麻生政権潰しに、公然と動き出した。 カネを貢がないからだ。
小泉は、麻生が、「郵政民営化には、自分は必ずしも賛成ではなかった」と、失言(思い余っての本音)した翌日、「笑っちゃうしかない」と言って、政権打倒の火柱をあげた。
そのあと、モスクワに立った。 アメリカが、小泉を、特使(使い走り、メッセンジャー・ボーイ、仲介人間)に立てて、送ったのだ。
5. ロシアは、石油(原油)の値段が、一バーレル32ドルまで下げられて、食をなくした労働者たちが、モスクワでもデモをしている。多くの建設工事が泊まっている。このままでは、いくら、豪腕のプーチン、メドベージェフでも、金が無くなって困る。デタントである。それで、アメリカが、「原油を、上げてやるから、その代わり、米国債を、もう一度、買いなおせ」と、ロシアに、日本を使って、交渉している、ということだ。
ニューヨークの先物の石油市場である、NYMEX(ナイメックス)で、アメリカは、石油価格もあやつっている。どうにでも操作できる。 それで、家来(同盟国)の、サウジアラビアが、悲鳴を上げている。 もうこれ以上の、原油の安値は、アメリカも耐えられない。
6.ヒラリーの、悪(ワル)女が、16日夜、来日して、すぐに、深夜に、カバの中川秀直(なかがわひでなお)と小池百合子と、在ったはずだ。自分たちの手兵、子分だから。
小泉・竹中平臓の、アメリカの手先代表(売国奴の頭目)と連携している勢力だ。
日本に、小池百合子政権を作らせようと、バカヤローのアメリカは、ヒラリーは画策している。日本国民の気持ちなど、何も考えない。帝国は、属国にそういうごり押しをする。
8.日本に、60兆円分ぐらいの、米国債を買わせる腹である。それがヒラリーの現下の仕事(任務I)だ。 これで、累計、700兆円ぐらいになる。 小池百合子ら、見ず転芸者の、アメリカへの屈従を、許してはならない。何が「上げ潮」経済だ。この手先どもめ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 13, 2009
学舎、ヒューマン・ギルドの演習で心理カウンセラー、臨床家の間では有名なビデオ「グロリアと3人のセラピスト」のロジャーズのところをみんなで観ました。
ビデオの存在はとっくの昔に知っていましたが、私はなかなか観る機会がなくて初めてでしたね。
このビデオは、グロリアという女性クライエントに、来談者中心療法のロジャーズ、ゲシュタルト療法のパールズ、論理療法のエリスという三人の心理臨床界のスーパースターが順番にカウンセリングを行うというもの。
各学派の特徴がよく出ているので、とても勉強になるといわれています。
ネットで検索してもいろんな臨床家、カウンセラーが観ていて、それぞれの立場で感想を書いているのがわかります。
母親としての自分と女としての自分の葛藤・罪悪感に悩むというグロリアにロジャーズがどのように挑むか。
ビデオを見たことのある人はわかるでしょうが、そこにあるのは普通のカウンセラー、臨床家がロジャーズに抱く姿とは少々違い、受容的といえば受容的ですが、むしろ積極的に発言し、毅然とした姿でした。
後期ロジャーズの姿だといいます。
日本に主に根付いたのは、受容・共感がキャッチフレーズの前期ロジャーズだといいます。
その積極的な姿勢はロジャリアンというより「アドラー派のカウンセリングに似ている」という印象を語る仲間もいました。
私は観ながら、昔聞いた、ミルトン・エリクソンを訪問した成瀬悟策先生が、患者を治そうとするエリクソンの「迫力」に感銘を受けたという話を思い出しました。
やはりカリスマは「気力」「迫力」がある。
しかし、私としては違和感もありました。
何としても緩慢というか、同じところをグルグルと回っている印象がするのです。
これがロジャーズと彼の学派のカウンセリングの持ち味といえばそうですけどね。
グツグツ煮込んでいるうちに錬金術のようにポンと良いものが浮かんでくる、析出されてくるというイメージを持っているように思われました。
おそらくそれは、クライエントの訴える罪悪感という葛藤に対する考え方によると思われました。
葛藤が問題や症状を生む、葛藤に引き裂かれるかわいそうな人というモデルをロジャーズは持っているのではないかな。
だから受容・共感という適切な土壌、環境を与えれば自然にクライエントは変わっていくと考えている。
アドラー心理学は葛藤は原因ではなくて、対人関係で目的を達成するための手段に過ぎないと考えるから、あまりその辺でウロウロしなくても良いようにできています(状況によってはウロウロしてもかまいません、クライエントに「寄り添う」と称して)。
そういう考え方のために、動きや変化を作り出しやすいのだと私は思っています。
いずれにしても、貴重な機会となりました。
改めて調べるとそのビデオが動画としてネットに出ているのですね。
でも吹き替えも何もなく、英語のみですよ。
http://www.youtube.com/watch?v=ZBkUqcqRChg
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 09, 2009
漢字の読みがおかしくて、本ブログで学習障害を指摘した麻生総理ですが(ニュース雑感・麻生さんって)、最近一層面白い。
発達障害特有の読みの悪さかひらめきか、「わたしゃ、郵政民営化なんてしたくなかった」の発言、なかなかいいです。
かんぽの宿疑惑から発展して、小泉・竹中逮捕なんてなるといいけど、どうでしょう。
旗色悪くなった竹中平蔵は最近「改革が足りん!」と頻繁にテレビに出ておりますが、新自由主義者の退却戦にどう攻撃の波を加えて殲滅させることができるか、僕らには見えないけれど、いくつかの勢力争いが今進行しているように思えます。
そんな中、地元山梨の知人のライターさんがある新年会に誘ってくれました。
それはあの超大物政治家、故金丸信氏の長男・金丸康信氏と飲む会でした。
金丸康信氏は、地元の放送局・テレビ山梨の代表取締役社長をされていて、他に教育長などの公職にも多く就いており、それだけなく歌人でもあり、宮中歌会始にも招待されるほどの実力、当然全国の政財界にも顔が利き、まさに山梨のエリート層のトップクラスといえる方です。
そんな人の会に何で私が呼ばれたかというと定かではないのですが、主催のライターさんが、なぜか私を以前から気に入ってくれていて、山梨での文化振興や社会奉仕に活躍した人と金丸社長を対面させるという趣旨の会に「面白そうな奴だから来い」と考えたからのようです。
そうはいってもいくら私でも、あまり失礼なことはできないので、普通にご挨拶と自己紹介などして、後は金丸社長や参加者の方と歓談しました。
参加者は8人。
元公立図書館長の書誌学者、第九合唱の会を地域で開いている方、障害者でありながらボランティア活動を長年されている方など、みんな私よりずっと年輩、先輩の方々で私が最年少。
金丸氏は60歳を越えていると思いますが、お顔はお父さんの信氏に当たり前だけどよく似ていて、とても柔らかい物腰と明るい雰囲気の方でした。
気さくに最近の体調や趣味の話をされていましたが、やっぱり何といっても、お父さん仕込みの政界裏情報、田中角栄や竹下登のエピソード(氏はDAIGOとは彼が小さいときから仲良しだったんだから)、金丸信氏が追い込まれた佐川急便事件などなど、面白かった。もちろん、中身は言えません。
県外の普通の人は金丸信なんて、政界の超大物、フィクサー的人物として得体の知れない怖い印象があったかもしれませんが、地元ではけっこう慕われていて、今でも人気があります。
「今信玄」なんていわれたこともありましたね。
私から見ても変人・小人物の小泉や麻生と違い、金丸信はごく普通の「田舎のオッさん」だったと思います。
建設族特有の品のなさはあったかもしれないけど、実際さっぱりした「親分」でありました。
「お金もらったよ」
と言って、さっと辞めちゃうんだから。
その息子の金丸氏が今の政治・経済をどう見ているか?、地デジはほんとに大丈夫か?など聞きたいことはたくさんあったけど、楽しい新年会にしようという趣旨、空気に合わせて控え、気楽にお酒と料理と会話を楽しみました。
これで私もセレブの仲間入りか?
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 02, 2009
1月28日に今年第一弾の講師の仕事。
甲府盆地東部を管轄する峡東保健所主催の愛育連合会の集まりに呼ばれて「地域における子育て支援」というお題で、約50人の前で講演いたしました。
といっても行政的な固い話でなくて何でもいいというので、ここは多くのお母さん、お祖母さん方の関心のあるところであろう「子どものやる気を出すには」というテーマでお話させていただきました。
「やる気のない人間・子どもはいない。ただその『やる気』を気に入るか、気に入らないか価値判断する大人がいるだけ」というところから始め、でもより健全な方向へやる気を出してもらうにはどうすればいいかという話をしていきました。
「強化の原理」から外発的・内発的動機づけの違い、そしてお得意のアドラー心理学の勇気づけを紹介させていただきました。
といってもほとんどの参加者は子育てというより、孫育ての世代である妙齢のご婦人方(要するに田舎のおばちゃん、お婆ちゃん)とお見受けしたので、難しい話は私を心理のプロと信じてもらうためのネタとして使って、後はいかに笑わせるかに心を砕きましたよ。
おかげさまで大変良く笑っていただき、帰りに会長さんから、「子育てはもう終わったので、孫を育てるのに使っていきます」とおっしゃっていただけました。
愛育活動は昭和30年代辺りから始まり、日本全国にネットワークを作ったようですが(確か皇后陛下が会長でしたっけ)、今はなかなか活動が沈滞気味だったり、人が集まらなかったりで大変らしいです。
最近の若いお母様たちは、昼間は仕事でいなかったり、「めんどくさい」「わずらわしい」で関心を持たないことが多く、今年度で愛育活動を終える地域もあるとのことでした。
これも時代の流れかもしれませんが、地域の「おせっかいおばさん」が減っていくのは、少々寂しい気もいたしました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 13, 2009
職場で定期健康診断を受けました。
血液検査、尿検査、X線検査などの前に、腹囲測定。
衝立の中に立って、おばさん保健師と向かい合います。
ここがメタボリックかどうかの第一関門か、と緊張の一時。
「シャツと下着を上げて、お腹を出して下さい」
と言われ、ほいほい、ほれっと服をたくし上げて自慢のお腹をプクッと突き出しました。
保健師さんは巻き尺をお腹に回して計ろうとします。
「はい、88・・・、あれ?」
なんかうまく計れないみたいです。
「すみません、もう一度・・・85・・・ん?」
保健師さんは目盛りを合わせようと何度か試みますが、巻き尺が動いて測定が安定しないようです。
「すみません、ズボンを少しだけ下げて下さい」
というので、数センチ下げて下腹部をしっかり出しました。臍の直下に巻きなおします。
「あ、ありがとうございます。84センチ、大丈夫ですね。はい、けっこうですよ、次に進んで下さい」
メタボギリギリセーフでした。
いや、よかった、よかった。
測定時うまく計れなかったのは、別に保健師さんを困らせようとわざと呼吸を深くしたとか、腹を動かしたというのではないのです。
私の弾力性のある腹を計ろうとすると、どうも巻き尺がわずかに弾かれたりするようなのです。
私は、「フフフ、普通の腹ではないのだよ、保健師さん」と心の中でつぶやいていました。
もしメタボといわれても、
「いや、これは古来東洋で言われる臍下丹田が具現化したものじゃ。脂肪ではござらぬ」
と反論したのにね。
とにかく最近周囲から
「太った、太った」「メタボじゃない?」「おやじだ」などといわれのない中傷を受けていたので、これで疑念を晴らせたのはよかったな。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 01, 2009
明けましておめでとうございます。
本年も、少しマニアックに、ほんとは真面目に、一部は不真面目に、書いていきたいと思います。
日本も世界も大変な時ですが、個人的にも大変動がありそうな予感・・・。
取りあえずの目標は、山梨に本格的な中国武術や伝統武術を愛する仲間を増やすこと、アドラー心理学を共に学ぶ仲間を広げることですかな。
武術家としても心理臨床家としても、そしてブロガーとしても、さらに腕を上げたいと思います。
よろしくお願いいたします。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 25, 2008
前記の大学時代からの友人で歌人・大橋弘くんは、「モーアシビ」という同人誌(詩人の白鳥信也氏が主宰しているらしい)に「風船乗りの汗汗歌日記」という、土佐日記や伊勢物語みたいに、日々の出来事のエッセイと彼特有の歌を綴っています。
そこに私のブログが語られていました。
どうせ同人以外に買って読む人はいないでしょうから(失礼)、ここに全文転載します(画面だと読みにくいので適宜改行します)。
×月×日
アド仙人のブログ「山梨臨床心理と武術の研究所」を閲覧する。学生時代の頃から、彼の文章は破綻のない、かっちりしたものだったが、その骨格に変化はないまま、類希な仕事の経験が一段の深みを付け加えているようである。
それにしても「アド仙人」ってのはどうか。学生時代、少なくとも西早稲田の一軒家に某サークルの面々と奇ッ怪な集団生活をやり暮らしていた時分から霞を常食していた、もしくは常食している悪友どもから期待されていた彼なので、仙人の呼称はよいとして、「アド」ってのはなあ。アドラーを知らない人は電通か博報堂あたりと取り違えるのではないかと心配だ。
そうなると現実の彼とはおよそ方向違い。消費よりは瞑想に人いざなうタイプなのだが、あるいは現代、瞑想も消費されかねないのか。冗談はさておき、臨床心理と武術、消費するかはさておきいずれも読み手は少なくないはず。
「先祖は家臣?」、「祟りか?」とか「河合隼雄さんのこと」あたりのコラムも捨てがたい味が出ている。そもそもタイトルがブログ向きというか、いささかあざとくキャッチーだ。その一方で臨床心理に関しては現場に根ざしたきまじめな記述に終始するので、その点では極めてお役立ちなブログなのだろうと推測はされる。
七月堂から出版するように、今度会ったら話しておくか。もちろん表紙のイラストは本人が手がける。ナスカの地上絵そこそこの謎めいた線画を得意とする師のイラストを久々に拝見したいと考えるのは私だけではないはずである。いや俺だけか、汗(*)。
有効と無効を分かつ澪筋がここにあります裸足におなり
(*)学生時代に私はアド仙人やその他の面々と同人誌を発行していた。内容は文芸(創作)中心。アド仙人は(当時は違う筆名で)神秘学に関するエッセイを物していたが、独特の神錆びた画風のイラストも捨てがたく、どうしても表紙を書いてくれるような奇特な人が見つからない場合は、真にやむを得ない事態であるということで、「頼むから適当に書いて」とばかりに、やっつけ仕事をブン投げていたものだ。
ちなみに、記念すべき創刊号の、ゴッドハンドが一発ツモで古代の遺跡から掘り当てた忌まわしき土偶のごときが読者を睥睨している表紙(画像を参照)は、師の手になるものである。
その私が創刊号に描いたというイラストが以下です。「エヌス」という誌名で大橋くんが編集長でした。
しかし、文芸誌とは思えないいい加減な絵ですな。
大橋くんの歌人・作家としての成功を祈ります。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 21, 2008
私の大学時代からの友人に詩人・歌人がいます。
大橋弘くん。
都内で団体職員生活を送りながら文芸同人誌、短歌結社に入って積極的に執筆活動をしている人です。
私は詩歌には全くの素人なのですが、今でも歌集や同人誌が出れば送ってくれるので、暇なときにパラパラ見ています。
昔の俵万智みたいな普通のというか写実性や情緒性でわかりやすい歌ではけしてないのですが、一種独特の言葉のセンスが、不協和のような調和のような身体に不思議な引っかかり方をします。
ちょっと彼が作った歌集「からまり」(ながらみ書房)から引いてみます(アマゾン等ではもう購入できないので興味を持たれた方は紹介します)。
サイダーの泡より遠くに行けそうな気がして撫でている猫の額
やめとけよ頭痛の核にしみてくる人形町の朝霞なんか
灯がつくと沈みはじめるしずしずと雪の師走を抱えて駅は
生きている でもそれだけで一日は苦い緑茶を飲む価値がある
ビル風をきみはどこから降りてきてかく赤黒く鳩になるのか
凍らせたとんぼのごとく地下鉄は人身事故で不通中です
万病にいや効かないと思うけどこうして見上げ続ける夕焼け
六月をまだたんぽぽが咲いてるよあきらめたくてあきらめかけて
ばらばらにされた世界のてっぺんで叫ぶカラスに今日もなりそこなう
わたしだけたったひとりの死者でしたうんどうかいをかぜでやすんで
どうですかね。
不思議な言葉の感覚です。大橋くんは、通読して「作者の姿が浮かび上がってくるような歌集」を編みたくなかった」と「あとがき」でいっています。「多言を費やしたあげく、結局何ひとつあきらかになることがない、そんな愚かで無駄な、混沌とした歌集を編もうとした」ともいっています。
一筋縄ではいかない歌ですけど、とてもユーモラスで面白い。
実は大橋くんと私は大学時代、他の仲間を巻き込んで文芸同人誌をやっていたのですね。「早稲田文学」と双璧だった、というのは真っ赤な嘘ですが、まったく小さいサークルで大したことはなかったのですが、文芸や評論に関心のある仲間が三々五々集まって、好き勝手なことを書いて楽しい時間を過ごしていたのでした。
私はオカルティズムや神秘学、日本に入ったばかりのトランスパーソナル心理学についてのエッセイというか紹介文、大橋くんは詩や恋愛小説、幻想小説など幅広いジャンルで書いていました。
原稿書きだけでなく、編集会議(という名の飲み会)や印刷所との交渉など、ちょっとした社会勉強にはなりました。
今みたいにネットやブログなんて個人の情報発信の手段なんてほとんどなくて、物書きになりたい人は投稿するか、マスコミのバイトに入り込むか、同人誌を作るかぐらいの時代でしたね。
私は今こうやってブログで好き勝手なことを書き、彼は結社で歌やエッセイを書き続ける。
大人になっても基本的なところは変わらないな。
そんな大橋くんが、今の文芸同人誌に本ブログのことを書いてくれています。
その内容は次回に(かな?)。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 01, 2008
10/27,28と職場関係の研修所で「Excelでできる課題解決-問題解決のアプローチ」を受講。
表計算ソフトExcelは誰でも使ったことがあるでしょうけど、普通経理とか統計とかの数値情報の処理に用いている人が多いと思います。
元々そういうソフトだから当然です。
私は業務の性質上、パソコンはもっぱらワープロとしてで、業務統計をまとめる以外はExcelは使うことはあまりありませんでした。
そのExcelを問題解決技法、発想法として使おうというのです。
講師は山浦晴男氏、情報工房という事務所を山梨県笛吹市に構えながら、全国レベルで質的情報処理技術、発想法の指導をしている方です。
KJ法で有名な川喜多二郎先生のもとで20年ほど働き、KJ法の普及、啓発活動を行ってきた方で、まさに質的情報処理の先達、プロといっていい人だと思います。
1948年長野県生まれ。中央大学卒
1971年株式会社川喜多研究所入社、KJ法の研究・普及に従事。同主任研究員を経て、1991年情報工房設立。その後株式会社認知科学研究所、株式会社アヴァンインターナショナル取締役副社長、財団法人科学技術広報財団宇宙プロジェクト室客員研究員、宇宙開発事業団客員開発部員・・・・・
こんな人がすぐ近くにいたとは不覚にも知らなかった。
講義は問題分析の手法として、簡易KJ法ともいえる図解法とそこから解決方向を導き出すコスモス法というものを実習込みでやりました。いずれもExcelの図形描画機能を使ったものです。
参加者はそれぞれのパソコンで、自らの課題に取り組んでいました。
各自セルに書き込んだ20もの問題点をテキストボックスにコピー&ペーストして、それを動かして内容的に近いものを寄せていき、関係記号で結び、枠で囲んでラベルをつけていく・・・。
一連の作業をカチャカチャやっていくと、頭の中が動き出す感じがして、自然に熱中していきます。
パソコンでKJ法なんてどうなるのかなと思ったら、やってみるとなかなか面白い。
手作業でやるものとは違い、ステキなのは出来上がったものを印刷したりプロジェクターにかければ、そのままきれいなプレゼンテーションになるところ。
不真面目な私は、普段仕事の研修というのはお昼寝の時間なのですが、それどころではなかった。
けっこうはまりそう。
山浦先生は質的心理学会にも入っていて、「私も最近質的研究に興味あります」と少しお話しさせていただいたら、「看護研究」などに載せた論文を送って下さると仰ってくれました。
大変ありがたいことです。
最近本や講義の要約や自分の発想を検討するときにマインドマップでまとめたり考えたりすることが多いのですが、また有効な思考支援ツールが増えました。
関心を持たれた方は、「本当に役立つ!エクセルでできる文書データ活用術」でその一端が学べますよ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 19, 2008
ある用事で、埼玉県川越市に10/18(土)に車でお出かけ。
最近できた中央道八王子ジャンクションから圏央道に入ってみました。
真っ青な空の下、広い高速道路を飛ばし、実に快適なドライブでした。
山梨から埼玉が随分近くなったことを実感。
川越市に入り、なかなか空いている駐車場が見つからないなと思ってたら、有名な川越祭りに出くわしました。
全然知らなかったけど、これはいい機会と見物していきました。
江戸時代から続く祭りで、100万人もの見物人が来るとか。
実際まだお昼にもかかわらず、既にものすごい人出でした。これだけの規模は、田舎では先ず見られない。
舟運で栄えた川越は、江戸の文化と表裏一体の引き写しのように栄え、川越祭りは今や見られなくなった江戸の祭りの華やかさを伝えてくれるものとのことです。
確かに蔵造りの街並みに絢爛豪華な山車が進む姿はなかなかのものでした。
いい祭りですね。
あいにくデジカメもなく写メも撮れなかったので、祭りの様子はここで。
川越市http://www.city.kawagoe.saitama.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1105080001602&SiteID=0
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 28, 2008
小泉純一郎元首相が引退。
見ていて「バカかこいつ」と思えるほど、哀れなほど卑屈にくっついていたブッシュ・アメリカの凋落の兆しに己の限界を悟ったか、これから恐慌で地獄を見る国民の「誰のせいでこうなった」という非難をかわし、何食わぬ顔をして支配層の一角に居続けるための、実に「いさぎよい」決断ということか。
または、自民内での影響力の低下はもとより、もし小沢民主が政権を取ったら、下手したらお縄になることさえないわけではないと、「降参するから何もしないでね」という死んだフリ作戦か。
いろいろ空想するのも楽しい。
私、この顔を見るのも虫酸が走るので、テレビでも内容だけ知るとさっとチャンネルを回すか切ってしまいました。
しかし私みたいなのがいる一方で、いまだに好印象を持っている人も多く、調査でも高い好感度を持っているようです。
この現象は「実におもしろい」。
確かに、何か他の政治家と違うものが小泉純一郎という人物にあるのは事実かもしれません。
私、彼のやったことで唯一感謝しているのは、クールビズの導入ですな。あれで夏にうざったいネクタイから解放された。
小泉純一郎の心理診断、精神分析をやっている人がいたら知りたい。
私、心理的病理の解明にそれほど関心のない心理士だから、よくわからないです。
よく精神分析系の人が有名人を分析するときに出してくる「人格障害系」なのかどうか。演技性人格障害の気はあるのかしら。
DVやレイプ疑惑など危ない噂も多かったから、かなりの変人だったことは確かでしょう。
本ブログでは、以前内田樹先生の物議を醸した「小泉=学習障害説」を紹介したことがありました。http://taichi-psycho.cocolog-nifty.com/adler/2006/08/post_4a64.html#comments
観察上も、業界ウラ情報からも、この人は普通じゃない、ある種の能力の偏りがあるのは確かそうだったからです。
ネットでも、LD(学習障害)より包括的な概念「発達障害説」は散見されますね。
ただ世論の空気の読みのうまさ、マスコミ受けする会見ができるところなどから、アスペルガー系ではなさそうです。
もちろんLDだからといって政治家になっていけないはずはありません。チャーチルだってそうだったらしいし。
しかし、内容によっては適性というものがあります。
私が大学時代最も影響を受けた一人の経済人類学者、栗本慎一郎先生の「パンツを脱いだサル」には小泉の「おバカぶり」が暴かれています。
「パンツを脱いだサル」
国会議員で慶應同窓生のよしみで栗本先生は、最初は小泉の「友達」を買って出て、「家庭教師」を紹介しました。リーダーになるんだからこのくらいは知ってもらわなきゃと、経済などの専門家に頼んで小泉に「ご進講」をしてもらったそうです。
しかし、その先生たちはみな政策や経済を全く理解できない小泉のおバカぶりにあきれ、「問題が何かわかっていない」と断じられたのです。
そういう人が総理大臣になった。
おバカキャラでタレントやコメンテーターになるならともかく、一国のリーダーが政策と経済がわからないとは、数学のできない数学者、武術のできない武術師範に等しい。
心理学を学ぶ力のない人がカウンセリングをしたら、クライエントにはえらい迷惑のはず。
それが起こっていたのではないかな、あの5年間は。
よく非難された「丸投げ」は「無責任」「いい加減」な性格故ではなく、「能力の欠如、偏り」によるものだったのかもしれない。
内閣全体が特別支援教室みたいになっちゃってたのか。そして担任の先生は、小泉以上に口がうまい竹中平蔵(と送り込んだ勢力)。
彼らにうまくおだてられ、良い点を取るべく一生懸命励んだのか、小泉君は。郵政選挙は100点満点でした。
しかし彼は、政策には関心がなくても政局は大好きだったらしい。
つまり、スリリングでワクワクするようなことに惹かれるタイプなのかもしれない。ADHDも入っていそうね。嘘か誠か、リタリン中毒説もあったし。
アドラー心理学的にはこういう人を、エキサイトメント・シーカーといいます。
私も多少このキャラ入っています。
ちょっと視点を変えて、高岡英夫氏の独自の身体意識学の立場から見ると、小泉は中丹田人間なんだそうです。
中丹田は、胸の中心からやや下の部分にできる身体意識で、ヨガのハート・チャクラ、東洋医学でいう壇中の辺りです。他に、腹にできるのは割と知られた下丹田、頭は上丹田といいます。
この中丹田が活性化されると、「やる気」がわいて、とても情熱的になり、何か困難にぶつかるとさらにやる気がかき立てられるといいます。その情熱的なエネルギーが他人にも伝わっていき、人を動かすことにつながっていく力を持つようです。
そのような中丹田人間の代表としては、幕末の英雄・高杉晋作、カンフー映画のブルース・リー、星野仙一監督を高岡氏は挙げています。みんな情熱の人ですね。
貴乃花優勝でトロフィーを渡すときの「感動した!」や、郵政解散の時の記者会見での、あの使命感にかられて高揚した表情は多分本気だったのでしょう。
それに少なからずの人がエネルギーを感じて「動かされた」。
しかし、小泉の頭は空っぽだった・・・。
頭脳を活性化する上丹田はなく(「自衛隊のいくところが非戦争地帯だ」など論理も何もあったもんじゃなかった)、逃げ足の早さから下丹田もなかったでしょう。腹が据わっているという感じではなかったですよね。ちなみに下丹田の人物は武田信玄や徳川家康だそうです。
結局小泉は、今の「おバカキャラ」の先駆けだったのか。
首相としては困ったちゃんだったけど、個人的に付き合えば面白い人物だったのかもしれません。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
September 08, 2008
日本心理臨床学会に昨日まで行っておりました。
何しろ、バカでかい学会なので、いつもはただ関心があるところにフラフラ冷やかしに立ち寄り、飲み食いしたいところにフラフラ寄ってはくだを巻くだけ(?)、なのですが今年はちょっと違いましたよ。
9/4(木)に自主シンポジウムを打ったのです。
「現代日本におけるアドラー派による臨床心理学的援助活動-アドラー心理学の現代的意義と可能性を探る」
日本の心理臨床界における「絶滅危惧種」アドラー派がついに立ち上がったのだ!
司会はなんと私。ああ、初めてでなんかうまくいかなかったよ・・・。
でも、シンポジストのお話は充実していましたよ。
トップは今回のシンポジウムの実質的企画者であり、我々を支えて下さった、東洋学園大学の鈴木義也先生。
アルフレッド・アドラーとアドラー心理学の紹介、臨床心理学全体に与えた影響とペアレンティングについて、概括的な話で導入を果たしてくれました。
次は新進気鋭のアドレリアンにして、「脱力の臨床心理士」神奈川県スクールカウンセラーの橋口誠志郎先生による「スクールカウンセリングとアドラー心理学」
元々教育モデルのアドラー心理学は、スクールカウンセリングは格好の実践現場です。
今後のさらなる展開の期待が大です。
スクールカウンセリングの話を受けて、文教大学の会沢信彦先生が「アドラー心理学と学校教育」
アドラー心理学によるクラス会議の本を翻訳されたこともある先生で、すでに各方面でこのテーマは発表されているようで、話は手慣れたものでした。
「教育相談の動向と課題」「問題行動の理論」「勇気づけと共同体感覚による学校教育の提案」など、これはプロは聴かなきゃ損というものでしたよ。
次は札幌から、大通公園メンタルクリニック・デイケアクリニックほっとステーションの青沼眞弓先生による「臨床における早期回想(Early Recollection)の利用について」。
クライエントの思い出のエピソードを面接に使うのは、精神分析以来、臨床ではよくあることですが、アドラー流の切れ味の良さを再認識させてくれました。
クライエントと作っていく回想の解釈とその変容の過程は、まったくナラティブ・セラピーそのものです。
やっぱりアドラー心理学は早い。
最後に私が「児童臨床とアドラー心理学」
自分が長年児童相談所で鍛えられながら、アドラー心理学をいかに実践しようとしてきたかを、「子供の仲間になる」「親・家族への有効な支援の提供」「子どもと作るアセスメント」などをテーマに一気に話しました。
ただ私の悪い癖で、早口で話が散漫になって、まとまりがなくなってしまう傾向がまた出てしまったな。
こんなに充実の内容なのに、参加者はとっても少なく、ちょっと残念。
学会開催の前日のワークショップの日だったこと(大体WSの日に自主シンポをするのは初めてじゃないかな)、申し込みが3月の締め切りギリギリだっためか、本会場でなく、随分寂しい場所になってしまったことも災いしたかもしれません。
「見に行くからね」と言ってくれてた人も「ごめん、ワークショップで疲れたから行けない」とメールをくれたり、学会のみ参加の知人はこの日は来られず、なかなか苦戦しました。
しかし、これも日本の心理臨床界におけるアドラー心理学の現実であると受け止めつつ、フロアとのディスカッションで目覚めた問題意識と共に次への方向性が見えてきた気がしました。
でも、私はとても楽しかった。
一人で悶々としているより、仲間と動く方がはるかにいいね。
何か小さな橋頭堡を作れた気がします。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 02, 2008
夏はもう終わったようで、山梨は朝は肌寒いです。窓を開けてガーガー寝てたら、風邪を引いた・・・。
今年の夏は、割とおとなしく地元にいて釣り堀に行ったり、長野に子どもの自由研究のためにドライブしたりと、不景気らしくおとなしいもので、研修関係も3カ所だけでした。
少ないでしょ。
7/20は私の誕生日なのですが、女の子のデートの誘いを断って(嘘)、上京。
日本催眠医学心理学会主催の「催眠技法研修会」の「中級」に参加。初級は前回受けたから次は中級と思って行ったら、レベルが高かった。指導者レベルの人たちが普通に受講者席にいてビックリ。
でも。知り合いの先生も何人かいて助かった気分でした。
催眠の研修は実習で気持ちよくなるから、大好きです。
催眠誘導の腕を上げたいから、誰か練習の相手役をして下さいね。変なことしないから。
8/23,24は日本臨床動作学会の研修会。これは初級を受講。
基本の動作課題をじっくり取り組みました。
動作法については本ブログでもいつか、ちゃんと取り上げたいと思いますが、何というか日本初の心理療法的ヨガというか気功法というかフェルデンクライス・メソッドというか(こういうと動作法の先生は怒るでしょうが)、体の動きと脱力と意識の働きを統合させるものです。
障害児から神経症、心身症などの心のケア、スポーツ選手のトレーニングと適用範囲が広く、とても効果的で、いい感じの心理療法メソッドです。
ここでは心理臨床界の重鎮で動作法の開発者、成瀬悟策先生がいらっしゃって遭遇。目の前で、基本動作の作り方を自らがモデルになって示してくれました。
成瀬先生は、御年84歳とは思えないかくしゃくさ、まさに仙人か武術の達人の風情です。
私も若い頃縁があったら、絶対師事したかった人物です。
8/30にはヒューマン・ギルドで「1日でたちまち授業の腕を上げる講座」、講師は岩井俊憲師匠。
プレゼンテーションの極意を伝授してくれるという優れもので、とても面白かった。
参加者は授業の腕を上げたい学校の先生だけでなく、英語学校の教師、セミナー講師、臨床心理士、大学教員、ビジネスマンなど様々。
人前で話す機会のある職業は、いっぱいあるんだなあと改めて実感しました。
基本の礼から、アイコンタクトの仕方、姿勢など、人にメッセージを送る際の様々な大切なポイントを知りました。
既に講師の経験は何度かあるのですが、言いたいことがほんとに伝わっているのか、参加者は私に少しは良い印象を持ってくれているのか、なかなか自信が持てないでいました。
これで何とかなりそうな予感。
今夏もいろいろ学びましたが、あとは実践あるのみ。
精進しましょう。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
August 15, 2008
今年の夏休みはガソリン代高騰で遠出をする人が少ないようで、私もその口で、図書館からアットランダム的に借りてきたり、ブックオフ行ったりして、読み飛ばしています。
上野一彦「LD(学習障害)とディスレクシア(読み書き障害)」講談社+α新書
副島隆彦「連鎖する大暴落」徳間書店
五木寛之「気の発見」平凡社
武山憲明「戦国最強軍団真田六文銭合戦記」ぶんか社文庫
菅田正昭「面白いほどよくわかる神道の全て」日本文芸社
次田真幸「古事記(上)」講談社学術文庫
雑誌は、「臨床心理」金剛出版と「月刊秘伝」BABジャパン
あと原稿書きと研修準備のためのアドラー心理学関連数冊。
暇なんだけど、やけに忙しい。
上野先生の「LD~」は、発達障害関連の研修で使うためだったけど、改めて勉強になりました。ここの新書シリーズは、内容はしっかりしているけど、著者の個性が出ていて、おもしろい本が多いと思います。
一般の方向きにいうと、本書にLDの偉人、有名人のリストがあって、実にたくさんの人が出ていて、それを見るだけでもおもしろい。LDでないと、成功しないのかと思ってしまうくらい。
例えば、アインシュタイエンやエジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチは常識として、アレクサンダー・グラハム・ベルやマイケル・ファラデーら科学者は当然、建築家のフランク・ロイド・ライト、アントニオ・ガウディ、作家ではディズニーやアガサ・クリスティー、ジョン・アーヴィング、俳優ではトム・クルーズはLDとよく知られていますが、他にウーピー・ゴールドバーグ、ロビン・ウィリアムズ、キアヌ・リーブス、スティーブ・マックイーン、マーロン・ブランドまでもそうとは・・・。
ある種のハンデがあっても、本人の並はずれた努力の末に(アドラー的にいうと劣等感の補償として)、並はずれた業績を上げたのでしょうけど。
他の本の感想は、夏休み中、気が向いたら書きます。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
August 09, 2008
赤塚不二夫さんが亡くなりましたね。
葬儀で弔事を読み上げたタモリの言葉を新聞で読みましたが、なかなかいい。タモリが赤塚不二夫に見出されたことや、深い交遊は以前から聞いてましたが、その一端がうかがわれました。
一部転載。
「われわれの世代は赤塚不二夫一色でした。あなたはすべてを前向きに肯定し受け入れる。すると、その時その場が異様なまでに明るくなる。それを一言で表しているのが『これでいいのだ』。あなたには一言もお礼を言ったことがない、しかし、今お礼を言いたい。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです」
アニメの「天才バカボン」もよく観たけど、赤塚さん自身が描いたコミックを何度も何度もぼろぼろになるまで読んで楽しんでいた子どもの頃を思い出しました。
バカボンのパパは、私の一番大好きなマンガのキャラクターで(今でもそう)、けっこう上手に描けますよ。
ニャロメやケムンパスもよく真似して描いたな。
バカ田大学に行きたくて、間違って隣の大学に入ってしまったし・・・。
もしかしたら、ブラックジャックや「子連れ狼」の拝一刀や「ガキデカ」のこまわり君より先に、バカボンのパパが私の心の最初のメンター、ロールモデルであったかもしれないことに今気づきました。
ロジャーズなどの心理学者や仏陀やイエスを知るよりはるか前に、全肯定の思想をバカボンのパパの「これでいいのだ」で知り、身につけたのでした。
タモリの言葉が全てを語ってる。
赤塚不二夫さん、ありがとう。楽しかった。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 29, 2008
子どもたちが夏休みに入ってから、死ぬほど暑い日々が続いています。
私はまだ休みは取っていませんが、私にとっての1学期は、いつもの業務と稽古の多忙さだけでなく、これまでにないことが加わっていました。
人様の前でお話する機会がぐんと増えたのです。
研修や講習会みたいなところに立つことが多かったのですね。
別に研究しているわけでも著作があるわけでもなく、自分オリジナルの説や意見なんてものは全くないのですが、自分の臨床心理学的知識や経験が多少なりとも人様の役に立つ年頃になったということでしょうか。
5月下旬は山梨県産業技術短期大学校で、若者に職業訓練を指導する先生方に「指導に生かすカウンセリング」と「リラクゼーションの極意」を講義。
前半はカウンセリングのマインドと技術を、昨今の扱いの難しい生徒さんにどう生かすか、その基本をアドラー心理学の立場から話し、後半は生徒ではなく、先生自身がもっと楽になれるようにと、ストレス・コーピングの発想と気功法の脱力法、自立訓練法の基礎を実習込みでお伝えしました。
なんとこの講義の依頼を私にしてきた担当者の方は、「誰か山梨にいないかな」とネットで探したら、本ブログを見て「こいつ、おもしろそうだ」と無謀にも講師を私に決めてしまったのです。
そういうことが実際にあるんですね。ブログを続けてて良かった。
最初の依頼メールの宛名が「アド仙人様」だったのも、考えてみるとすごいことだ。
6月上旬は、市町村の福祉の窓口業務に携わる人や家庭相談員向けの研修会。これは児相職員が講師を務めることになっており、私は「様々な相談の理解と対応」というテーマで、相談の基本的技術と発達障害の説明をしました。
6月下旬には、アドラー心理学仲間の保育園園長さんの依頼を受けて、東京・世田谷の杉の子保育会の保育士さんたち相手に丸一日講義。
「子どもの発達のつまずきと支援」として、発達障害の基礎概念と特に幼児期の関わり方、障害の見方、アプローチの仕方などを障害児療育とアドラー心理学、応用行動分析学の考え方などを使って説明、困っている事例のカンファレンスも行いました。
7月頭は、以前で書いた(上野先生に学ぶ)、スクールカウンセラー内部研修会での事例発表、これは上野一彦先生のスーパー・ビジョンを受けるという栄に浴する機会を得て、自分が講義するわけではないから、労力としては楽で、しかもためになるという時間でした。
7月中旬は、山梨県立中央病院の糖尿病教室で、太極拳と気功法を指導。以前やった教室(糖尿病に太極拳)が好評だったための第2弾です。
普段あまり運動していない糖尿病患者さん48人にお伝えするのは大変だったけど、実際に血糖値が下がって効果を感じられる方も多く、参加者から熱心な質問を受けました。
太極拳はすごいね。
この後、8、9月にも他人様の前に立って話をする機会がまだまだあります。
やってみると自分の知識、技量の足りないところ、学ばなければならないことがたくさんあることに気づきました。
そして、「もっと学びたい!」という意欲が高まります。
一人でチマチマ勉強するより、人に伝える方がずっと学ぶ質と量が向上することを改めて実感しましたね。
しかし、やればやるほど準備や予習でどんどん忙しくなるのが、大変だ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 15, 2008
一日の寒暖の差が激しく、完全に夏風邪を引いてしまいました。あー寒気がする。
前回の記事で、副島隆彦氏の予測を紹介したように、ニュースではアメリカの金融危機がまた表面化したようです。どうなるんでしょうね。
さて、子どもの問題行動や症状を正すには、今の心理臨床はたくさんの洗練された技法を持っています。
そのまま受容・共感することの限界と無力は広く知られることとなり、強化スケジュールを分析したり、家族システムを変えり、解決イメージを作ったり、例外を探したり、認知を変えたり、砂の箱になぜかフィギュアをいっぱい入れたり、催眠や目玉を動かすなどなど、数え切れないほどあります。
アドラー心理学は技法面では多様で折衷的ですが、アドラー自身が大事にしたのは、「誤った認知を直すこと」であることは改めて確認しておきたいと思います。
「教育困難な子どもたち」から
そのためには、今の認知行動療法のようなやり方ができるはるか前から開発したのは、早期回想に代表されるライフスタイル診断の様式でした。
子どもの家族の中での位置は、子どもたちを独自にまさに典型的に発達させます。子どもの職業の選択、空想、白昼夢、夢は、ライフスタイルに共感し、子どもをよりよく理解できるための手がかりを提供します。
まさにそれらはライフスタイル診断として現在も私たちが学んでいることです。
そして問題児や心理的病の子に対しても、
「汝自身を知れ」というのが優れた教育の手段です。それによって、私たちは、「ライフスタイルの」誤りについて子どもに完全な理解を得させ、誤りを排除するのです。子どもがこれらの連関を理解すれば、人生において決心をするようになり、もはや以前と同じ子どもではなくなります。自らをコントロールし誤りを一歩一歩ゆっくり解体し始めます。これが「汝自身を知れ」の成果です。子どもを罰したり、非難することでは、このような成果には決して達するころはできません。
と子どもに「汝自身を知れ」と迫るのです。
汝の誤りを理解せよというのです。
誤りは普通「欠点」となって現れるので、これを指摘するのは確かに楽しい体験ではありません。これは「勇気くじき」でしょうか?かえって症状や問題行動は悪化しないのでしょうか?
いや、やはり違うのです。「罰したり、非難するのでない」とアドラーも言っています。「反省」ともちょっと違うかもしれません。
その子どもの力を信頼して、暖かく、やさしく、ユーモアを持って、なおかつ毅然と伝えるべきだとアドラーは考えたのだと、推察します。
この辺は、子どもを無条件に受容するとかいうのとはちょっと違う、「そのままの君でいいのよ」なんて甘いことは言わないのがアドラー心理学。
知らない人にとっては意外なところかもしれません。
「ダメなものはダメ」と言うのです。
アドラーはそのダメなものを「人生の嘘」と言いましたが、アドレリアン・カウンセラーは「暴き系」でもあるのです。
しかしそこは、実際の臨床や教育場面では確かに難しいところがあるのはアドラーも認めています。
誤りを犯す人に、その誤りを洞察してもらうことは、容易なことではありません。例えば、教育困難な子どものライフスタイル全体は、変えられることに抵抗します。ペスタロッチはいっています。「荒れた子どもを改心させようとするならば、必ず反抗し、困らせようとするだろう」これは無意識化されたライフスタイルの変えられたくないための防衛手段であり、機械のように「変わることなく」動き続けるでしょう。教育困難な子どもを治療したいと思うのであれば、多くの我慢と友情と隣人愛が必要です。子どもは、他の人に関心を持っている仲間を必要とします。このような「他の人への」関心を(自分は)理解していないとしても、感じることはできるのです。
私もアドラーのひそみに倣い、ライフスタイル診断をしてその子のライフスタイル、認知スタイルを理解したと思ったら、その子に伝え、共有するようにしています。一緒に暴き合うのは、なかなかスリリングで楽しいセッションです。
子どもの「仲間」になる大切なステップとなります。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 07, 2008
スクールカウンセラーの研修会に東京学芸大学教授の上野一彦先生が来県。テーマは「知的遅れのない発達障害児の心理アセスメント」。場所は山梨英和大学。
日本LD学会会長で、WISC-Ⅲの日本版の開発をされた、いわずと知れた日本の発達障害臨床・教育の第一人者です。
その研修会の事例提供者に、何と私がなってしまったのです。
私は別にスクールカウンセラーをやっていないけれど、多くのスクールカウンセラーは実は知能テストの経験が少なくて、データの読み込み方がよくわからない人が多いので、私はWISCの実践数は山梨の臨床心理士の中でも最も多い方だろうからという理由で、研修のネタに事例を出すことになったようでした。
確かに大学院を出たばかりで、相談機関や医療機関に入らずに、スクールカウンセラーで凌いでいる人はけっこう多いのです。
そういう人は、知能テストを実施したり、結果を元に事例を理解する機会が少ないようです。
それでは、少々困りますね。
ほんとは、スクールカウンセラーも検査が現場で実施できるようになってくれれば、こちらもかなり助かるのですが。検査器具購入の予算とか、いろいろ難しいことはありますけど。
しかし、あの上野先生の横で、まさか自分が事例発表して、拙い解釈が衆目のもとに曝され、検討されることになろうとは・・・。
光栄なような、これまでのええ加減な態度がばれるのではないかと恐怖が湧いたりして。
これには、さすがの私も緊張したわ。
発表の冒頭は、顔が上気していたよ。いつも脳天気な態度がすっかり消えていたと思います。
しかし、上野先生は、ご自身がLDだったとカミングアウトされるほどの人で、とても気さくで暖かく、最後に「大変良い事例をありがとうございました」と認め、励まして下さり、うれしかったです。
そして、先生のWISCの解釈は、さすがに、すごい。的確で明快、詳細な分析に舌を巻きました。なんとなくわかっていても、こうは読めないと脱帽。
背景にある知識と学問的研鑽、臨床経験が違いますわ。
まあ、WISCを作った当事者ですから、日本で1番詳しいわけで、当然といえば当然ですが。
かなうわけがない。
この日の上野先生の発言の一端が、先生のブログに出ています。
http://edublog.jp/kaz1229/archive/115#BlogEntryExtend
先週は,奇しくも,IQでいえば70台,90台,110台という,3つのレベルの非言語性の,私どもの「軽度発達障害の心理アセスメント」(日本文化科学社)でいえば逆N型の典型例の子ども達のケースに出会いました。
同じタイプでも,推定されるIQのレベルもちがえば,教育環境もちがうし,年齢もちがうので, それぞれに発達の課題もちがうのですが,それでも同じ類型の共通点もあり,知能プロフィールの深遠さ興味深く感じました。
口頭言語が比較的なめらかなので,過大評価されやすいこと,期待されるレベルよりも空間認知課題につまずきやすいこと,特に周りの子ども達にとっては容易なことでも,苦手とする動作課題が目立ったり,そのギャップに本人もいらだちやすいこと,言語性のIQは相対的に高いのに,生活経験に結びつく「理解」が思ったより高くないこと。機械的な記憶は得意なのですが,学習の定着がわるく,勉強にもつまずきがでやすいこと。開発中のWISC-Ⅳで重視されるワーキングメモリーやプランニングの弱さがあるのかもしれません・・・
診断名からステレオタイプ的に受けとめたり,類型に無理に縛られたりしてはいけないのですが,やはりその共通性は理解の原点にもなります。
そうした大きな枠組み理解の中で,その子ども固有のニーズとその子どもの固有のリソースをいかに活用するか,真剣勝負の具体的アドバイスになります。
上野先生、ほんとうにありがとうございました。
終了後は、甲府駅前に飛んで、ワイン専門の居酒屋で、山梨のアドレリアンと飲み会(アドラーの夕べ)。
秋に企画しているイベントについて、打ち合わせました。
詳細については、いずれここでも発表します。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
June 15, 2008
最近まったく良いニュースがなくて、コメントしたい気もあるけど、今はやめとこう。
その中で、これは「良いニュース」といっていいのでしょうけど、地下鉄東京メトロ・副都心線が開通しましたね。
西早稲田駅というのができたそうで、私が大学2,3年の頃住んでいたのがまさに西早稲田、駅のすぐ側でした。
さらに雑司ヶ谷駅というのもその隣りにできたそうで、そこにも1年生の時に住んでいました。
私の青春ゆかりの地が急にクローズアップされるかなと思ってたら、早速昨日6/14のアド街ック天国で「懐かし学生街グルメ西早稲田」として取り上げていて、思わず観てしまいました。
BEST30 http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/080614/index.html
今でもアドラー心理学の学舎、ヒューマン・ギルドのある神楽坂によく出かけるので、その近辺は歩くのですが、西早稲田や大学辺りはあまりなく、テレビを観ててやはり懐かしかったな。
飯を食いに行ったお店や立ち寄った古本屋、散歩によく歩いた場所(戸山公園や甘泉園、穴八幡神社など)がいくつも出てきて、大したこともなかった学生時代だったけど、いろんなことがフラッシュバックのように思い出されましたよ。
この道は酔っぱらってゲロゲロしながら歩いたな、ここではあんなこと考えてたな、一緒にいたあいつどうしているんだろう。
80年代は良かった。
そして、ああ、あの娘はどうしてるのかな。あのとき、ああしていれば・・・。
胸がキュンとなっちゃった。
私の場合、「思えば遠くに来たもんだ」というより、「俺ってあまり、というか全然変わってないじゃないか」という気がして、でも変わったといえば確かに変わった状況にはなっていて、こんなんで良かったのかと思いつつ、取りあえず前に進むしかないわな、という感じですな。
今度上京したら乗ってみよう。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
June 02, 2008
梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」に、ブログに対する姿勢として、僭越ながら私と同じものをお持ちのことがわかりましたので引用します。
多くの日本の若者のブログは、人を誉めることをあまりしないで、けなすこと、批判することばかりが目立つことに苦言を呈しています。
そんなことをしていると、自分のためにならないよ、と忠告しています。
ところで、日本の若い人たちのブログを読んで思うのは、「人を褒める」のが下手だなということである。つまらないことで人の揚げ足を取ったり粗探しばかりしている人を見ると、よくそんな暇があるなと思う。もっと褒めろよ、心の中でいいなと思ったら口に出せよ、と思うことも多い。「人を褒める能力」とは「ある対象の良いところを探す能力」である。・・・(中略)・・・
問題はそういう思考を続けていると、自然に批判対象を自分に向け「自分の悪いところ」ばかりを探す能力が長けていき、ひいては自己評価が低くなり、何事につけ新しいことに踏み出す第一歩の勇気が出てこなくなることである。
まったくだ。
梅田さんが思わず「勇気」という言葉を使ったように、こんなことをしているのは「一人勇気くじき」でしょう。
私ももっぱら気に入った人、言葉、本、作品をとにかく誰かに伝えたくてブログ記事を書くことがほとんどです。
それでどれほど、自分が元気になることか。
ただ気にくわない権力者には容赦ないけど。
「人と褒める」ために、歯の浮くような紋切り型のお世辞を言う必要はない。「なぜかわからないけれど、あなたの(この本の、この情報の)ここの部分は、自分ととても波長が会ったと思う」ということを表明するだけでいいのである。前向きに真摯に相手と向き合っていることさえ伝われば、それが褒めたことになる。
梅田さんの褒めることは、まさに勇気づけだと思います。
ブログでそれを達成するために梅田さんは、「ロールモデル思考法」を推奨しています。シンプルで楽しいやり方ですが、興味のある方は読んでみて下さい。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 29, 2008
本ブログを始めて早4年目になります。
アップした記事総数はこれで347本。
今や何で始めたのか動機さえうろ覚えですが、よく続いたものだと思います。
自分の性格や性向から、メジャーよりマイナー、正当より異端、正常より異常(?)志向のブログとなりましたが、それでも日に三桁のアクセスをいただき、それだけの方々に読んでもらえているという喜びが強化子となり、続けることができたのだと思います。
一時期ほどのブログ・ブームではないとはいえ、もはやブログは一過性の流行ではなく、私たちのネット生活に定着し、重要な表現手段になったといえるでしょう。
梅田望夫さんの「ウェブ進化論」(ちくま新書)に、「ブログの効用」が書かれています。
ひとつはこの信用創造・舞台装置としてのブログ。
今やブログは名刺代わり、その人がどんな人か、何を考えて、どんな活動をしているのかが、ブログを通して理解し合えるようになっています。
梅田さんはそれを「個と個の信頼関係を紡ぎ出す場としてのブログ」と意味づけています。
私もそれを実感します。
思わぬところで、「読んでますよ」とお声をかけていただいたことは1度や2度ではなく、ついには「何か面白い奴だ」とでも思われたのか、「お話を聞きたい」と研修・講演依頼が飛び込んでくることもありました。
こんなことはブログをやってなければあり得ないことでした。
さらにもっと重要だというのは、ブログは「個にとっての大いなる知的成長の場」になるということです。
梅田さんはあるブログの文章を引用します。
「実際ブログをを書くという行為は、恐ろしい勢いで本人を成長させる。それはこの1年半の過程で身をもって実感した。(中略)ブログを通じて自分が学習した最大のことは、『自分がお金に変換できない情報やアイデアは、溜め込むよりも無料放出することで(無形の)大きな利益を得られる』ということに尽きると思う」・・・(中略)・・・
情報は囲い込むものという発想に凝り固まった人には受容しにくい考え方であろう。しかし、長くブログを書き続けるという経験を持つ人たちにとっては、実感を伴って共感できる内容に違いない。ブログという舞台の上で知的成長の過程を公開することで、その人を取り巻く個と個の信頼関係が築かれていくのである。
私が知的成長をしたかどうかはわかりませんが、ブログを書くこと、人のブログを読むことで、自分の知的活動は大きな刺激を受けたことは間違いがありません。
思ったこと、知ったこと、感じたこと、興味を持ったことをどんどん公開していく。
それが思わぬ反応やアクセスを得て、さらに興味・関心が広く深くなっていく。
そんなプロセスが、自分の中で循環をしています。
不特定多数の人たちにさらすことに抵抗を感じる人もいるようですが、私にはそれが心地よく感じられるタイプのようです。
だからSNSは、情報収集のためにやっているけど、あまり関心が湧かないんだな。
まだ当分はブログ熱は収まりそうもありません。
そのうち、実名を出していくつもりにもなっていますよ。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
May 20, 2008
四川省は山梨県、成都と甲府は姉妹県、都市みたいな提携をしていまして、割と市民レベルで交流があるようです。
三国志の蜀と甲斐の武田は山国の強国として過去の共通点があるためでしょうか。
その四川省がご承知の通り大変なことになっています。
五輪はどうなる?チベットはどうなる?そんな疑問が湧いても消え去るほど、圧倒的な被害規模です。
昨年能登の地震の後、山梨県から「心のケアチーム」を派遣し、私も命じられて参加しましたが、(能登に派遣)今回どうするかな?
言葉の問題があるから、カウンセラーや臨床心理士の派遣というわけにはいかないし、まだそれどころではないでしょう。
私も中国語は少しできるだけで、とても会話にならないから、お役に立てません。
行くならカウンセリングというより、急速に不安やトラウマを取り除くというTFT(思考場療法)のようなタッピング・セラピーみたいな治療法が良いでしょうね。
TFTはコソボの紛争を始め、世界中の緊急支援で活躍しているようです。
ただ、TFTやその仲間のEFTは日本の心理臨床界へのジョイニングに失敗して、EMDRに完全に負けて、トラウマ治療市場を独占されていますが。
でもそのEMDRでは被災地支援には時間がかかるだろうし、動作法はインストラクションも大事だし、ちょっと無理かな。
心理はこういうとき、無力だね。
ただ、急成長する中国は、必死に働く人々のストレスも相当なものなのに、まだ精神医療や心理臨床は手つかずの状態で何のケアもないに等しい状態らしいです。
将来は私たちが役に立つ時が来るかもしれません。
今回の地震における中国の対応に、「報道ステーション」などのマスコミや反中評論家、ネット右翼連中から揚げ足取りのような非難が盛んと聞きますが、それと一線を画すのが
世に倦む日々
偏向報道の矛盾を突くと共に、中国の人々の立場になって真摯な声を上げています。
われわれ日本人は、せめてわずかでも救援の募金をして、そして救出作業を見守って、一人でも多くの人間の命が救われることを祈ろう。海を隔てた隣の国で起きている悲惨な災害なのである。被災者は1千万人という気の遠くなるような数で、多くの人が死に、かけがえのない家族を失い、心も体も傷つき、家と財産を失って路上に放り出されたのである。その痛みを自分のものとして想像することだ。苦しみ悲しんでいる中国の人々を嘲ったり、謗ったり、中傷したりするのはやめよう。救援と復興に一丸になろうとしている中国の人々に、政治目的での無用な挑発や愚弄や侮辱はやめよう。日本の恥である2ちゃんねる掲示板で狂騒している反中ネット右翼と呼応するのはやめよう。日本人の誠実な言論の態度をネットの中に取り戻そう。そして、いくら募金をしたからと言って、それを根拠に、横暴な反中プロパガンダを鼓吹発散する権利や資格があると思い込んで自己を正当化するのはやめよう。募金はあくまで善意でするものであって、相手への思いやりの気持ちがなければ何の意味もないのだから。
ちなみにまだ真偽はわかりませんが、今回の四川地震、ベンジャミン・フルフォードさんと小野寺光一さんは、直近のミャンマーのサイクロンと共に、米国の気象兵器によるものではないかと疑っています。
荒唐無稽に思えるかもしれませんが、ドンピシャのタイミングに、頭に入れておいても良いかもしれません。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 07, 2008
GWは大阪、京都に二日間の旅。
親父の影響か、ゲーム「戦国無双」のせいか、歴史マニアと化してきた息子にさらなる歴史洗脳を施すための初めての親子2人旅でございます。
先ずは大阪城。
天守閣内の展示で大阪の陣や真田幸村の活躍を復習。
暑かったなあ。
その後海遊館に行ったら、これまたすごい混雑。
ジンベイザメは悠々と泳いでいたが、人間にはたまらん状況だった。
夜はなんばでたこ焼きとお好み焼き。
もうすぐ終わるという食い倒れ人形の前はものすごい人だかり。みなさん携帯やデジカメ向けていて、別れを惜しんでおられました。
人混み好きな私と違って、嫌いな息子は「大阪の芸人は好きだが、大阪は合わん」と言っていたけど。
二日目は京都
。初京都の子どもには、先ずは清水寺からでしょう。
しかし、京都駅からの市バスもすごい行列、ここも大変な混雑。
清水寺にはみんな一度は来ていると思うけど、なぜにこれほど人が多いのか。
その後はさらに定番、銀閣寺、金閣寺、二条城と見て歩き、時間が余ったので東西本願寺にも入りました。
いや、歩き回って疲れた疲れた。
足の裏が筋肉痛だ。
ベタな、いかにも京都初心者らしいところへ行ったわけだけど、私も修学旅行以来行っていないわけで、その時は実にいい加減な態度でしたが、改めて見ると面白かったです。
やっぱ京都はいいですね。
特に新緑の柔らかい色の中にある古寺というのはよいものでした。
「よし、今度は一人で(内緒で)来よう」と思っていたら、息子も
「こういうところは一人で考え事をしながら来たい」
と言いだし、しかも自分への土産には小学生のくせに京扇子を所望したので買ってやったけど、なんか変な奴だな、こいつ。
またいつか一人で京都へ来るんだそうです。
いいんじゃない。
我が一族の(特に男子の)放浪癖、孤独癖の血が君にも流れているのだよ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
April 14, 2008
ニュースの経済欄をどう読むか、素人にはなかなかわかりにくいのですが、今最もホットなのはサブプライム問題に端を発する世界恐慌があるや否や、ということでしょう。
やはり、副島隆彦氏の解説が面白い。
副島隆彦の学問道場「気軽にではなく、重たい気持ちで書く掲示板」より。
アメリカにムリムリ導入させられた時価会計主義を、こともあろうにアメリカ自身が捨て去ろうとしているらしいのです(といっても時価会計が何か、そういう分野にいない自分にはよくわからんのですが)。
恐慌とか、恐ろし気な話ですが、なんか、日本にたかっていたハゲタカたちが崩れ去ろうとしている話は、正直「ざまあみろ」という気持ちになりますね。
副島氏が言う通り因果応報です。
副島隆彦です。以下の記事にあるように、バーナンキFRB議長は、時価会計(じかかいけい)を、極度に嫌いだした。
アメリカの大銀行や証券会社が、担保証券(コラテラル・ビル)として大量に保有するサブプライム関連証券RMBS(アール・エム・ビー・エス)が、市場で値段が付かなくなっている。それらの仕組み債を、売ろうに売れない、引き取り手が消滅しつつある。
なんと、それらのジャンク債(ゴミ、くず債券)を「もうそろそろ安値だ」と思って、昨年の11月に大量(3兆円分)も難平(ナンピン)買いで買って、さらにそれらをCDO(シー・ディー・オウ)に組み立てなおして、市場にばらまいた、愚か者の日本のさる政府系の大きな金融機関がいる。もうここは助からないのではないか。それは、フランスの、バンク・アグリコール、「フランス農業銀行」とでも訳すか、に似ている日本の大銀行のひとつである(預金量57兆円)。今、極度に警戒態勢にあるだろう。
アメリカの銀行、証券のバランスシート(決算書)が、時価会計での資産評価のために大下落して、急激に毀損しつつある。だから、バーナンキが、慌てて、なりふり構わず、「時価会計を急いで捨てる」と言い出した。 あれほど、日本の金融機関を、痛めつけるつもりで、1980年から、がみがみと叱って導入させて、それを1990年ごろに、無理やり法律として成立させて、日本を極度のデフレ国家にしたくせに。
時価会計導入によって、どれほどの多くの日本人の金融マンや、公認会計士たちが泣いたことか。何人の人間たちが実際上、殺されていったことか。
(中略)
副島隆彦です。このバーナンキの発言の直接のきっかけは、この3月6日に、オランダの金融市場で、ハゲタカ・ファンドの大手の一角であるカーライルの子会社が、自分で保有するサブプライム関連証券のRMBSの激しい評価割れで、それをヨーロッパ人の監査法人(公認会計士たち)に指摘され、「増し担保」を要求されたのに、わずか3億ドル(300億円)の資金の手当ても出来ずに、資金のショートを起こして、それで、危機が露呈した。
カーライル(ブッシュ父と、ジムベイカーが代表)は、これで、倒産したに等しい。資金の出し手であったヨーロッパの銀行団は、カーライルの資産の差し押さえに動いた。その後の報道はない。「ハゲタカ・ファンド」(プライヴェット・エクイティ法人)の実態は、メガバンクからの安い資金で、乗っ取り・解体、死肉をあさる業を敢行して来た、醜い連中であることが分かってきた。
日本の新生銀行(旧長銀。リップルウッドというハゲタカが保有)と、日本新興銀行(木村という竹中の片割れが経営。ここもボロボロ)と、シティバンク日本法人、なども、すべてやがて消えてなくなるだろう。
遡(さかのぼ)れば、BIS(ビー・アイ・エス、国際決済銀行。バーゼル・グループ)による、1980年代末からの、「自己資本率8%」という基準で、日本の金融機関は、厳しい引き締めにあった。それで、どんどん信用収縮(クレジットクランチ)を起こしていった。
このBIS基準の強制と期を同じくして、時価会計の導入があった。この会計制度によって、それまでの金融資産の取得原価主義(しゅとくげんかしゅぎ)の会計原則が、一気に変更されて、日本に押し付けられた。日本では1990年(?)だったか、さっさと法律になった。これがIAS(アイ・エイ・エス、国際会計基準)だ。
ヨーロッパ諸国は、アメリカの押し付けに抵抗して、なかなか法律にはならなかった。それでもようやく2000年ごろに導入されたようだ。
このために企業の会計実務が、3ヶ月おきの目まぐるしい、四半期ごとの、下落した株価や不動産価格の評価替えをさせられて、それで、アメリカの手先をやらされている金融庁から、「おまえの会社は、資産勘定が劣化している。債務超過している」と、脅されまくって、そして外資に投げ売られていった。時価会計に従い「劣化した投げ捨て物件の金融商品や不動産を投売りした」だけでなく、自分自身、銀行そのものが、外資に叩き売られ、乗っ取りされていった。
それに抵抗した創業者一族や、それから、若い生え抜きの銀行経営者たちは、たとえば、UFJ(旧三和、東海)銀行や、りそな銀行(旧大和銀行)では、金融庁というおかしな強権役人たちによる金融検査を妨害したとして逮捕、投獄までされていった。
そうしておいて、元凶のサンフォード・ワイル(ソロモン、メリル、リーマンなどの大証券会社の真のオーナー。これらは今、すべて潰れつつある)が、日本の手下の極悪人の竹中平蔵に命じて、それらの日本の銀行を自分に叩き売るように仕組んだ。
そのために「りそなの会計士はなぜ死んだか」の本となり、事情を調べていた新聞記者たちが殺され、そして、その事実を書いた植草一秀(うえぐさかずひで)教授が、謀略の痴漢事件で悲惨な目にあった。
時価会計を、アメリカの命令で、日本国内に導入する旗振り人をやった、奥山章雄(おくやまあきお、公認会計士協会の会長をしていた男)は、そのあと朝日監査法人(アーサーアンダーセンの日本の受け皿)の会長を辞任した後、どこに消えたのか。
私は、バーナンキが、今頃になって、こういう、「アメリカは時価会計をやめる。アメリカ国内には、IASを適応しないように、国内法を急激に変える。世界のことは知らない」と言い出したことの、ものすごい身勝手と、愚かさに激しい怒りを感じる。
自分たちの職業基準を、このように弄(もてあそ)ばれて、ぐちゃぐちゃにされた日本の公認会計士たちは、怒りを感じないのか。ひどい目にあって、今も泣いている、たとえば、りそな銀行の行員たちは、竹中平蔵に激しい怒りを感じているだろう。 年収一千万円あった銀行員たちの年収は、今、400万円に減らされているという。
破綻(はたん)企業として国家管理下にあるという理由だ。あのとき、2003年の2月に、無理やり、2兆円の国のお金(税金)を突っ込んで、国家管理にした。
それを払い下げてもらう計画だった。そのワイル自身が、「私に、UFJか、りそなをくれ」と、小泉純一郎首相(当時)の首相官邸にまで押しかけて、強引に直談判した。しかし、「いくらなんでもそこまでは出来ない」と小泉が拒否して、それで、首相官邸を、激怒しながら出て行ったサンフィード・ワイルの姿が目撃されている。小泉は、竹中に頼って、アメリカの中枢からの信認を得た。私、副島隆彦は、そういうことも自分の本の中に書いてきた。
そして、ワイル(デイヴィッド・ロックフェラーの実働部隊のトップ。忠臣、腹心のひとり)が育てた、リーマン・ブラザースや、メリル・リンチや、ソロモン (日本ではシティグループに吸収されて、2008年1月28日に消滅した旧日興証券。ところが今も恐れ入ったことに、日興コーディアルを名乗って堂々と営業している。シティグループは、株価が18ドルにまで暴落している)などが、目下、破綻の危機に晒(さら)されている。
自業自得である。人をあまりに虐(いじ)めると、その因果が自分に回ってくる。私は、仏教(ブッデズム、お釈迦様本人の思想)ではないと知っているが、因果応報という思想を認める。あまりに人にひどいことをした人間たちは、必ず自分も同じ目にあうのだ。
竹中平蔵の別働隊として、日本国内で、暗躍して悪行の限りを尽くしている、特殊な公務員たちは、自分たちの罪悪の深さを、そろそろ厳しく恥じて、日本国民に懺悔(ざんげ)して、自分たちの罪を認めるべきだ。自分たちの大親分たち(指令本部)が、今、目の前で崩れ去りつつあるのだから。
帝国軍、金融占領軍が、今、私たちの目の前で戦力崩壊して、撤退して行きつつある。
モスクワを火の海にして、自分たち自身が餓死寸前となって、ぼろきれのようになって撤退してゆくナポレオン軍を、静かに見守るロシアのクトゥーゾフ将軍のような気持ちになる。兵站線(へいたんせん)の伸びきった軍隊は、崩壊するのである。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
April 12, 2008
連日報道されるチベット問題を見て感じていることを書きます。
中共が過去から現在までチベットの人々にいかにひどいことをしてきたか、ジェノサイドといっても過言ではない無数の悪行、暴行、虐殺は漏れ聞いていただけに、暴動を起こしたチベット人たちの気持ちはよくわかります。
ある意味、全く「正当な」行為だと思います。
一方で、暴力は否定しながら、チベットの自治を要求し続けるダライ・ラマの心中の苦渋も察するに余りあります。
半世紀ほど前か、中共によるチベット侵攻からダライ・ラマらチベット仏教徒がインドに逃れて、チベット人の苦難の歴史が始まるのですが、一方でそのことで欧米に本格的にチベットの精神性が散らばり、広がることになりました。
普段感じることはないかもしれませんが、実は思想や芸術など、様々な文化ジャンルにチベットはとても深い影響を与えているのです。
トランスパーソナル心理学だってチベット仏教抜きには考えられないでしょう。
私の武術の先生の老師も本物の伝統武術を伝承し、さる中国の民間宗教の高位に位置する人であったために、国共内戦の時に蒋介石らと台湾に渡った人でした。
そこから日本に来て、本格的な太極拳や形意拳など武術を初めて伝えてくれたのです。
他にも大陸の中共を逃れて、台湾、香港、アメリカなどに渡って、伝統武術、気功を伝えた老師は多いと聞きます(逃げられなかった人たちは、文化大革命でどえらい目に遭わされた)。
昔道家龍門気功というのを習ったことがあるのですが、そこの老師は、気功にはチベット仏教のメソッドが実はたくさん入ってきていると仰っていました。昔は漢族とチベット族は相互に精神的に影響を与え合っていたのかもしれません。
太極拳だって中国のものだと思う人は多いでしょうけど(それはそうですが)、中共政府が押し進める、日本でも最も普及しているのは、権力による骨抜き太極拳に過ぎないのです。
最近NHKで太極拳の健康番組を始めましたが、あんなの太極拳ではないとはいいませんが、大したものではないとはいっておいた方がいいでしょう。
NHKによる、五輪前の中国お追従番組なのでしょう。
そして私は、抵抗を続けるチベット人たちとダライ・ラマに熱烈なエールを送りつつ、ニュースで聖火リレー妨害騒ぎを見るにつけ、何かその裏にあるただならぬ力の存在も感じずにはいられません。
天木直人さんのブログにもありましたが、何か問題がありすぎる気がするのです。
このチベット騒ぎの陰で、中東も実は大変な状況になっているらしい。イスラエルが存亡を賭けた戦争をアラブに仕掛けようとしているというのです。http://tanakanews.com/080406mideast.htm
しかしそのことが国内のニュースでは全く取り上げられていない。
真偽はわかりませんが、ベンジャミン・フルフォードさんのブログで以前、中国の情報機関とイスラエルのモサドが隠れた戦争状態に入っていることを暴露した記事が載りました。
他にも裏の世界では、EUやロシアも絡み、庶民には伺いしれない、さらに複雑な戦いが繰り広げられているのかもしれません。
最後にこのチベット問題を解決する妙案を提案します。
中国政府指導者は臍下丹田に気を込めて、大人(たいじん)となって下さい。
それは、北京五輪聖火の最終ランナー、あるいは聖火台の点火者にダライ・ラマがなることです。
そしてその場で、チベットの自治を認め、漢族の過ちを認め、漢族とチベット族の平和共存を訴えるのです。
そうすれば、日本は過去の侵略を素直に謝らざるを得なくなり、中国はアメリカやイスラエルの凶暴さを糾弾する力を得、世界は中国の覇権を認め、歴史が一気に変わるでしょう。
まあ、あり得ないだろうけど。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
March 31, 2008
最近も何やらわかりにくい事件が続けて起きていますが、精神病理学への関心はこれまで以上に高まるかもしれません。
当然のことながら、カウンセラー、セラピストも病理についての知識を持っていなくてはなりませんね。
先日山梨県立大学准教授の坂本玲子先生にお会いする機会がありました。アドラー心理学と認知療法を身につけた先生は、大の映画好きで、学生への精神医学の講義にも映画を使って説明するそうです。
例えば、自閉症を本格的に描いた映画では「レインマン」が代表的ですね。
ダスティン・ホフマン演じる自閉症者の迫真の演技が話題になりました。
これ以降、一気に「自閉症もの」のドラマやコミック、ドキュメンタリーが増えたような気がします。
基本的にエンターテイメントだから、病理といっても事実の生々しさとは違うところはあるかもしれないけれど(やたら美人やハンサムの医者やカウンセラー、クライエントばかりだったり)、一流の俳優が渾身の演技をした「障害者」たちの姿は見る者の胸を打ちますし、けっこう勉強になります。
レインマンの他、先生が紹介してくれた映画には次のようなものがありました。
知的障害には「I am Sam」 ショーン・ペン主演
若年性アルツハイマー病には「明日の記憶」 渡辺謙主演
躁鬱病には「心のままに」 リチャード・ギア主演
統合失調症には「ビューティフル・マインド」 ラッセル・クロウ主演
境界性パーソナリティー障害には「17歳のカルテ」 ウイノナ・ライダー主演
性同一性障害には「ボーイズ・ドント・クライ」 ヒラリー・スワンク主演
他の病名に関する映画もいっぱい題名を教えてもらいました。
それにしても忙しさにかまけて、最近全然映画を観ていないなあ。
TUTAYAに久しぶりに行きたくなった。
ストレス解消にドンパチ、CGてんこ盛りのハリウッド映画もいいけど、最近食傷気味、こういうのもしっかり観ておきたいものです。
その講座の風景です。岩井先生のブログから http://blog.goo.ne.jp/iwai-humanguild/e/0a7694d3839c6a8af6466c764779ca88
私もちょこっと写っていますよ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 27, 2008
今は、最も多忙な時期。
今年度中にまとめなければならない書類が山積みで、書類を「オラオラオラー!」と一気呵成に書きながら、その合間に面接も容赦なく入っているので、変にテンションが高くなっています。
そんな中、昨日は人事異動の発表で、私は異動なし。あと1年、往復100キロの長距離ドライブ通勤をすることになっちまった。
仕事はいいけど、ガソリン150円時代に可処分所得は減る一方で、それがつらい。
その前の一昨日は、児童相談所で家族療法の研修会。
いつもお呼びする名講師、文教大学の秋山邦久先生による事例検討会でした。
この先生の、システム論とブリーフ・セラピーに基づいた、事例のシャープな読みと適切な技法選択の助言はいつも目から鱗なので、楽しみにしていましたが、私は家庭訪問の仕事があって参加できず、終了間際になってやっと会場に駆けつけただけでとても残念。
事例を検討し合えた若手たちには、いい勉強になったはず。
ただ、その後の少人数の懇親会で、先生から心理臨床の極意と裏話をいろいろ伺えたのが何よりの収穫でした。
先生は児童相談所の心理判定員を長く勤めていたので、精神分析学と精神病理中心だった旧来の心理臨床学への批判的視点を持たれ、きれい事抜きの福祉臨床を生き抜くコツを心得ています。
機会のあったら、臨床家のみなさんは是非秋山先生の教えを受けることをお勧めします。
ただあまり売れっ子になると山梨に来ることができなくなって困るんだよな。
さて、明日からラストスパート、しばらく苦手な書類仕事に忙殺され、心は虚ろになり、更新する余裕はないでしょう。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 20, 2008
前述の日銀総裁人事について、国際政治・経済情勢の分析で優れた視点を提供している、「田中宇の国際ニュース解説」の最新記事「ドルの崩壊が近い」でも、副島氏と同様の視点が出されていました。
参考までに紹介します。
日本の政界では、日銀総裁人事をめぐって与野党が対立し、総裁が決まらず、金融の政策決定に支障が出そうな事態になっている。これはひょっとすると、日本に損をさせるアメリカからの要請を断るための芝居として、福田首相と小沢民主党代表が事前に談合して演じていることではないかとも勘ぐれる。福田と小沢は、従来の日本の基本戦略である対米従属には未来がないと思っている点で意見が一致しており、日本を対米従属から引き剥がしていくための与野党大連立を、以前に画策している。
この両者の視点からすると、日銀総裁が空席のままということは、なかなか良い事態ということもできます。
マスコミの論調と正反対ですね。こっちの方が真実でしょう。
経済記事って、自称「算数障害のLD」である自分には元々は苦手なんだけど、なんかそうも言っていられないような、切迫したものを感じるようになっています。
世界恐慌になったら、実際暮らしはどうなるのでしょう。
最近アンテナを高くしているのですが、なかなか想像がつかないですね。
福祉や医療の世界は今以上に滅茶苦茶になってしまう心配があります。
臨床心理の世界はどうなるのかなー、今までのような心理カウンセラー(臨床心理士)バブルはなくなるでしょうけど、心理的に具合の悪い人が増えて逆に需要が増える?それとも本来的に心理なんて食うのに関係ないことだから縮小衰退する?
売国奴・森派の親玉、森喜郎が臨床心理士資格認定協会の会長であることの意味がどう現れるのか?なんてことを考えてます。
大恐慌のことを the Great Depression というのだそうです。「すんごい鬱」とでもいうのでしょかね。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 03, 2008
職場の仲間と細々と給料の積み立てをしているのですが、それが1年経って貯まってきたので、「職員旅行」として1日東京に出ました。
東京なんて私は講座や稽古でしょっちゅう出ているので、珍しくもなんともありませんが、今回はちょっと違います。
昨年出た「ミシュラン」で一つ星を獲得したお店に行ったのです!
新宿駅から5分、大塚家具のすぐ側のビル地下にある、新宿割烹中嶋というところです。
なんでもあの北大路魯山人の星岡茶寮の初代料理長のお孫さんがやっているとのこと。
魯山人直系の味ということでしょうか。
ラーメン店には詳しくても、グルメとか高級店とかには全く縁がない自分は、今回皆さんをお連れする幹事の役目を仰せつかっていたので、何だかよくわからないけど、こういう店なら大丈夫だろうと、HPを見ながら昼食コースの予約を入れたのでした。
実際に行ってみて・・・・ほんとに美味しかった!
しかし、味に関する語いのない私は、そう「美味い」というしかないのが悲しいのですが、これまで食した和食、割烹の中でも抜群だと感じました。
ミシュランのご威光、ハロー効果も多少あるかもしれませんが、もちろんそれは本質ではないと思います。
「ミシュランの審査員(フランス人?)、さすがだね」と感じ入りました。
お連れした舌の肥えたご婦人方にも満足していただけたようです。
コースの他、ランチタイムは800円から鰯の定職を用意しているようで、昼休みの時間になると、付近のサラリーマンやOLが並んで待っているようでした。
http://www.shinjyuku-nakajima.com/index2.html
ほろ酔い気分で歩いて、新宿末廣亭へ。
椅子席は満席で桟敷に通されて、寄席を堪能。酔っぱらっているので、前半はウトウトしてしまったときもあったけど、予想以上に笑った、笑った。
柳家三三、柳亭小燕枝とかが良かった。
いつもと違う東京の一日でした。
http://www.suehirotei.com/
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 02, 2008
フジテレビで今日(3/1)、周防正行監督の「それでもボクはやってない」をやっていました。
以前劇場上映の時の感想をアップしましたが、http://taichi-psycho.cocolog-nifty.com/adler/2007/03/post_21a4.html
改めて見ると、この映画は日本の裁判制度の問題を鋭く描いていると思いました。
ある日突然、無実の罪を着せられることが誰にでもあり得ることに背筋が寒くなります。
この映画製作の意図はわからないけど、フジサンケイのことだから、日本の裁判制度を批判しながら、問題の多い裁判員制度への導入の地ならし、世論の誘導を画策しているのかなあと感じつつ、でも、私を始め多くの人が連想したのは、
経済評論家、植草一秀氏の痴漢えん罪事件でしょう。
あえて、えん罪と書いてしまいますが、私が愛読し、信頼するブログや副島隆彦氏らの意見を聞く限り、白と私は思っています。
小泉、竹中の強力な批判者だった彼は、はめられたんだろう。最も屈辱的な汚名を着せられて、社会から抹殺されようとしたのではないか。
そんな彼が、渾身の力を込めて書いた本、「知られざる真実-抑留地にて-」イプシロン企画出版を紹介しておきます。
マスコミ報道に乗らず、社会への多次元的な視点を鍛えるには、良いと思います。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 01, 2008
関東に大風が吹き荒れた後の週明け、富士北麓に子どもの発達相談に出張。
澄み切った空に、富士山がくっきりと見事でした。
お昼は忍野村にある有名店「渡辺うどん」で、名物「吉田のうどん」を食しました。
ぶっとくて腰の強い吉田のうどんは、讃岐など他のうどん地域にない個性で、最近話題になりつつあります。今朝も「ズームインSUPER」で取り上げていました。
渡辺うどんは、コミックの「美味しんぼ」でも取り上げられたほどの人気店です。
近くに来たら是非立ち寄ってみてください。でも吉田のうどんのお店は、路地裏だったり民家だったりで探しにくいことが多いんだな。
空気は肌に突き刺すみたいに冷たいけど、今は富士が最もきれいな時期ですよ。
渡辺うどんhttp://www.kashibesso.com/sub/udon/watanabe.html
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 28, 2008
前回取り上げた「武道vs.物理学」の冒頭に、本書の執筆動機として、著者保江邦夫氏の言葉に少々気になるものがあったのでコメントします。
ところが、つい先日のことだ。古武術を現代に紹介し、日本古来の身体の使い方を介護の現場に取り入れることを提唱しマスコミの寵児となった武道研究家までもが、公共放送の中で「科学的な研究が武道のレベルを下げている」と豪語していると小耳にはさんだのは。
そのとたん、愚直なまでの一本気が頭をもたげる。このままひっそりと死んでいったのでは、間違った考えが広まったままになってしまうではないか!
この本は、そんな反骨精神丸出しの理論物理学者が鳴らす警鐘だ。物理法則や原理に基づいた科学的な研究を経ない限り、いつまでたっても武道の究極奥義のからくりが明らかにならないだけでなく、達人伝説として残されているだけの究極奥義を誰でもが身につけるための手がかりさえも得られずに終わってしまうことへの・・・。
ここでいう「武道研究家」とは、いわずとしれた甲野善紀氏であることは間違いないでしょう。
甲野氏の「軽率な」発言に、正当物理学者が反発して義憤に駆られて、執筆の動機になったということで、それはそれでけっこうですが、保江氏は「科学」という言葉に反応しすぎて、甲野氏の発言のコンテキスト、つまり真意をわかっていないなあと思いましたね。
私の理解では、甲野氏はそれまでの「科学」「科学的態度」とされたものが、身体運動とその文化において、あまりにも多くのものを見落としてきたことを洞察し、自らの「身体感覚」でつかんだことが全く科学の言語で表現できていない、むしろ否定され続けてきたことへの反発があったのでしょう。
それは全く正当な感想だと思います。
その辺は、長島茂雄的「感覚タイプ」で印象論と擬態語の多い甲野氏より、科学と神秘主義的思考を両立している高岡英夫氏が的確に指摘しています。
高岡氏は、もう10数年ぐらい前から、要素主義、還元主義的科学に基づいたスポーツ科学、トレーニング科学の問題を批判し、全体論的、構造主義的視点から身体運動を捉え直すことを提唱していました(「鍛錬」シリーズ(恵雅堂出版)にその詳細が表されています)。
ちょうど80~90年代のパワー主義全盛の時代で、にもかかわらず日本人のスポーツパフォーマンスがどんどん落ちている時期でした。経済的にはバブルから失われた10年の頃ですね。
ちょうどスケートの橋本聖子や横綱千代の富士、テニスの松岡修三などが活躍した頃です。
高岡氏は、彼らをけして「超」一流ではない、むしろ二流に属すると喝破していました。
やがて、「技は力の中にある」とガンガン筋肉トレーニングをしても、世界水準には全く達しないことがわかってきたのか、時代は古に知恵を求めたり(甲野氏の古武術)、脱力を極めることでレベルアップが図れる(高岡氏のゆる体操)という風に流れが変わってきました。
そのシンボルがイチローです。
その先駆けには、グレイシー柔術のヒクソン・グレイシーがいましたね。
そういう身体運動を新しく捉え返そうという流れの中で、必然的にその物理次元の「要素」解明者として保江氏が登場してきたと私は捉えたいと思います。
それまでよくあったような、伝説の達人技の「トリック」を暴くといった悪しき還元主義者ではなく、保江氏は、武道界だけでなく人間の文化全体におけるその真の価値を十分理解した上で、なおその本質に科学的思考を厳密に保ちながら迫ろうとする姿勢が凄いと私は評価しています。
結局お二人は同じ川の流れの中にいて、顔の向きや感覚が少々違っているために見えている風景が違うのでしょう。
本来共同戦線を張っているはずなのに、お互い味方だと気づいていないようです。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
February 25, 2008
以前紹介した武道の達人技を物理学の基礎原理を用いて解明した好著「武道の達人」の著者、保江邦夫氏がその続編といえる本を出しました。
「武道vs.物理学」保江邦夫著,講談社+α新書
著者は東北大学で天文学を、京都大学と名古屋大学で数理物理学を学び、現ノートルダム清心女子大学大学院教授の立派な物理学者です。
前著と同じく、相撲の稽古テッポウの意味、柔道三船十段の空気投げの隠し技、空手の跳び蹴りと沖縄古武道の達人上原清吉翁の歩みに共通する原理、総合格闘技・グレイシー柔術の胴タックルとマウント返しなど、武道、格闘技の極意技が物理学的にどういう合理性に基づいているかが、わかりやすく、ユーモアに満ちた筆致で書かれています。
高校の物理学の復習になりますし、もっぱら睡眠の時間だった私には再学習の機会にもなりました。
物理学っておもしろいじゃん、って思えますよ。
しかし著者の偉いのは、単に武道の技を「物理学的」に還元主義的に説けば全てわかるとはけして思っていないところ、むしろそれだけでは解けない「究極奥義の技」が存在すると断言し、自ら体現できるようになってしまい、さらに科学の目を向けたこと。
本書の後半にそのプロセスが書かれていて、とてもおもしろい。
著者が癌から復帰して、ぼろぼろの体でありながら、旧知の大東流合気柔術の継承者にして数学者、筑波大学教授の木村達雄氏に再会し、ふとしたことがきっかけで究極奥義「合気」を身につけてしまいます。
そしてその実験に登場するのがなんと、泣く子も黙る極真会館会長の松井章圭氏、どっしり構えた松井氏に木村氏が合気をかけて、ヘロヘロ虚弱な体の著者がふっ飛ばしてしまいます。
合気の威力にも驚いたけど、本書に「史上最強」を標榜する極真会館館長があっさり登場するところにもびっくりしました。
武道関係者なら「えっ、出しちゃっていいの?」と驚くはずです。
実は大東流佐川道場に、松井館長が稽古に行っていること、伝説の達人佐川幸義氏にあっさり破れたことを事情通は知っていました。だけど公にはしていなかったんじゃないかな。
全国の空手マン、少年少女がガッカリするからね。
それはともかく、著者は武道の究極奥義「合気」を科学的に解明するべく使命感に燃えて研究を開始します。
そして、その端緒を電磁気学を応用することで、ついにつかみます。
その結論は、
「精神的内面を『無の境地』にもっていくことで前頭運動野における意識的神経活動を小脳における無意識的神経活動に限りなく同調させた結果として神経に生じる電気変動を敵の筋肉組織につながる神経システムに伝え、それを微弱帯電させることで敵の神経システムの機能を停止させる(ブロックする)ために敵の筋肉組織が麻痺してしまう」
という可能性が見出されたのだが、これを簡略に表現すれば、
「武道の究極奥義によって人間を人間たらしめている基本的なシステムの機能が停止させられたならば、人間の身体がマネキン人形や銅像のような単なる物体となる」
というわけ。
つまり、
「精神活動によって自分の神経システムに発生させた神経電気を微弱帯電として利用することで敵の神経システムの機能を停止させ筋肉組織に力が入らなくさせる」
という驚愕の技が、武道の究極奥義なのかもしれない。
これは合気という技だけでなく、否定するのが「科学的」だと思い込まされていた「気」の存在についても解明の端緒になるかもしれません。
武道・格闘技関係者は必読です。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 20, 2008
君は森田療法を知っているか?
日本発の心理療法として、世界にその名を知られているにも関わらず、実際にその姿を正確に知る心理臨床家はほとんどいないといってもいいでしょう。
森田神経質、絶対臥褥、作業・・・。
次々に生まれる新しい心理療法のモードの中で、古色蒼然とした時代遅れの治療法?
否、全くそれは違います。今までも森田療法は実践的治療法として確実に生きてきたし、これからも光り続ける力があるのです。
そう確信した2日間を過ごしました。
2/16,17とヒューマン・ギルドで行われた「アドラー心理学をパワーアップする、森田療法とブリーフセラピーを用いて」に参加してきました。
講師は札幌の大通公園メンタルクリニック院長の山田秀世先生。気鋭の精神科医として、森田療法を実践したデイケアを開いています。
森田療法だけでなく、アドラー心理学とブリーフセラピーを日本への導入期から学び続けて、統合的に使いこなしている人です。
今回は何かと「盗まれ上手」なアドラー心理学と森田療法を、最新の心理療法から逆照射し、パワーアップと新たな発信をしていこうという意欲に満ちた企画でした。
しかしそんな「固い」テーマを秘めながら、先生は和歌山生まれの関西人で、日本笑い学会にも入っていてる笑い好き、笑わせ好きであります。もう聴いていると、絶え間なく奔放にギャグを繰り出してくる破格の講義でした。
いや、笑った笑った。
こんなお医者さんはめったにいない。
さて、私が理解した範囲で森田療法について、です。
森田療法は森田正馬(1874~1938)という精神科医が、学生時代の自らのノイローゼを克服する体験から開発したものだそうです。
アドラー(1870~1937)とほとんど同時代に生きた人です。
そしてこの講座では、もう一人の天才も取り上げていました。臨床催眠の革命児ミルトン・エリクソン(1901~1980)です。
この希有な実践的才能を持つ3人には、世界観や人間観、臨床論、技術において、非常に多くの重要な共通点があるといいます。
例えば「解決の構成」「内外リソースの活用」「逆説の利用」「リフレイミング(肯定的枠組みの転換)」「隠喩や間接表現、喩え話」など、具体的に挙げて説明してくれました。
それらは、以前から私も「アドラー心理学とブリーフセラピーやエリクソニアン・アプローチってやたら似ているなあ」と思っていたこととピッタリ重なりました。
先生が教えてくれた森田療法の公理ともいえる4つのキーワード、それは
1.事実唯真:科学的、実践的に事実、実際を重視する態度
2.欲望と不安の両面観:不安と欲望は表裏一体という視点
3.あるがまま:放念(あきらめるべきを積極的に見限る)、着手(手を出すべきことにスッと手を出す)、観照(あるがままの当たり前の事実をひとつひとつ検証する)
4.「純な心」を陶冶する:みつめる、なりきる、感じを高める
おそらくこれらから、森田療法の実際が組み立てられ、神経症圏だけでなく様々な応用への道が開かれるのだと思いました。
使われる語いや言葉使いがちょっとレトロだけど、それが今の翻訳中心の心理学用語にない含蓄を生んでいると感じました。
先生もおっしゃてたけど、森田療法特有の「あるがまま」は、ロジャーズ的な「受容」ともちょっとニュアンスが違い、東洋の精神観につながるもので、昨今認知療法でのトピックでもあるマインドフルネスにも通じる発想でもあります。
一つ一つ学んだことをご紹介したいのですが、まだ森田療法を十分に理解したわけではないので、本ブログでは、わかったことをアドラー心理学などと対照させながら少しずつお話ししていけたらと思います(時間はかかると思いますが)。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 17, 2008
講演が続いた後は、公演。
佐野元春がなんと19年ぶりに来県!
2/15、韮崎文化ホールにてライブ、「佐野元春&THE HOBO KING BAND TOUR 2008,Sweet Soul ,Blue Beat」を聴いてきたよ、踊ってきたよ。
この日を待っていた。
若い頃から大ファンだったくせに、東京にいた頃はライブに行く機会がなかなかなかったけど、この年になってやっと会えたよ。
いや、よかった、かっこよかった。
4列目にいたので、目の前に彼が歌い、吠え、踊っていた。
あの独特なイントネーションのトークや動きを見て、レコードやテープがすり切れるほど聴いた曲が鳴り出したら、感激で涙が出そうになったよ。
見ると観客は僕よりずっと若い世代から60代はとうに越えたような方々まで、子連れの夫婦やカップルも多く、ファン層の広さを感じたね。
前半は「COYTE」や「The Sun」など最近のアルバムから、後半は80年代を中心になって、最後はSMEDAYとアンジェリーナで会場のボルテージは最高潮に。
ああ、まだ余韻に浸っています・・・。
<1部>
01:グッドタイムス&バッドタイムス
02:アイム・イン・ブルー
03:マンハッタンブリッジにたたずんで
04:シュガータイム
05:7日じゃたりない
06:ドライブ
07:ヤング・ブラッズ
08:ワイルド・オン・ザ・ストリート
<2部>
(HKBインストルメンタル)
09:君が気高い孤独なら
10:荒地の何処かで
11:黄金色の天使
12:レイナ
13:恋しいわが家
14:観覧車の夜
15:君の魂、大事な魂
16:ワイルド・ハーツ
17:ロックンロール・ナイト
18:約束の橋
19:サムデイ
20:アンジェリーナ
<アンコール>
21:ハッピーマン
22:SO YOUNG
23:悲しきレイディオ
(HKBメドレー)
アンジェリーナhttp://youtube.com/watch?v=wt_j-o13Wl0
| Permalink
|
| TrackBack (1)
February 15, 2008
養老先生、高山先生の講演の翌日は、発達障害、特別支援教育について改めて学ぶ機会となりました。
家の近くの英和大学にて、講師は東京学芸大学教授、日本LD学会会長の上野一彦先生。
いわずと知れた、日本の発達障害児教育、臨床をリードし続けてきた重鎮です。
テーマは「知的遅れのない『発達障害』の理解と対応-今始まった特別支援教育の中で-」
今回は山梨臨床心理士会学校心理士部会でスクールカウンセラーの研修として先生をお呼びしたのです。
私はスクールカウンセラーではないけど、なぜか部会員なので、会場設営から手伝いました。
それにしてもわずか2日の間にそのスジの大物3人に会えるとはありがたいことだ。
上野先生はふっくらとしたした体型、お顔にメガネ、人懐こそうな素敵な笑顔で、雰囲気がアドラーに似ているなあと思いました。
「話が好きで何時間でも喋れる。今日は2時間しかないと聞いてムッとしました」なんて冗談を言ってました。
上野先生ご自身も実はLD(学習障害)だそうで、「LD教授の贈り物 普通であるよりも個性的に生きたいあなたへ」講談社という素敵な本を先ごろ出しています。いつか紹介しましょう。
講演は、長年発達障害児支援の先頭に立って文部科学省などと交渉をしてきた方だけに、そのプロセスや裏話などが詳しく聞けて面白かったです。
LDやADHDの認知特性に応じた指導とか専門的な話が多かったのですが、ここでお伝えできる内容としては、
・特殊教育から特別支援教育への転換は、単なる看板の架け替えではない。
・インクルージョン教育とは、個々に必要なサービスを与えることで、同じことを同じようにすることではない。
・特別支援教育体制の整備を、校長の責務として明確化し、逃げられなくした。特別支援コーディネーターに丸投げしないように。
・個別の支援計画の作成では、心理アセスメントをしていることが重要(アセスメントできない心理士はいらないとも)。
・ADHDをもつ子の力は、「創造力がある、よく気がつく、自己主張ができる、決断力がある、エネルギッシュ、おもしろい、気軽、いつも考えている、思いやりがある、なかなかの役者、熱中力」。
・多くの子は勉強ができるようになりたいと思っている。不登校児の6割は高校へ行くが、中退、不登校になってしまう子が多い。小中の段階で、魅力的な「通級による指導」が必要。
上野先生と同じく、私も発達障害児と関わることは面白くて大好きです。
発達障害の諸概念が整理でき、とても前向きな気持ちにさせてくれた講演でした。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
養老先生のお話を聞いた後は、児童相談所に飛んで2つ目の講演・勉強会。
日本のADHD(注意欠陥多動症候群)の臨床において、先陣的役割を果たしてきた高山恵子氏(臨床心理士、薬剤師、NPO法人えじそんくらぶ代表)が来県され、お話をうかがえることとなりました。
著作も多いしご活躍の様子も聞いていましたが、私はお顔を見るのは初めてでした。
会場には仲間の心理臨床家、ケースワーカー、保健師、施設職員ら40名ほどがびっしり集まっていました。
テーマは「ICFを活用したADHD支援」
ICFとは、「国際生活機能分類 International Classification of Functioning Disability」といい、WHO(世界保健機構)が人の健康状態を表すための標準的な概念的・言語的枠組みとして開発したものです。
人の生活は、「健康状態」、「心身機能」、「身体構造」、「活動と参加」、「環境因子」、「個人因子」という要素(合計1424項目)が次の図のように相互に作用しながら成り立っているものとして捉え、これらの項目を用いて個々の状況を表します。
この考え方のもとでは、例えば、ADHDという診断を受けた子どもが学校の授業への取り組み(参加)がうまくできない場合、「この子はADHD(健康状態)だから・・・」と一方向的に判断するのではなく、「授業という『参加』がうまくいかないのは、どんな要素が影響し合っているのかな?」と多面的に捉えることができます。(当日資料より)
概念図は次のようなものです。
「問題」を理解するときに「心/身体」の中のみに注目するのではなく、それを取り巻く周囲との関係、システムのあり方を考慮することは、援助者としては当然といえますし、アドラー心理学は全体論ですから基本ですが、それを国際機関が概念化し、世界に良い意味での「グローバル・スタンダード」として流布しようとしているところに意味があるのでしょう。
私も昨年ヒューマン・ギルドで「子どもの発達と病理」について講義をしたときに、ICFの図を紹介したことがあります。
これからの常識でしょうね。
高山先生は、チャキチャキッとした感じの方で、とても歯切れがよく、ICFの枠組みを利用したご自身のADHDの臨床の考え方や様子を伝えてくれました。
内容はとても書ききれないので、資料に載せきれないエピソード的なところとして興味深かったのは、
・周知の通りADHDにはリタリンが効き、アメリカではアンフェタミン(麻薬の一種)が処方されている。逆に未診断のADHDは麻薬にはまりやすい(私注:それだけしっかりとした投薬治療が必要ということでしょう)。
・「バカ」と言われるより、「不良」と呼ばれた方がいいと考える子がいる。ADHDがぐ犯や非行に走りやすい要因となる(私注:よくわかります。プライドを大事にしてあげなくてはいけません)。
・アメリカにいたとき、保護者に診断を伝えるときに、医師、心理、理学療法士、スピーチ・セラピストの4人が同席面接をしたのがとても良かった。
・診断名を言わなくても、WISCⅢの結果だけは伝える。困り感を伝え合う、分かり合うために。アンバランスさの受容をする。クライエントに希望を与えるように(私注:これはいつも自分も心がけているところです)。
・集団に入れて伸びる子は、セルフモニタリング力がある。
・ADHDの特徴シングル・フォーカス(過集中について):「一つしかできない」から「一つならできる」へ。やるべきことの優先順位をつける。
・アメリカではアスペルガー症候群は、特別支援教育の対象ではない。「優秀でよかったね」という話。日本は察する文化なので、問題になる(私注:へーそうなんだ、と驚きと納得)。
・ICFには「本人の主観(何がしたいか)」「セルフエスティーム(自尊感情)」の項目がないのが不満。是非入れてほしい。
ADHDや発達障害に限りませんが、先生は、人生に影響を与え、人生目標の設定やモデルとなるカリスマティック・アダルトが必要だとおっしゃっていました。
高山先生自身、著書でも当日も表明していましたがADHDとLDであり、長年苦しみながらそこを突破され、今や大活躍をされているわけで、発達障害の人にとって、すごいカリスマティック・アダルトだと思いました。
ちなみに我々心理臨床家も、はっきりいって大抵がその類なので、我々にとってもモデルになりますね(^^)。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
February 13, 2008
先週末からは仕事関係として、立て続けに3つの講演を受けました。
第一弾はなんと、あの養老孟司先生。
「能力開発研修 山梨自治セミナー」の講演会として来県したのでした。
「ヒトとは何か 意識と行動 変革の壁」というテーマ
何かと評判の悪い官僚組織や制度、規則の「バカの壁」を破るにはどうすればいいかという嘘のようなホントにそのテーマで、養老先生をお呼びしたようです(主催者がそんなことを言っていました)。
養老先生もお忙しいだろうに、わざわざ山梨まで来てくれてありがたいことです。公的機関はギャラも少ないはずだし(でも講演の中で先生は「金では来ない。来たいか面白いかで決める」とおっしゃってました。ありがたいことです)。
当日は広い講堂にびっしりと県や市町村職員が参集していました。
私も養老先生のことは80年代から知っていて、著書や対談をよく読みましたが、生で見るのは初めてです。
午後2時、舞台に白髪の大きな頭のあのお姿が登場。
「養老です。山梨には良く来るんですよ。甲府には来ませんけどね。虫取りに。この間下部に行きました」
などと挨拶もなしにいきなりボソボソと喋り始めました。
おお、あの養老先生が今、目の前で喋っている、そのまんまだ(当たり前)と感激しました。
講演の内容は、「バカの壁」とか著書を読んでいる人にはなじみのあるものだと思いますが、いきなり脳の話から言語や武道の達人、虫取りの話などをボソボソと話すうちにどんどん展開していくので、ついていくのが大変だったみたい。
後で会った知人(行政職)が、「よくわかんなかった」と言っていました。
「変革の壁」は破れなかったようです。
しかし、東大にもいる養老先生は、マスコミ主導の昨今の公務員バッシングには全く同調していない様子でした。
公務員だろうがマスコミだろうが民間企業だろうが、「バカはバカ」なのだと喝破しておられます。
内容(抜粋)としては、
・体を動かさないことは信用できない。今の人、子どもは動かない。歩けばいいのにエスカレーターに乗ったり、何としても体を動かしたがらない。運動が限られている。出力とは考えや言葉ではない。運動である。
・今の子は逃げる練習をしていない。だから火急の事態に対応できない。
・「よーく考えて」は即「バカの壁」。考えているうちは「枠」の外に出られない。枠の外に出るには「勇気」しかない。
・日常の体の動かし方が基本プログラムになる。
・達人はフワッと立っている。隙がないというのは、張りつめているということではない。脱力していること。
・脳への入力は、「感覚の世界」。「世界の違い」を感じ取る。動物は「違い」しか認識しない。
・脳の内部は、「演算の世界」。違うものを「同じ」とする。それが言語であり、情報となる。
・脳からの出力は「運動」のこと。
・情報化とは、文字であれビデオ、写真等なんであれ、「変わらないもの」を前提にしている。自己同一性、個性とは情報化。同一性は等価交換につながり、貨幣につながる。グローバリゼーションはその必然の結果。白人はそれにこだわる。バカすぎて、もう彼らを変えるのはあきらめた。
なんてとこだったかな。
面白かった。養老先生はなんとなく風狂っぽいけど、ほんとは正気の人を見た思いでした。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 11, 2008
本当に温暖化かよ、と思うくらい寒くて雪の多い冬ですね。
そんな雪の降る日、なんと私が病院で、糖尿病患者さんに太極拳の指導をすることに。
私が以前勤めていた山梨県随一の大きさの総合病院に、糖尿病の患者さんの自助グループがあって、そこの定例会で太極拳を教えてほしいと依頼があったのでした。
頼んできたのは、以前から知っている保健師さん。グループの運営をしていて、たまたま私が太極拳をしていることを知ってのことでした。
大体保健師さんというのは元気なおばさん女性が多くて、保健師軍団というくらい結束力が強いので、それににらまれたらとても断ることはできません。
「は、はい、喜んでさせていただきます。一生懸命がんばります」
と二つ返事で、ボランティアを引き受けたのでした。
それは冗談で、まあ、太極拳を教えてくれといわれれば、どこへでも飛んでいきますよ。
保健師さんからは、「糖尿病の運動療法として、室内にいることの多い冬場のメニューとして太極拳を教えてくれ」とのことでした。
なるほど。それはいいかもしれない。
糖尿病も他の生活習慣病と同じように運動療法が勧められている。その理由は、運動によって筋肉が収縮・弛緩の活動を繰り返すことにより、筋肉細胞内への糖の取り込みが促進されることにある。また、運動が、インスリンの働きを良くしたり、血糖値を下げたりするような、直接血糖のコントロールに作用するほかに、体重を減らしたり血圧を下げたりして、血管障害のリスクを減らすからである。「太極拳が体に良い理由」ベースボールマガジン社
これなら太極拳が一番!
当日は雪にも関わらずなんと30名の患者さんが参加してくれました。お年は30から80代!
みんなこの病院に入院歴のある方ばかりだそうで、日頃そう運動をしている様子はないので、ソフトにやさしく休みながらをモットーに、冗談でツカミを入れながら、気功と正宗太極拳の最初の動きを何度も繰り返しました。
太極拳の型を一度に覚えることは普通の人にだって簡単なことではないので、この日は体験という感じでしたが、少しでも家に帰ってやっていただけるように、単純な動作の繰り返しのスワイショウとじっと立って姿勢と呼吸を整える気功のポーズを2,3、重点的にお伝えしました。
患者さんたちは慣れない動きに正確とはいえませんが、とても熱心に集中して取り組んでくれ、みんな私についてきてくれました。
そして、受講前と受講後には血糖値を測定。
軒並み血糖値が下がっている様子でしたよ。運動直後でしたが、もうしばらくして測るともっと下がっているだろうとのことでした。
講習後お茶を飲みながら、何人かの患者さんとお話ししましたが、「面白かった」「体の中に芯が通った気がする」「血糖値がこんなに下がった」とおっしゃってくれました。
自分としても、いつも健常者にしか教えていないので、いい経験になりました。
また、武道から養生までカバーできる太極拳のキャパシティーの広さというか、応用力を再認識しましたね。
山梨の生活習慣病をお持ちのみなさん、運動療法に是非、太極拳を取り入れて下さいね。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
February 07, 2008
昨日2/6のNHK「SONGS」に忌野清志郎が登場。
喉頭癌からの復活ライブ、嬉しかったなあ。
清志郎さんは、私の最もリスペクトするアーティストの一人です。
なんか並の、凡百のアーティストとは違う「力」があるよね。
ドラッグのメタファーだらけの歌詞も好きだし、幾たびかの発禁も関係なく出し続ける政治的メッセージの歌も全然臭くなくてかっこよかった。
90年頃「THE TIMERS」なんて大麻っぽくて、というかそのまんまでやるなあなんて思ったし、反原発の歌もおもしろかった。
それまで清志郎さんを評価していた評論家の吉本隆明は、眉をひそめてたけど、反体制の思想家が軒並みおとなしく力を失っていく中で、孤軍奮闘している趣があったね。
最近の若いもんの中には、こういう骨のあるのはいないなあ。マーケティングで育てられた優等生ばかりじゃないか。
小泉破壊で日本最悪の時代状況の時は清志郎さんも癌で大変だったけど、まさに今復活したのは何のシンクロニシティーか?!
こういっちゃなんだけど、残りの人生もう怖いもんないだろうから、さらに過激なメッセージをガンガン歌ってほしいな。
今日は仕事で書類を作りながら、頭の中は「雨上がりの夜空に」が鳴り響いて歌いまくっていたよ。
雨上がりの夜空にhttp://youtube.com/watch?v=kLl8hJeXFkE
JUMPhttp://youtube.com/watch?v=Dv5nzOJa60c&feature=related
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 03, 2008
謎が謎を呼ぶ中国餃子中毒事件。単純に中国の衛生が悪いと責めるだけではすまない深さがうかがわれるようになってきました。
真相はわかりませんが、こんな見方も知っておくといいと思います。
国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」
これによって誰が利益を得るのか、といった視点から考察することはミステリー小説の謎解きの基本ですが、心理臨床面接の基本でもあります。
この問題行動、症状の「利得」は何か、アドラー心理学では目的論、精神分析では疾病利得、行動分析では強化随伴性、相互作用としてみるとシステム論として分析されます。
この「連続殺企業事件」、けっこうあり得るんじゃないでしょうか。
このギョウザ事件は、神戸のものに穴が
あいていたとある。
つまり「おかしい」と思う。誰かが意図的に農薬を高濃度で入れているのだ。
この誰かとはいったい誰か?
それは、
一連の流れからして、
「消費者を保護するため」と称して
「消費者庁」
を設置したいという政治の流れがあった。
そして絶妙のタイミングで引き起こされたことに気づいてほしい。
一連の事件を思い起こしてもらいたい。
実はすべて、厚生労働省の管轄である。
食品問題は、
「おいしくて売れる食品会社」に集中して起こっているのである。
「白い恋人」
これは、突然、引き起こされた。
みんなあのお菓子を好きだった。
亡国の人物が、仮にこのお菓子屋に目をつけて
誰かが、アルバイトで、中に入り、そこに意図的に大腸菌を
入れて、自分自身で、「問題がありました」と行政に
電話をして、
行政が「たまたまの事件」としてとりあげないと
今度はもっと大規模にマスコミに流す
とやる。
そして、結局は、どうなったか?
必ず厚生労働省が「営業停止」に過度に対応するのだ。
そして営業停止になると善良な創業者の人は責任を感じて
辞任する。
するとそこに銀行家がやってくるのである。
かならず銀行屋が、乗り込んで会長になるのだ。
そしてその後は「ようやく営業再開」となる。
そしてすぐにV字回復をする。もともと信頼があるからだ。
そしてその銀行家は、なぜか、株式を売却しましょうよと
動く
かならず、創業者一族が同ぞく
経営をやっていたのが原因だと、最初から決まった結論を出す、
そして創業者一族を追放する。
そして株式を売却するかして経営権を外国資本、もしくは
三井住友ゴール○マンサックス銀行か、ゴール○マンサックス証券が
主幹事証券となって上場をしたがる。
赤福も同じである。
赤福の会長には、三井住友ゴール○マンサックスカードの
役員が天下りしている
不二家もそうだ。
http://archive.mag2.com/0000154606/20070122033801000.html
そして温泉がほしいといっていたときも
温泉に1千万円もする機械の設置を義務付けようとして
反対にあうと
、まさしく絶妙のタイミングで
渋谷の温泉爆破事件が起きた。
誰があの温泉を爆破したのか?
あのあと、都心の温泉は、外資が買収となった事例が多発したのである。
[犯人]はさて、誰か?
最悪の事態はこれを契機に消費者庁を設置されることである。
あらゆる、ねつぞうやでっちあげがある消費者の声だということで
なされていろいろな会社が営業停止に追い込まれて
外資に売却されるはずである。
目をさませ!
ユダヤ外資と厚生労働省と森派のトライアングルが
存在している。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 20, 2008
早稲田大学ラグビー部が、大学全日本選手権で優勝しましたね。とてもうれしい。
宿敵関東学院大学が出ていなくて残念でしたが、早慶戦になった決勝で、見事な勝ちっぷりでした。
名将清宮監督の後を継いだ中竹監督は、大変なプレッシャーだったと推測しますが、ガキ大将タイプでカリスマ性満タンの清宮氏とは全く逆のタイプに見え、実際はどうなんだろうと思っていました。
そしたらいつも届くメルマガから驚きの内容が。
以前紹介した本「五感で磨くコミュニケーション」の著者で、アメリカで本格的にアドラー心理学とNLP、コーチングを学んだ平本相武氏がその背後にいたそうです。
http://executivecoach.seesaa.net/archives/20080112-1.html
早稲田大学ラグビー部 第44回大学生選手権優勝
中竹監督率いるチームが、1月11日決勝戦で慶応大学を下し、
今シーズン選手権優勝を決めました。平本相武と毎週セッションし、
中竹監督らしい「選手が自分で考え自分で解決する、進化する組織」
がパワーを発揮し結果を確実に残しました。
私も彼がヒューマン・ギルドの人気講師時代に何回も講座を受けていて、彼の人柄や才能は高く買っていました。
平本氏ならやるだろうと思います。
NLPのスキルとアドラー心理学の哲学とコーチングが統合されれば、まさに無敵ですね。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
January 18, 2008
参議院外交防衛委員会で、民主党の藤田幸久議員が、9.11テロの疑惑を取り上げたそうですね。副島隆彦先生のHPで知りました。
国会に出ること自体が素晴らしい。
でもなぜかメディアは黙殺していますね。
http://forum.prisonplanet.com/index.php?PHPSESSID=21d2762d7bf25b1e1ac1f03e83e58888&topic=21901.msg84079
あの日、世界貿易センタービルがズズズ、ドサーッと崩れ落ちたシーンを生中継で見ていました。心底驚きましたが、なんか不自然な印象も感じました。感じませんでした?
あれってよくあるダイナマイトを仕掛けたビル解体と全く同じ感じじゃん。
その後9.11事件のブッシュ・ネオコン自作自演説が出て、最初はまさかと思ったものの、話を聞いていくとそっちの方がアルカイダ説よりずっと説得的だと思うようになりました。
もしそれが真実だとすると、ブッシュとそれに盲従しつづけた小泉の言っていたことの根底が崩れることになります、まさに貿易センタービルのように。
早くそうなるといいな。
しかし、敵も自分の社会的生命(あるいはほんとの生命も)の絶体絶命の危機ですから、必死になって 防いでくるでしょう。
真実が明らかになるのはいつの日か。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 08, 2008
正月休み最後の日曜に上京、大学のサークル仲間が高田馬場の喫茶店に終結。
全員が10年ぶり、20年ぶりに会う人ばかり、とても懐かしい面々で時が20年前に戻ったかのようでした。
どんなサークルかというと、オールラウンド・スポーツサークル、夏はテニス、冬はスキー、夜はH、なんてネアカ(古い!)なとこではもちろんありません。
早稲田大学神秘学研究会、通称シンピケン。
なんでしょうねえ、どんなとこでしょうねえ、とても妖しい臭いがします。
当時のみんなそれぞれの「研究テーマ」は、グルジェフ、シュタイナー、クロウリー、西洋魔術、カスタネダ、チベット仏教、ヨガ、ヒンズー、イスラム神秘主義スーフィー、古神道、瞑想、武道、ニューエイジ・サイエンス、トランスパーソナル心理学、ユング心理学、占星術、現代思想、幻想文学、SFなどなど・・・。
研究といっても学術的というより、趣味的、道楽的、あるいは求道的、修行的なもので、「神秘」に関心のある人が思い思いに、三々五々テキトーに集まったようなところでした。
70年代後半から80年代のサブカルチャーの硬派の部分、スピリチュアリティーの部分を現代に蘇らそうとした思想運動に何らかの形で参加、加担しようとしていたといえるかもしれません。
バブルに向かう、ひたすら明るく前進する日本に違和感を感じ、所在なく何かを求めて、探していた連中だったのかもしれません。
喫茶店に居座って話し込むこと4時間。こういう同窓会は、あの若かりし時とは見る影もなく、という変わり果てた人がいるものですが、全員が全員体型の変化はあってもほとんど変わりない様子で、オカルティストは年を取らないのか、という思いさえわきました。
「君も変わらないね」
と私も言われました。成長していないといえば、確かにそうですね。
近況を報告し合い、新聞社に勤めながらK・ウィルバー等の翻訳を手がけた人、フリーライターでメンタルヘルス本の出版など手がける人、編集関係者、自営業者、心理臨床家(私)など「俗世」に紛れ込んだ者もいれば、アメリカ・サンフランシスコにあるチベット仏教寺院の建設に携わっている人もいました。
今回はそのアメリカに渡った人が、何年かぶりで帰国したから集まったのです。
彼は、チベット仏教ニンマ派(中沢新一さんが修行したのと同じ流派)の寺院をアメリカに造りながら、世界に離散し苦難の道を歩んでいるチベット人、チベット文化の援助、振興に力を入れているのでした。
オディヤン・ブッディスト・リトリート・センター
時代はバブル崩壊と失われた10年、虚妄の構造改革から格差社会と続き、精神性への志向は表面的な新宗教ブームからオウム真理教事件でつぶれ、今再びメディアによる奇怪なスピリチュアル・ブームが勃興しています。
みんな、ずっとそのどれにも入らず、カルトにもからめ取られず、しぶとく生きてきました。
スピリチュアリティーの根っこや元ネタ、思想の部分にアクセスしていたので、メディアの言いなりにはならず、カルト的なものには免疫があったからかもしれません。
信心がなかったとも言えますな。
次に会うのは何年後のいつの日か、それまでみんな頑張って生き抜きましょう。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 03, 2008
NHK「プロフェッショナル イチロースペシャル」は大変興味深く、面白かった。
「大富豪」イチローのプライベート・ライフは当然すごいなと思いますが、それよりもさらにイチローは上を目指し続け、本人もうまく言語化できないけれど「新しい感覚」を求め続け、つかみかけているというところはさすがと感じ入りました。
特に興味深かったのは、ゲームの後、足裏マッサージ器で丁寧にマッサージをしているところ。いつもすごくよく使うので、もう3台目とか。
茂木健一郎さんらに見せた旅行鞄の中に愛用の枕と共に、そのマッサージ器がどんと入っていました。
住吉美紀アナウンサーが、
「足って大事ですか?」なんてぼけたことを聞くと、イチローは当然でしょ、という風に
「大事ですよ。足の裏から力が抜けていくっていうかね」といった感じで返していました。
ここを見て私は、
「やっぱりな」と思いましたね。
脳内に関心のある茂木さんや一般人の住吉アナは、それ以上そこを突っ込んでいけなかったようですが、身体技法に関心のある人なら、さらにそこから先を聞きたかったんじゃないでしょうかね。
「足の裏から力が抜けていく」なんて、普通の人はわからないんじゃないでしょうか。
せいぜい足の裏で「踏ん張る」「力を出す」「蹴る」とかいった感覚や表現をする人が多いんじゃないでしょうかね。
そこを「抜けていく」なんていかにも達人・イチローです。
高岡英夫先生が、イチローがオリックスに彗星のように登場した時に、いち早くその卓越性を認めて、「イチローには足の裏に格別の身体意識がある」と著書「意識のかたち」(講談社)で発表したことを思い出しました。
その身体意識をジンブレイドと高岡先生は名付けましたが、それによって脱力しきった体がなめらかに、鋭く動くことを可能にしているのです。
私は以前ジンブレイドのワークショップに参加したことがありましたが、そこでは足裏からあるラインに沿って絶妙に力が抜けていくのを何度も練習しました。
それによって動き出しのなめらかさと強い力が出せるようになるのを実感しました。
足裏はとても大事なのです。
どうしてイチローは、それに気づいたのか。
イチローは小学生時代、少年野球の練習が終わった後、毎日お父さんから、足の裏を揉んでもらっていたそうです。
あのチチローさんのことですから、愛する息子のために丁寧に揉んであげていたのでしょう。それをイチローは「ああ、気持ちいい」とばかりに受け入れていたのです。
そんな日々の親子のマッサージの中から、イチローは足裏の意識を高めていったのではないかというのが高岡先生の推測でした。
最近年で足裏は固くなりがち、なんかリフレクソロジーでもいいから、足の裏を気持ちよくしたくなったな。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 02, 2008
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ブログタイトルとは必ずしも関係のない記事が多くなっているようですが、広い意味では人間の心身と社会がテーマのつもりです。
自分にとって面白い、重要だと思ったことを拾い上げて書いていきたいと思います。
今、実家の重いパソコンを使って書いています。
正月のテレビって何でこうもつまらないのだ、と思いながらもつい観てしまいます。子どもはゲラゲラ笑ってるけど。
でも、意味のないだらだらとした時間を過ごせる正月っていいなと思います。
今年は大変な年になりそうだけど、何とか良い年にしたいですね。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
December 31, 2007
少し前になりますが、所用で秩父に行く機会があって、その折りに秩父34札所として著名ないくつかのお寺を廻りました。
その中で特に良かったのが、4番目とされる金昌寺。無数の石仏と赤ちゃんにお乳をあげている子育て観音が印象的でした。
今年の最後の記事として、アップします。
今年は新自由主義経済の悲惨な結末が見えてきた年でした。
今日のNHK・BSの「地球特派員セレクション」の「サブプライムショック・バブル崩壊」で森永卓朗氏がアメリカでも「金融資本が狂気のようになって吹き荒れ、まともな生活を壊している」といった趣旨のことを言っていました。
TBSの「サンデーモーニング」でも、正面から新自由主義批判を特集していたようですね。
時代の潮目が変わりつつあるのを感じます。
来年も大変な年でしょうけど、これ以上人心の荒廃が進まないことを祈りたいものです。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
December 29, 2007
中国武術の実戦性はやっている者からすれば、疑うべくもないことなのですが、世間・武道・格闘技界一般からは、なかなか理解されないようです。
興行的な試合に出て勝ったり、ブルース・リーのような動きを見せれば、大衆は納得するのでしょうが、ノロノロゆるゆるした太極拳や素朴な形意拳の動きを見てもなかなかわかってもらえないのも確かにわかりますけどね。
前回紹介した「中国雑話・中国的思想」の酒見賢一さんは、中国武術家がその実力によって歴史上重要な役割を果たしたことを認めています。
特に、清末の義和団の乱に、形意拳の李存義など多くの著名な武術家が大衆の側に立って反乱軍に組みし、大いに活躍したことを指摘しています。
義和団は近代軍隊からなる列強八カ国連合軍に叩き潰されて収束したのだが、義和団の武術家たちは剣、槍などを主武器とした白兵戦で対抗し、これを大いに恐れさせたのである。平和な日本でいろいろ言われているけれども、中国武術の実戦性は疑うべくもないことである。ただ、最強の(最も有効な)格闘技は何か?といった設問は、実践者や好事家から出てしばしば議論されるところであるが、それに対して近頃の筆者は、
「誰か個人が強いという話でなければ、身近に戦争がある国の軍隊や、極めて治安の悪い都市の警察で行われている格闘術じゃないでしょうか」
という答えである。武術は白兵戦闘術であり、現代武道、スポーツ格闘競技と混同しても仕方がないということである。
武道・武術の実体的な強さは、ルールやウェイトに枠づけられた「平和な」場ではなく、不幸にして暴力や戦いが吹き荒れる地域で有効であるか否かによって測られるというのは、確かにそうだと思います。
そして私が最も長く(20歳の頃から)練り続けている正宗太極拳は、台湾や日本以上に、世界で最も緊張感の高い地、イスラエルで多くの人が学び、稽古しているといいます。確かに護身の技術として比類なき優秀性があるから、ということかもしれません。
武術の意味や思想性について考えたり、現代的な平和的な応用に生かされるのも大切なことですが、いつ命が絶たれるかわからない状況下でこそ、その武術の本義が明らかになるというのは、確かに武術の本質の一つではあります。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
December 25, 2007
「中国雑話・中国的思想」酒見賢一,文春新書
中国文化のおもしろさ、魅力を知るには格好の入門書です。
前半ではやはり三国志が取り上げられ、私も薄々感じていたけど、劉備はどう考えても無定見でいい加減な人物であることが指摘されたり、なぜか怨霊から最高神にまで格上げされ中国人に最も慕われている関羽に中国人の思考の不思議さが現れていると論じられているのが面白かった。
また私のハンドルネームにもありますが、中国史において頻繁に登場する「仙人」の存在の不思議さやユニークさ、また今だ世界に大きな影響を与え続けている中国思想の代表格、易や孫子の解説も興味深かったです。
何より本書の半分近くを中国武術の解説に当てているところが素晴らしい。一般向けの新書できちんと中国武術が取り上げられるのは初めてではないでしょうか。
しかもいきなり「形意拳と八卦掌」から始まります。
郭雲深や李存義、孫禄堂といった伝説の達人の話が次々と登場して、マニアックでいいね。
その後にポピュラーな太極拳の解説が続き、そして最後の一章に中国武術、いや古今東西あらゆる武道・格闘技の中でも最強にして最も前衛的な武術家・王向斎が登場します。
私がやっている武術の直接の系統に当たる老師たちが何人も出ているのが嬉しい。
元ネタは中国武術研究家の笠尾恭二氏の著作からのようで、私のように多少知っている者からは見ると、どっかで聞いた話ばかりなのですが、中国に関心のある一般の人にもわかってもらえるように、実に上手にまとめています。
さすがプロの小説家です。「墨攻」を書いた人なんだね。
本書から、中国武術を理解し、その門を叩く人が少しでも増えてくれたら嬉しく思います。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
December 22, 2007
先週は業務で2つの研修を受講。ただで勉強させてもらえるならありがたいと(仕事をさぼれるから嬉しいなんておくびにも出さずに)、いそいそと県の職員研修所などへ行っておりました。
月火は「交渉力パワーアップ研修」。
受講者は児相の私の他、税務担当者、福祉施設職員、用地交渉担当者、警察官など直接県民や住民に接し、クレームやトラブルの対応を職務にしている人たちでした。
お人好しで、人に(特にかわいい娘には)だまされやすい私には、ちょうどピッタリというわけですな。
いや、それは半分冗談で、講師が若島孔文先生(立正大学)だというのを知ったからです。
若島先生といえば、家族療法、ブリーフセラピーの世界では新進気鋭の学者として著名な方です。私も何冊か読んだことがあり、臨床の参考に何度もさせていただいていました。
昔児相に心理判定員としてお勤めの経験もあるとか。
私が初めて家族療法に触れたのは、もう15年ぐらい前になるか、若島先生の師匠の長谷川啓三先生がヒューマン・ギルドで家族療法講座をやったことがあって、受講したことがありました。長谷川先生が日本の代表的家族療法家としてブレイクする少し前の頃でした。
ですからほんの一時ではあっても、師弟から教わる機会を得たことになりますね。
だから若島先生は心理臨床家というイメージでしたが、それだけに収まらず、コミュニケーション研究・実践の達人として、ネゴシエーションの指導もされているとは知らなかった。
受容・共感中心の母性的なイメージをカウンセラーに持つ人には、こういうスタイルは想像しにくいでしょうけど、カウンセリングだってコミュニケーションのひとつの形態です。力や主導権の奪い合い、戦術、戦略的要素は意識するしないに関わらず存在するのです。
交渉で最も大事なのは「自信」を持つこと、それを表すことというのが心に残っています。
さらに若島先生はあの極真空手の指導者をされていたと後で知り、臨床家兼武道家をまた一人発見したのが嬉しかったですね。
いるところにはいるもんだ。改めて先生と武道の話をしたかった。
もう一つの研修は児童相談所における「家族療法研修会」、講師は秋山邦久先生(文教大学)。既に本県児相では4度目になり、ファンも獲得しています。
秋山先生は長く児相や現場で研鑽を積まれ、いつもけして人を飽きさせない、眠らせない講義は、現場で苦しんでいる者を勇気づけ、行き詰まったケースでも何とかなるような希望を与えてくれます。
最近は国レベルの専門家向け研修会も担当されるほどの人気講師になってしまい、なかなかつかまえるのが大変な状況らしいです。
クライエント、家族をシステムとして見立てることで、どのようにケースの見え方が変わっていくか、それに基づいた関わりをどのようにしていくのか、目の前に展開される様はまさに目から鱗です。
「家族療法とはこういうものか」と改めて実感することになりました。
こういうものは、やはり直接「できる人」から学ぶしかないね。
お得な一週間でした。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
December 17, 2007
大河ドラマ「風林火山」終わっちゃいました。
甲州人で山梨の名を冠するブログを主宰し、歴史マニア、特に武田・真田ファンとしては最高の一年でしたね。
陰がありながら泥臭くも真っ直ぐな山本勘助を演じきった内野聖陽さんがよかった。さすがでした。
市川信玄の歌舞伎臭くて、くどい演技も面白かった。
佐々木真田幸隆もかっこよかった(できれば川中島の戦いの時、信玄の側で護衛をしていたと思われる(あるいは百足衆か)少年時代の真田昌幸も出してほしかった)。
緒方宇佐見も渋かったねえ。
今回はアイドルやジャニタレなんか変に起用せずに、昨今の大河のような不自然なホームドラマ風にしないで、本格志向でしたね。
きれい事じゃない、戦国時代の価値観や残酷さ、その中で生き抜く人間の力を描こうとしているように思えました。
脚本家大森寿美男さんのメッセージ
内野さん始め、仲代達哉や千葉眞一などの本格俳優や女優たち、歌舞伎の市川亀次郎や大衆演劇の松井誠(北条氏康)などが集まり、まさにプロフェッショナルの集団という趣でした。
Gacktの上杉謙信は正直どうなるのかなと思ってたら、浮世離れした妖しい雰囲気に、かえって人間臭い勘助や信玄と対照的で光りましたね。
乗馬も上手いじゃん。
彼だって「プロ」だもんね。
キャスティングをした人はすごいセンスだ。
千住明作曲の音楽も良かった。
視聴率的には必ずしも稼げるやり方ではなかったかもしれませんが、こういうものが最近なくて見たかったのです。
「強い力」を感じる作品でした。
僕にとっては今までの大河ではベストですね。贔屓の引き倒しもありますが。
そもそも原作の井上靖の「風林火山」はあっという間に読み切れるほどの中編小説なので、大河ドラマにそのままなるわけはない。
「武蔵」の時もそうだけど、原作無視の制作サイドの自由さが面白味を増したのだと思います。
大体僕は井上靖はあまり好きじゃないから、忠実でなくて良かったと思っています。
内野さん始めスタッフのみなさん、1年間お疲れさま、ありがとうございました。
受信料払っててよかった(笑)。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
December 02, 2007
先日、家のすぐ側の大学に中沢新一さんが講演にいらっしゃったので、これは絶対に聴きに行かねばといそいそと出ていきました。
「アースダイバー」で縄文時代から続く東京の地形の秘められた歴史と精神の古層を辿って話題になりましたが、今回は中沢さんの故郷・山梨でアースダイバーを試みるという興味深いテーマです。
「アースダイバー」
中沢さんは子どもの頃から、山梨の丸石道祖神などを在野の民俗学者だった父親に連れられて見て歩いたそうで、自然に遺跡と精神性を感じ取る力を身につけていったようです。
だからこの日のテーマは、中沢さんにとって自家薬籠中のもの、ルーツといってもいいようなものでしょう。
そんな中沢さんが以前地元ラジオ番組で、「山梨は縄文から明治維新まで一気につながったところ」と言ったら、「武田信玄はどうした?」とか抗議の電話があったとか。
でも中沢さんにとってそれはけなしているのではなく、この上もなく賞賛している意味なのですね。
「日本人の精神性のベースは、この列島に住み始めた縄文の人々による1万年の歴史の中でつくられた」
と考えているからです。
江戸時代に幕府直轄地になり藩がなかった甲州は博徒がはびこる地になり、近世文化が育たず、縄文・古代・中世と続く「野生の思考」が人々の精神に残ったと中沢さんは考えています。
中沢さんによると、戦国大名の中における武田信玄のユニークさも、縄文の精神を継いだ甲州人の精神から読み解くことができるといいます。
山梨は長野と並んで、縄文時代の文化が花開いたところで、無数の遺跡が甲府盆地には点在しています。
縄文人は「死ぬと魂は他界へ行き、他界から再び新しい生命が生まれる」という円環の人生観を持っていて、東京では岬の突端は彼岸への入り口として聖地になり、今でも上野の寛永寺や芝の増上寺など寺社や墓地として残っているところが多いそうです。
縄文期、今の甲府盆地は湖や湿地帯だったので、盆地周辺の丘陵地帯に人々は住み、埋葬地や宗教施設は母胎に似た山懐に作られました。
山奥の水源に向かう渓谷を、両足を開いた女性の体に見立てて、母胎に当たる中心部におびただしい埋葬地や古墳が作られました。
中沢さんは甲府市東部の横根古墳群をその例にあげましたが、そこは私の家のすぐ側です。
無数の石が積み重ねられた積石古墳といって、盆地を見下ろす日当たりの良い丘陵にあります。
中沢さんも私と同じ場所を散策して思索を深めていたようです。
そこを歩くと何となく気分が楽になるような感じがして、縄文人もそう感じていたのかもしれないな。風水的にも良い地なんだと思います。
他に、奈良の三輪山周辺とまったく同じ構造が、横根古墳群の東部にある山梨岡神社に見いだせるという指摘は興味深かったです。
ヤマト朝廷が拠点とし、神が宿る神体山である三輪山そっくりの美しいドーム型の山、御室山が同神社の背後に立ち、その山裏には、三輪山と同じく埋葬地や「長谷寺」がひっそりとあります。両長谷寺には、十一面観音が秘仏となってまつられているそうです。
生と死が一体となった思考が、古代の奈良と甲府に共に見いだせるのです。
「日本人の宗教や神にかかわる思考には普遍性がある。御室山のふもとに広がる石和の街は、三輪山のもとで栄えた奈良文明の中心部と同じ構造でつくられているのです。日本文化の根源的な原形は、列島の至る所で見いだせる。それが先祖の作った文化の誇るべきところだと思います」(山梨日日新聞記事より)
講演後のサイン会で「アースダイバー」にサインをしてもらいました。相変わらずスマートでかっこいい人ですね。
こんな人になりたいものだ。
| Permalink
|
| TrackBack (7)
November 28, 2007
11月24,25日と何と私がセミナー講師に変身。
ヒューマン・ギルドにて24日は「子どもの発達と病理」、25日は「アドラー心理学を子ども臨床に生かす-アセスメントから治療まで」。
自分が普段、細々、チマチマ、コリコリとやっていることを語ればよいのではないかと思い、安易に引き受けましたが、考えてみれば二日間に渡って講師をするのは初めてで、内容や時間配分はどうすればよいのか迷いながら準備の時期を過ごしました。
24日は、乳幼児期、児童期、思春期の相談のポイントと、児童臨床の昨今の2大トピック、発達障害と児童虐待について。
25日は、心理テストの概略と紹介(知能テストや樹木画、文章完成法、TAT )、アセスメントの実習などをいたしました。
気負い過ぎたか、話題や項目を多くし過ぎて、やりきれないところも出る始末。素人はこれだから。
児童相談所臨床というある意味、なかなかマニアックな内容で、参加者の人たちは、私の一方的なしゃべりについていくのは大変だったかなと反省しましたが、やはりアドラー心理学はもちろん、臨床心理学一般にも関心のある方たちばかりで、とても熱心に聞いてくれたのは助かりました。
山梨の仲間の3人もわざわざ来てくれ、大学教授のS先生や臨床心理士など数少ないアドレリアンの心理臨床家も数人参加してくれたりと、心強かったです。困ったらふればいいからね。
みなさん、私に「どうですか?」なんていきなりふられても、いつも適切に答えてくれてありがとう。
小なりとはいってもこれまでの日本のアドラー心理学は、海外文献の翻訳書とマスターセラピストの著書以外は、スマイルなどの地域活動は別として、目立った活動はほとんど表立ってはないというのが実状でした。
このままではほんとに「絶滅危惧種」になってしまう・・・。
ぼちぼち日本で育ったアドレリアンの声が上がっても良いような状況ではないかと思います。
これからも精進いたしますよ。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
November 04, 2007
11/3,4と山梨開催の「アドラー心理学ベーシック・コース」の後半が開かれ、予想以上の約25名に参加していただき、大成功のうちに終了しました。
ほんと、春頃アドママさんから「ベーシック開くことになったよ」と聞いたときは、「こんな田舎で大丈夫かな?人集まるかな」と正直不安な思いもありましたが、微力ながら僕もお手伝いをさせていただきました。
最初なかなか参加者が増えず10名もいきそうもなかったのが、開催日が近づくにつれて、どんどん増えてきたという情報が入り、結局十分な数になりました。
蓋を開けてみると、20代からから中高年まで、臨床・相談業務に携わっている方から教員、ビジネスマン、看護士、自営業者など幅広い職種の方が、山梨だけではなく、愛知・長野・東京からご参加いただきました。
この辺が実にアドラー心理学らしいオープンさです。
そして講師にして我がメンター、岩井俊憲先生が登場。ごく普通の語り口のようでありながら、絶妙に力の抜けた名調子は、まさに熟練の極み。
僕が15年ほど前に受けた時は、エネルギッシュな経営者という感じだったけど、今はあらゆる困難を乗り越えて、生き抜いて生きた迫力と達観もそこはかとなく感じられ、それゆえに説得力がさらに増すように感じられました。
主に先生の送迎を担当した僕も、久しぶりに先生とゆっくり話をすることができて、小さいながらも日本のアドラー心理学の世界の中で、自分の方向性というか立ち位置を思い定めることができました。
また、スタッフとして再受講したので、改めてアドラー心理学の基礎を学び直す機会ともなりました。よかったよかった。
これで山梨に大きな種が蒔かれたといえます。
この地では関心のある人は少ないだろうと思っていたら、意外にもけっこうニーズがあるということがわかったことも大収穫。
あとはこれを大事に育てていきたいものです。
受講してくれた皆さん、スタッフとして運営してくれた仲間たち、ありがとうございました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 01, 2007
先週26日から週末にかけて、日本心理臨床学会に行って参りました。
初日のワークショップは昭和女子大学、大会は有楽町の東京国際フォーラムでした。
東京は山梨から何とか日帰りができる距離なので、ほとんど電車で行ったり来たりの毎日、朝5時起きで深夜に帰ってくるので、ヘトヘト、ほとんどパソコンを開けませんでした。ブログも見られず、メールもたまり放題でそんなことは久しぶりです。
その中で学んだり知って面白かったことをこれからしばらくは自分にとっての備忘録として、ここに感想を書き留めていきます。お読みになった方には、何らかの情報提供になってくれたら幸いです。
改めてこの学会は大きくなりすぎて、大変なことになっているなというのが総論的な印象。東京国際フォーラムという大きな会場にもかかわらず、どこの教室や講演ホールも満員、立ち見、座り見が出る有様、砂かぶりみたいに講師のすぐ下でしゃがみ込んで話を聞くことも一つや二つではありませんでした。
参加者みんなが熱心だというだけではなく、単純にキャパシティーの問題なんでしょう。
全国大会なんてもう限界じゃないかな。東西で開催を分けるとか、東京ドームか日本武道館で講演しないとならないかもよ。
準備委員会は大変だったろうなと思いました。ご苦労様でした。
内容的には発達障害と認知行動療法系の発表が多かったですね。これも時代の流れでしょう。たくさんの方が大変熱心に学んでいることを確認しました。
私にとってよかったのは、内容以上にまず様々な方との出会いがあったことでした。狙ってた方もいたし、偶然知り合った方もいました(一人、声をかけそこなった先生がいて残念な思いをしましたが、次の機会を狙います)。
なんと本ブログに立ち寄り、読んで下さった方もいました。細々とでもやっててよかったと思いましたよ。
特に私同様、武道・武術に関心があって取り組んでいる先生との出会い、再会がありました。
元稽古仲間の同門生、沖縄古流空手、古武術、形意拳などに取り組んでいる方々と話ができたのは楽しかった。
心理臨床家の中に、意外に身体技法や武術的なことをやっている人が隠れてけっこういると知って、大変心強く思いました。
いつか「武道と心理臨床」の自主シンポジウムを立ち上げよう、なんて話して盛り上がりましたね。内容はもちろん演武会です。うまく心理学的理屈をつけるのは私じゃ無理だから、達者な学者先生にお願いします。
本ブログでもご紹介できそうな本も仕入れたし(いくら割引価格でも財布が軽くなってしまった・・・)、しばらくネタは尽きそうもなく、良かった良かった(~o~)。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
September 25, 2007
リンクさせていただいているきみのみらいの未来さんから、バトンというものをいただきました。
初めてのことで、おじさんはドキドキしましたよ。
最近の若い衆は、ネットの世界でこういうので交流しているのですな。
自説をわめき散らすだけの本ブログに合うか心配ですが、やってみましょう。
1【初めて好きになったアーティストは?】
あれは中学生の頃か、ニューミュージック全盛の時代でのう、わしゃ、アリスっちゅうもんの惹かれただよ。文化放送の谷村新司のDJもよく聴いておった。山梨に来た時はコンサートに行ったもんだよ。
洋楽ではアバが好きじゃったのう。田舎学生としてはミーハーじゃったよ。
ちなみにアーティストではないが、キャンディーズではスーちゃんが好きじゃった。
2【初めて買ったCDは?】
CDではなくて、レコードで。(文体戻します)多分ビージーズの「失われた愛の世界」とかいう題だったかな。あとエレクトリック・ライト・オーケストラのタイトル忘れたけどシングルを何枚か買った記憶が。
3【今1番好きなアーティストは?】
今は特にいませんね。子どもが好きだというオレンジレンジやスキマスイッチ、コブクロなんか借りて車で聴くくらいかな。
ずっと若い頃から好きなのは、佐野元春、YMOのメンバーで坂本教授や細野さん、大瀧詠一、洋楽だとトーキング・ヘッズ、ビリー・ジョエル、ピーター・ガブリエル、ケイト・ブッシュ、マドンナ辺りかな。
4【1番最近買ったCDは?】
買ってないです。息子にオレンジレンジ買ったくらいかな。最近レンタルしたのはなんと矢沢永吉でした。
5【普段言わないけど実は好きなアーティストは?】
誰も知らないから言わないけど、環境音楽の代表格、創始者ともいえるブライアン・イーノという人の音楽が好きです。
波間や宇宙空間にたゆたうような不思議な調べで、学生当時、瞑想したりトランスパーソナル心理学の過激なセラピーを受けていたときに知りました。激しい呼吸法の後、床に仰向けになりながら(屍のポーズといいます)聴いていました。僕の無意識にしみこんでいるような気がします。
「APOLLO」や「AMBIENT1,MUSIC FOR AIRPORTS」を聴くと、意識がまたトリップしそう・・・。
6【解散して残念だなぁ~って思うアーティストは?】
YMOは解散という感じではないし、アリスは谷村、堀内ともよく出ているしあまり残念という気持ちはないですね。
7【初めに思いつく1人のアーティストは?】
近藤等則というフリージャズのトランペッターが好きで、ライブとかよく行きました。耳をつんざくような激しい曲が多いのですが、新体道という武道もやっていて、東西冷戦中のベルリンで過激なパフォーマンスをしたり、テレビ番組ではエルサレムで吹いたりとなかなか気合いの入ったおじさんです。
8【初めに思いつく2人組のアーティストは?】
チャゲ&飛鳥かな。僕の世代では。
9【初めに思いつく3ピースのアーティストは?】
YMOかアリスぐらいかな。
あ、そうそうアルフィーは売れる前に見たことがあります。中3の頃、甲府のFM公開放送に行ったとき、アルフィーがライブをしに来ました。しかし、外は大雨、お客は僕を入れてたったの3人!
入ってきたアルフィーの3人も目が点になってましたよ。
坂崎さんはやけくそのなったのか、
「誰も聴いてねえからいいや!リスナーも見えないからわかんないだろ!」
と曲もそこそこに踊り出し、ギャグ炸裂のトークですごく面白かった。僕のホンの1メートル前で、3人がギターを弾いていたのでした。
売れないトリオだねーと思ってたら、半年もしたらブレイク。テレビで見たときはびっくりしたなー。
10【初めに思いつく4人グループのアーティストは?】
やっぱりビートルズ、ありきたりですみません。
11【初めに思いつく5人バンドのアーティストは?】
思いつきません。
12【好きなサウンドトラックは?】
映画「ブレードランナー」に流れているバンゲリスの曲が大好きでしたね。CDも買いました。今もドキュメンタリー番組やCMなんかのバックに流れることがあるようです。
13【最近1番よく聴いてる曲は?】
往復100キロのドライブ通勤なので、いろいろ聴いています。音楽だけじゃなくて、講演や落語、英語のリスニングなど。
音楽では、80年代洋楽のオムニバス版を何枚もレンタルして、「ああ、あの頃に戻って人生やり直したい。あの娘とやり直したい・・・」などと後悔と妄想に耽っております。
14【音楽聴くときに使ってるものは?】
上の状況なので、車でひたすらCDを聴くだけです。
15【好きな名前のアルバムorシングルは?】
名前が好きというより、初めて買ったLPがアバの「VOULEZ-VOUS」だったのを思い出しました。「ブーレブー」という音が印象的だったのかな。
16【恋人にしたいアーティストは??】
あんまりいないな。アーティストって変わり者が多そうじゃん。恋人というより仕事仲間の方が付き合いやすいというか。
感性的には、ケイト・ブッシュがいいかな。美人だし魔女的なところが妖しいもの好きな僕の嗜好に合いそう。
17【音楽好きさんを3人】
さて、アドラー仲間スマイルネット山梨のアドママさんとマイミクのりょうさんかな、あとはぼちぼち考えます。
以上でした。
ディープな音楽マニアではないので、面白くなかったでしょう。
明日から例のでっかい心理の学会で東京におります。
もしそれらしい怪しい男を見かけたら、お声をかけてくださいな。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
September 15, 2007
安倍首相の不登校的身体症状発症的辞任はもちろん、河合隼雄の祟りです(笑)。そいうの慣れてるはずだからね。祟りか?
内田先生じゃないけど(お疲れさまだよね)、臨床家としては「お腹が痛いの」と弱った者を打ち据えるのはちょっと気が進まないのですが、それまで「日本の最高権力者(本人談)」として、ろくでもないことを考え、実行しようとしてきた報いということで。
美輪明弘先生の「プラスとマイナスの法則」だっけ?、要するに因果応報ですがな。アドラー心理学的には、「自然の結末」といいます。
しかし、マスコミらがこぞって一つのことで騒いでいるときは要注意と思っていたら、いつも愛読している、こちらジャパン・ハンドラーズと国際金融情報と国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」に面白い指摘が。
この騒ぎは、郵政民(米)営化の総仕上げを糊塗するためとか。
先ずは前者のアルルの男・ヒロシさんの記事から。
安倍辞任の本当の理由はさておくとして、ここで重要なのはここ数週間の間、国会論戦の焦点がテロ特措法や年金問題になっていたということだ。すっかり忘れ去られた問題がある。それは郵政民営化法の凍結問題である。
永田町の関心がテロ特措法に集中していたとはいえ、民主党と国民新党では郵政民営化凍結法を提出するなどの動きを見せていた。平沼赳夫自民復党が取りざたされることで、その原因となった郵政民営化に再びわずかではあるが注目が集まっていた。
ところが、テロ特措法を巡る新法問題、表向きテロ特措法の審議が深まらないことを理由に辞任を表明した安倍首相のサプライズが原因で、政局は一気に流動化、総裁選を行うこととなり、次期首相と目される、麻生太郎か福田康夫が就任して所信表明を行う頃には郵政民営化が行われる10月1日を迎えてしまっているだろう。これで郵政民営化凍結の動きは完全に腰砕けになることになる。
したがって、ウォール街と国際金融市場は、安倍首相の退陣には動揺していない。安倍辞任の同じ日に起きたインドネシアの地震の方が国際ニュースになっているのだ。
インド洋での給油活動は日本が必要とされていた分野だが他の国が代替不可能なオペレーションではない。しかし、郵政民営化が凍結されるとなると話は違う。国際金融市場が見こんでいた資金の流れが寸止まりになってしまうからだ。アメリカは住宅バブルの崩壊、中国の米国債売りなどの影響を考慮し、一層のドルの買い支え資金を必要とする。そのための郵政民営化だったのだから、シナリオの変更は絶対にあってはならない。そのようにウォール街は考えているはずだ。
郵政民営化は、国内だけで流れていた財投資金をより利回りの良い投資に回すという名目で、米国債投資に回すという政策である。日本での投資の非効率性(不要なダムの建設)という問題があるにせよ、少なくとも郵政資金は財投として国内を循環していた。しかし、その資金の流れを変えるのが郵政民営化で、簡保資金、郵貯資金はアメリカに向かって流れ出すだろうといわれている。
なるほど。小野寺さんも、
唯一、この安倍首相がやったことは何か?
あることだけをやってたった一日で、辞任した。
それは何か?
それが目的ではなかったのか?
彼が辞任したのは、9月12日。
所信表明したのは、9月11日である。
そしてあることだけを9月11日にやっているのである。
それはなにか?
郵政米英化に向けて政府が、この事業を正式に許可した。
これをやった。つまり、国民の340兆円の泥棒化を正式認定した。
転んでもただでは寝ないというか、あるいは人の不幸、どさくさを誰かが最大限に利用したのか、こわいねえ。
自民総裁選は、冷めたーい目で見ましょう。
でも、安倍さんを後継に指名した小泉、素知らぬ振りして、出てくるなら出てこいや!
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 10, 2007
少し前のニュースで、中央教育審議会で中学生に武道を学ぶことを必修することを勧めたとか。
2011年度から、女子にも必修になるようですね。
何やらせるんだろう。どうせ柔道と剣道ぐらいだろうな。食いっぱぐれた柔道家や町の剣道家のアルバイトになるのかしら。
どうせ日本の伝統とかいって、国威発揚、愛国心教育の一環だろうから、中国武術にはお声がかからないだろうな。
むしろ敵役になりそうな・・・。
空手はどうするんだろう。あれは「日本古来」ではないぞ。スポーツ空手なんてもってのほかじゃないか。
プチ・ポチ右翼の仮想敵中国の伝来、侵略者の薩摩や米国と徒手空拳闘った琉球空手なら、ゲリラ戦の教育によいかも。是非取り入れるべきだな。
私の記憶では、柔道を高校の体育でちょこっとやったけど、どうだったかなあ。剣道より体術に興味がある体質なので、子どもの頃から柔道的なものをやりたいなあと思っていたから、柔道の授業は少し面白かった。友達と巴投げをしたのをよく覚えています。
少しというのは、もう高校生の頃から合気道をやっていて、何となくスポーツ化した武道というものに違和感もあったからですね。
そこで中教審の答申に、異議を唱えたのが内田樹先生(小林秀雄賞受賞おめでとうございます!)。武道の必修化について
僭越ながら、私が日頃武道のあり方に感じていたことを、見事に要約してくれているので一読をお勧めします。
日本の武道は近代において二度、決定的な「断絶」を経験している。
一度目は明治維新、二度目は敗戦である。
明治維新によって戦国時代以来の伝統的な身体文化の大半は消滅した。
そうなのです。ごく一部の武道や身体論に詳しい人ならみんな知っていたり感じてきた「事実」です。
その一度目の復活は戦前までの「愛国イデオロギーに強化された殺傷技術」として、であり、二度目の復活は戦後の「スポーツ」として、でありました。
いやいや中学生に柔道や剣道をやらせても、中教審がいうほどに「日本の伝統」とは何の関係もないのです。
いじめられ子が腕ひしぎをされるくらいが関の山でしょう。
そこへいくと中国武術は、アホみたいに骨抜きにされ、スポーツ化されている某太極拳巨大団体もあるけれど、ひたすら歴史の「核」を守り抜いた流れも確かに存在します。
したたかな連中だから、権力に見せる顔と、ホントの姿をきっちり分けたりしています。
その辺は、全体としてはかなり重層的かもしれません
大陸だけでなく、華僑などで世界的に伏流水のように広がっているものもあるようだし。
私ごときには、中国武術の全体像はとても見渡せない。
私の老師の老師も天津の人でしたが、中共を逃れて台湾に渡り、はるばる日本に伝えてくれたのでした。めちゃくちゃ保守的な流派です。
でもそこがいいんだな。
変に「近代科学的解釈」が入っているものじゃなくて、昔日の中国人が学んだ通りに、その言葉、イメージで学ぶのが、なんかフィールド・ワークじゃないけど面白い。カルロス・カスタネダか中沢新一みたいにね。
どうせ教えるなら、武道枠で日本の古武術と、太極拳の推手、カポイエラ、サンボなど世界中の身体文化を知る機会を与えた方が面白いかも。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
September 03, 2007
少し前の猛暑の頃ですが、八景島シーパラダイスに出かけました。
水族館が子どもは大好きなので見に行ったわけですね。
山国にいると海が無性に見たくなります。
イルカ館の写真です。やっぱりイルカはいいなあ。
なんでだろ。
その昔、敬愛するグレゴリー・ベイトソンがこれまた敬愛する脳科学者、ジョン・C・リリーとイルカの知性を世界に先駆けて研究したの知って、自分もいつかイルカと触れ合いたいと思ったことがあります。
暑さも和らいで秋めいてきたし、この秋もイルカみたいに軽快に気分良く過ごしたいものです。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
August 28, 2007
信州大学で行われた日本ブリーフサイコセラピー学会に参加するため、週末は長野へ。
今回は職場関係の仲間数人と行きました。現地でも既に到着していた仲間と合流して、ちょっとした修学旅行気分です。
夜はもちろん飲み会。
学んだ内容についてはおいおい話すことがあると思いますが、甲府や東京は酷暑の中、長野市は日差しは強くても風はずっと爽やかで過ごしやすかったです。
学会をちょいと抜け出して、仲間と善光寺参り。甲州善光寺は家のすぐ側でしょっちゅう目にしていましたが、本家本元は初めて。本堂は同じ大きさだそうですが、境内は広く、立派な建物が多く、ずっと賑やかです。
宗派にこだわらず、どんな人も受け入れる善光寺はまさにサイコセラピーの精神を古くから具現しているかのようです。
参拝後、善光寺の隣にある東山魁夷館に入り、東山ブルーといわれる、深く美しい青の絵画に感激しました。
いつも学会旅行は金を惜しんで安上がりですますことが多いのですが、今回は長野市に詳しい仲間がいて案内してくれたおかげで食生活がよくて、名物、老舗、地元民流行の店の食事をリーズナブルに味わうことができました。
信濃牛のすき焼き丼、栗おこわ、信州味噌のみそラーメンなど美味しかったな。
善光寺を中心にした長野市の町並みも落ち着いていて、とても好感が持てました。
| Permalink
|
| TrackBack (2)
August 23, 2007
こんなにひどいとは。
9勝266敗5分け。これは昨年、日本のリングで闘ったタイ人ボクサーの戦績だ。勝率は4%にも満たない。よくもここまで負けたものだ。ここまで徹底してくると「かませ犬」という言葉以外思い浮かばない。
打ち合いの末、キャンバスに崩れ落ちるような敗北だったら誰も文句はいわない。一番の問題は多くのタイ人ボクサーが最初から勝つ気のない雰囲気を漂わせ、最後はイヤ倒れするような試合を続けていることだ。
亀田興毅もデビュー戦から6戦まで対戦相手はすべて無名のタイ人だったため、多くのボクシングファンや関係者がその実力に?をつけたことは記憶に新しい。・・・・(スポーツライター・布施鋼治,8月22日山梨日日新聞)
そうだったんだ。事情通の友人から同様のことを聞いたけどこれほどとはね。
ボクシングや興行的な格闘技にそんなに関心はなかったけど、武道をやっている以上は「強さを巡る言説」には多少の関心があるので、そうまでして勝った姿を見せて金がほしいのかとあきれちゃいますね。
ムエタイの地、立ち技格闘技のメッカともいえるタイにそんなに弱い選手ばかりいるとは思えません。
「負けてくれた」彼らは、生活や家族を支えるためには仕方なかったのかもしれませんね。
記事によると、日本ボクシングコミッション(JBC)は「タイ人ボクサーの来日規制にのりだすことになった」そうです。ライターも賛意を表してますが、懸念も表明しています。なんと、
タイ人ボクサーの来日の規制強化を図る一方で、フィリピン人ボクサーの来日については緩和の方向で検討するという動きもあるからだ。
これもひどい。
もう見てないからいいけど。ファンはもっと離れてしまうでしょうね。
ただ大相撲もそうだけど、別にスポーツでなければいいんでしょう。興行でも神事でもいいけど、「勝つストーリー」が絶対大事ということなら(横綱は勝たなければならない、日本人ボクサーは勝たなければならないとか)、それに合うスタイルということになりますね。
| Permalink
|
| TrackBack (1)
関東は8月下旬になったというのに恐ろしく暑い日々ですが、富士北麓を管轄とする私はこの時期、ちょっとうれしいことがあります。
避暑地、リゾートとして知られる富士五湖に行く機会があるのです。
特に今日は山中湖付近を訪問してきました。
甲府は37度だったというのに、ここはなんと午後2時で26度、車から降りると爽やかな風が顔に当たり気分いい!
まるで別天地です。
ただ、リゾート地を担当すると、周りは楽しそうに遊んでいる家族やカップル、グループばかりが目に入るわけで、仕事をしている自分は羨ましくなって、「いいなあ、あいつら遊んでて」とうらめしく思ってしまうという欠点があります。
まあ、それでも今日は特に気持ちよかったからいいや。
時間があれば、湖畔や森の中を散策したかったです。
訪問した役場の近くに三島由紀夫文学館があるのを知って、いつか行ってみたいと思いました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
August 19, 2007
酷暑、です。寝苦しい夜が続いています。毎年お盆の時期には暑さがゆるむのにね。
なんか気力がわかないので、お盆は子どもの頃読んだマンガなどを押入から引っぱり出して読んだりしていました。「火の鳥」なんて20年ぶりに読んで、改めて感動してましたよ。
夏から秋にかけては研修やワークショップ、学会のシーズンです。今年のお勉強の旅をこれから報告させていただきます。
7/28,29はヒューマン・ギルドでジョゼフ・ペルグリーノ博士による「ライフスタイルを変える」WS。
ペルグリーノ博士は来日10回目になりますが、我々ヒューマン・ギルドで学ぶアドレリアンには慈父のような存在です。
去年のWSでも書きましたが、実に力の抜けた柔らかさと暖かさを湛えた好々爺です。「アドラー心理学を実践するとこんな素敵な人になれるのかな」と、私もわが身を省みずモデルとしております。
2日間に渡って改めて、カウンセリングでのライフスタイル(アドラー心理学でいう性格)の取り出し方、自己概念と他者像、自己理想へのまとめ方を学びました。
そしてその誤ったり、行き過ぎた部分(基本的誤り)をどのように変えていくか、その要点を知ることができました。認知療法、論理療法と共通する考え方、技術で、早速面接で使えるな、使ってみようと思いました。
しかし、一番傑作だったのは、WSを通じて改めて自分のライフスタイルのタイプを自覚してしまったこと。アドラー心理学では性格類型論の固定化を嫌い、タイプといわずニックネームと呼ぶことが多いのですが、講義ではあえて初学者の学習上、12のタイプが考えられると挙げていました。
私はまず、
エキサイトメント・シーカー(興奮探し)
主な心理・社会的行動の目標「注目の中心であり、興奮を体験すること」
があって、以下
ゲッター(欲張り)
「ずっと得続ける」
ドライバー(人間機関車)
「実現目指して働く。働くことがすべて」
が当てはまりました。それでもこの3つは以前からわかっていたことでした。自分の人生を貫く法則はこの3つで説明がつきます。
活動的で、ほしいものは徹底的にほしがって実現を目指し、1番になりたがる・・・なんかやな奴だな。
しかしさらにもう一つわかってしまったタイプが、
ブラッガー(ほら吹き)というやつ、あーっついにばれたか!
「特別なひとかどの人間になろうとする。人脈を持つ、誇張する」という行動目標があるのです。
ほら吹きという言葉に抵抗感があるのですが、口八丁手八丁で臨床、生活を送っているのは事実、「嘘も方便」「人間万事塞翁が馬」が信条、高田順次大好き人間としては認めざるを得ませんでした。グサッと胸に突き刺さり、深く洞察しましたです。
しかしアドラーが「大切なのは何を持つかではなく、持っているものをどう使うかだ」と言ったが如く、自らのライフスタイルを(なるべく)人様の迷惑にならずに、臨床家の資質として利用してきたのだということで自分を納得させました。
下手をしたら詐欺師になったかもしれないのだからね。
個人的には得るものの多いWSでした。
他にもいろんなタイプがあるので、興味のある方はアドレリアンのカウンセリングを受けるか、アドラー心理学を学ばれるといいですよ。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
August 06, 2007
先週1週間マスコミは、参院選挙の総括と辞めない安部首相への攻撃に終始したように思います。負けた側は何とか取り繕うとして、買った側は自分たちの手柄と意気込む、わかりやすい光景です。
世に倦む日々というブログに、とても興味深い視点があって感心しました。
要するに、先般の選挙の背景は、新聞組VS電通組の戦いだったということ。
新聞組の田勢康弘・渡辺恒雄対電通組の田原総一郎・岸井成格らの暗闘だったというのです。
今回、風を吹かせたのはた日経と読売である。風を吹かせた仕掛人は田勢康弘。選挙の序盤戦から報道ステーションなどの報道番組に張り付き、不祥事(松岡自殺・久間暴言・赤城疑惑)が起きるたびに安倍政権の無能と無策を辛辣に批判コメントして、有権者(視聴者)の自民党離れを加速させて行った。田勢康弘がコメントを発する毎に安倍内閣の支持率が下がり、下がった支持率を新聞がすかさず速報し、さらにそれを受けて田勢康弘が安倍批判の舌鋒を鋭くするスパイラルが展開した。田原総一朗と岸井成格が牛耳る「改革ファシズム」のテレビ世界に風穴をあけ、世論を民主党支持へ民主党支持へと誘導したのは田勢康弘だった。田勢康弘のバックには新聞組(朝日新聞・読売新聞・日経新聞)がついていた。今回は日経新聞と読売新聞が最初から最後まで(安倍叩きで論説と世論数値を一貫させて)ブレなかった。
日経新聞と読売新聞が野党に風を吹かせたら自民党は勝てない。今回のマスコミの主導権は新聞組が握った。田勢康弘(日経)と渡辺恒雄(読売)のタッグである。すなわち今回の政治の本当に戦いは、新聞組(田勢・渡辺)と電通組(岸井・田原)との暗闘でもあった。新聞組が勝った。無能で無策で鈍感だったのは安倍晋三以上に電通組(テレビ組)の面々(田原・岸井・三宅・みの)だった。新聞組は一年前から安倍政権を参院選で敗北に追い込む戦略を立てていた。布石は、あの日経新聞がスッパ抜いた昭和天皇のA級戦犯批判のスクープから始まっていた。そしてブログ読者は渡辺恒雄の小泉批判(靖国参拝批判)を思い出してもらいたい。ウィニングストラテジの準備はそこから始まっていた。そして一年間の長丁場の選挙戦の終盤、野球で言えば8回の裏に勝負を決する必殺兵器として戦場に投入されたのが年金未記録問題だった。
おもしろいなあ、さもありなんという感じ。
郵政選挙といい、今回といい、やはりメディアを制する者が選挙を制するのでしょうね。
では今度は、電通組の巻き返し、報復となるのでしょうか。
このブログ、やっている人は私と同世代なのか、阿久悠論は秀逸で、ここでも大いに共感しました。
http://critic3.exblog.jp/7230272/#7230272_1
http://critic3.exblog.jp/7241325/#7241325_1
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 31, 2007
参議院選挙結果は、久々の快挙。私も溜飲を下げました。
小泉・安部内閣の虚妄性にようやく国民が気づいたということかもしれません。本ブログは政治系ブログではありませんが、多少でもその貢献に預かってたらうれしいものです。
しかしここは、稀代のオカルト系心理士としては、今回の結果は先般亡くなられた河合翁の祟りのおかげと解したい。
小泉に使い捨てられ、悲願の心理職国家資格もならず、おまけに部下は古墳の壁画を壊し、心ならずも弱者叩きのめしに手を貸すことになってこの世を去った翁は、十分怨霊になる資格があるかもしれませんよ。
もし、そう思っていたのであればね。
老賢人から祟り神へ。ユンギアンであれば、容易に可能な「転身」でありましょう。
ここはひとつ、さらなる大乱をこの世に巻き起こしてもらいたい。この世の売国奴、凶悪な金の亡者どもに天罰を下してもらいたいものだ。
さすれば、菅原道真公と同列の祟り神兼学問の神として、末永く日本人に敬愛されることでしょう。
他にももちろん、松岡農水相は祟っているでしょう。
小田実も逝っちゃったし、地上の我々は怪人美輪さん以外は不甲斐ないから、是非みんなで祟って下さい。
それはともかく、まだまだ安心はできません。
世界同時株安、世界恐慌もささやかれる昨今、天変地異と共に(29日の大雨で中央線は不通になって、特急かいじに3時間近く閉じこめられたよ)、何があるか、何を繰り出してくるかわかったものではありません。
身構えながら、一般庶民としては自分の足下、目の前の仕事をこなしていきたいものです。
河合隼雄さんのこと
| Permalink
|
| TrackBack (0)