February 09, 2017

『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の概略をつかむ

 分厚い本や長編小説を読むと、終わりが近づいてくるとなんだか寂しい気持ちがするものです。早く読み終わりたいような、少しペースを落としてじっくりと味わいたいような気持で揺れることがあります。
 若い頃はエンターテイメントを含めてけっこう長編を読んだものですが、最近は短くてわかりやすいものやお手軽な本を手にすることが増えました。ご時勢も年齢も影響しているのでしょう。
 
 増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)は、まさにそれ自体で「自立」するほど分厚い本でしたが、そういう読書体験でした。古今無双、明治、大正から現在まで含めても最強といわれる柔道家にして、力動山戦で謎の屈辱の敗北を味わった木村政彦の生涯を通して、昭和という時代を味わった感がありました。
 
 でも面白いからと知り合いに進めても、やはり厚い、長いで敬遠されることが多いことがわかりました。
 
 そこで書評サイトで本書をよくまとめたところがありましたので、リンクします。それでも少々分量あるけど。
 
 
 興味を持ったら、読んでみてください。
 

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January 19, 2017

『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』

 2011年に出版され、武道、格闘技関係者のみならず戦前・戦後文化に関心のある人たちに衝撃と興奮を与えた増田俊也著『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)をようやく読みました(大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品)。
 
 700頁にも及ぶ大作なので、ここ数年の多忙の中であえて手を出さなかったのですが(読みふけってしまいそうだから)、この年末年始の休みにやっと読むことができました。
 
 やはり、素晴らしかった。
 
 もちろん、不世出、無敵の柔道家・木村政彦の個性的で、凄まじく起伏のある生涯を追いかけているのですが、木村以外の有名、無名、歴史に埋もれてしまった武道家たちにも光が当てられ、戦前と現代の武道界がいかに断絶、変質してしまったか歴史的経緯も丁寧に説かれています。私も漠然と知っていたことが明確になったり、初めて知るエピソードもたくさんありました。
 
 熊本の貧乏の家に生まれた木村政彦はどういう人物で、どう育ち、どうやって強くなったのか。彼を創り上げた戦前の柔道界、武道界はどういう人物がいて、どのような状況だったのか。
 そして昭和29年(1954年)12月22日の、あの「昭和の巌流島」といわれた力道山との一戦の真相は何だったのか…
 
 普通の人は柔道は今の講道館だけであり、しかも明治時代に古い柔術に嘉納治五郎率いる講道館が勝ったから取って代わったと思っているかもしれませんが、史実は全く違います。戦前は講道館以外にも有力、強力な団体はあり、むしろ講道館より実力、勢力があったのです。木村政彦はそのすべての柔道界の中で頂点でした。
 その彼がなぜあんな無様な負け方をしてしまったのか。
 
 いろいろ紹介したいエピソードはありますが、まとまりがなくなりそうなのでやめておきます。
 常識や物事への思い込みを相対化してくれる本はいい本です。
 
 しかも構想から完成まで18年を要し、学術論文並みに徹底的に調べ上げながらも、柔道家でもあった著者の木村政彦や無数の武道家、柔道界への熱い思いもしみ込んでいて、読者の気持ちも熱くなる名著です。
 
 遅れて読んだ私が言うのもなんですが、是非一人でも多くの人に読んでもらいたい。特に武道関係者には。
Amazonより)

内容紹介

昭和29年12月22日----。プロ柔道からプロレスに転じた木村政彦が、当時、人気絶頂の力道山と「実力日本一を争う」という名目で開催された「昭和の巌流島決戦」。試合は「引き分けにする」ことが事前に決められていたものの、木村が一方的に叩き潰され、KOされてしまう。まだ2局しかなかったとはいえ、共に生放送していたテレビの視聴率は100%。まさに、全国民注視の中で、無残な姿を晒してしまった木村、時に37歳。75歳まで生きた彼の、人生の折り返し点で起きた屈辱の出来事だった。柔道の現役時代、木村は柔道を殺し合いのための武道ととらえ、試合の前夜には必ず短刀の切っ先を腹部にあて、切腹の練習をして試合に臨んだ。負ければ腹を切る、その覚悟こそが木村を常勝たらしめたのである。約束を破った力道山を許すことができなかった木村は、かつて切腹の練習の際に使っていた短刀を手に、力道山を殺そうと付けねらう。しかし、現実にはそうはならなかった......その深層は? 戦後スポーツ史上、最大の謎とされる「巌流島決戦」を軸に、希代の最強柔道家・木村政彦の人生を詳細に描く、大河巨編!!    

出版社からのコメント

『ゴング格闘技』誌上において、2008年から2011年まで、約4年間にわたって大反響を呼んだ長期大型連載が、待望の単行本化です。戦前、史上最年少で「全日本選士権」を制し、1949年に優勝するまで一度も負けず、15年間、不敗のまま引退。木村政彦は間違いなく日本柔道史上、最強の柔道家です。また、力道山戦の3年前、ブラジルに遠征し、ホイス・グレイシーの父、エリオの腕を骨折させて圧勝、その技が「キムラロック」として、世界に定着しており、総合格闘技の父ともいえる存在です。「鬼の柔道」を継承した師匠・牛島辰熊、そして自身が育て上げた岩釣兼生、三代続く師弟関係を中心に、戦前から戦後の柔道正史、思想家でもあった牛島による東條英機暗殺未遂事件の真相、プロレスの旗揚げなど昭和裏面史の要素もふんだんに織り込んだ、長編ノンフィクションです。著者の増田氏は、この作品を書くために、18年もの歳月を費やし、資料収集と取材にあたってきました。ボリュームある装丁ですが、増田氏の丁寧で真摯な取材と文章が、最後まで読む人の心を掴んで離しません。ぜひ、多くの皆様に読んでもらいたいです。

 

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December 14, 2016

『なぜ空手は太極拳で強くなるのか』

 タイトルに惹かれて買いました。
 
 実際カミングアウトするかはともかく、空手の修行者、高段者で本格的な太極拳を学ぶ人は少なくありません。私の流派にも著名な先生が熱心に通われていたりします。
 これは太極拳が空手より優れていると安易にいいたいわけではありません。ただ、空手に不足しているもの、あるいは言語化、意識化が十分にできていないところが太極拳にあることを、真面目な学習者ほど感じ、知っているからだと思います。
 
 そうなら自らの武術の進化、深化のために剛の拳法に柔の極致である太極拳を取り入れるのは理にかなっています。
 
 池田秀幸著『なぜ空手は太極拳で強くなるのか』(フルコム編、東邦出版)は、そんな真摯な一武道家が体得したものを伝えようとした書と思いました。
 
 著者は数々の空手、特に沖縄空手を学びながら、陳式太極拳も学んで独自の鍛錬を重ねてきた人のようです。空手の先生が「空手には技を説明する言葉が少ないが、太極拳をはじめとする中国の武術には、技を説明する言葉と理論が豊富である」と言ったのが、本書の発想のもとになったそうです。
「太極拳の理を、なんとか三戦やナイハンチなどの拳理の説明に役立てられないか、という大胆な発想にたどりつきました」
 と語っています。
 ともすればそれぞれの体系の中に閉じこもりがちな各武術ですが、とても越境的な人です。市井の比較武術学者とでもいえそうです。
 
 著者は元々養護学校の先生をしていたのが、稽古のために辞めて多摩湖の側に移り住んだり、実戦の場を求めて米軍基地で太極拳教室を開いたり、渡米したりとなかなか行動的です。
 それらのエピソードも面白いのですが、やはり分解写真などによる身体操作の解説が参考になりました。
 ただ、著者の理論の根幹である「四呼間の動き」の説明が不足気味で、イメージしにくいと感じました。関節、筋肉を緩めたまま動かすためのコツのようなもので、パッパと2拍子ではなく、4ステップ位に分けて動かすということのようですが、直接学ばないとわからないのかもしれません。
 
 著者の動画もいくつか出ていますが、単なる筋トレではなく、呼吸法や気功法で鍛えぬいた体であることがわかります。御年65歳だそうですが普通じゃありませんね。
 
 
 
 著者のところとは違いますが、山梨で本格的に太極拳を学びたい空手マンは、是非私の稽古会にご参加ください(注:陳式太極拳ではありません)。
 
 
 

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September 11, 2016

『身体系個性化の深層心理学』

 スポーツと心理学は、メンタルトレーニングやコーチングなどによって最近かなり密接な関係になっていますが、ユング心理学と結びついた大変稀有な本です。
 
 
 ユング派最強の技法といわれるアクティブ・イマジネーションを通して、一人のアスリート(トライアスロン)が成長をする事例を物語っています。
 私は大変興味深く、面白く読みました。
 
 精神分析学はリビドーという概念で、アドラー心理学は全体論で、身体性とある程度接続しようという方向性はありますが、ユング派はどちらかというと観念論的な印象がありました。「元型」や「集合的無意識」も身体的といえばそうですが、どうも実感しがたいものです。
 
 しかし、著者によれば、それはこれまでのユング派の人たちの関心のあり方の問題で、ユング自身は本来非常に身体性の強い人で、ユング心理学は深く身体の世界を探ろうという動機が強かったはずだというのです。
 実際ユングは、非常に凝った装飾と革張りの分厚い本を手作りしたり、大工仕事が大好きだったそうです。
 身体作業、物理的作業といえば、ユングの別荘作りも半端なものではなかった。彼はやはり数十年の歳月をかけ、自力でコツコツと別荘を建て、改築を繰り返している。石を切り出して、刻み、積むために、ユングは石工のギルドに入りさえした。この石造りの別荘はボーリンゲンの塔と呼ばれている。そこには電気も水道もなく、原始的な生活を送ることが想定されていた。この究極的とも言えるDIYに注がれたエネルギーを取ってみても、ユングは職人的な身体系個性化の人である。  p133-134
 これは確かに半端ない。だからこそ、当時にして錬金術、煉丹術(気功)、クンダリニー・ヨーガなどの東西の身体技法に並々ならぬ関心を持ったのでしょう。ユングが今の時代にいたら、中国か台湾で武術や気功の修業をしに来たかもしれません。
 
 ユング自身はどちらかというと、書斎にいて執筆に精を出すフロイトと、毎晩ウィーンのカフェで集う社交的なアドラーとは違うタイプだったのは明らかのようです。
 
 実際編み出した概念も、お坊ちゃんでお母さん大好きなフロイトは「エディプス・コンプレックス」だし、友達が多いアドラーは「共同体感覚」で、内向的で霊感が強そうなユングは「集合的無意識」だったりします。
 技法も、患者を寝椅子に横にさせるフロイトと、対面して活発な会話をするアドラーと、一人(もしくはそれを見守るもう一人と)イメージの世界に沈潜させるユングと、個性が際立っています。
 
 私自身はタイプとしてはユングに近いと思います。でもユング派にならなかったのは(大学のユング研究会に一時いたこともあるのに)、どうも肌合いが合わないというか、実践的でないというか、観念的な印象があったからです。
 
 実際、日本のユング派の先達は、ユングのこの辺りのところはあまりにも妖しい領域なので避けてきたような印象が私にはありました。それよりも、ユングの哲学的、ファンタジーなところを強調したり、箱庭などとっつきやすい技法を紹介することで日本に根付かせようと努力されてきたようにはた目には見えました。それは成功したといえます。まず、知識人、読書人層に受け入れられ、女性臨床家に多く受け入れられました。
 日本人は(特に女性は)、ユング好きが多いです。
 
 著者の老松先生は、現代のユング心理学の欠けているところを補おうと立ち上がった(?)のかもしれません。実際著者は、合気道や杖道をやっていた武術家です。さもありなん。
 
 実は6年ほど前の日本心理臨床学会の「武術と心理臨床」の自主シンポジウムにシンポジストとして出られ、私もご一緒したことがあります。私は今年と同じく太極拳を紹介し、先生は本書のモチーフにつながることを語られていたように思います。
 
 
 今回このような実践と研究の集大成を出されて素晴らしいと思いました。
 
 

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July 20, 2016

武術を学ぶ動機

 再び、チェスと武術の学びのプロセスを語っている『習得への情熱』(みすず書房)からメモします。
 
 著者のジョッシュ・ウェイツキンはチェスの世界で心身を消耗しつくし、太極拳で内的調和の感覚を得ながら、さらに太極拳を使った戦い(推手の試合)やブラジリアン柔術の世界にのめりこんでいきます。その動機を次のように語っています。
 
 戦いたくないのに格闘技のリングに立つなんて、矛盾していると思われるかもしれない。このことに関しては、僕は個人的に、心を開墾し続ける作業だととらえている。お花畑で非暴力について語るのは簡単だ。本当の意味で心のチャレンジとなるのは、敵意や攻撃や痛みと向き合ったときに、その根本的な視点を保ち続けられるかどうかだ。僕の成長過程の次のステップは、どんなに難しくなっていく状況の中でも、どれだけ自分に忠実であり続けられるかということだった。  p228
 武術や武道、格闘技を現代で学ぶ意義を見出すなら、護身というシンプルな意味だけでなく(もちろん最も基本で重要なことですが)、ここでいう「心を開墾する作業」にあると思います。
 
 心身の潜在的な能力に気づき、引き出し方を会得すること、緊張や不安のある状況下での心身のふるまい方を得られることが考えられます。
 
 民間の武道家、格闘家には、不登校やひきこもり、非行のような子どもへの治療教育として武道をやらせる人もいて、それは確かにやりようによって大きな成果をあげられると思います。しかしそうなるには単に根性がついたというだけでなく、著者のいう意義を身につけられたからだと推察されます。
 
 そして、臨床家や援助者にも武術といった戦い方を学ぶ意味が意味がそこにあると思って、少なくとも私は取り組んでいます。
 
 

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July 13, 2016

自主シンポで武術を語ります

 秋の日本心理臨床学会第35回大会で、臨床と武術について語り合う自主シンポジウムがあります。
 
 企画者は合気道(富木流)を修める掛井一徳先生、昨年度まで山梨でスクールカウンセラーをしていた大変アクティブな先生です。
 
 私もその縁で出ることになりました。私は合気道は専門ではありませんが、実は高校時代やっていました(合気会)。私の家のすぐ側には塩田剛三先生の一番弟子が開いている養神館があり、今でももし時間があれば通ってみたいなあという気分があります。
 
 もちろん私は、中国武術代表のつもりで出ますよ。
 
 さらにエリクソン催眠の大家、津川先生を指定討論者に迎え、どんな内容になるのかワクワク、何か言わなきゃいけない私はドキドキです。
 
 ご参加予定の方々、よろしかったら見に来てください。
 
9月7日(水) 13:00~15:00
 
3-24 合気道と心理臨床学との接点           511+512 会議室
 
-合気道・太極拳・武術・実践から浮かぶ臨床の知-
 
掛井 一徳(掛井臨床心理相談室):企画者
 
深沢 孝之(心理臨床オフィス・ルーエ):話題提供者
 
なかお よしき(福井県スクールカウンセラー):話題提供者
 
津川 秀夫(吉備国際大学):指定討論者   

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July 11, 2016

実体理論者と習得理論者

 
 本書の前半にキャロル・ドゥエック博士という発達心理学者の知能についての説で、人々が知能をどういうものと解釈しているかが学習能力と相関しているという考えを紹介しています。
 
 その二つは、実体理論(entity theory)増大理論(incremental theory)といいます。
 
 親や教師の影響で「実体理論者」になった子どもたちは、「『自分はこれが得意だ』という言い回しをよく使い、成功や失敗の理由を、自分の中に深く根付いていて変えることのできない能力のレベルにあるとする傾向が強い」そうです。
 そういう人は、「ある特定の課題における知能や技術のレベルそのものを、進歩させることのできない固定された実体としてとらえている」そうです。
 つまり、自分の持っている能力は決まっているので変えられないと思ってしまっている状態です。
 
 増大理論者(本書は習得理論者と言い換えています)の子どもは、「頑張って取り組めば難しい課題でも克服することができる、すなわち、初心者でも一歩一歩進むことで漸次的に能力を増大させ、ついには達人になることだって可能だという感覚を持っている傾向がある」そうです。
 
 当然、実体理論者より習得理論者の方が、長い目で見たら学習の成果が良いことは想像がつきます。
 
 本書にはそれを証明する興味深い実験結果がいくつか紹介されています。
 この実験が面白いのは、正解を出すことと知能レベルには何の因果関係もないことが示されているところだ。難問を突き付けられると、実体理論者で頭脳明晰な子どものの方が、習得理論者でさほど賢くないとされている子どもよりも、はるかに脆く崩れてしまう傾向が強い。 p44
 私を含めて心理士は知能検査などで相手の能力をアセスメントしなくてはならないことが多くあります。それが必要なケースがかなりあるのは周知のとおりです。
 しかし、その結果を実体理論としてではなく、増大理論として解釈する方が大事ではないかと思われます。
 
 アドラー心理学的にはここのところを「やわらかい決定論」と呼ぶのだと思います。
 
 ではどうしたら、増大理論者、習得理論者になれるのかに興味がわきます。親や教師はどう接したらよいのか。
 実体理論者になる子どもの多くは、何かを上手にやりとげると、「よくできた」と言われ、失敗したときには「君には向いていない」と言われてきた傾向がある。たとえば少年ジョニーが数学のテストで一番をとって帰ってくると、「まあ、いい子ね!なんて頭がいいの!」と褒められる。その翌週に国語のテストで落第点をとって帰ってくると、「だめね。文章もまともに読めないの?」とか「ママも文章読解は得意じゃなかったのよ。きっと遺伝ね」などといったことを言われるわけだ。これでジョニーは、自分が数学が得意で国語が不得意だと思うようになるばかりか、成功や失敗の要因をその人物の奥深くに根付いた能力と関連づけて考えるようになる。  p45
 賞罰、褒めることの弊害ですね。
 一方で、習得理論者になる子どもの多くは、結果よりも過程を重視したフィードバックを受けてきた傾向が強い。たとえば少女ジュリーが作文でよい点を取ったとき、先生から、「ワオ、よくやったわね、ジュリー!本当に文章が上手になってきているわ!この調子で頑張るのよ!」というタイプの祝福を受ける。また、数学のテストで悪い点をとれば、先生から「次はもう少し頑張って勉強すれば、きっといい成績が取れるはずよ!質問があったら、授業の後でいつ聞きに来てもいいのよ。先生はそのためにいるんだから」と励まされる。これでジュリーは成功というものを努力と結びつけて考え、ハードワークをすれば、どんなことでも上達できると感じるようになる。それだけでなく、今の自分は学びの途上にあるのだということ、さらには、自分が成長することに先生も快く助力してくれていると感じることもできる。 p45
 何のことはない、アドラー心理学の勇気づけそのものではないですか。
 
 そしてアドラーが言ったという「誰でもなんでも成し遂げることができる」とは、幼児的な万能感ではなく、このあたりのことと考えることができますね。
 
 勇気づけと発達心理学、チェスと武術の学びの過程が結びついたところとして、うれしかったのでメモしました。
 

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July 09, 2016

『習得への情熱』

 非常に含蓄のある本です。
 
 
 著者はアメリカでチェスの天才少年として世界レベルの大会で何度も優勝を獲得して、私は観ていないけれど、「ボビー・フィッシャーをさがして」という映画のモデルにまでなった人物です。まさに全米注目の有名人だったみたいですね。
 
 しかし映画の影響で変に有名になってしまったために彼は心身のスランプに陥ってしまい、悩み苦しんだ末に太極拳に出会います。
 
 そこで非凡な彼は、単なるヒーリング効果、ストレス解消だけでなく、太極拳とチェスの学びの過程に深い共通性を感じ、武術探求の旅が始まります。
 
 太極拳に魅了された著者は、チェスから推手という太極拳の組手の試合、格闘技の錬磨にフィールドを移して、それらを徹底的に磨き上げ、高めていきます。最後は台湾で開かれた推手の世界大会で優勝するまでになります。
 
 とかくあいまいに、抽象的に語られがちな武術の世界ですが、チェスの名人だけあって、とにかく明晰で具体的です。
 上達のための最も効率的な学び方は何か、戦いに臨む際の心身のコンディショニングのあり方、激しい攻防の中でゾーンに入っていくにはどうするか、などが実に論理的に心理学的に分析されています。
 
 しかし科学的に分析されているだけでなく、著者のドラマチックな成長物語とも重ね合わされているので、読者はワクワクしながら読むことができます。
 
 東洋武術と西洋の思考が著者の中で高度に統合されていると感じました。
 
 著者のキャラクターがまた前向きで、野性的で、粘り強くて、いい奴なんだ。アドラー心理学的な勇気に満ち溢れた人みたいです。
 
 チェスはやったことがないけれど、実は最近私は碁を始めているし、同じタイプの武術をやっている者としては、共感できることばかりで、私にとってこの半年の読書でベスト1かな。
 
 これから印象的な個所をメモしようと思います。
 

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July 01, 2016

太極拳、推手応用法

 以前紹介した台湾の太極拳の先生が、同じようにいくつもの動画をアップしています。
 
 とても興味深いので、メモしておきます。
 
 推手という太極拳の組手を応用した技の解説のようです。
 絶対相手に逆らわず、流しながらもちょっとした隙間に水がしみこむように四肢を入れていき、相手の重心を奪ったり、吹っ飛ばす様子がうかがえます。
 
 こんな練習を私たちはやっているのです。
 臨床心理学的には、身体感覚と他者への関心を育てるには良いワークなのですね。学会やワークショップのどこかでやってみたいですけど、いきなりは難しいかな。
 
 山梨で学びたい方は、こちらへ
 
 手取り足取り教えますよ。
 

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June 13, 2016

太極拳応用法

 最近アドラーばっかり書いているから、「看板に偽りあり」と思われないように、今回は太極拳です。
 
 といっても報告することはないのですが、真面目に練習はしています。地方故、道場に通えずもっぱら一人稽古ですが。
 
 こう見えても一応専門家なので、それ相応の高度なクラスに通っているので、どこの教室でもいいというわけではありません。あくまで私の属する流派のあるレベルのものでないと。
 
 台湾で私のと同系統の太極拳をやっている人の解説動画がありました。
 太極拳の各型と使い方がわかりやすく示されています。
 
 演武するのは結構な年配の先生のようですが、さすがに動きが良い。よく練れた動きです。派手なところがないけど素早く無駄なく、地味にすごいと思います。
 
 太極拳が本来武術であることを知るには良い動画です。
 
 しかし、一昔前にはこんな風に解説の映像が出回るなんて考えられなかっただろうなあ。みんな最初は不思議な動きを習っても師匠からの何の説明もなく、頭をひねりながら稽古を重ねていったのだろうと思います。
 
 良かったらご覧ください。
 

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