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これいいよ!

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August 18, 2022

『護道の完成』

 太極拳などの中国内家拳を学んでいると、人が暴れている時に抑えることが上手になるような気がします。

 この場合の暴れているというのは、暴漢とかの悪い人ではなくて、患者や障害者と呼ばれる人が激しい衝動やパニックで暴れている状態のことです。

 実際昔、障害児施設で働いていた時に、暴れている子をひょいとかわしながら後ろに回って和らげたことがありました。

 また児相時代に、保護された乱暴な中学生が殴りかかってきたときに、太極拳の技でこれまたひょいとかわして倒した(勝手に子どもが倒れただけですが)ことがあります。その子はその後、私を尊敬してくれるようになって、あっちこっちで「俺の攻撃が通じなかったすごい人がいる」と吹聴して困ったことがあります。

 だから、太極拳をベースに何か護身術的な方法を考えられるかもしれないと思っていましたが、私の日常臨床ではめったに暴力行為はないので何となくそのままになっていました。

 しかし、我が子が自閉症で強度行動障害を呈するようになると、事情が違ってきます。

 当然、本気度が違います。

 若い頃から格闘技、武道の修行(兼ストリートファイト?)三昧だった人が、息子さんがそのような状態になって、それまでとは全く違う護身術を考える必要に迫られました。

 相手が敵や暴漢ならぶちかましたり、制圧すればよいのでしょうが、我が子や本来弱者である障害者であれば、たとえパニックになっても傷を負わせることなく、本人や周囲の人が安全に収まるための新しい方法が必要になります。

 そのために開発された護身術を護道と呼びます。

 廣木道心著『護道の完成 自他を護る実践武道』(BABジャパン)

 本書は、著者の護道開発までの半生を綴っているのですが、全編とても興味深かったです。

 一昔前の大阪のやんちゃな武道・格闘技少年たちの生態(「ちょっとスパー」と称してすぐに本気で戦い出す)は特に面白く、著者と彼らの「実戦」の様子もとても冷静に記述されていて、著者の記憶力や頭のよさも感じられました。

 著者も言っていますが、正直それまでの心理的、福祉的なパニックの対応方法はかなり不十分なものでした。

 基本、関わらない、様子を見る、冷静になるまで安全を確保する、つまりパニック行動を強化しないという応用行動分析学による方針のみでした。

 それでは施設や家庭の「現場」では不十分なのは明らかです。

 しかし暴力を制しようとすると、かえってエスカレートして虐待に発展してしまうこともあり得ます。

 他にやり様がなかったとも言えます。

 その点、この護道の発想や技法は大変使えるものだと思います。

 これは、我々援助職が学ぶべきではないか、とも思いました。

 

September 29, 2021

母子を守る護身術

 YouTubeの武術系動画で最近面白かったのが、空手家・菊池克紀氏が「護道」創始者・廣木道心氏とのコラボ動画です。

 護道については以前から『秘伝』誌で目にしていたので、気になっていた存在でした。

 普通の武術と違うのは、創始者の廣木氏のご子息が自閉症と知的障害をお持ちで、パニックになって自傷したりする行動障害があり、その対応のために編み出されたものだということです。

 パニック時に相手を傷つけないことが最初の目的だったようです。

 実際子どもといっても、思春期以降は親よりも大きくなることもあるので、その時の力は大変なものです。

 大きな事故につながってしまうこともあります。

 それ以前から廣木氏は各種の武術、格闘技を学んでいたので、それらを応用して編み出したようですが、それを普通のお母さんが使えるようにしているところが注目すべきところです。

 もちろん、日常の護身にも使えるようです。

 廣木氏は護道開発にあたり、心理学もいろいろ学んだようで、NLPも実践している様子が動画から見られます。

 心理臨床家は自分自身とクライエントを守るためにも是非、知っておきたいですね。

 こういう時、私は中国武術の技術を使っていますが、護道もいつか学んでみたいです。

【護道】不覚筋動!肩をピストン止め?【誰でも何歳からでも強くなれる】

June 02, 2021

『身体知性』

 2017年に出て一部で話題になった本です。

 佐藤友亮著『身体知性 医師が見つけた身体と感情の深いつながり』(朝日新聞出版)

 現役の医師で合気道家が、西洋医学と東洋的身体論を架橋する試みています。

 合気道家で思想家の内田樹氏のお弟子さんみたいです。

 前半は西洋医学の認識論の歴史が、フーコーの臨床医学の誕生の理論やダマシオのソマティック・マーカー仮説などで紹介され、後半は武道の身体観とオープンダイアローグ、「べてるの家」の当事者研究が取り上げられているところがユニークです。最終章には内田氏のとの対談もあり、なかなか充実の内容です。

 私には、本書に出てくる概念や知識は既に知っているものが多かったですが(当然、特に後半は)、前半の西洋医学の認識論の歴史が詳しく語られているのが面白かったです。

 多くの身体論者は反西洋医学の立場の人が多く、西洋医学への見方がかえっていい加減というか甘い感じがしていましたが、西洋医学を専門とする医学者が自らの経験を踏まえて、文献的に丁寧に説いてくれているので、すごく参考になります。

 何かにつけて、引用に使わせていただきたいと思います。

December 23, 2020

騎馬武者は存在した!

 いわゆる歴史通を自称する人たちの中で、「武田騎馬隊なんて存在しなかった」「騎馬による戦闘はなかった」「武士は馬から降りて戦った」なんて言い方をする人がいます。

 その主な理由は、日本産の馬はサラブレッドに比べて小さくて背が低く、今でいうポニーに相当する馬だから、というものです。馬は荷物を運ぶために使われただけだ、なんて言う人もいるようです。

 でも鎌倉や戦国の絵巻物を見ると騎馬武者が突撃している場面が描かれていますし、文献的にも武士たちが馬を大切にしていたことが多々うかがわれるようです。甲府市では武田神社だったか、馬を大切に埋葬した戦国時代の墓も見つかっています。

 そんな騎馬武者否定の、一見合理主義者たちに反論するかのごとく、騎乗による武術は確実に存在していたことを証明する試みがあるようです。

 これを見ると、和種馬こそ山野や戦場を駆け巡るにふさわしいことが、十分にうかがえます。

 むしろサラブレッドのような競争馬では、貧弱過ぎて戦場では使えないでしょう。

 馬上武芸検証「武と馬」1、太刀、打刀の早駆け・紅陽台木曽馬牧場

 軍馬術、武芸のとしての乗馬1 甲冑騎馬武者・紅陽台木曽馬牧場

 新陰流の師範など、乗馬と甲冑武術に心得のある古武術家たちが参画しているようです。

 森の中を疾駆する姿など、これがメチャクチャかっこいい。

 まさに絵巻物の再現。

 昔日の身体能力の高い武士たちなら、きっとさらに巧みに乗りこなし、武器を扱っていたでしょうね。

 この場所はなんと山梨、富士山麓の牧場らしいです。来年、暖かくなったら是非うかがってみたいです。

 馬に乗りたい!

 

September 10, 2020

太極拳の力

 太極拳独特の動きから生まれる力を「」といいます(中国語、英語の発音では jin)。

 勁により相手の力を受け流し無効化し、勁を発して相手を吹っ飛ばしたり、地面に叩きつける。

 今や武術系の動画は日本や中国、台湾からよいものがたくさん出ていますが、私は英語の勉強もかねて英米発のものもよく見ています。

 けっこう良いものがあって、楽しいです。

 中国系アメリカ人か、アメリカに渡った中国人かよく知りませんが、すごくうまく勁について説明、デモンストレーションをしてくれている動画があります。

 勁はけしてマジックでも神秘な力ではなく、トレーニングで身につけられるものと明言しているのがよいですね。

 そのためには陰陽の陰から始めることを、この老師は冒頭で説いています。すわなちリラックスし内側を見つめ、感じること、徹底的に争わず受け身であることなどが語られているようです。

 字幕付きなので、難しくないと思います

July 09, 2020

古武術は説教しない

『古神道と古流武術』に、直接古神道とは関係していないけれど、古武術研究家の平上信行氏が私にとって興味深いことを話していたのでメモします。

 よく武道の道場で先生が生徒に長々と説教する場面に出くわすのですが、それは本来の姿ではないとのことです。

 本来の真理は文字にして伝わるものではなく、心と心が通じ合う中で伝わるものであると大宮司朗氏が述べた後で、

平上 わかりますね。精神性を説けば逆に精神の道が壊されることとなる。だから古流武術の稽古では断じて精神的訓話をすることがないのです。

大宮 古流武術の道場ではそうした指導はされないのですか。

平上 少なくとも道場の当主が成すことはありません。あってはならないことだと思います。現代武道では礼儀ということがうるさく言われますが、言えば言うほど精神の道が失われる・・・。それは精神の監査ということができなくなってしまうということです。 p159

 そういえば、私も御年90を超えた中国武術の師匠や今の先生に、「人の道」やら道徳やらを説かれたことはなかったですね。ただひたすら先師の残した型に正確に動くことだけを求められていました。

 少しでも間違うと、

「違います」と穏やかに指摘されたのでした。怒られたことはありません。

 それがかえって恐縮して、冷や汗をかいたものです。

 改めて本当の教えられ方をしたのだと気づいて、感謝しかありません。

 私が普段稽古する武道場は大きなアリーナで、いろいろな武道団体と共有しているのですが、少年剣道や高校の部活の剣道部の先生たちの小うるさいこと、遠くから耳に入ってくる声を聞いていると、

「すごく立派な勇気くじきだなあ」と感心することしきりです。

 説かずに伝えられるような境地になりたいものです。

 

June 30, 2020

古神道は密教

 前記事の続きですが、私自身かつては神道に全く興味はありませんでした。

 普通に初詣や旅先で神社にお参りするくらいで、何かを真剣に考えたことはありませんでしたね。「女の子にもてますように」なんてレベルのお祈りしかしてませんでした。普通の人はそうなんじゃないかな。

 そのような、私たちが普段接しているのは「神社神道」というそうです。これもいろいろな問題があるみたいです。

 私は、特に障害者や社会的弱者の支援に携わっていると自然にリベラルな考え方になじんでくるので、神道というと戦前までの天皇を現人神に奉った国家神道のイメージが強すぎて、街宣車の右翼も連想したりして、敬して遠ざける存在でした。

 むしろ仏教の方が高尚というか、哲学的なものに関心があると好ましく見えました。実際仏教を背景にした知識人、思想家はいるけど、神道ベースの思想家って見たことがないですね。

『古神道と古流武術』の著者たちによると、神道にもいろいろあって、一般には明治以降の国家神道の前に存在した諸々の流れを古神道と一応分類されるようです。

 そして、古神道は仏教でいう密教に相当する存在とのことです。

 本書の著者(対談相手)の一人、大宮司朗氏によると、

 古神道という概念は、太古日本の霊的な時代から現代まで、非常に秘教的、密儀的な、不可思議な古伝の行法、神道法術を伝承してきた、いわば古伝の伝承というところに眼目がおかれるわけです。ですから、一般の神社神道を表神道とすれば、裏神道と称してもよろしいかもしれません。

 これはちょうど仏教でいえば一般的な顕教に対する密教とでもいえる存在であり、密教神道、秘密神道と称してもよいかもしれません。 p15

 おもしろいですね。

 私たちが普段の生活で接する神道の他に、なかなか知られてこなかった神道の流れがあって、どうも現代においても様々な影響を社会に対して静かに与えているようなのです。

 

June 26, 2020

『古神道と古流武術』

 久々の武術ネタですが、極めてマニアックかつ本質的な関心が最近の私にはあります。

 日本本来の思想とは何か、ということです。

 空海や禅などの仏教という意見もありそうですが、日本の仏教はインドで生まれた時の元の姿を保っていないことはよく言われており、極めて日本的な消化吸収をされた独自のものといってよいでしょう。

 平安時代に最澄によって説かれて、その後の日本の仏教の基調となった「神仏習合」とは、まさに仏教が日本化したことの象徴であり、もっというと、仏教が神道化したことを示しているといえるでしょう。

 それが日本社会全体に浸透し、今でも日本武道・武術の道場にはよく神社や神様の名前の掛け軸がかかっています。

 多くの武道家が、神仏習合の修行体系である修験道にかかわってきました。

 特に合気道の開祖、植芝盛平は古事記の研究などをしたディープな神道家であり、世界に何百万といる合気道愛好者は神道の行法の一部を楽しんでいることになります。

 そしてパワースポット巡りにいそしむ若い子たちは、まるで巫女であるかのように無意識のうちに神社やその土地に潜む神々に触れて願いをかなえようとしています。

 さらに安倍首相やその背後の勢力に、明治以降の国家神道を信奉する勢力や団体が動いていることは実際にあるようです。それがあれだけ「悪さ」や「無能」ぶりを示しても、なかなか倒れないことに資していると私は見ています。

 また、日本に一神教のキリスト教が結局大勢を占めることができなかったのも、神道の多神教的世界観や先祖崇拝を日本人が手放さなかったから、という考えを聞いたこともあります。

 実は日本人は右も左もノンポリも、神道的なものが大好きなのです。

 では、その神道とは何か。

 これがすごく難しい問いだということは、調べてみて良くわかりました。

 そこで多少馴染みのある武術の世界から、神道を調べてみようとググって手にしたのが、

 大宮司朗・平上信行著『対談 古神道と古流武術』(八幡書店)

 1996年に出た本ですが、私好みのマニアックさでなかなか面白い。

 斯界ではよく知られた神道家と武術家の対談で、文献的にも深く研究されたお二人で、かつ実践家でもあるので思い切った論説や視点があり、とても興味深かったです。

 次回に少し紹介します。

 

 

May 16, 2020

ステイホームで集中稽古

 前回、コロナによる自粛強制下における武道・武術団体の苦境について述べましたが、学習者個人にとっては必ずしもこの事態は悪いものではないかもしれません。生活や経済的な問題を除けば。

 ステイホームしていれば、一人稽古をする時間が山ほどあるからです。

 都会の人は部屋が狭かったり、音を出せないアパートなどに住んでいると難しいかもしれませんが、私のような田舎で、室内のスペースもある程度あったり、家の外が何の密もない環境ではけっこう練習できます。そういう人は、意外に多いと思います。ただ下手に「外でやってます」と言えないだけで(言うと非難されかねない)。

 山ごもりならぬ家籠りで、普段できないことができているかもしれません。

武道やっててよかったな」とこの時期に思うのは、何の道具も器具も要らないこと。せいぜい剣と棒っきれぐらい。身一つできること。それでいて効率よく全身を使った運動になることです。太極拳が改めてよくできていることを実感しています。

 そもそも本格的な伝統武術は基本殺人技なので、人に見せることはなく家の中でひっそりと伝授されていたところもあるので、元々ステイホーム向きなのです。

 私からの提案は稽古の中に、普段の生活の中ではなかなか意識できない体の細かい部分を意識化して、動きの精度を高める稽古をすることです。

 例えば股関節などどうでしょう。

 高岡英夫先生の『キレッキレ股関節でパフォーマンスは上がる!』(カンゼン)のワークで股関節を意識しながら、体を動かすと深いところが感じ取れるようになれて、実に快適ですよ。

 お勧めです。

(私も老眼になってきたので、フォントを大きくしました。読みやすくなりましたかね)

 

 

 

May 13, 2020

コロナと武道

 この感染防止のためとされる自粛生活、ステイホーム、「新しい生活様式」でダメージを受けているところは数限りなくあるでしょうけど、武道、武術界もそうだと思います。

 賑わっている道場はまさに三密状態、人と人が近距離や密接状態で組み合ったり、技をかけ合い、「えい、や!」などと叫ぶ空間は汗や唾液が飛び交う空間です。どっかの警察の剣道活動で何人も感染者が出たということがありましたよね。柔道、空手、少林寺拳法、総合格闘技、もうすべてリスクだらけです。

 居合とかの古武道や太極拳などは一人稽古が主体なので、距離を開けたりすれば、あとは仲間同士が了解し合っていればやってもよいと私は思います。大体死を覚悟してでも修行するのが、本来の武道の心の在り方ではないか。コロナぐらいなんだ!

 とはいうもののこのご時世、自粛という名の強制的圧力下ではなかなか教室を開けないのもわかります。

 私の太極拳、中国武術も一般的なイメージと違って、組んで実践的な護身術の稽古をよくするので、リスクを指摘されれば仕方ないですね。私の所属する団体も今、休校状態です。

 ということで、今ほとんどの武道活動が止まっていると思いますが、これからどうしていくのでしょう。

 多少収束しても、第2波、第3波なんていわれれば、組んでいても「お主、感染しているかも」と一瞬でも思えば、身を入れて稽古できないですよね。

 一人稽古が中心になっていくのかな。すると太極拳などの型武道は有利ではあります。日本武道は古流剣術も現代武道も、基本的に二人で組んでやる形なのでやっぱり気になりますかね。

 そこで、これまであまりメジャーではなかった遠間の武道、弓道とか、手裏剣術なんかいいかも。中国武術でも数多くの武器術があります。私も長棍と呼ばれる長い棒を振り回す型も学んでいるので、それをよく稽古しようかな。

 相手に近づいて倒すというより、「お前、こっちくるな、あっち行け、シッシッ」みたいなのが今の時代にフィットしているかもね。

より以前の記事一覧