February 06, 2020

催眠って何だろう

 前記事の日本催眠医学心理学会のシンポジウムで面白かったのは、「催眠とは何か?」というのがいまだに問われ続けていて、50年前も同じような議論があったと古参の会員からのコメントがあったこと。これを進歩がないとみなすか、普遍的な問いということなのか。

 少なくとも、現在の科学のパラダイム、発想ではとらえきれないところが催眠にはあるということだと私は思います。

 シンポジウムでは、自律訓練法、臨床動作法、NLP、EMDR、そして催眠療法をマスターしている研究者、臨床家が次々と登壇して、実践の様子やそれぞれの視点からトランスについて語っていました。聞いていて、EMDRのようにトランスと言っていなくても、実はどうやらトランスが治癒機制に関わっているらしい技法は数多くあるだろうと思いました。

 故成瀬先生は、催眠とは「催眠誘導過程による無意識的活動」とか定義したらしいですけど、それでいくと、

 自律訓練法による無意識的活動、臨床動作法による無意識的活動、NLPによる無意識的活動、EMDRによる無意識的活動など、それぞれの独自の方法から生み出される心的状態に別々の概念が当てられているけれど、実は全く独立の現象ではなく、同時に共通する状態もあることは否めない、それゆえにいつも催眠との共通性が指摘され、催眠とは何だ、ということになるのだと思います。

 催眠は心理療法の母、まだまだ尽きない宝が眠っていそうです。

 ちなみにシンポジストに太極拳を学んでいる人がいて、上記のトランスの他に、「武術系のトランス」という言葉を出していたのが個人的には光りました。この概念を切り口に武術と心理を語れるかもしれません。

|

December 20, 2019

『幸せのメカニズム』

 フロイトの精神分析学は「人はいかにして病気になるか?」を問い、研究する学問といえるでしょう。精神分析志向のセラピストは口を開けば、「病理、病理」と口にします。

 それに対してアドラー心理学は「人はいかにして幸福になるか?」を問う学問といえます。アドレリアンは「勇気、勇気」「協力、協力」などと口を酸っぱく主張します。

 どっちが、ということではなく、究極的にはこれは好みの問題としかいえないでしょう。臨床現場的には、両方が大事ということになるのでしょうけど、やはりどちらかに傾く傾向はありそうです。アドラー寄りは、やはりブリーフサイコセラピーでしょうね。

 ちなみに行動主義は「人はいかに動物か?」「人はどのくらい機械か?」と追及しているといえるでしょう。最近は認知行動療法なんていって、「人間の顔」をしていますが😃

 アドラー派としては、その人が幸福になるプロセスや条件をできるだけ追求し、明確にすることが大切です。

 前野隆司著『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)

 では、実証的な研究から抽出された幸福の因子を知ることができます。見るとほとんどが昔からのアドラー心理学の見解と同じなので、アドレリアンも自分の主張の傍証として本書を使うことができるでしょう。ここでその4つの因子だけを挙げておくと、

「やってみよう!」因子:自己実現と成長の因子。私は有能であり、社会の要請に応えられており、成長することができていて、自分の目標を実現できている。

「ありがとう!」因子:つながりと感謝の因子。人の喜ぶ顔が見たい、私を大切に思ってくれる人たちがいる、感謝することがたくさんある、人には親切に手助けしたいと思っている。

「なんとかなる!」因子:前向きと楽観の因子。私は物事が思い通りにいくと思う、失敗や不安をあまり引きづらない、他者との親しい関係を維持できる、自分は人生で多くのことを達成してきた。

「あなたらしく!」因子:独立とマイペースの因子。私は人と比較しない、私ができることできないことは外部の制約のせいではない、自分の信念はあまり変化しない、最大限の効果を追求する。

 研究の詳細や解説は本書をあたっていただきたいのですが、すごくいい線いっていると思いました。

 もちろん著者は、これらの4つの因子がすべてそろわないと幸せになれない、と言っているわけではないと注意を促しています。それこそ「不完全である勇気」が必要です。

 アドラー心理学の理論と照合できますし、メンタルヘルス系の研修や心理教育で使うことができると思います。

 

 

|

November 28, 2019

『不登校・ひきこもりのための行動活性化』

 前記事のように『不登校に向き合うアドラー心理学』という本を出しましたが、実際の現場では学校とどう付き合うか、登校刺激をするべきかどうかが議論になります。

 アドラー心理学では、登校した方がいいとかよくないとか、登校刺激をするべきか否かということに一律に答えが出るものではないと考えると思います。あくまでその子どものニーズと家族の意向に沿って、学校との関係を整理しながらかかわっていくことになります。

 それでも私はスクールカウンセラーの時は学校側の人間でもありますから、登校できるとしたらどういう時か、どうしたら再登校してもらえるかを考えて、家族に提案することが多くあります。

 その時に大事なのは、精神論にならず具体的に助言すること。こういう時によく言われるのは、「今は充電中だから、心のエネルギーがたまってくるまで待ちましょう」という言い方です。温かく見守っていけば、自然に子どもの中に力がわいてきて、新しい行動に向かう意欲が増すかもしれないという発想でしょう。

「心のエネルギー」は確かに良いメタファーだと思いますが、よく考えると「心のエネルギーってなんだ?」「エネルギーがたまってきたってどうしたらわかるの?」という疑問もわいてきます。もっともです。

 そういう時に参照できる良書が、

 神村栄一著『不登校・ひきこもりのための行動活性化』(金剛出版)

 著者は著名な認知行動療法家です。認知行動療法は本来筋金入りの科学主義、客観主義ですから、本音では心のエネルギーなんて曖昧な言葉は使いたくなさそうな感じですが、それを逆手にとって、行動レベルで心のエネルギーなるものを理解し実践するためのノウハウがたくさん説かれていて、特に再登校を目指す時にはすごく参考になります。

 著者は基本的には子どもは学校に行った方が良い、その方が後で後悔が少ないという立場のようです。データを示してそれを主張しています。それももっともなところはあります。学校がまともでそれなりに良いところがあるなら、やはり子どもが通ってくれた方が親にも本人にも良いに決まっています。

 また、睡眠やゲーム依存についても、現在の普通の臨床現場で可能なことを書いています。

 今年の5月に出た本で、私は自分の本の原稿を仕上げた後だったので取り上げることができませんでしたが、間に合っていたら間違いなく引用文献に入れていたでしょう。

 不登校に関わるスクールカウンセラーや教師の方は是非学んでみてください。

 

|

October 07, 2019

『二月の男』

 前記事でご案内した演武会に昨日行ってきました。

 台湾の老師や日本の本部の指導員たちの八卦掌や形意拳の数多くの型、太極拳を見て、改めてうちの流派は中国文化の粋であり、深い伝統に裏打ちされていることを実感しました。みなさん、素晴らしい動きでした。

 他の武術・武道団体から、うちは保守的で閉鎖的と見られることが多いみたいですが、そうなるのも無理ないかもしれません。それだけ中身が豊富で濃いので、「時代に合わせて」なんて、容易に変えるわけにはいかないのだろうと思いました。保存し、伝えること、それはそれで大変大切なことなのだろう、継承者である老師たちの苦労は大変なものだろうと思いました。

 さて、武術にも深い意味で関連のある催眠について、私は週末に集中的に学ぶ機会を得ています。来週にその報告したいと思いますが、催眠といえばミルトン・エリクソン、彼の実際の事例を詳細に記録したのが、

 ミルトン・H・エリクソン、アーネスト・ローレンス・ロッシ著、横井勝美訳『ミルトン・エリクソンの二月の男 彼女は、なぜ水を怖がるようになったのか』(金剛出版)

 エリクソンが最も働き盛りの1945年の頃の事例の記録を、晩年の1979年にエリクソンと弟子たちが振り返るという面白い構成になっています。「江夏の24球」みたいな感じですね。

「二月の男」とは、クライエントである19歳の女性が、自らのトラウマ体験に直面するためにトランスに入った時に登場するエリクソンの「名前」です。深いトランス状態に入ったクライアントの心の中に、エリクソンではなく、「私は二月の男ですよ」(その場面が2月だったから)と称して登場するのです。

 そんなことできるんだあ、と驚きです。

 一読して、エリクソニアンでも専門の催眠療法家でもない私には正直、わかりにくいところもありましたが、実際の会話の様子がたくさん出ているので、一人ロールプレイみたいに朗読して、その場の感じや催眠の語り方を感じ取ろうと努めました。

 本書でエリクソンは、クライアントを全体として見ることを言っていたり、クライアントが困難を克服するために盛んに勇気づけていたり、「エリクソンってアドラーっぽいな」と以前から感じていたことを再確認しました。その方法として、意識的なコントロールが弱まる催眠を利用しているところが、エリクソン独自のところなのでしょう。

 臨床がうまくなりたい人は、読んでみて損はないと思います。

 

 

|

September 25, 2019

『身体はトラウマを記録する』

 トラウマケアの世界的権威の本、各方面で絶賛されているベッセル・ヴァン・デア・コーク著『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』(紀伊国屋書店)は、いわゆるトラウマの諸症状とその悪影響、脳科学的知見、そして効果的なセラピーの方針と方法まで網羅されています。分厚いですが、カウンセラーは是非読んでみるといいと思います。

 その中で私が注目したのは、トラウマケアに通常の心理療法や環境療法だけでなく、身体にアプローチすることを強調していることです。

 深刻なトラウマ治療のために著者は、マインドフルネス瞑想はもちろん、ヨガや気功、太極拳、日本の武道や護身術などもどんどん取り入れています。演劇もあります。

 私が以前から感じていた、「太極拳や気功はトラウマの治療に良いんじゃね?」という思いを見事に裏打ちしてくれていて、うれしかったですね。これまでは、権威もなく研究者でもない私が言い始めれば、「また深沢が変なことをやっている」と指弾されかねませんでしたが、これからは堂々と論陣を張れますね。

 というか、私がやらなくても、真似っこ好きな日本の学者や臨床家は、これからは本書で紹介している新旧の身体的アプローチどんどん取り入れていくことでしょう。それでエビデンスらしきものがたまってくれば、余計に田舎セラピストの私も使いやすいので、それはそれでありがたいです。

 関連個所を引用、メモします。みんな、気功や太極拳をやろうぜ。

(貼り付け始め)

 私たちはまた、呼吸法(プラーナヤーマ)や詠唱(チャント)から、気功のような鍛錬法や武道、ドラム演奏や合唱、ダンスまで、西洋医学の外で長年行われてきた、他の古い、日薬理学的な取り組みの価値も、受け容れやすくなった。これらの取り組みはみな、人と人の間のリズムや、内臓感覚の自覚、声や表情による意思疎通に依存している。それらは、人が闘争/逃走状態をを脱し、危険の近くを立て直し、人間関係を管理する能力を増進するのを助ける。  p143-144

 これまで多くの患者が、合唱や合気道、タンゴのダンス、キックボクシングにどれだけ助けられたかを語ってくれた。  p350

ヨーガグループの参加者は、PTSDにおける覚醒の問題が有意に改善され、自分の体との関係が劇的によくなった(「今は自分の体をいたわっている」「自分の体が必要としているものに耳を傾けている」)  p445

 ヨーガを20週間実習すると、基本的な自己システムである島と内側前頭前皮質の活動が増すことを、初めて示す結果が出た。  p452

 通常、人は前頭前皮質の実行能力のおかげで、何が起こっているかを観察し、ある行動をとれば何が起こるかを予想し、意識的な選択ができる。思考や感情や情動を冷静かつ客観的に観察し(この能力のことを、私は本書を通じて「マインドフルネス」と呼ぶ)、それからじっくり反応できれば、実行脳は、情動脳にあらかじめプログラムされていて行動様式を固定する自動的な反応を、抑制したり、まとめたり、調節したりすることが可能になる。 p105

マインドフルネスを実践すると、交感神経系が落ち着くので、闘争/逃走反応を起こしにくくなる。  p341

 マインドフルネスを練習すると、脳の煙探知機である扁桃体の活性化が抑えられ、トリガーになりそうなものに対して反応しにくくなりさえすることが立証された。  p348

(貼り付け終わり)

 

 

 

|

September 03, 2019

『マンガでわかる家族療法』

 私は家族療法家というほどではありませんが、元々児童相談所出身ということもあって、家族面接は数限りなくこなしてきました。いろんな子どもや家族にお会いしてきました。

 ただ、家族療法の専門的なトレーニングは受けたことはなく、1日の研修会に数回出た程度で、あとは数をこなして何となく会得というか、乗り切ってきた感じです。

 ただ、アドラー心理学には家族療法と通じるものがあるし、家族療法の思想的元祖であるグレゴリー・ベイトソンを発想の根源にしているので、何となく家族療法っぽい臨床になっている(している)と思っています。

 さらにもう10年以上、地元で児相の仲間と「山梨家族療法研究会」という勉強会を立ち上げ、今でも月1回のペースで続けています。

 その中で家族療法の達人として名高い東豊先生の著書は、よく参考にさせていただきました。学術書というより、エッセイのような親しみやすいスタイルがとてもわかりやすかったです。ただ、先生のやっていることがわかりやすいということはなく、実際どんな感じなのだろうと思うことしばしばでした。よく「あれは、天才・東先生だからできたことだ」なんて言う人もいます。

 そんな疑問に応えてくれるのが、

 東豊著『マンガでわかる家族療法 親子のカウンセリング編』(日本評論社)

 なにせ、マンガですからね、主人公のおじさんセラピスト(ルックスは先生とは大分違いますが)の振る舞いや発言は、きっと東先生のものなのだろうという感じです。

 不登校、夜尿、性的非行など、やっかいな問題を一見型破りな家族面接を通して家族が変わり、本人が変わっていく、そんなプロセスを眺めることができます。

 これまで、マンガでフロイトやユング、アドラーなどの人生や心理学を解説したものはあっても、セラピー自体をマンガにしたものはなかったように思います。

 本書は臨床家の間で好評なようで、既に続編も出ています。

 セラピーがうまくなりたい人、取り分け子どもや家族を支援する人は是非楽しみながら、勉強してください。

 

 

 

 

|

August 15, 2019

『はじめてまなぶ行動療法』

 SNS等で心理専門家、学生の間で評判の高い本です。行動療法の基礎から最先端の動向まで学べます。

 三田村仰著『はじめてまなぶ行動療法』(金剛出版)

 一読して、私も改めて行動療法の世界を整理できた感じです。公認心理師試験の受験生にも役立ちそうです。

 本書によると、行動療法には大きく二つの流れがあるといいます。「要素実在主義」と「文脈主義」です。前者はイギリス発祥でアイゼンクやウォルピの系統、不安症が主なターゲットで、認知行動療法やマインドフルネス瞑想はこの流れの中にあるといいます。

 後者はアメリカ発祥で、スキナーの徹底的行動主義の発展形といえ、障害者の療育から始まり、現在幅広く応用されるようになってきており、最近は弁証法的行動療法(DBT)やアクセプタンス・アンド・コミットメント・セラピー(ACT)などが最新のアプローチです。

 初心者向きとありますが、原理的なところをきちんと押さえているので、心理療法全般を思想的基盤から考えたい人にも役立つ内容でしょう。

 アドラー心理学からすると、この二つの中では「文脈主義」が近いところにあるように思われます。価値とか文化的要因も加味して、コミュニケーションの全体を重視するからです。アドラー心理学は深層心理学というより「文脈心理学」といった方が正確であるとは、海外の文献でも昔から言われていたので、言葉からしても、内容的にも近いのは間違いありません。

 実際、何年か前の日本心理学会でアドラー心理学シンポジウムがあったとき、シンポジストの一人としてお話しさせていただきましたが、アドラー心理学は「ACTに似ている」と感想を持った方がいたようです。

 科学的であれ、価値中立的であれ、という態度が絶対的だったイメージの行動科学、行動療法が価値を重視するようになったのは時代の流れを感じます。昔だって実際はそれは建前で、現場のセラピストが価値中立的なはずはないのですが、今や堂々と価値を語れるようになったということなのでしょう。

 今私が大学生だったら、アドラーを知らなければ、これを学んだかもしれません。科学的であることにそんなに魅力を感じなかったので、その時は。行動療法家への道は考えませんでした。

 「第三世代の行動療法」ともいわれるこの流れの特徴は、以下の通りだそうです。

(1)文脈と機能を重視すること、(2)症状の治療を超えてクライエントの人として生きる機能を高めること、(3)理論や技法をセラピスト側にも向けること、(4)これまでの行動療法や認知行動療法に延長に位置づけられること、(5)人間の抱える大きなテーマ(例:価値、自己)も積極的に扱う  p25

 (4)以外は、まったくアドラー心理学と一緒です。私から見れば文脈主義的行動療法は、当人たちが言うほどまったく新しいアプローチではなく、昔からアドラー心理学が射程に入れていたところで、他の心理療法学派が入れていなかったことに、行動療法側がようやく目を向けるようになってきたということです。心理療法史の中でいえば、これが正しい理解だと思います。しかし、行動療法の強みである、実証性を引っ提げてきたというところが素晴らしいといえます。

 そして文脈主義の一つである「機能分析心理療法(FAP)」は、なんと勇気と愛についても言及しているそうです。

「勇気とは、その瞬間に起こっていることの意味について誠実に表現することである。そして愛とは、オープンかつ共感的で、理解を持って承認し、相手の表現を気遣う反応のことである。 p224」

 なかなか面白い表現です。こういう用語や定義を比較して研究するのもいいかもしれませんね。

 他にも、「ぼくたちは人生の方向性を自分で選べる! p270」なんて、アドラー心理学の「主体論」の主張そのままです。環境主義の行動療法はどこへ行ったのだろう。

「実証的アドラー心理学」を作るとしたら、この方向だろうと思いました。

 技法の解説も懇切丁寧で、臨床がうまくなりたい人は、是非参照してください。 

 

 

|

June 19, 2019

『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う』

 最近、古神道やシャーマニズムに関心があり、それに最も近い心理現象は催眠トランスであることは間違いないので、積極的に学ぼうとしています。

 日本の催眠臨床の第一人者の松木繁先生(前鹿児島大学教授)の『無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う 催眠とイメージの心理臨床』(遠見書房)は、「効果的なコミュニケーションとしての催眠」という視点と、ご自身の豊富な臨床体験から催眠を論じた本です。

 催眠は「かける/かけられる」という一方的な関係性ではなく、共同作業であり、協力関係であるというのが著者の主張です。そしてクライエントとセラピストは、主観的には催眠状態を共有している状態」になります。セラピーはそこから続いていきますが、それは「クライエントーセラピスト間の相互作用による一つの創造的仕事としての面接」を行っていることになります。その結果、ミルトン・エリクソンのいう「無意識の力」、「人の奥深くにある知恵を持った自己」が活性化し、自己治癒力を高めることができる(p28)のです。

 催眠状態だからこそ、全ての心理療法に必須の「守られた空間」が作りやすく、そして、クライエントの主体的な活動性が自己効力感を高め、変化の可能性を開けると筆者は説きます。

 私もたまに催眠をしますが、なんかわかる気がします。普通の言語的セラピーにはない面白さがありますね。

 本書で語られていることは、一般の人たち、催眠を知らないセラピスト、カウンセラーの催眠のイメージとはだいぶ違うかもしれません。

 セラピストにとって本書は初級編というより中級編という感じですが、催眠に関心のある方は是非本書に当たったり、著者から学んでみるといいと思います。

 

 

|

February 25, 2019

『インテグラルシンキング』

 一昔前、トランスパーソナル心理学の論客として名をはせたケン・ウィルバーは、単に悟りを目指す個人の意識に留まらず、世界を真に統合的に見る視点を提供しようと思索し、現在それはインテグラル理論として発表されています。

 鈴木規夫著『インテグラルシンキング 統合的思考のためのフレームワーク』(コスモス・ライブラリー)は、それを丁寧に紹介した本です。

 著者の鈴木規夫さんは、昨年の日本トランスパーソナル学会で私と仲間が発表したときに座長を務めてくださりました。日本の斯界では代表的な先生です。なかなか謎の多いケン・ウィルバーの数少ない日本人の友人でもあります。昨年の発表の後、鈴木さんとお話しさせていただく時間があり、ウィルバーの近況や人物像などについて、大変興味深いお話をうかがうことができました。

 私は本書を学会の書籍コーナーで買い、早速鈴木さんにサインをいただきました。サインとともに書いてくださった言葉は、
「深沢さんへ
   あれもこれも」。
 まさに何ものも否定することなく、正当に位置づけて、使えるものは使い切ろうという統合的態度とお見受けしました。

 本書の原点は、アドラー心理学でいう「認知論」です。人は見たいものを見る、見たくないものを見ない、それらで自分の世界を構築する、単純で普遍的な真実ですが、私たちは自分の視点からの世界を正しいと思い込んで、他を否定してしまいがちです。

 結局のところ、「知る」という行為は、その人独自の「レンズ」を通して世界をとらえるということです。ひとつひとつのレンズは、その持ち主の感性にもとづいています。また、ひとつひとつのレンズは、その持ち主が生きている時代や社会の文化的・文明的な条件の影響の下に形成されています。世界のどこにも「これこそがいっさいの偏見を排して世界を完全にありのままにとらえている」といえるようなレンズはないのです。 p9

 まさに「認知論」ですね。

 ではどうしたら私たちは、統合的に思考することができるのか。そのための枠組みを提示しているのがインテグラル理論です。

 それは、「世界の四領域」という視点で示されています。

 四領域とは、「個の内面」「個の外面」「集団の内面」「集団の外面」です。

「私たちが経験することになる、ありとあらゆる状況や課題には、これら四つの領域が内包されている」といいます。

 本当にそうかな?と思うかもしれませんが、本書を読み進めていくと確かに世界の見方はこの四つに集約されそうなのです。ただ、私たちは自分の好みの世界観を採用しているため、他の世界観に明るくないのです。

 この枠組みに立つと、心理学者やサイコセラピスト、取り分け精神分析家やユング派は「個の内面」に住み、行動主義者は「個の外面」にいて、システムズ・アプローチやエコロジストなどは「集団の外面」、宗教団体や日本社会そのものは「集団の内面」を重視していることがわかってきます。

 読み応えがありますが、世界を俯瞰する視点を持ちたいときは、是非本書を熟読してください。

| | TrackBack (0)

January 29, 2019

巨人たちの家族布置

 前記事で紹介した『ジェノグラム』(金剛出版)には、フロイト、アドラー、ユングといった「深層心理学の3巨人」のジェノグラム(家系図)が詳細に掲載されています。これがとても興味深い。

 ユングはあの独特の理論が表しているように、神秘主義的傾向が濃厚です。同書にはユングの5代にわたる系図が出ていますが、ユングの仕事である医師は父方に多く(祖父と曾祖父、曾々祖父)、聖職者は父方に2人、母方になんと12人もいます。さらに「霊能者、あるいは霊との交流がある」という人がユングを含めて5人もいます。加えてユングの母親は超自然現象を信じ、精神病で入院しています。

 これは尋常じゃない。ユングの業績は、遺伝的器質による資質、才能によることは明らかです。

 ついでにその家系図には、ユングの妻エンマと並んで、患者で愛人だったトニー・ウルフもしっかり入っています。この人はユング好きには有名な人ですね。

 フロイトは、本書では実に詳細に描かれています。

 フロイトの父母世代は、何か犯罪的な後ろ暗いことをしていたと言われ、父親はフロイトの異母兄と共に「事業上の問題」「偽札偽造事件」にかかわっていたそうです。さらにフロイトの妻マルタの父親は詐欺で投獄されたことがあり、フロイトがマルタに熱烈な恋をしたのは、二人の共通の出自による共鳴、共感のようなものだったのかもしれません。

 そういう家の中で、ユダヤ人の長男フロイト坊ちゃんは、輝ける希望の星だったのでしょう。相当甘やかされたみたいです(これはエレンベルガーの本から)。

 そしてユングにもあったけど、フロイトは女性問題も抱えていたようです。妻マルタの妹ミンナと不倫関係にあったみたいです。フロイトとミンナは何回も一緒に旅行に出かけ、なんとマルタの妊娠中にも、ミンナと旅行に行っていたとか!

 ミンナはフロイトとの不倫をユングに話したことがあったり、妊娠、中絶の証拠もあると本書にあります。

 さすがリビドーのフロイトとでも言いたくなりますね。

 同様の女性問題はフロイトの長男、マーティンにもあって、これまたなんと、自分の妻の妹と関係があったそうです。まさに父親と同じ!家族問題の深さを感じずにはいられません。

 ちなみにフロイトの後継者、アンナも少し違いますがレズビアンで、パートナーの夫はそのためか自殺しています。フロイト一族、いろんなことがあり過ぎ。

 何かと病理思考でどこか性悪説的な精神分析学は、今でも好きな人には強烈な磁場を放っていますが、フロイトの抱えていた問題が反映されていたからこそ、リアリティーがあったのかもしれません。

 それに比べるとアドラーは、兄ジグムントとの確執、弟の死、自らの病と身体障害という問題はありながらも、総じて健康な感じがジェノグラムからします。アドラー心理学の健康志向、未来志向を感じさせるものです。

 この3者を並べると、フロイトとユングの行き過ぎたところを、アドラーが中和というか健康な領域に戻しているように、私には感じられました。

 いやあ、家族って面白いですね。

 それにしても、有名人は何もかも暴かれて大変だ、と同情もしたくなりました。

 

| | TrackBack (0)

より以前の記事一覧